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緑静けき鐘は鳴る【下】
4.スマホ
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生祈と采と麗慈は、慈満寺会館で生祈の借りている部屋へと戻って来た。
リュックに詰まった本。
八尾坂の元で話を聞き、朝比は道具を借りた。
借りる物は借りた。ということだろう。
何に使うのかは、あまり話題には上らなかった。何の道具なのかも生祈にはよく分からない。
『再度生祈ちゃんの部屋へ行く』というのは、もう、堂賀さんの中では確定らしい。と生祈は思った。
八尾坂の元を辞して生祈はちょっとヘロヘロしていたのに、そこへおかまいなしにハグという名の『打撃』が来たから。
大学図書館、陸奥谷大学併設の図書館で、朝比と生祈は本を借りた。
大学の学生以外にも、一般向けに貸し出しを行っている、図書館だった。
奥の奥にある館内書庫には大学関係者専用のIDカードがないと入ることが出来ないし、閲覧も不可。そこにはさすがに行けなかった。
とりあえず、一般向けのところで本を選んだ。
生祈はほぼ文庫である。
夏休み中、家はカラで、慈満寺でバイト中はいつ家に帰るのかも分からない。
楓大を呼ぶとなれば別だが、手元に本があればいいなと思ったので文庫。
朝比は専ら調査用に、生祈は専ら趣味用に。
で、朝比は一旦九十九社に戻るというので、朝比から預かった本と共に采、麗慈と一緒に戻って来たという感じだった。
「八尾坂教授はどうだったの?」
采が言う。
なんとも言えない感じだったとしか、生祈には思えなかったのだが、とりあえず研究室での様子を二人に話した。
「陳ノ内さん、なんだか秘密裡に動いていてくれたみたいで……」
「采さんは、その、陳ノ内さんからは何も聞いていなかったの?」
「そうねえ、何も聞いていないや」
三人が三人苦笑。
「録音、証言の録音がこれなんですけれど」
ちゃぶ台にスマホを置く生祈。
生祈は朝比からスマホを託されていた。
「あまり見るものはないので、大丈夫ですよ」らしい。
要するに、必要最低限のものしかないから、と言いたいのかな。と生祈は思った。
実際そうだった。
麗慈は畳に寝そべり、采と生祈はちゃぶ台を挟んで向かい合わせだ。
確かに保護はかかっているが、名乗っているようだ。
「名前の部分は飛ばして聞かせる予定だったのかなあ」
「八尾坂教授に?」
「そう」
麗慈と采が言う。
一人は男性、一人は女性のようだ。
「麗慈くんはさっきもアプリを作っていたから、直すこと出来るんじゃない?」
采が言った。
「直すって、なくしてみるってこと、保護を?」
「そう」
「たぶん、完全には元に戻らないと思うけれど……」
朝比のスマホと麗慈のスマホを、接続する。麗慈はスマホをいじりまくる。
生祈と采はその間、図書館からの本を並べて整理、という名の品定めのようなことをしていた。
「采……じゃなくてカナさん、お泊りどうされるんですか?」
「私は一泊二日。家に戻るけれど、惇公が来るよ。岩撫さんがまた、いろいろ便宜をはかってくれたらしいの。朝比さんも、かもね」
「だ、大丈夫ですかね……」
「何か偽名でも使うのかしらね」
采と生祈は苦笑した。
A.A.ミルンのミステリ文庫。
たまにはカフカではない本を、と思って借りたのだ。
「ああ、原作の翻訳ね!」
『のんびりしながら考えるのが合っている』
朝比にそう言われたのが生祈の頭には残っていたので、主に文芸中心に選んだ。
ただ、出来るだけのんびりできるやつを。
生祈の中では、キプリングもそんな感じのジャンルとしてあった。ので、借りてきている。
采が早速手を伸ばして、A.A.ミルンのミステリを捲り始めた。
「あの、どんなのを読むんですか、カナさんは普段?」
「私文芸は苦手だからあんまり読まない。最近は仕事用に児童向けの本に眼を通すようになったなあ。なんだか言葉選びが俊逸で勉強になるの。ああ文芸って言ったら、グレート・ギャツビーにえらく感動した記憶がある」
「なんだか難しそうですね」
「私も何に感動したのかよく分かんない」
お互い、苦笑。
生祈と采はゴロゴロしている。麗慈は作業。
シフト表は手に入れたので、生祈はそれを眺めている。
一日いろんな場所に行って、明日は研修のつづきらしい。
八尾坂教授にメモを見せてしまったけれど、集めた情報は整理しておきたい。
スマホの画面ばかり見ているし、ノートとペンに切り替えよう。
生祈はちゃぶ台に向かった。
「何か分かったの」
采は寝ころびながら、生祈の借りたミステリを読んでいる。
「なんとなく、自分の中で整理したいなあと思って」
「そっかあ」
「終わったー!」
麗慈が叫ぶ。そのままちょこちょこ駆けていく。
「どこいくの?」
「ちょっとトイレ……」
二階にある和室なので、カーテンはない。障子を片方閉め、照明を点ける。
薄暗くなってきた。
茶がちゃぶ台の上に三つ。
直した音声は後で聞くということで、麗慈もゴロゴロし始めた。
生祈はノートに向かう。
堂賀さんが八尾坂教授から道具を借りていることと、何故人が死ぬのかという点を除いて、集めた材料で仮定するならどんなことが考えられるか、とペンを持ちながら、生祈は書いていく。
・采(カナ)さんの言っていた『繋がり』の部分では、あまり良い繋がりではないことが判明。どちらかというと黒い繋がりが多い
・慈満寺、上江洲不動産、戸之洞建設と繋がって、土偶売買の件の他、資金がらみの問題が多かった。トラブルを抱えていた可能性
・死んだ降旗一輔さんは不動産業、異名は『不良債権を片っ端から潰したい人』。慈満寺の僧侶である田上紫琉さんは元上江洲不動産。大月住職は若い頃から黒い繋がり(的屋さんや博徒さんとかの)を持っていた
すると、どうなる?
例えば黒い繋がりはやっぱり、絶ちたいなあと思うのではないか。
何かしら、そうした関係のある人を絶つために、『地下で人が死ぬ』という形をとった殺人、ということも考えられる。
そう考えれば、堂賀さんに対して敵意を露わにしていた田上紫琉さんの態度は、あれは『周りに何か不動産関係で知られれば次は自分が絶たれる』と思ったがゆえの態度かもしれない。
要するに、寺の関係者が死んでしまう可能性があったのかもしれない。
とすれば、私の中では、怪しいのは三人かな……。
とても飛躍している部分が多いかもしれないけれど、と生祈の頭はぐるぐるしていた。
「どう、まとまった?」
采が言った。
「推測ばっかりです」
生祈は苦笑する。
「あ、あのさ、麗慈くんの作ったアプリ、誰かに紹介してみるのとかって大丈夫かな?」
「なんで?」
「あ、いやその……」
「なるほどお」
麗慈はにっこりする。
「堂賀さんに何か言われたな。いいよ。何も仕込んでないよ。あれだろう、生祈ちゃんの」
「そう、彼氏くんね」
采が割り込む。
堂賀さんといい、采もといカナさんといい、『元』を付けて呼んでくれないところが、いいのか、悪いのか……。と生祈は思う。
「その、ええと」
「名前は楓大だよ」
「楓大くんはさ、アプリか何かに詳しいってことだね!」
「たぶん? うーん、違うかもしれないの、元々塾の講師だったんだけれど、最近はプログラミングをやっているって」
「jQueryのバージョンが古いけれど取り替えるの面倒になったとかそういう感じ、の気持ちだったのかなあ」
生祈にはちんぷんかんぷんだ。
麗慈はスマホを見せて寄越す。
大手検索エンジンのサイト、何やらCDNとか書いてある。
「いろいろ書いてあるよ、楓大くんなら好きなんじゃない?」
生祈にはやっぱりちんぷんかんぷんだった。
「そのCDNもいいけれど、麗慈くんのやってくれた音声ファイルは聞かないの?」
采が言った。
「ああ、そうだね聞こう!」
どこか聞きにくさの残る声だが、割と自然な発声に戻ってはいる。
男性の方は名乗っていなかった、八尾坂教授の研究室の学生ということは分かった。
名乗っているのは、中水流という女性。
「中水流って、なんか聞いたことあるわね。ああそう、円山さんと一緒にいたっていう巫女さんじゃない?」
ならば、やることがまだあるな。
田上さんには近寄りがたいけれど、岩撫さんや中水流さん、大月深記子さんにも出来れば、もう少し話を聞きたいな。
それに、バイトをするにあたってお話できる巫女仲間がいれば、それはそれでいいことだなあ。と生祈は思った。
外に出た。
辺りはもう暗い。
中水流は生祈のように、泊まり込みで巫女のバイトをしているようで、ただ時々アパートに戻ることもあるようだが、運良く居たので生祈は彼女を捕まえて、一緒に外に出てきたのだ。
朝比からは、ナイフも託されていた。友葉からのナイフ。
地下で死んだ降旗一輔の死因はまだ朝比から伝えられていないものの、ナイフはヒントになると、渡されたのだった。
採掘跡にも寄ってみるつもりだが、地下入口周辺へ向かう。
リュックに詰まった本。
八尾坂の元で話を聞き、朝比は道具を借りた。
借りる物は借りた。ということだろう。
何に使うのかは、あまり話題には上らなかった。何の道具なのかも生祈にはよく分からない。
『再度生祈ちゃんの部屋へ行く』というのは、もう、堂賀さんの中では確定らしい。と生祈は思った。
八尾坂の元を辞して生祈はちょっとヘロヘロしていたのに、そこへおかまいなしにハグという名の『打撃』が来たから。
大学図書館、陸奥谷大学併設の図書館で、朝比と生祈は本を借りた。
大学の学生以外にも、一般向けに貸し出しを行っている、図書館だった。
奥の奥にある館内書庫には大学関係者専用のIDカードがないと入ることが出来ないし、閲覧も不可。そこにはさすがに行けなかった。
とりあえず、一般向けのところで本を選んだ。
生祈はほぼ文庫である。
夏休み中、家はカラで、慈満寺でバイト中はいつ家に帰るのかも分からない。
楓大を呼ぶとなれば別だが、手元に本があればいいなと思ったので文庫。
朝比は専ら調査用に、生祈は専ら趣味用に。
で、朝比は一旦九十九社に戻るというので、朝比から預かった本と共に采、麗慈と一緒に戻って来たという感じだった。
「八尾坂教授はどうだったの?」
采が言う。
なんとも言えない感じだったとしか、生祈には思えなかったのだが、とりあえず研究室での様子を二人に話した。
「陳ノ内さん、なんだか秘密裡に動いていてくれたみたいで……」
「采さんは、その、陳ノ内さんからは何も聞いていなかったの?」
「そうねえ、何も聞いていないや」
三人が三人苦笑。
「録音、証言の録音がこれなんですけれど」
ちゃぶ台にスマホを置く生祈。
生祈は朝比からスマホを託されていた。
「あまり見るものはないので、大丈夫ですよ」らしい。
要するに、必要最低限のものしかないから、と言いたいのかな。と生祈は思った。
実際そうだった。
麗慈は畳に寝そべり、采と生祈はちゃぶ台を挟んで向かい合わせだ。
確かに保護はかかっているが、名乗っているようだ。
「名前の部分は飛ばして聞かせる予定だったのかなあ」
「八尾坂教授に?」
「そう」
麗慈と采が言う。
一人は男性、一人は女性のようだ。
「麗慈くんはさっきもアプリを作っていたから、直すこと出来るんじゃない?」
采が言った。
「直すって、なくしてみるってこと、保護を?」
「そう」
「たぶん、完全には元に戻らないと思うけれど……」
朝比のスマホと麗慈のスマホを、接続する。麗慈はスマホをいじりまくる。
生祈と采はその間、図書館からの本を並べて整理、という名の品定めのようなことをしていた。
「采……じゃなくてカナさん、お泊りどうされるんですか?」
「私は一泊二日。家に戻るけれど、惇公が来るよ。岩撫さんがまた、いろいろ便宜をはかってくれたらしいの。朝比さんも、かもね」
「だ、大丈夫ですかね……」
「何か偽名でも使うのかしらね」
采と生祈は苦笑した。
A.A.ミルンのミステリ文庫。
たまにはカフカではない本を、と思って借りたのだ。
「ああ、原作の翻訳ね!」
『のんびりしながら考えるのが合っている』
朝比にそう言われたのが生祈の頭には残っていたので、主に文芸中心に選んだ。
ただ、出来るだけのんびりできるやつを。
生祈の中では、キプリングもそんな感じのジャンルとしてあった。ので、借りてきている。
采が早速手を伸ばして、A.A.ミルンのミステリを捲り始めた。
「あの、どんなのを読むんですか、カナさんは普段?」
「私文芸は苦手だからあんまり読まない。最近は仕事用に児童向けの本に眼を通すようになったなあ。なんだか言葉選びが俊逸で勉強になるの。ああ文芸って言ったら、グレート・ギャツビーにえらく感動した記憶がある」
「なんだか難しそうですね」
「私も何に感動したのかよく分かんない」
お互い、苦笑。
生祈と采はゴロゴロしている。麗慈は作業。
シフト表は手に入れたので、生祈はそれを眺めている。
一日いろんな場所に行って、明日は研修のつづきらしい。
八尾坂教授にメモを見せてしまったけれど、集めた情報は整理しておきたい。
スマホの画面ばかり見ているし、ノートとペンに切り替えよう。
生祈はちゃぶ台に向かった。
「何か分かったの」
采は寝ころびながら、生祈の借りたミステリを読んでいる。
「なんとなく、自分の中で整理したいなあと思って」
「そっかあ」
「終わったー!」
麗慈が叫ぶ。そのままちょこちょこ駆けていく。
「どこいくの?」
「ちょっとトイレ……」
二階にある和室なので、カーテンはない。障子を片方閉め、照明を点ける。
薄暗くなってきた。
茶がちゃぶ台の上に三つ。
直した音声は後で聞くということで、麗慈もゴロゴロし始めた。
生祈はノートに向かう。
堂賀さんが八尾坂教授から道具を借りていることと、何故人が死ぬのかという点を除いて、集めた材料で仮定するならどんなことが考えられるか、とペンを持ちながら、生祈は書いていく。
・采(カナ)さんの言っていた『繋がり』の部分では、あまり良い繋がりではないことが判明。どちらかというと黒い繋がりが多い
・慈満寺、上江洲不動産、戸之洞建設と繋がって、土偶売買の件の他、資金がらみの問題が多かった。トラブルを抱えていた可能性
・死んだ降旗一輔さんは不動産業、異名は『不良債権を片っ端から潰したい人』。慈満寺の僧侶である田上紫琉さんは元上江洲不動産。大月住職は若い頃から黒い繋がり(的屋さんや博徒さんとかの)を持っていた
すると、どうなる?
例えば黒い繋がりはやっぱり、絶ちたいなあと思うのではないか。
何かしら、そうした関係のある人を絶つために、『地下で人が死ぬ』という形をとった殺人、ということも考えられる。
そう考えれば、堂賀さんに対して敵意を露わにしていた田上紫琉さんの態度は、あれは『周りに何か不動産関係で知られれば次は自分が絶たれる』と思ったがゆえの態度かもしれない。
要するに、寺の関係者が死んでしまう可能性があったのかもしれない。
とすれば、私の中では、怪しいのは三人かな……。
とても飛躍している部分が多いかもしれないけれど、と生祈の頭はぐるぐるしていた。
「どう、まとまった?」
采が言った。
「推測ばっかりです」
生祈は苦笑する。
「あ、あのさ、麗慈くんの作ったアプリ、誰かに紹介してみるのとかって大丈夫かな?」
「なんで?」
「あ、いやその……」
「なるほどお」
麗慈はにっこりする。
「堂賀さんに何か言われたな。いいよ。何も仕込んでないよ。あれだろう、生祈ちゃんの」
「そう、彼氏くんね」
采が割り込む。
堂賀さんといい、采もといカナさんといい、『元』を付けて呼んでくれないところが、いいのか、悪いのか……。と生祈は思う。
「その、ええと」
「名前は楓大だよ」
「楓大くんはさ、アプリか何かに詳しいってことだね!」
「たぶん? うーん、違うかもしれないの、元々塾の講師だったんだけれど、最近はプログラミングをやっているって」
「jQueryのバージョンが古いけれど取り替えるの面倒になったとかそういう感じ、の気持ちだったのかなあ」
生祈にはちんぷんかんぷんだ。
麗慈はスマホを見せて寄越す。
大手検索エンジンのサイト、何やらCDNとか書いてある。
「いろいろ書いてあるよ、楓大くんなら好きなんじゃない?」
生祈にはやっぱりちんぷんかんぷんだった。
「そのCDNもいいけれど、麗慈くんのやってくれた音声ファイルは聞かないの?」
采が言った。
「ああ、そうだね聞こう!」
どこか聞きにくさの残る声だが、割と自然な発声に戻ってはいる。
男性の方は名乗っていなかった、八尾坂教授の研究室の学生ということは分かった。
名乗っているのは、中水流という女性。
「中水流って、なんか聞いたことあるわね。ああそう、円山さんと一緒にいたっていう巫女さんじゃない?」
ならば、やることがまだあるな。
田上さんには近寄りがたいけれど、岩撫さんや中水流さん、大月深記子さんにも出来れば、もう少し話を聞きたいな。
それに、バイトをするにあたってお話できる巫女仲間がいれば、それはそれでいいことだなあ。と生祈は思った。
外に出た。
辺りはもう暗い。
中水流は生祈のように、泊まり込みで巫女のバイトをしているようで、ただ時々アパートに戻ることもあるようだが、運良く居たので生祈は彼女を捕まえて、一緒に外に出てきたのだ。
朝比からは、ナイフも託されていた。友葉からのナイフ。
地下で死んだ降旗一輔の死因はまだ朝比から伝えられていないものの、ナイフはヒントになると、渡されたのだった。
採掘跡にも寄ってみるつもりだが、地下入口周辺へ向かう。
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