虫宿し

冬透とおる

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pin.08「雉の翼」

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朝霧館の朝は穏やかだ。


廊下を走る小さな足音に起こされて部屋を出れば、夕方には閉められていた筈のカーテンがすべて開かれていて、明るい朝の陽ざしを廊下いっぱい照らしている。
木の葉もさらさらと揺れて、耳に届く鳥の鳴き声。池で金魚が跳ねる微かな水音。

ただひとつ、虫の声だけがここには届かない。

あまりに平和で優しい朝の風景は、やはり慣れるまで数日を有したが今では心地良い目覚めを届けてくれている。
足元で眠そうに耳を揺らすワズを抱えた。小さな欠伸。

「お前、まだ寝てていいんだぞ?」

つぶらな瞳がリッカを見上げるついてくるつもりらしい。
二人が自室の扉を閉める音でイツキも起きたのだろう。隣室から漏れ聞こえるアラームの音を放置して欠伸を思う存分堪能しながら階段を下り、暖炉のあるエントランスを横切って食堂へ。
広い食堂は貴族の食卓のような、片側7~8人は座れるんじゃないかと思われる長いテーブルがどんと置かれても余裕がある。クリーム色のテーブルクロスもシミ一つなく清潔だ。
そんなテーブルの1席では早朝にも関わらず既に制服に着替えたシロハがスマホを手にコーヒーを傾けていた。

「リーダー、はざっす」
「シロハでええよ」
「シロハ‥さん」
「はい。おはよう」

シロハの前に食器はなく、コーヒーと添えられたクッキーがそこにあるだけだ。
食後の一服というやつらしい。

「おはよう、リッカさん」
「おはようございます、リンさん」
「ふふ。おはよう、ワズ。すっかり懐いたね」
「うん。まだトトみたいに芸は出来ねえけど、すげえ可愛い。譲ってくれてありがとうございます」
「いいえ。その子がリッカさんを選んだんだ。ワズの気持ちを優先しただけよ」

シロハの隣に座り、スマホを覗いていたリンがレモン入りの氷水が満ちたピッチャーを手に立ち上がった。
優しい声にくすぐったさを覚えて足元のワズを探すが、彼は既に食堂の窓際に置かれたウサギスペース(ベッド、エサ皿、チモシーボックス、トイレが置かれてジョイントマットが敷かれたうさぎ用スペース)に向かっている。
飼い主を差し置いてワズの食事は既に用意されていたらしい。
既に食事を終えたトトはベッドの中に寝転がっていてなんとも平和だ。

「待っててね」
「お願いしますっ」

リッカとイツキの分だろう、空っぽだったふたつのグラスにレモン水を注いでリンは隣のキッチンに引っ込んでしまう。
そんな細い背中を見送って水を煽るとヨタヨタフラフラとなんとも睡眠不足感満載のイツキが食堂のドアを開き、リッカの隣に沈んだ。

「おい」
「はよ‥せんせえ」
「いや絶対寝てるだろ」

イツキが朝が弱いのは昔から。
白服になっても変わらなかったのかと今更ながらため息こぼし、ふと、シロハの視線を感じて顔を上げた。
怪訝な顔だ。

「な、なに‥?」
「いや、リーダーの私差し置いてリンには敬語なんやなって」
「あ~‥なんというか‥雰囲気‥?」
「は?」
「なんか‥家庭科のおばあちゃん先生みたいというか‥」

シロハが噴出し。
イツキの目が見開かれる。

全く違う反応の二人に驚き怯えて怯み、咄嗟に座っていた椅子を盾にした。

「ど、どうしたんだよ!?」
「おまってめっ‥!リンさんへの侮辱は許されないよ?!」
「ちがうちがう和むってだけだぜ!!?」

そうだ忘れていた。イツキは重度のリン信者だったのだ。
ここ数日で気付いたイツキのリンリスペクトを忘れた己の軽率さを後悔しつつ、腹を抱えて笑うシロハに助け舟を求めて諦めた。
シロハが助けてくれるはずがない。それどころかきっと面白がって助長する。
どうしようか考えあぐねるリッカを助けたのはキッチンワゴンを押すリン自身だった。

「おはよう、イツキさん」
「おはようございます!リンさん!」

切り替えの早さに開いた口が塞がらない。
お前は女子かと慄くリッカを他所に、イツキは輝く目をリンに向けていた。
ユキといい。イツキといい。二人のリンへのくそでか感情は異常だ。一体彼らに何があったというのか。いずれそらを理解した時、俺もこうなるのだろうか。
遠い目を虚空に向けるリッカを心配したのか、指先で頬を突かれて我に返る。

「だいじょうぶかい?」
「あ、ああ」

見ればテーブルには朝食が並べられていた。

「すっげ」

目の前にあるのは相変わらずバランスも見栄えも良い朝食だ。
ワンプレートにはクロワッサン。ケチャップが映えるスクランブルエッグ、ウィンナー、ベーコン、グリーンサラダが彩り良く盛り付けられ、コンソメスープには手作りのクルトンが添えられている。ガラスのデザートカップはオレンジが眩しい。
手際よく作られたのだろうそれらは少しも冷めている様子はない。
その上味も最高なのだ。
バターの甘い香りをいっぱいに吸い込んでやさしさいっぱいの食事を口に運んだ。

「うまあ‥!」
「ああ目が覚める‥」

イツキも熱いスープで目が覚めたようだ。
この朝霧邸に来た時から毎日欠かさず提供される朝と夜の食事はすべてリンが手作りしていると聞いた時は閉口したがこの味を知ってしまえば戻れない。この朝食がなければ一日が始まらないのだ。
ちなみに昼食も前日までにお願いしておけば作ってくれるらしいのだが、メグミとトレーニングを積んでいるリッカは昼食を本部の食堂で済ましていた。
しかし。

「はい。お弁当ね」
「あ、あざっす!」
「ありがとう、リンさん!」

今日からは学校が再開される為、リンの手作り弁当だ。
テーブルに置かれた二つのランチバッグはお揃いの色違いで用意されていた。
イツキは赤。リッカは青。それぞれ二段の弁当箱が入れられたそれは十分すぎる重量があった。

「お前が学校で食ってた弁当か‥!」
「そうそう!リンさんのお弁当かわいくておいしいんだよねえ!」
「シロハも言ってくれればこさえるのに」
「気持ちだけでいい」
「シロハさんずっとデスクでコンビニ飯じゃないですか」
「朝と夜しっかり食わせてもろてるからそれで十分や」

コーヒーを飲み干したシロハにリンが苦笑して見せる。
クッキーまでしっかり食べ終わったシロハはショルダーバッグを背負い、すれ違いざまリンの肩を叩いた。

「またあとでな」
「うん」

「?」

なんだろう。シロハの表情が硬いような。
首を傾げるも一瞬の表情の変化で何がわかるわけもなく、味わって食事を続けるイツキを倣う。

「そういや、カホとユキは?」
「あの子たちならまだ寝ているんじゃないかなあ。まあ、間に合うように起こすからだいじょうぶ」
「ユキはともかく、カホが起きないんだよなあ」
「ああ‥なるほど‥」

何となくわかる気がする。
同時に、昨日まで彼らと出会わなかった事実に納得がいった。つまりは、生活リズムがまるっきり違うのだ。
きっと今頃ユキは布団と仲良しの妹を叩き起こしているに違いない。

「大変だなあ」

まったくもって他人事である。
疲れ切ったユキと、未だスウェット姿のカホの二人が食堂に現れる頃には食後のカフェオレも半分以上飲み切って、クッキーの小皿が空っぽになった頃だった。



***


「白服?!リッカが!!?」
「お、おう」

学校は一週間振りだ。
リンに送り出されてイツキと登校するやクラスメイトに囲まれたリッカは首に下げたドッグタグを引っ張り出され、羨望と好奇心、若干の畏怖の混ざった複雑な眼差しを受け、担任からは無謀な行動を叱られる。
余りにも慌ただしく過ぎた午前の授業を疲れた頭で思い出し、アカリとイツキ、三人で屋上に訪れた。
そして、初めてアカリに詰め寄られる。

「だ、大丈夫なの‥?」
「あ、ああ‥」

アカリの心配が痛いほど伝わってくる。
無理もない。クラスメイトで、白服で、イツキのバディだったミサキが死んだのだ。
その穴を埋める様にイツキのチームに入ったリッカを心配しない筈がない。
案の定、アカリは納得出来ない様に眉間にしわを寄せ、イツキを見遣り、項垂れた。

「アカリ?」
「わかってるの。イツキくんに聞いたわ。リッカ、虫宿し、だったんでしょ…?」
「……ああ‥」
「治療の為にもチームに入らなきゃいけないって‥」

どうやらイツキは随分話していたらしい。
ちらりと見遣ると弁当を黙々と食べ続けていたイツキが肩を竦めた。

「話さないと余計心配するでしょ?」

それはそうだ。
しかし、同時に虫宿しの事は黙っておきたかった。複雑である。
返す言葉も見つからないリッカを前にアカリもそれ以上の話を見つけられないのか、三人には珍しく重い空気が流れて会話も続かない。
頬を掻くリッカに、ふと、思いついた様にイツキが助け船を出した。

「そんなにリッカが心配ならさ、アカリもおれらのとこ来る?」

「えっ?」
「は?!」

二人同時に、違う意味を持って身を乗り出した。

「いいの?!」
「何言ってんだよイツキ!アカリをチームに入れるのか!?」

驚く二人にイツキは冷静だ。
口いっぱいに弁当を頬張ってスマホを開いた。

「いや、チームに入るんじゃなくて、ゲストとして執務室まで遊びに来る分には大丈夫だと思うんだ。シロハさんそんなに厳しい人じゃないし、仲間も良い奴ばっかだし」
「いや、でも‥」
「シロハさんにはおれから聞いておいてあげるよ」
「本当?!ありがと、イツキくん!」
「ええ」

リッカを置いて盛り上がる二人に疎外感すら覚える。
しかし、慌ててイツキの肩を掴むと無理矢理に振り向かせた。

「お、おい!シロハさんになんて言うんだよ?関係者以外立ち入り禁止だろ?!」
「ええ?本部内のレストランと庭は一般の人利用できるんだから大丈夫だよ。バレないバレない!許可だってとるし!」
「お前、だからって‥」
「庭?!はいれるの!?白服の本部の庭って芝生も広くてすごいんだよね?!」
「本部もすごいし、おれらの寮なんて温泉も芝生の庭も池もあるよ」
「行きたい!!」

ああ。ここまで興味を持ってしまえばダメとは言えない。
ひとり肩を落とすリッカを他所にイツキは楽しそうで、アカリの瞳は輝いている。
シロハにどう説明したものか。
怒られる。呆れられる事も視野に入れるリッカを知ってか知らずか、二人はなんとも楽しそうだ。

「いいよね、リッカ?」
「大丈夫だって」

その自信はどこから来るのか。
堪能しきって空になった弁当を片付け、教室に戻る。
途中で買ったパックジュースは甘いカフェオレだ。リンの煎れたカフェオレが恋しい。
じるじると行儀悪く音を立てて啜りながら、ふと、思い至ってアカリを振り向いた。

「なに?」

例え仕事場は無理でも、寮なら許して貰えるかも知れない。
あのリンの事だ。きっと歓迎してくれるだろう。

「アカリ」

そう思ったら口が勝手に滑っていた。

「寮来るなら俺の部屋遊びに来てみろよ。ウサギ飼い始めたからさ」
「うさぎ?!」
「オレンジ色のウサギ。譲ってもらったんだ。多分、アカリにも懐くと思う」

ぱあとアカリの瞳が輝いた。
なるほど、これは癖になる。ウサギもそうだがリンに会わせた時の反応も気になった。
……言えば、彼女の分の食事も用意してもらえないだろうか。
楽しそうに笑う少女の笑顔がいとおしく、思わず目を細めたリッカは、しかし、唐突に肩に衝撃を感じてよろめいた。

「な、んだよ‥」

思わず立ち止まって振り向いた先。廊下の真ん中でリッカを見つめているのは隣のクラスの男子だった。
編み込んだ黒髪には金色のメッシュが混ざり、耳には金のピアスにイヤーカフ。派手な見た目はリッカの知らない男子だったが、その目は不機嫌にリッカを睨んでいるようだ。
そして、その隣に立つピンクのウェーブヘアを二つ結びにした女子も同様リッカに敵意を向けているよう。

二人とも見覚えはなく、当然反感を買った覚えもまったくない。
ならばリッカの不注意で自分からぶつかってしまったのか。と、慌てて頭を下げた。

「悪いな」

しかし、二人の眼光は一層厳しくなるばかりだ。
むしろ殺気すらある。

「…何なんだよ」
「ん?どうした?」
「なんでもねえ」

そうなればこれ以上関わるつもりもなかった。
少し距離が開いていたリッカは急ぎ足で追いつき、教室へ戻っていく。
授業が始まるまであと数分。ギリギリ間に合ったようだ。

「ん?」

机に戻るなりスマホが振動する。
中身を確認する前にイツキが前に立ち、にやりと笑って見下ろした。

「ふふふ」
「授業始まんぞ?」
「…センセー?制服とスタンガン持ってきてる?」

呆れた声で咎めるもにまにまと笑うイツキが席に戻る気配はない。
確認するようなイツキの視線に頷き返した。

「ああ。シロハさんにもリンさんにも言われたからな。全部纏めてこっちのバッグに」
「ふふふ。関心関心♪」
「は?」

制服を持ち歩くよう念を押されたのは記憶に新しい。
実は、忘れかけた白服の制服をリンが出掛けに教えてくれていたのだが、それは敢えて伏せておいた。
制服とバトンスタンガン。そして、テーザー銃が仕舞われたナップサックは某スポーツメーカーのシンプルな物だ。
それなりに重量のあるそれを持ち上げ、ふと気付く。

「まさか」
「はい」

なるほど。イツキはこうして毎回消えていたのか。

「出動です」

虫が出たらしい。
スマホに届いた通知はグループメッセージでシロハからのものだった。
大至急現場に来いと言う。

「ど、どうやって行くんだ?」
「メグミちゃん達がもう迎えに来てくれてる。10分以内に到着だ。保健室で着替えてくよ。ほら、早く!」
「あ、ああ」

仲間が迎えに来てくれていたのか。
イツキに急かされるまま教室を出る直前、アカリの視線に気づいて振り向き、片手を上げた。

「また明日な!」

リッカが気付いた事に驚いたらしいアカリが数回瞬き、ふと、笑う。

「また明日ね、リッカ。イツキくん」
「またねえ」

安堵した。

「リッカ」
「んだよ」
「……やさしいじゃん」
「うるせえ」

ああ。まったくもってこの男は余計な事を言う。
走りながらイツキの頭を小突くと笑い交じりに非難の声が上がった。



***


背中に翼を広げた雉のシルエットが印刷された新品同様の白いツナギ。
絶縁仕様の白いハーフフィンガーグローブ。
小型のテーザー銃。

テーブルに広げたそれらはここ数日手元に無かったものばかりだ。
全身鏡の前に立ってレッグベルトを太腿に装着し、テーザー銃を差し込みグローブを嵌めた。
腰には細く、長いチェーンを二重にしてベルトのようにつけ。
右耳には吉祥結びにタッセルの赤いピアス。

一番大切なタグは取り上げられてしまったが、久々に目にした白服姿の自分をぼんやりと眺めて通知を鳴らすスマホを開く。目を細めた。

「へえ」

此処からそう遠くはない。
しかし、一班が要請されたのならすぐに終わってしまうだろうか。

「………」

少し考えて青色のキャリーバッグを肩に背負い。


「いってきます」


窓際の写真に笑いかけた。



*



白服の仕事は様々。
虫の駆除はもちろん、対策やパトロール。
町や公共施設への忌避剤の散布も行えば、虫の生態調査も行っている。
それでも町で見かける白服の殆どは各市町村に配属された人員に任されている。余程大きな事例でもなければ本部に所属している人員は動かない。その主な仕事は要人警護だ。

……とは。誰もが知っている噂である。

「…出勤て普通にあるんだな」
「当然だろ。俺たちだって遊んでるわけじゃねえんだ」
「1匹2匹なら拠点に任せるけどね。数が増えればアタシたちの仕事なのよ」

メグミが呆れたように肩を竦め、キャラがそれに補足する。
確かにいいコンビなのかもしれない。
しかし。

「でけえ」

二人の武器のえげつなさはどうした。

メグミが火炎放射器を使うことは知っていたのだが、どう見ても重々しいマシンガンにしか見えない。
銃口は縦に二つあり、それぞれ形状が違うように見える。銃身にトリガー。そして、本来マガジンが差し込まれているだろう部分には太いホースが伸び、背負うタンクへと繋がっている。

「何キロあるんだよ」

なるほど確かにゴリラである。
頼もしさが天井を知らない。

加えて男の隣に立つキャラが手にしているのは身長以上はあるだろう、枝刃が付いた鉄の片鎌槍だ。
握りには申し訳程度に絶縁素材が使われてはいるようだが全体が鉄素材のそれが危険な事に変わりない。本部に居た頃は付けていなかった黒いグローブは絶縁仕様だろう。

見た目は美女と野獣。
しかし、戦場に立つ姿はどう見ても優秀な戦士の出で立ちだ。

ポカンと見つめるリッカを現実に引き戻したのはイツキの咳払いの声だった。

「リッカ」
「あ、わ、悪い」

促されてKEEPOUTのテープを超える。
そんな特別な行動は普段ならばわくわくもするだろう。が、今、リッカの胸を占めるのは緊張と恐怖だ。
学校の時とは違う。逃げることは許されず、自らの足で危険に歩み寄る恐怖。
ぎゅうとスタンガンを握りしめて深く息を吸い込んだ。

「よし、大丈夫だ‥」

言い聞かせる。
メグミが運転するジープで連れてこられたのは市内の公園だった。
家から近い訳ではないのだが、全く知らない場所でもない。ジャングルジムやターザンロープなどの簡易なアスレチックが設置されている広い公園だ。ここではイベントも多く行っていた。
その公園には白服が集まり、一般人の立ち入り規制が引かれていた。

「シロハ!」
「ああ。こっちや」

誰もが背中に雉のシルエットを背負った白いツナギを着ている中でスーツに似た黒い制服のシロハは非常に目立つ。
片手を上げたシロハに駆けよれば、彼の足元には籠に入った赤いフラッグが用意されている。

「リーダー。それは?」
「今回の仕事道具や」

嫌な予感がする。
そもそもなんで至る所穴だらけなんだ。
シロハのタブレット端末には公園の地図が表示されている。

「今回の虫はアリジゴクや。数日前から近隣で"アリ"の姿が確認されてなかったが、どうも喰われてたらしい。公園の掃除や剪定で夜立ち入り禁止にしてたら穴ぽこだらけや」
「大量‥って‥」
「…連中同士で食い合っててくれりゃ俺達も楽出来んのによ・・」
「残念ながら野良の動物だけじゃなく、公園に出入りしてたホームレスや酔っ払い。質が悪いやんちゃな連中が喰われたらしい。私らの仕事や」

聞けば二日程の間に一気に増えたらしい。
遺体を近所の人が発見して白服へ通報が行ったようだ。

「………」

ならば、片隅にあるビニールの中には亡骸が安置されているのか。
ぞわりと血が冷えた。

「…アリジゴクかあ」

しかし、チームのメンバーは深刻そうな顔をしている。

「アリジゴクってあれだろ?穴掘って、落ちた獲物を狩るんだろう?」

思わずイツキを見遣る。
しかし、その表情は浮かなかった。

「そうだよ。砂場にすり鉢状の穴を掘って獲物が落ちてくるのを待つ。ただ、万一落ちるとやばいんだ」
「へ?」
「いちばん最悪なのは連中の捕食方法よ。ああもう最悪だわ」
「ほしょく?」
「最近姿見なかったから油断したな。まさかこんな密集してるなんてな‥」
「密集?」

間抜けに呟いて"穴ぽこだらけ"の公園を見やった。
砂場も芝生もアスファルトの駐車場も見境なく巣を作ったのかあちこちに穴が開いている。
穴の周りには数人の白服が命綱を頼りに駆除をしている様子が確認できた。しかも相当慎重に。
ぽかんと歯抜けた表情を晒すリッカにシロハはため息をついて見せ、肩を突つき、突いたその手の平を上に向け、指を折り曲げて仰ぎリッカを呼び寄せた。

「こい」
「あ、はい」

向かった先は遺体が安置されていると思わしきブルーシートの囲いの中だ。
亡骸を認識した瞬間に口を覆って息を殺した。

「うっ…!!」
「わかったか?」

嫌でも理解した。
シートに寝かされている亡骸は苦悶の表情で赤黒く干からびきっている。余りに無残な遺体に言葉も出ない。
口を。腹を抑えて背中を向けるリッカの隣でシロハが語り掛けたのは白衣姿の男と。

「リッカちゃん!」
「…かほ‥?」

カホだ。
腰まで伸びる髪を猫の尻尾のように揺らし、学校の制服だろう中華模様が刺繍された赤く極端に短いセーラー服姿のリボンを抜いてタグを下げ、白衣を羽織っている。

「お前‥なんで‥」
「お仕事ッスよ。ボクらは虫のサンプル回収と仏さんの検死の為に呼ばれたッス!」

その遺体を前にしてリッカとカホとは違いがありすぎる。これが経験の差かと思いつつ、こうはなりたくないなと眉を寄せた。遺体を前にして何も感じない人間には、可能ならばなりたくない。恐ろしすぎる。

「君が橘立夏君だねえ?」
「…へ?」
「はじめましてえ。人類種生存環境保護局、害虫対策課研究調査班班長、の、柴田葵(シバタ アオイ)でーす」
「シバタせんせの下でお手伝いしてる朝霧夏帆だよお!」
「いや、お前は知ってるけど」

思わず突っ込む。
当然だが、シバタとは初対面だ。
リンと同じ間延びした口調は、しかし、和やかな印象のある優しい声とは程遠い。まるで人を揶揄するような厭らしいものだった。リンのような好印象は欠片もない。悪い大人のそれ。

「………」

思わず警戒してシロハの後ろに下がったリッカに、シバタは「あちゃー」と、残念とも思っていない声で頭を掻いた。

「あははー。まあだ僕何にもしてないんだけどなあ。警戒されちゃったねぇ」
「お前の本性見抜いてるんや。で、仏さん、どやった?あんま私ら時間ないんやけど」
「はいはい」

呆れたシロハに笑って返し、シバタはまだ若くピアスだらけの亡骸の前にしゃがんで首に、太腿に指をさす。

「ごく一般的なアリジゴク。ウスバカゲロウの幼虫で間違いないね。アリジゴクは餌を引きずり込むと消化液を注入して溶かし、中からじゅるじゅる体液を啜るんだ。この牙の後だと結構な大きさだろうね」
「すす‥る‥?」
「アリジゴクが注入する毒素はフグ毒で有名なテトロドトキシンの130倍。嚙まれたら終わりッス。その上苦しみながら体の中身だけ溶かされて啜られて‥」
「僕らが子どもの時は小指程度の大きさで、脅威ではなかったんだけどねえ。まあ。このサイズになったらねえ」

心臓が凍えて全身が冷え切っていく。
しかし、それは本当の事で。知っておくべきことなのだ。
それでも蒼褪めたリッカにやりすぎたと感じたシバタは困ったように苦く笑い。思い出したように白衣のポケットからアルミのピルケースを取り出した。

「リッカ君。ちょうどいいから、君にこれをあげるよ」
「へ?」
「君の腹に巣食った虫の成長を抑制する薬。今日から毎日一日一回必ず飲んでね」
「…完成したのか?」
「試作品さ。虫に合った薬を作るのは容易じゃないんだ。その薬が切れた時に一度検査をする」
「………ありがとうございます‥」

薬はせいぜい一週間分だろう。ケースをポケットに戻し、ふらふらとその中から離脱した。
シロハが追い掛けてくる様子もない。暫くここに居るのだろう。

「リッカちゃん!」

呼び止められた。

「カホ」
「大丈夫ッスよ」
「……へ?」
「虫は確かにめちゃめちゃ大きいッスけど、あの子たちは基本臆病ッス。それは体が巨大になっても変わらない、本能だから」
「………」

彼女なりに励ましてくれているのだろう。
上目遣いにリッカを見上げる瞳があまりに真剣で一瞬心臓が跳ねた。

「虫よりも強い自分になるッス。それが、リッカちゃんの中にいる虫を手懐ける唯一の方法ッスよ!」
「…虫より強くなる‥」
「うん!じゃあ、ボクは戻るッス!リッカちゃん!!ファイトッ!!!」
「あ、ああ」

ぱたぱたと戻っていく彼女は小動物か、子猫のようだ。
小さな白衣の背中にはリッカと同じ雉のシルエットを背負っている。

「いける?」

待っていてくれたのか、一班の仲間がそこにいた。
メグミがフラッグの入った籠を手に笑う。

「雉は日本の国鳥だ。俺らの背中にいるのはオスの雉。勇敢の象徴らしいぜ?」
「覚悟決まったら行くわよ」
「……」

実際に雉を見たことはない。
虫が巨大化し、繁殖していく中鳥類の殆どは絶滅危惧種だ。小鳥すらなかなかお目にかかれない。
しかし、雉はさぞかしかっこいいのだろう。

「行こう!」

スタンガンを肩に背負い、仲間の背中を追い掛けた。





-to be continued-
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「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

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