推測と繋ぎし黒は

貳方オロア

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  緑静けき鐘は鳴る【中】

(参加)

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「キャンペーンの日は、岩撫いわなで田上たがみたちと一緒に、梵鐘が勝手に鳴りだした件について話し合ってから、地下の入口まで行きました。それが午後三時頃です。梵鐘の件はまあ、置いておきましょうか。ですがここまではあなたがたも御存知だったはずで、その後深記子みきこさんたちと話していた内容も……。結局地下の閉鎖には至りませんでした。まさかロックを強制的に壊して入ったとは、我々も想定なんか出来ませんでしたよ。私はその後岩撫と田上を手伝ってから、本堂へ行っています。祈祷のための供物整理、それから祈祷ふだをキャンペーン参加者に手渡すために会館へ戻りました。午後五時過ぎにも会館にいました。アルバイトの中水流なかづるさんという巫女さんも一緒でしたから、聞いていただければ分かると思います」



円山まるやまさんにも、降旗ふりはたさんが死んだ時間に地下入口へ近づいたと断定出来るものは、何もないということか……。と生祈うぶきは思った。
堂賀さんの頭の中にあるであろう、容疑者リストの人々は全員、降旗さんを殺すことは不可能だったということになる。殺人だった場合でも。



生祈が冷湿布状態の今、メモを取っているのは朝比あさひだ。
ノートを見つめ、向かい側のホームを見つめ。姿勢を楽にしているようだ。その姿を見て、堂賀さんは何か考えているのかな。と生祈は思った。



慈満寺じみつじにいらしたのは、いつ頃のことですか?」

朝比は言い、バッグからファイルを取り出す。朝比の隣に円山は腰を下ろしていたので、ファイルが繰られていくのを、眼をぱちくりしながら眺めていた。

「二年前です。八尾坂やおさか教授と共にIDロックに携わった時には、慈満寺の僧侶ではありませんでした」

「大月住職から招集が掛かったということですか」

「同じ宗派ではありましたが、あまりないことです。ただ八尾坂教授のめいとあらば、引き受けないわけにはいきませんでしたからね……」

言って、円山は脚を伸ばした。



「集まりと言えば、オリエンテーションの件はお気になさらず。体調が悪いんですから仕方ないことです」

円山に言われて、生祈は肩をすくめた。
出る気は元々なかったようなものだけれど、会館裏のドアの中を確かめて、結局オリエンテーションに参加することもままならず。



前日の話し合いの時に、陸奥谷むつだに大学へ行くことは円山さんにも伝えていて、先約が入っていたということで、岩撫さんに仕事内容を書いたPDFを渡された。と生祈は思い返す。それは今、リュックの中だ。
だが文書では足りないので、直接説明を受けることにはなった。二度手間になってしまった……。と生祈は思い返していた。

生祈は朝比の眼を見つめた。
さいが声を潜めて言う。

「裏の部屋で、何か手掛かりみたいなものはあった?」

「特に気になるものは、何も見つけられなくて……」

「そっか。でもね、こっちは散策中に面白いものを見つけたの」

やりとりは声を潜めていたのだが、麗慈れいじの耳には入っていたようだ。
一応、彼も声を潜めて言った。

「どんな? どんな手掛かり?」

采は苦笑する。

「あのね、掘り起こし跡を見つけたの。たぶん、採掘跡だと思う。一箇所だけ結構大きいものもあってね」



朝比は生祈から受け取ったメモのコピーを見つめている。
円山に言った。

「短期間ですが、慈満寺に勤務していた身として、こんなことをお尋ねするのは恐縮です。宗教法人ということでしたね?」

「慈満寺が、ですか?」

円山は眼をぱちくりする。

「ええ、そうです。法人です」

染ヶ山そめがやまから出土した土偶や埴輪ですが、その売買に関する税というのは、どのようになっていたのですか」

采はポカンとしている。
生祈としては、何が何だか分からない。
麗慈はそもそも聞いていないようだ。成分表示を眼で追っているらしい、ビャンビャン麺の箱のだ。

「ええと……」

円山が言った。

「アリバイの話じゃないんです?」

「突然で申し訳ありません、個人的な興味です」

「そうですね。宗教法人ですから、祈祷札の売買や、そのほか寺の事業、活動に関することについて、税は掛かりません。ですが、土偶や埴輪、ほら、朝比さんも遺品で宝物や、例えば骨董品や甲冑なんかを扱ったりすることがおありでしょう?」

「ええ」

「寺側としての売買となると、宗教以外なのでグレーゾーンなんです。税金に関しては」

「なるほど」



生祈は聞いていて、ちょっとヒヤヒヤした。
大月住職に土偶や埴輪の売買のことを訊き出しただけでも、私は精一杯を通り越していた。
あっさりでもないが、割とあっさり円山さんに訊いちゃって、大丈夫なのか、と。そう生祈は思った。

でも、グレーゾーンということなら、博物館にも寺側にとっても、どうなんだろう? 悪い話ではないのかもしれない?
それに、円山さんはもっと慈満寺に来て長いのかと思っていた。大月住職と出張葬儀に行くんだから、重鎮みたいな存在だと。
生祈は考える。





電車が来た。
そういえば、三人の年齢を聞いていない。
円山さん、田上さん、岩撫さん。頭を丸刈りにしているから、みんな年齢不詳だ。
大月住職や深記子さんは不詳のままでも、そのままの方がいい気がする。と生祈は思った。だめかもしれないが。
堂賀さんも、二十代半ばということしか分からない。

朝比はメモをしている。





◎時間帯と関係者さんのアリバイ調査(大まかに)


午後二時四十分 / 慈満寺の山門ちゃく彩舞音あまね友葉ともは先輩、陳ノ内じんのうちさん、私


午後二時四十分すぎ~午後三時頃 / 堂賀さんの鳴らした梵鐘を聞く。この時恐らく、友葉先輩と堂賀さん、麗慈くんは会っていた?


午後三時すぎ / 深記子さん、および円山さん、田上さん、岩撫さんと接触。堂賀さんと連絡が取れる。
恐らく、堂賀さんは『音』に関する用事を友葉先輩に頼む
地下入口での揉め事(円山さん、深記子さん、大月住職)
彩舞音がいなくなる(無事だったのでよかった)


午後三時四十分頃~ / 
深記子さん:本堂内で巫女として舞っていたらしい


円山さん:
地下入口付近に。午後三時頃。岩撫衛舜、田上紫琉同伴
一度会館へ戻っている。降旗一輔が死んだ時間帯にも会館にいたとのこと。アルバイトの中水流なかづるが証明できる


岩撫さん:梵鐘のところに居た。彼によると田上さんも居たとか(一旦楼鍾台ろうしょうだいを下りてはいるが)


田上さん:元上江洲うえず不動産勤め。岩撫さんと楼鍾台で参拝客を手伝う。午後四時~四時半頃、本堂での用事。以降、楼鍾台
(今の時点では、私としては一番怪しいと思う! もし殺人なら!)


午後三時四十分頃~ / 
大月住職:祈祷のため本堂に居たと思われる(肝心なことは今回訊けなかった、今度訊けるか?)
私と陳ノ内さん:彩舞音を探していた、私が倒れた
堂賀さん:彩舞音と会って、友葉先輩のことで奔走?
防犯カメラが壊されていた


午後五時頃 / 遺体発見。ニット帽、ジーンズ、サンダルの男の人
名前は降旗一輔ふりはたいちすけ。不動産業? 組員(ヤクザ?)と繋がっていたかもしれない


八尾坂やおさか教授:大学で一日論文に掛かり切り


大月住職からの情報:
出土品の土偶・貴金属・埴輪などを、経営不振の時に、陸奥谷大学併設の博物館に売っていたらしい。(守ることと関係があるのかどうかは、不明)


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◎調査のための補足(『怪しい』けど容疑者じゃない人!/私含め)


友葉先輩の意見とか見解とか:
・上江洲不動産に良くない噂
・降旗さんと田上さんに繋がりがある可能性(友葉先輩の見解を受けての考え)
・慈満寺と上江洲不動産の繋がりとは……? いい繋がりか、悪い繋がりか
・緑の少ないこと
・土地は売りに出たのか?
・キャンペーンで持ち直したことについて。関係がどうなるか?(陳ノ内さんいわく)

・慈満寺は宗教法人。土偶売買に関して、税はグレーゾーン


その他いろいろ:
・慈満寺の守りたいもの? → 参拝客?
・大月住職の守りたいもの? → 土偶?

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朝比の字は、お世辞にも綺麗とは言えない。
だが生祈のメモに文言が足された。少しずつ穴が埋まっていく。

何が分かるか、見落としていることがあるかもしれないけれど。
堂賀さんの頭の中のパズルはどうなのだろう……。



電車の中で生祈は、朝比の隣に腰掛けたので、メモの受け渡しはスムーズだった。
そうそう話も聞けない、陸奥谷駅はすぐだから。
各々時間を潰すなか、生祈は朝比と円山と、いくつか言葉を交わしただけだった。ただ、収穫もあった。

円山が三十一歳、田上は二十七歳、岩撫は二十九歳、ということらしい。
生祈と朝比はうんうんと聞いていた。





友葉が抱き着いてきたので、生祈はふらついた。
調査メンバーはほぼ『ハグ賛成派』とみていいなと、生祈は思わず苦笑する。
友葉の病室、劒物けんもつ大学病院。
いたって元気なので、友葉はベッドに寝てもいない。
幸いなことに他のベッドの患者は、留守のようだ。視線が痛いかもしれないと、生祈は思っていたので。



麗慈が『ビャンビャン』の袋から取り出して、全て友葉一人で食べきるのは無理だということになり、配分した。

麗慈と友葉は真っ先にぱくつく。
とりあえず、ビャンビャン麺は簡易冷蔵庫に保管ということになり、友葉は愛玉子オーギョーチー、麗慈はオレンジとベルガモット入り餡の饅頭にがっついた。
美味しいのか、頬を紅潮させている。
蝉の声が窓から入る。





調査も、バイトも、そして楓大も。
やることは多いけれど、人と人との繋がりでやっていくためには、マルチタスクでやる必要があるのかもしれないし、ないのかもしれない。
陳ノ内さんはマルチタスクが苦手だと言っていた。私自身も、得意かどうかは分からない。と生祈は思う。



団子は各々、采と朝比が食べている。
円山は窓から外を眺め、生祈はあんまんだ。だが半分。
なんとなく蚊帳の外になってしまっている円山さん。そう思って、生祈は円山の隣へ行った。

「お団子、食べました?」

「ええ、いただきました。調査の話し合いでしょう」

「あの……、円山さんもご一緒にどうですか」

「私は一応、寺側の人間ではあります。ただやはり、人が死ぬのを放置したままキャンペーンを続行していく御住職の判断には、懐疑的でした。参加してよろしいんですか」

「い、いつもこんな感じじゃないと思いますし! 私が入っているという時点で、頼りないのかもしれないですけれど……。でも、マイナスにはならないと思うんです」

生祈は赤くなった。
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