推測と繋ぎし黒は

貳方オロア

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  緑静けき鐘は鳴る【下】

2.大学

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あまり気負わず、会ってみればいいと。
陳ノ内じんのうちさんもそんなことを言っていたけれど、あまり気にしないっていうのは、なかなか難しいなあ。楓大そうたのこと。



慈満寺じみつじの地下で、亡くなった降旗一輔ふりはたいちすけの死因は聞きそびれたまま、生祈はてくてく歩く。
すぐ傍がキャンパス、陸奥谷むつだに大学の。
外に出て振り返るとすぐに、そびえ立つように風景に溶け込んでいるとうがあった。

空は青い。
恐らく、棟は博物館よりも二、三倍高さがある。
生祈が大学説明会だかのパンフレットで見たときは、このエリアの棟は七棟くらいあるらしかった。



堂賀どうがさんとはまた話すから、今は八尾坂やおさか教授の話を聞きに行く。
その目的を消化する時なのだ、と生祈は思って、ついていく。
全然、生祈は自分で道を調べていなかった。
朝比あさひはと言えば、あまり気にせずを進めているように見える。



「八尾坂教授と会ったら、堂賀さんはどうするんですか?」

「社に寄っていきます。調査の話と生祈ちゃんの恋人の件を考えるなら、その後は生祈ちゃんの部屋へ再度、行くというのが自然ではないですか」

「自然じゃないですよ」






石畳の上。
大学キャンパスに一歩入れば、学生の国。
多くの大学生が歩いている。

よく刈り込まれた芝と青々とした樹木の間から見える棟。
整然と、規則正しく並んで立っている。



時間帯は午後とあってか、列があり、生祈は眼で追った。
列はキャンパス内のカフェテラスらしき建物へ繋がっている。
三時のおやつ感覚かなあ、と生祈は思う。

とても開放的な造りだ。
生祈は、なんとなく大学名に『のっぺり感』を感じていたので、意外に思った。



「自然じゃないって言ったけれど……」

生祈は言った。

「死因は教えてくれないんですか」

朝比はかぶりを振る。
生祈は少し早足になって、朝比と並んだ。

「あの、堂賀さんはいろいろ見てきたんですよね、その……」

生祈は次に詰まった。朝比が言った。

「臓器の話ですね」

生祈は頷く。

「それって、警察に解剖結果が発表されたりするものなんですか?」

「されます。検死の報告もすでに行っているはずです。動くものは動くでしょうが、調査は続けます」

「あの、それは、『僕らは僕らで調べましょう』ってことですか」

朝比は眼をぱちくりした。
生祈は苦笑する。






七棟といっても、敷地内に七棟寄り固まって見えるだけ。
生祈が見た、パンフレット上ではそうなっていた。
実際は、遠かったり近かったりするものの、棟は別のキャンパスにもある。
生祈は少し、スマホで調べた。



「土……ですかね」

「土ですね」

朝比と生祈はちょっと覗き込むようにしながら移動する。
大学生、学部生と院生だろうか、何やら懸命に掘り起こしているように見える。



八尾坂教授、考古学。
ということは、これは発掘シミュレーション用の土かな?
と生祈は思った。

「たしか、二階だって聞きました。ええと……」

「了解です」

朝比は躊躇なく棟入口へ入る。生祈も後に続いた。






「あの、八尾坂教授は降旗ふりはたさんが亡くなった日に、論文で『土偶の文様から当時の人々の心理状態を分析してみた』っていうのをやっていたそうなんです」

「そうですか。確か麗慈れいじもそんなことを言っていましたね、ほら」

言って朝比はスマホを生祈に渡した。

さいさんが、八尾坂教授が論文で、土偶の文様から当時の人々の心理状態を分析とかなんとか言っていたのが面白かったので、アプリ作ってみた。心理分析系』

麗慈からの文言。
時間はちょうど、生祈が円山まるやまの帰還を待ちわびながら、座っていた際の時刻だった。
その場で作ったのか? という考えを、生祈は抑えて

「八尾坂教授のは論文らしいですけれど、これ、アプリって……」

「生祈ちゃんの恋人に、紹介してみては」

「え……」

生祈は眼をぱちくりやった。

「アプリを?」

「確か今は、塾の講師はやめていると」

「そ、そうです、あたし全然分かんないんですけれど、資料作ると結構売れるとかで……、ああ、プログラミングだそうです」

「話題作りには、いいと思いますよ」

「あ、あの……。麗慈くん、ハッキング目的とかじゃないですよね……」

朝比は苦笑する。

「心配ですか。麗慈の元々の専門は、スマホではなくトレーディングカードゲームに関する市場情報への潜入です。アプリケーションは僕の専門外ですが、プログラミングなど、そちらの分野と繋がるかと思いましてね」






絵があった。
なんだかよく分からない抽象画と、もう一枚は写真としか思えない、リアルな絵。ただ、写真以上に生命力があった。人が描いたものだからだろうか。
知り合いの大学教授に、描いてもらったものだという。



オレンジや玉のような葡萄、果物の瑞々しさと、彩の少なさの対比。
麗慈の興奮を一身に受け止めたであろう恐竜の骨は、豊かな色があったように思う。
一方、絵の骨は、恐らく動物の骨なのだろうが、野菜との色の対比かあまり主張がない。

生祈には何の骨だか分からなかった。
日本画にほんがだという。






何人かの学生が詰めている。
論文を読むのに忙しそうだった。
朝比も、それを傍らで見ている。



「葬儀屋と聞いたが……」

八尾坂が言った。

「随分と印象が……、いや……」

八尾坂と生祈は並んで座っている。
生祈は八尾坂から絵の説明を受けていたところだった。
八尾坂の言葉に、生祈は苦笑した。

堂賀さんって、やっぱり葬儀屋には見えないよなあ。



「あ、あの、私がこんなことを言うのはなんなのですが、外側だけで判断出来ないこともあるので……」

「オツなことを言うね」

八尾坂は立ち上がる。手招き。

「のんびりしていないで、こっちへ」

朝比はつかつかやって来る。
茶を持ってきた学生は、生祈の前へ二つ置いた。

「私から呼んだのはいいが、何を話せばいいかな」

「慈満寺に関することで、八尾坂教授が御存知のこと、何でも構いません」

「そうか。だがな、慈満寺といっても話は山ほどあるが」

「慈満寺の、地下で亡くなった降旗さんの話題なんかいかがでしょう」

「ああ、それは根耒さんにも一回話したんだよ。遺体はどうだった?」

「生前の健康状態は良好だったようです。色が綺麗でした」

「何の色だ」

「臓器の」

「そうか……」

と言って、八尾坂は抽象画に眼を向ける。
なかなか話が進まないと生祈は思って

「お話しいただいた中で、降旗さんが不動産屋さんだったという話がありましたけれど、あ、あの、上江洲うえず不動産というところにお勤めだったのではないでしょうか! あと、やっぱり慈満寺と不動産屋さんって繋がりがあったんでしょうか……」

そう言った。

「あの一輔とやらが上江洲かどうかは分からないが、IDロックはその降旗に壊されたんだろう、刑事の話を小耳に挟んだよ。私はそもそも、IDロックに反対でね。恋愛成就キャンペーンもどうかと思っていたんだよ」

朝比と生祈は顔を見合わせた。

「先代の大月という僧侶の息子、その所業が私は好きではなかった。その一言に尽きるな。先代とは知り合いでね、息子の方は、どうも跡を継ぐつもりはなかったらしくてね」

「大月紺慈こんじさんですね」

「そう。今は立派に慈満寺の御住職として納まっているけれどね、うちの大学の薬学部に居た深記子みきこっていう学生と出会うまでは酷かったと聞いている。繋がりがあると言えば、死んだ降旗も黒い繋がりがあったともっぱらの噂だが、先代の息子も負けちゃいなかったと思うよ」

生祈は眼をぱちくりした。

「そ、それは、的屋さんとか博徒さんとの繋がりということですか」

「随分物腰柔らかに言うね」

生祈は赤くなった。

根耒ねごろさんの言う的屋さんや博徒さんだが、信心深いという点でも負けていないかもしれない。連中だって人間だ。やることは確かにみんな『悪い』のだろうが、嫌な役回りを好き好んでやる人間はあまりいないだろう。慰めが欲しいこともあるだろう」

「慈満寺にですね」

朝比が言って、沈黙。

「逸れたね。話が。ただ降旗が信心深かったかどうかは分からないよ。大月紺慈がその手の繋がりを持っていたというのは間違いないだろう」

実透宝鶴じっとうほうかくさまは、大月住職の師匠でしたね。師匠との出会いは、大月住職にとってどうだったのでしょう」

「そりゃあ、影響しただろう。ただ美野川澄一みのかわすみひとさんを偲ぶ会では泥酔したらしいがね」

八尾坂は眼をぱちくりした。

「実透宝鶴は葬儀屋に酔わされたって聞いたよ」

朝比は微笑んでいる。
生祈は恥ずかしかった。

なぜ私が恥ずかしくなっているのだ。
と生祈は思った。



八尾坂は生祈を見て言った。

「態度に嘘がつけないようだな。すまんね、よく逸れるんだよ話が」

「大月住職は、何故慈満寺を継ぎたがらなかったのでしょう」

「女遊びも派手にやっていたらしいよ。僧侶になる前はな。あの深記子嬢と会わないで、かつ実透さまに修行を受けていなければ、今も僧侶になっていたかどうか怪しいって、先代の大月から聞いたことがあるよ。染ヶ山そめがやまにある寺ということで元々、参拝客が多い方でもなかったからな」

「土偶や埴輪が出土するからですか」

「私の見立てでは、サイズは小さいにしても、古墳がいくつかあったようだ。寺というのは一概に、結界を張るものと聞くがね。他人の墓の結界を荒らしてまで建てた寺に行きたいという人は、あまり、いるかどうかね。とにかく参拝客はあまり多くなかったし、今の大月住職もそれを好ましく思わなかったんだろう」

「では経営難も含め、資金がらみの問題も多かったのでは」

「そうだろうねえ」






なんだか一段落したようだ、と生祈は思った。

八尾坂教授はよく話が逸れるけれど、一応軌道は逸れていないと思いたいなあ。



朝比は茶を飲んだ。生祈も茶を飲む。
一息。

八尾坂教授も、自分用にお茶を淹れに行ったようだ。
たぶん、まだ話すのだろうなあ。と生祈は思う。



朝比は抽象画を見ている。

「あれは何の絵でしょう」

「さあ……、日本画の方は説明してもらえたんですけれど、抽象画の方は、まだ」

朝比は茶を啜る。生祈も啜った。
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