推測と繋ぎし黒は

貳方オロア

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  緑静けき鐘は鳴る【下】

3.茶

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朝比あさひはスマホを取り出した。
生祈うぶきは抽象画を見ている。



さっきの写実画は日本画にほんがって聞いたけれど、こっちのはアクリルか、油絵かなあ。と生祈は思う。
なんとなく、絵具の飛び散り具合や、載せた絵具の厚みとか、いろいろてんこ盛りで、下の地を生かして風合いを見せる水彩のそれではない、ような気がしたので。

短縮すれば『こってり』。

色は、生祈も知っていた『コーラルレッド』。それが画面全体の色で、飛び散った絵具にインディゴ系の緑、ターコイズブルー、白、赤。
どこか風景を描いたようにも、思うがまま自由に『広げたら』こうなった、ようにも見える。



「動物ですかね」

生祈が言った。朝比はスマホを置いて、抽象画を見る。

「動物というと」

「たぶん、いろいろ博物館で見てきた影響もあると思うんですけれど、例えば、海の生き物とか」

「魚という意味ですか」

魚って、動物なのだろうか。

「なんだかお刺身に見えてきました」

生祈が言うと、朝比は笑った。

堂賀どうがさんは何に見えますか」

「インクですね」

「それは、そうですね」

八尾坂やおさかが戻ってきた。






「茶葉がすぐに切れる。夏だが、うちの学生は熱い茶が好きらしい。私が一番飲んでいるがね」

何と答えていいか分からない。
確かに、八尾坂教授の研究室は、冷房が強い気がする。と生祈は思った。

「あの、出土したものの保存のために……」

「いや、温度はうちの学生が勝手にいじっているんだよ。冷房のことだろう?」

生祈は赤くなる。
なんだか、私が自分で軌道を逸らしていない?



八尾坂が座る。
テーブルを挟んで、朝比と生祈が隣、八尾坂はその向かいだ。

「で、再開しよう。抽象画の話でもするか」

「生祈ちゃんから出土品の話が出たので、いかがでしょう教授」

「いいよ。逸れるから、ええと」

「朝比です」

「朝比くんから話をしてくれれば助かる」

「では、土偶について。慈満寺じみつじに、掘り出す権限があるのでしょうか」

「そう、権限な」

八尾坂は茶を啜る。

「慈満寺は寺だ。役所もその辺はうるさいだろう。土偶を寺だけでどうこうというのは出来ないはずだ。たしか、戸之洞とのほら建設だな。ああ、建設か。なら根耒ねごろさんの言っていた上江洲うえず不動産と、繋がるか」

生祈は眼を丸くする。朝比が言う。

「慈満寺と博物館が繋がっていたこと、御存知でしたか」

「知っているよ、もちろんな」

八尾坂は朝比を見た。

「誰に聞いた」

「生祈ちゃんからです。慈満寺側から博物館へ、土偶や出土品が売られていたこと。税に関してはグレーゾーンだと」

「恋愛成就キャンペーンは難局を乗り切るためのものだったことは?」

「知っています」

「その恋愛成就だがな。そういえば一人足りないんじゃないか」



朝比と生祈は顔を見合わせる。
生祈も今、思い出したような感じだったから。

「あの、慈満寺からの呼び出しで円山まるやまさんは」

赤くなる。

「何かやったのか」

「途中まで、一緒にいらしていたんですが……」

「嘘は付けないんだな、また」

八尾坂は苦笑する。

「逸れるな。やっぱり」

「そうですね」

言って、朝比も苦笑する。

「続けても?」

「ぜひ」






「で、だ。今はいないが円山夏一まるやまかいちくんな、二年前に僧侶になったっていうんで、私と共に今の大月住職に協力をな」

「三年前とお聞きしました」

「そうか。とにかく、難局に陥らなくとも元々、参拝客が少ないんだから同じようなもんだと思っていたがね。大月紺慈がすんでのところまで何もしないでいたのは、土偶と埴輪の恩恵が大きいわけだ。だが一時期、戸之洞とのほら建設と揉めてね。いよいよ本当に潰すか否かというところまでいったらしい」

「慈満寺は法人とお聞きしました」

「しかし法人ったって、一輔いちすけとやらも亡くなったからな。恋愛成就キャンペーンとIDロックは、確かに効果はあったろうが」

「八尾坂教授は、慈満寺なりの資金集めの方針に反対だったと」

「そう、否定はしないよ。何もしなければ……」

「しなければ」

「潰れていたろうね。土偶や埴輪だって、金のために利用されることはなかったんだ」

「お金のため、ですか」

沈黙。

「先ほど、友人から連絡をもらいました。『土偶の文様から、その時代に生きた人々の心理状態を分析する』という論文について」

「ああ、そんなのを読んでいたよ」

「慈満寺の本堂の裏で、ですか」

八尾坂は眼を丸くする。生祈もびっくりした。

「何の話だね」

「慈満寺の地下で降旗一輔ふりはたいちすけさんが亡くなった当日、八尾坂教授は学生の方数名と一緒に、慈満寺本堂裏の採掘跡にいたと、証言をくれた方がいます」

「論文は、読んでいたよ」

「そのほかに、何の作業をされていたんです?」

「それは……」

「情報は、友人の陳ノ内じんのうちからです。先ほど連絡をくれました」

生祈は思わず、朝比のスマホを見た。
朝比は生祈にスマホを手渡す。
八尾坂は部屋の中を見回した。






『証言』という言葉で部屋の圧が朝比、生祈、八尾坂のいるテーブルに集まる。
数名の学生の視線が、テーブルへ集中していた。

「い、一体だれが」

「ですから、陳ノ内です。詳細は彼へ。僕の方からは何も」



『仕事の合間に、お茶の子ですよ!』を陳ノ内さんはやっちゃったということなのか?
いや、もしかすると仕事ってはじめからこのことだったんじゃ……、と、いろいろ生祈の頭をよぎる。



「いいですか?」

「あ、ああ、ええと……」

生祈はスマホを朝比に渡した。

「つ、つまり八尾坂教授は、論文を読むために研究室にはいなかったということですか?」

八尾坂は答えない。

「う、嘘はよくないと思います……」

「確かにそうだ。だが私は採掘跡には行っていないよ」

「証拠として、データを送っていただきました」

朝比はスマホを置いた。

「採掘跡にいらしたということは、地層か何かを調査されていたのですか」

「陳ノ内っていうのは、確か記者だったな。根耒ねごろさんと一緒にいた」

生祈は言われて、

「は、はい」

と言った。

朝比の問いには答えない。



「証言の録音もこちらに。お聞きになりますか」

八尾坂は朝比を見た。

「その証言音声は、保護されているんだろう」

「ええ」

「陳ノ内とやらがいろいろ手を回しているなら、その音声も、私のことも、表沙汰になるのか?」

「僕の調査は、公のものではありません」

「葬儀屋だからな。正式なものではないんだろう。根耒さん、今は持っているのかな?」

生祈は言われて咄嗟に取り出した。
調査のメモだろう、と。

一度、八尾坂教授に見せたけれど、見せない方がよかったと、生祈は今更後悔した。






◎時間帯と関係者さんのアリバイ調査(大まかに)

午後二時四十分 / 慈満寺の山門ちゃく彩舞音あまね友葉ともは先輩、陳ノ内さん、私

午後二時四十分すぎ~午後三時頃 / 堂賀さんの鳴らした梵鐘を聞く。この時恐らく、友葉先輩と堂賀さん、麗慈れいじくんは会っていた?

午後三時すぎ / 深記子みきこさん、および円山さん、田上たがみさん、岩撫いわなでさんと接触。堂賀さんと連絡が取れる。
恐らく、堂賀さんは『音』に関する用事を友葉先輩に頼む
地下入口での揉め事(円山さん、深記子さん、大月住職)
彩舞音がいなくなる(無事だったのでよかった)

午後三時四十分頃~ / 
深記子さん:本堂内で巫女として舞っていたらしい

円山さん:
地下入口付近に。午後三時頃。岩撫衛舜、田上紫琉同伴
一度会館へ戻っている。降旗一輔が死んだ時間帯にも会館にいたとのこと。アルバイトの中水流なかづるが証明できる

岩撫さん:梵鐘のところに居た。彼によると田上さんも居たとか(一旦鐘楼しょうろうを下りてはいるが)

田上さん:元上江洲うえず不動産勤め。岩撫さんと鐘楼で参拝客を手伝う。午後四時~四時半頃、本堂での用事。以降、鐘楼
(今の時点では、私としては一番怪しいと思う! もし殺人なら!)

午後三時四十分頃~ / 
大月住職:祈祷のため本堂に居たと思われる(肝心なことは今回訊けなかった、今度訊けるか?)
私と陳ノ内さん:彩舞音を探していた、私が倒れた
堂賀さん:彩舞音と会って、友葉先輩のことで奔走?
防犯カメラが壊されていた

午後五時頃 / 遺体発見。ニット帽、ジーンズ、サンダルの男の人
名前は降旗一輔。不動産業? どこかの組員と繋がっていたかもしれない






「地下で降旗が死んだ。その時は、私も学生も採掘跡から離れていたと、その証言にはなかったか」

言いながら八尾坂は書き加えた。






八尾坂教授:大学で一日論文に掛かり切り    午後零時~午後四時 慈満寺 本堂裏採掘跡

大月住職からの情報:
出土品の土偶・貴金属・埴輪などを、経営不振の時に、陸奥谷大学併設の博物館に売っていたらしい。(守ることと関係があるのかどうかは、不明)

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◎調査のための補足(『怪しい』けど容疑者じゃない人!/私含め)

友葉先輩の意見とか見解とか:
・上江洲不動産に良くない噂
・降旗さんと田上さんに繋がりがある可能性(友葉先輩の見解を受けての考え)
・慈満寺と上江洲不動産の繋がりとは……? いい繋がりか、悪い繋がりか
・緑の少ないこと
・土地は売りに出たのか?
・キャンペーンで持ち直したことについて。関係がどうなるか?(陳ノ内さんいわく)

・慈満寺は宗教法人。土偶売買に関して、税はグレーゾーン


その他いろいろ:
・慈満寺の守りたいもの? → 参拝客?
・大月住職の守りたいもの? → 土偶?






「誰なんだ、証言したのは」

「名前は出せません」

生祈は、あとで堂賀さんに訊いてみよう、と思った。
たぶん、教えてくれるはず。

「あ、あの、嘘はよくないって言いましたけれど、あたしも嘘はつきます。でも……」

八尾坂は眼をぱちくりした。朝比は苦笑する。

「ところで、八尾坂教授にお借りしたいものがあります」

「今のような状態で、朝比くんを何か手伝う気になれると思うか」

「調査に必要です。八尾坂教授なら、お持ちかと」

生祈と八尾坂は顔を見合わせた。
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