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pin.00「優秀なきみ」
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都会の喧騒も届かないキャンプ場には美しい湖がある。
真夏の太陽を映した水面は揺れて輝き。
透き通った水の中では木の葉が揺れては沈み、時折ぷかと浮いてくる。
そして、青い空に枝を伸ばして木陰を落とす巨大樹の葉が擦れる音。
広く美しい場所だ。地元から離れてはいるが来て正解だった。
長時間のドライブで凝り固まった体を伸ばし、女は二人、湖に向かって両手を広げる。
「ついた!」
「もうお昼だー!」
出発したのはまだ陽も登りきらない朝早く。
到着したのは陽が真上に昇った昼近く。
道は当然舗装された道路ばかりでなく、振られて揺れた車内ではすっかり腰も足も頭も重い。
しかし、一番の功労者である同行した男達三人を受付とBBQセットのレンタルに行かせて今は女二人だけだ。
車に積んだクーラーボックスをそのままにビールを2本だけ取り出し桟橋に腰掛けると足を沈めて乾杯した。冷えた炭酸とアルコールが体に沁みる。
「ふはーっ!最高!!」
「いやあ!お先に悪いねーってw」
「あーねw」
声を上げて笑い合いハーブの匂いに隣を見遣る。
それが友人の持つスプレーの匂いと知るや女は濡れた足をひょいと持ち上げ、細い足を指した。
「虫よけスプレーあたしにもおー」
「なんで持ってきてないのよ」
「誰か持ってきてるじゃん?」
「バカじゃん?」
「いいじゃーん!ついでついで!」
いつもの事だ。
友人は良くも悪くも自然体で、こんな会話をしていても本人に悪気はない。
やれやれと肩を竦め、虫が嫌うハーブのミストを細い足に馴染ませながら何んとなしに巨大樹を見上げて呟いた。
「しかし、すごい大きさよね」
「ねー。全長何メートルだっけ?あれっしょ?なんとかタワーとかツリーより高いんでしょ?」
「とーぜんじゃん」
彼女達の頭上では巨大な葉が擦れて揺れている。
それは所謂高層マンションを遥かに凌ぎ、それを支えうる幹も相応な逞しさ。
時折落ちる葉はたった一枚で広げたパラソルより巨大なのだ。それだけでこの木の巨大さが窺い知れる。
それが今世界各地で植樹されているのだから気の遠くなる話だが、この巨大樹が今や日々気温上昇を続ける地球環境を改善してくれるというのならば観光地にもなり万々歳。
ぶわっと煽られて湖に着水した木の葉を眺め、二人は再びアルコールで喉を潤した。
「……あ、魚!」
「え?どこどこ?」
そんな二人の足元で影が泳ぐ。
遠目でもわかるその影は二人を見つけたのか、こちらに向かってきているようだ。
この湖は餌付けさえた魚がいるのかもしれない。一つ。また一つと増える影にスマホを構え、今かと待ちわび。
「えっ?」
カメラ越しに見つめていた手を降ろし、言葉を失った。
それは明らかに虫の形をしていた。
くねくねと揺れる細長い体に二本の触手。群がり、次々と浮上してくる。
それは、大人の腕程もある蛹に見えた。
言葉を失って思わず立ち上がり、身を寄せた二人が目にしたのは更に悍ましい光景だった。
巨大な虫が蠢いている。それらは正しく蛹である。
裂けた殻から見覚えのある、しかし、記憶にあるより圧倒的に恐ろしいフォルムがずるりと羽を広げて二人を見つめた。
「いやぁぁああああああああ!!!!!」
凍り付いていた思考が "ソレ" を "ソレ" と認識し、悲鳴を上げさせた。
瞬間、耳を刺したのはそれらの大合唱。爆音のモスキート音だ。
振り向けば森林から、巨大樹から、大人の男の胴体程はある蚊の群れが二人をじいと眺めている。
キャンプ場には干からびた人間の体が転がっていた。
***
「今日は夕方から雨になる」らしい。
朝食時、寮の食堂で渡された折り畳み傘は、傘という高尚な物を普段持ち歩かない自分の為にと用意されていた物だった。それを忘れずスクールバッグに押し込み、白い制服に袖を通した登校時間の空は雨予報が嘘のようだ。
空色の晴天にヒラヒラとアゲハチョウが舞い、高く昇っていく。
巨大樹に向かっていくそれを見送り、ノックというには控えめな衝突音に部屋をそっと慎重に開いた。
「おはよう、トト」
音の正体は白い毛玉であり、ここで飼われているウサギのトトだ。
管理人のペットであり、基本的には寮内で放し飼いにされているが、飼い主に似たウサギは賢く、自分も此処の住人誰もトトが粗相をする姿など見た事がない。
庭にはまだ数羽のウサギが飼育されているのだが、トトはその誰ともいる様子はなかった。一羽で動き回っているのを見るに、どうやら、お気に入りの飼い主を探しているのだろう。
じっと見上げる丸い瞳に口元を緩め、少年、藤原陵(フジワラ ミサキ)はトトの頭を撫でた。
「いってきます」
ミサキに撫でられ、満足そうに片耳を揺らしてトトは庭に向かっていく。
ドアは閉められているが、彼はペット用のくぐり戸を抜けると慣れた様子で外へ行ってしまった。
やはり、飼い主は庭に居る。
ミサキは再度部屋のカギを確認し、正面玄関へ向かった。
巨大樹。「ユグドラシル計画」が成功したのはミサキが生まれる前。今から20年は前の事だ。
当時、地球温暖化による環境破壊が騒がれる中、着々と気温は上がり続けて多くの動物を絶滅させ、海面上昇により沈んだ陸地で食料の確保すら困難になった時代があった。
そんな折だ。とある団体が推し進めていた巨大樹、ユグドラシルの再生が成功したのは。
安全な無菌室で。温室で。そして、万全に管理された土と肥料を用意されてメキメキと成長したそれは存分に与えられる光と栄養でもって1年程で高層ビルを超える姿に成長した。
その成功例を元に同時進行で進められた巨大樹計画は次々と成功して酸素を生み。水を蓄えて土地を潤し。照りつける太陽光すら柔らかな木陰に変えていった。
そうして人間は巨大樹に救われたのだ。
しかし、当然救われたのは人間だけであるわけがない。
「白服は?!」
「つ、通報はしました!でもまだ・・」
通学路にたむろする野次馬を掻き分けて強引に割り込めば花を散らす桜の下で女子高生が二人、倉庫らしい建物を指差し悲鳴を上げていた。
ミサキと同じ女鳥東高校(めとりひがしこうこう)の制服だ。
彼女たちの近くでは会社員らしい男性が二人係りで "三人目" の足を懸命に抑えていた。
考えるより先に体は動く。
「き、君!危ないぞ!白服には通報してあるから待ちなさい!」
「大丈夫です」
スマホを構える命知らずの腕を降ろさせ、前に出た。
すかさず止められて首からチェーンを引っ張り出す。
「自分も白服なので」
ぽかん、と。
会社員がミサキのドッグタグで輝く雉の印を見つめて手を離した。
駆け寄り見上げて、バッグからバトンスタンガンを取り出した。充電は十分にしてある。
ピピッ。
タグがかすかな電子音を鳴らした直後、バトンは青白く電撃を帯び、バチバチと火花を散らした。
「貴方たちも離れてください」
目標はクモだ。
どうやらこの倉庫は長く無人であったらしい。
大人の男程まで成長したクモが細く長い足で少女を巣に絡め取り、既に神経毒が注入されてしまったのか、女子生徒の顔色は悪かった。
ミサキはスタンガンで糸を焼き切ると、近くに止められていた軽トラックの荷台から運転席の上に上る。
女子高生も、クモも目前。
高電圧を流すスタンガンにクモは四本の前足を持ち上げて威嚇行動を見せるが、ミサキは即座に巣を焼き切り、女子高生を救出した。彼女は落下する事は無く、数本残った糸により地面に落ちる事は無くぶら下がって男性に救助されている。
それを見遣ったミサキは再びクモを見上げ、両前足を振り下ろすクモへ躊躇なくスタンガンを薙いだ。
クモの足が易く次々切断され、驚き、逃げようとする巨体を、壁を蹴って追い掛け。ぶくぶく太った腹を足場に、大顎開いたクモの頭にスタンガンを振り下ろした。
ずどん。
そうして網目を纏ってアスファルトに落下したクモの頭は潰され、絶命している。
あまりにあっけないクモの最期に野次馬で集まっていた面々はぽかんと間抜け面晒し、到着した白いツナギの男の道を阻んだ。
その白ツナギすらミサキと足元に転がるクモの死骸に驚き見つめていたが。
「パトロールご苦労様です。すみませんが、この後学校なのでクモの処理をお願いできますか?」
「は、、?はい??」
「ありがとうございます。失礼します」
「は?これを?駆除したのか?君が‥???」
駆け付けた男は決して肯定した訳ではなかったのだが、勘違いしたミサキの足は止まらない。
ぬるりと伝う黄色い体液をウェットティッシュで何度も拭い、桜の下で欠伸を零す友人に眉を顰めた。
「おはよーミサキ」
「おはよう、イツキ」
金髪に眠そうな目元。右耳のみを飾る赤いピアス。それに白い制服の下に赤いパーカーを着た立派な校則違反者は天宮樹(アマミヤ イツキ)。同じクラスの同級生だ。
ミサキが白服と一緒に居るのが面白いのか、ニヤニヤと笑うイツキがミサキのチェーンを指さした。
その表情はにまにま。厭らしさは無いが揶揄の色の濃いものだ。
彼が何を言いたいか。大体の見当はついている。
「流石はミサキ。白服最年少の期待の新人。今日は平和な一日であればいいねっ」
「うるせえ」
「ははwじゃ、おれ "センセー" と約束あるから」
「うん。また後で」
朝から忙しい奴だ。
自分と同じ方向から、少し早くに出ていた筈のイツキはミサキが虫を駆除するまで立ち止まって見守り。そうかと思えば、今度は忙しく追い越していく。
その先には少し背の低く黒い短髪が眠そうに背中を丸めて歩いていた。
「……良く言うわ」
思わず肩を竦める。
「お前も俺と同じ白服だろう」
イツキの首元にはミサキと同じ細いチェーンがぶら下がっているのだ。
---
今より20年前。
ミサキの知る虫は今と全く違う姿をしていたらしい。
指先程の。もしくは、多くのそれらが手の平に収まる程度の大きさしかなく、人気で稀少な種類は売買され、飼育され。時に食用にされていた事すらあった。
しかし、今の虫は当時とは全てが掛け離れて巨大で悍ましいモノばかりだ。
それの発生当時は甚大な被害をももたらしている。
農作物や家畜。本来ならば虫を捕食する鳥類や獣。そして、人間までも。
世界樹の幹から大量発生した巨大な虫たちは世界中で全てを貪り、国が認めた駆除人が各地に配置されて駆除されるまで災厄は続いた。
そして、それは今も終息していない。
世界樹を切り倒す計画も一度はあったようだが、幹には巨大な虫が巣を張ってひしめき合ってそれも叶わず、繁殖し続けているこの現状の根本的な解決は望めなかった。
虫が発見される度。
通報される度。
被害が出る度。
市町村に配属されている "人類種生存環境保護局" 、通称 "白服" の人間が命懸けで駆除を続けてきた。
それはまだ学生であるミサキや、イツキすら例外ではない。
最年少で本部チームに抜擢された二人は学業を続けながらも過酷な最前線で戦い続けているのだ。
「ミサキ」
ミサキはイツキと同じだった。中学卒業で正式に白服の一員になった。
白いツナギのワッペンには虫の巨大化で絶滅危惧種に指定されている雉がイメージされたロゴが刺繍され、その下には所属しているチームが記載されているワッペンがあった。本部所属の文字も。
「ミサキ。お前はおれたちの目標なんだよ」
「………」
「は、はは‥待ってて‥今‥」
足を引き摺る。
いつものように早退して本部に戻り、チームメイトと合流して出動した先は、まさかまさか川を渡った先の小学校だ。
数年前に増改築があり、綺麗になったばかりの校内は変わり果てて見る影もない。
羽音が耳に障る。
悲鳴が。助けを求めて泣き叫ぶ仲間の声があちこちから聞こえていた。
しかし、イツキは武器を手にしたまま戦う事も無く、ただ、ミサキの肩を支えて引き摺り、只管に出口へ向かっていた。
「大丈夫だから‥!」
「………」
「もう少し・・リーダーが‥みんなが助けてくれるから‥!」
「………」
「がんばれ」
気は急く。のに。一向に出口は見えない。仲間は周りにたくさんいる。それでも助けは来ない。
だって、みんな倒れて動かないから。
体力は奪われて、夥しい亡骸と血溜まりに足元は悪い。
「ミサキ」
どうして。
何度呼んでも返事は無い。
返されるのは、パキン、と。枝を折る音だ。
ずず、と。何かをすする音だ。
「………」
見るな。
見てはいけない。
「くそ‥早く‥外に‥!」
首を振って前を見据えた。
階段を降りていく。
ああ。重い。
「………あ…」
ああ。
血に。染まった。大鏡に映るのは。
「………」
友人だった男の下半身に喰らい付いた大人の胴体程の幼虫と、呼吸を止めているミサキの虚ろな目玉だった。
-to be continued-
真夏の太陽を映した水面は揺れて輝き。
透き通った水の中では木の葉が揺れては沈み、時折ぷかと浮いてくる。
そして、青い空に枝を伸ばして木陰を落とす巨大樹の葉が擦れる音。
広く美しい場所だ。地元から離れてはいるが来て正解だった。
長時間のドライブで凝り固まった体を伸ばし、女は二人、湖に向かって両手を広げる。
「ついた!」
「もうお昼だー!」
出発したのはまだ陽も登りきらない朝早く。
到着したのは陽が真上に昇った昼近く。
道は当然舗装された道路ばかりでなく、振られて揺れた車内ではすっかり腰も足も頭も重い。
しかし、一番の功労者である同行した男達三人を受付とBBQセットのレンタルに行かせて今は女二人だけだ。
車に積んだクーラーボックスをそのままにビールを2本だけ取り出し桟橋に腰掛けると足を沈めて乾杯した。冷えた炭酸とアルコールが体に沁みる。
「ふはーっ!最高!!」
「いやあ!お先に悪いねーってw」
「あーねw」
声を上げて笑い合いハーブの匂いに隣を見遣る。
それが友人の持つスプレーの匂いと知るや女は濡れた足をひょいと持ち上げ、細い足を指した。
「虫よけスプレーあたしにもおー」
「なんで持ってきてないのよ」
「誰か持ってきてるじゃん?」
「バカじゃん?」
「いいじゃーん!ついでついで!」
いつもの事だ。
友人は良くも悪くも自然体で、こんな会話をしていても本人に悪気はない。
やれやれと肩を竦め、虫が嫌うハーブのミストを細い足に馴染ませながら何んとなしに巨大樹を見上げて呟いた。
「しかし、すごい大きさよね」
「ねー。全長何メートルだっけ?あれっしょ?なんとかタワーとかツリーより高いんでしょ?」
「とーぜんじゃん」
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それは所謂高層マンションを遥かに凌ぎ、それを支えうる幹も相応な逞しさ。
時折落ちる葉はたった一枚で広げたパラソルより巨大なのだ。それだけでこの木の巨大さが窺い知れる。
それが今世界各地で植樹されているのだから気の遠くなる話だが、この巨大樹が今や日々気温上昇を続ける地球環境を改善してくれるというのならば観光地にもなり万々歳。
ぶわっと煽られて湖に着水した木の葉を眺め、二人は再びアルコールで喉を潤した。
「……あ、魚!」
「え?どこどこ?」
そんな二人の足元で影が泳ぐ。
遠目でもわかるその影は二人を見つけたのか、こちらに向かってきているようだ。
この湖は餌付けさえた魚がいるのかもしれない。一つ。また一つと増える影にスマホを構え、今かと待ちわび。
「えっ?」
カメラ越しに見つめていた手を降ろし、言葉を失った。
それは明らかに虫の形をしていた。
くねくねと揺れる細長い体に二本の触手。群がり、次々と浮上してくる。
それは、大人の腕程もある蛹に見えた。
言葉を失って思わず立ち上がり、身を寄せた二人が目にしたのは更に悍ましい光景だった。
巨大な虫が蠢いている。それらは正しく蛹である。
裂けた殻から見覚えのある、しかし、記憶にあるより圧倒的に恐ろしいフォルムがずるりと羽を広げて二人を見つめた。
「いやぁぁああああああああ!!!!!」
凍り付いていた思考が "ソレ" を "ソレ" と認識し、悲鳴を上げさせた。
瞬間、耳を刺したのはそれらの大合唱。爆音のモスキート音だ。
振り向けば森林から、巨大樹から、大人の男の胴体程はある蚊の群れが二人をじいと眺めている。
キャンプ場には干からびた人間の体が転がっていた。
***
「今日は夕方から雨になる」らしい。
朝食時、寮の食堂で渡された折り畳み傘は、傘という高尚な物を普段持ち歩かない自分の為にと用意されていた物だった。それを忘れずスクールバッグに押し込み、白い制服に袖を通した登校時間の空は雨予報が嘘のようだ。
空色の晴天にヒラヒラとアゲハチョウが舞い、高く昇っていく。
巨大樹に向かっていくそれを見送り、ノックというには控えめな衝突音に部屋をそっと慎重に開いた。
「おはよう、トト」
音の正体は白い毛玉であり、ここで飼われているウサギのトトだ。
管理人のペットであり、基本的には寮内で放し飼いにされているが、飼い主に似たウサギは賢く、自分も此処の住人誰もトトが粗相をする姿など見た事がない。
庭にはまだ数羽のウサギが飼育されているのだが、トトはその誰ともいる様子はなかった。一羽で動き回っているのを見るに、どうやら、お気に入りの飼い主を探しているのだろう。
じっと見上げる丸い瞳に口元を緩め、少年、藤原陵(フジワラ ミサキ)はトトの頭を撫でた。
「いってきます」
ミサキに撫でられ、満足そうに片耳を揺らしてトトは庭に向かっていく。
ドアは閉められているが、彼はペット用のくぐり戸を抜けると慣れた様子で外へ行ってしまった。
やはり、飼い主は庭に居る。
ミサキは再度部屋のカギを確認し、正面玄関へ向かった。
巨大樹。「ユグドラシル計画」が成功したのはミサキが生まれる前。今から20年は前の事だ。
当時、地球温暖化による環境破壊が騒がれる中、着々と気温は上がり続けて多くの動物を絶滅させ、海面上昇により沈んだ陸地で食料の確保すら困難になった時代があった。
そんな折だ。とある団体が推し進めていた巨大樹、ユグドラシルの再生が成功したのは。
安全な無菌室で。温室で。そして、万全に管理された土と肥料を用意されてメキメキと成長したそれは存分に与えられる光と栄養でもって1年程で高層ビルを超える姿に成長した。
その成功例を元に同時進行で進められた巨大樹計画は次々と成功して酸素を生み。水を蓄えて土地を潤し。照りつける太陽光すら柔らかな木陰に変えていった。
そうして人間は巨大樹に救われたのだ。
しかし、当然救われたのは人間だけであるわけがない。
「白服は?!」
「つ、通報はしました!でもまだ・・」
通学路にたむろする野次馬を掻き分けて強引に割り込めば花を散らす桜の下で女子高生が二人、倉庫らしい建物を指差し悲鳴を上げていた。
ミサキと同じ女鳥東高校(めとりひがしこうこう)の制服だ。
彼女たちの近くでは会社員らしい男性が二人係りで "三人目" の足を懸命に抑えていた。
考えるより先に体は動く。
「き、君!危ないぞ!白服には通報してあるから待ちなさい!」
「大丈夫です」
スマホを構える命知らずの腕を降ろさせ、前に出た。
すかさず止められて首からチェーンを引っ張り出す。
「自分も白服なので」
ぽかん、と。
会社員がミサキのドッグタグで輝く雉の印を見つめて手を離した。
駆け寄り見上げて、バッグからバトンスタンガンを取り出した。充電は十分にしてある。
ピピッ。
タグがかすかな電子音を鳴らした直後、バトンは青白く電撃を帯び、バチバチと火花を散らした。
「貴方たちも離れてください」
目標はクモだ。
どうやらこの倉庫は長く無人であったらしい。
大人の男程まで成長したクモが細く長い足で少女を巣に絡め取り、既に神経毒が注入されてしまったのか、女子生徒の顔色は悪かった。
ミサキはスタンガンで糸を焼き切ると、近くに止められていた軽トラックの荷台から運転席の上に上る。
女子高生も、クモも目前。
高電圧を流すスタンガンにクモは四本の前足を持ち上げて威嚇行動を見せるが、ミサキは即座に巣を焼き切り、女子高生を救出した。彼女は落下する事は無く、数本残った糸により地面に落ちる事は無くぶら下がって男性に救助されている。
それを見遣ったミサキは再びクモを見上げ、両前足を振り下ろすクモへ躊躇なくスタンガンを薙いだ。
クモの足が易く次々切断され、驚き、逃げようとする巨体を、壁を蹴って追い掛け。ぶくぶく太った腹を足場に、大顎開いたクモの頭にスタンガンを振り下ろした。
ずどん。
そうして網目を纏ってアスファルトに落下したクモの頭は潰され、絶命している。
あまりにあっけないクモの最期に野次馬で集まっていた面々はぽかんと間抜け面晒し、到着した白いツナギの男の道を阻んだ。
その白ツナギすらミサキと足元に転がるクモの死骸に驚き見つめていたが。
「パトロールご苦労様です。すみませんが、この後学校なのでクモの処理をお願いできますか?」
「は、、?はい??」
「ありがとうございます。失礼します」
「は?これを?駆除したのか?君が‥???」
駆け付けた男は決して肯定した訳ではなかったのだが、勘違いしたミサキの足は止まらない。
ぬるりと伝う黄色い体液をウェットティッシュで何度も拭い、桜の下で欠伸を零す友人に眉を顰めた。
「おはよーミサキ」
「おはよう、イツキ」
金髪に眠そうな目元。右耳のみを飾る赤いピアス。それに白い制服の下に赤いパーカーを着た立派な校則違反者は天宮樹(アマミヤ イツキ)。同じクラスの同級生だ。
ミサキが白服と一緒に居るのが面白いのか、ニヤニヤと笑うイツキがミサキのチェーンを指さした。
その表情はにまにま。厭らしさは無いが揶揄の色の濃いものだ。
彼が何を言いたいか。大体の見当はついている。
「流石はミサキ。白服最年少の期待の新人。今日は平和な一日であればいいねっ」
「うるせえ」
「ははwじゃ、おれ "センセー" と約束あるから」
「うん。また後で」
朝から忙しい奴だ。
自分と同じ方向から、少し早くに出ていた筈のイツキはミサキが虫を駆除するまで立ち止まって見守り。そうかと思えば、今度は忙しく追い越していく。
その先には少し背の低く黒い短髪が眠そうに背中を丸めて歩いていた。
「……良く言うわ」
思わず肩を竦める。
「お前も俺と同じ白服だろう」
イツキの首元にはミサキと同じ細いチェーンがぶら下がっているのだ。
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今より20年前。
ミサキの知る虫は今と全く違う姿をしていたらしい。
指先程の。もしくは、多くのそれらが手の平に収まる程度の大きさしかなく、人気で稀少な種類は売買され、飼育され。時に食用にされていた事すらあった。
しかし、今の虫は当時とは全てが掛け離れて巨大で悍ましいモノばかりだ。
それの発生当時は甚大な被害をももたらしている。
農作物や家畜。本来ならば虫を捕食する鳥類や獣。そして、人間までも。
世界樹の幹から大量発生した巨大な虫たちは世界中で全てを貪り、国が認めた駆除人が各地に配置されて駆除されるまで災厄は続いた。
そして、それは今も終息していない。
世界樹を切り倒す計画も一度はあったようだが、幹には巨大な虫が巣を張ってひしめき合ってそれも叶わず、繁殖し続けているこの現状の根本的な解決は望めなかった。
虫が発見される度。
通報される度。
被害が出る度。
市町村に配属されている "人類種生存環境保護局" 、通称 "白服" の人間が命懸けで駆除を続けてきた。
それはまだ学生であるミサキや、イツキすら例外ではない。
最年少で本部チームに抜擢された二人は学業を続けながらも過酷な最前線で戦い続けているのだ。
「ミサキ」
ミサキはイツキと同じだった。中学卒業で正式に白服の一員になった。
白いツナギのワッペンには虫の巨大化で絶滅危惧種に指定されている雉がイメージされたロゴが刺繍され、その下には所属しているチームが記載されているワッペンがあった。本部所属の文字も。
「ミサキ。お前はおれたちの目標なんだよ」
「………」
「は、はは‥待ってて‥今‥」
足を引き摺る。
いつものように早退して本部に戻り、チームメイトと合流して出動した先は、まさかまさか川を渡った先の小学校だ。
数年前に増改築があり、綺麗になったばかりの校内は変わり果てて見る影もない。
羽音が耳に障る。
悲鳴が。助けを求めて泣き叫ぶ仲間の声があちこちから聞こえていた。
しかし、イツキは武器を手にしたまま戦う事も無く、ただ、ミサキの肩を支えて引き摺り、只管に出口へ向かっていた。
「大丈夫だから‥!」
「………」
「もう少し・・リーダーが‥みんなが助けてくれるから‥!」
「………」
「がんばれ」
気は急く。のに。一向に出口は見えない。仲間は周りにたくさんいる。それでも助けは来ない。
だって、みんな倒れて動かないから。
体力は奪われて、夥しい亡骸と血溜まりに足元は悪い。
「ミサキ」
どうして。
何度呼んでも返事は無い。
返されるのは、パキン、と。枝を折る音だ。
ずず、と。何かをすする音だ。
「………」
見るな。
見てはいけない。
「くそ‥早く‥外に‥!」
首を振って前を見据えた。
階段を降りていく。
ああ。重い。
「………あ…」
ああ。
血に。染まった。大鏡に映るのは。
「………」
友人だった男の下半身に喰らい付いた大人の胴体程の幼虫と、呼吸を止めているミサキの虚ろな目玉だった。
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