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緑静けき鐘は鳴る【下】
15.読書
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慈満寺に泊まりこみでバイトなり仕事している場合、朝飯と夕飯が出る。
だが生祈は夕飯を断った。
電車に乗りスーパーへ。
食材を買った。多くはない。
それから戻って給湯室へ。
調理器具と簡易コンロがついているので、そこで簡単な料理を作る。
量は二人分。
そして部屋に戻る。
「自分はどうしたいのだろう」と考えた結果だった。
美味しかった古久籐の親子丼のようにも、中華ビャンビャンで朝比がよく買う饅頭にも味は及ばないだろう。
だが生祈は朝比と食事を摂りたいと思った。
あまり会話はなくてもいいから、一緒にいられるとすればこの方がいいと。
少し触れ合う。
「試してみますか」
朝比はそう言った。
だがお互いにやめておいた。
朝比は生祈の部屋を出る。
生祈は朝比に、地下で死んだ降旗の死因が何故感電なのか、尋ねるのを忘れたことを思い出した。
「楓大とやり直したい」
そう言って堂賀さんに相談した。
というより、堂賀さんが相談に乗ってくれると言い出した。
それを自分の中で「いい」としたのも、それもきっと違和感がなかったから。
そして私は堂賀さんが好きなのだろう。
楓大は会ってくれはした。会ってくれた時はとても普通で会話も弾んだ。
でも、それはやり直すために会ってくれたというのではないのかもしれない。
付き合っていた時よりも垢抜けた、少し派手になっていたのも分かる。
誰か好きな人がいるのかもしれない。私ではない誰か。
生祈は自分の手を見つめた。
朝比と触れ合った手だ。
「お取込み中?」
生祈はびっくりして振り返る。
采だった。
生祈はちょっと赤くなった。
「近くに寄ったのよ。こんばんは」
生祈は眼を瞬いた。
「ああ、惇公? いいのいいの慈満寺に居た分取材とか編集があるから適当にやってて~って言われて。私も今度の特集記事でね、大将の話を聞いていたのよ古久籐で。居酒屋特集ね」
采は襖を閉めた。
堂賀さんが行ってから、閉めていなかったんだ襖……。と生祈は思って慌てて姿勢を正す。
「あとこれ。惇公から預かったからよかったら使って」
生祈は采から紙片を数枚受け取る。
どうやら陳ノ内のファイルの一部抜粋コピーのようだ。
生祈はちゃぶ台の上にノートを広げていたので、采は隣にノートパソコンを置いた。
采もといカナさんは今からおそらく仕事のために記事内容をまとめて、私は私で推測をまとめようと思っていたから、ちょうどいいのかもしれないと生祈は思った。
「お互い一段落したら銭湯に行こうか」
采が言う。
生祈は笑って頷いた。
たぶん今回で三回目。
夕方を過ぎて夜へ向かう空。
オレンジ色の煙と光に包まれる小料理店街。
銭湯の帰り道の風景は、違う日でも変わったように見えない。
赤い提灯が風に揺れている。
生祈は采に自分の気持ちを言ってみた。
采は驚いたような顔をした。
「あ、そうそう忘れないように言っておくけれど、小説持ってきたのよ。先日話していたグレートギャツビー」
「読んでいいですか?」
「うん。私も生祈ちゃんの借りた本読みたいし。で、そうねえ朝比さんかあ……。何かあったら真っ先に私に言ってね」
お互いに苦笑した。
何故感電だったのか。
いつ感電したのか。
たぶんそれも堂賀さんは言わなかっただけか、それとも私が聞かなかったから言わなかったのか。
慈満寺会館で生祈にあてがわれている部屋に戻っても、体の芯が銭湯で温まったからかは分からないが、雨上がりの湿気がすぐには抜けないのとは同じように、「気持ち」の話題は続く。
堂賀さんの気持ちは分からない。
そして気持ちの部分には踏み込めない。
でも踏み込めなくても、一緒にいて違和感がない。それは変わらない。
生祈は自分の髪のポイントに触れてみた。
畳の繊維はついていない。
洗っても解けないポイント。
友達として、堂賀さんに作ってもらったもの。
「でも、彼氏くんはどうなんだろうね」
「あ、あのう元彼氏です。カナさんたちに話を聞いてもらったあと会いに行ったんですけれど……。別れた時みたいに気まずい感じじゃなくて、でも普通な感じだったんです。なんとなく雰囲気も違って」
「そうかあ。何とも言えないわけだ」
生祈は頷いた。
「いつ会うの?」
「私も予定が入ったからって断っちゃって……。恋愛成就キャンペーンの話し合いがあるって言ったんです」
「明日だったよね」
「そうです」
そういえば両親からもいまだに返信がない。
生祈は思ったがこの後、連絡は来ることになる。
「じゃあまあ、楓大くんと生祈ちゃんは元恋人同士でというより、友達のままを楓大くんが望んでいるのならそれもいいかもしれないね。朝比さんは……。惇公の友達だから、私も一緒に飲んだりするし、大丈夫だとは思う」
大丈夫とかそういう言葉と縁があるのだろうか、堂賀さんて……。
と生祈は思う。
九十九社のことも、少し采に話す。
堂賀さんが言っていた「扉を守りたい」ということ。
扉を守りたいというのは、地下の宝物殿の扉のことだ。
慈満寺と土偶、出土品のこと。
それを博物館へ売っていたこと。
扉を守りたいのは大月住職だったのだろうか?
炉の前で肉体労働していた田上さんや岩撫さん、そのどちらかだったのだろうか。
死んで倒れている降旗さんの脇を通った、頭を剃り上げている人物。
それとも通った人なんていなくて、あれは偽造された映像だったのかもしれない。何かのカモフラージュ。
など、生祈は考えてみる。
扉を守りたい人がいるということは、扉が開くと不利になる人がいるということかもしれない。
死んだ降旗さんは、不利になる側の人間だったのだろうか?
それとも不利にしたかったのだろうか?
少なくとも候補から外されている大月深記子さんは扉を開けない方針だったはずだから、不利になる側の人間だった? 円山さんも?
八尾坂教授だってどちらかと言えば扉を守りたい側かもしれないし……。
生祈は頭が混乱してきた。
采は生祈の隣で作業。
生祈は自分がいろいろ書いたノートに向かっている。
アリバイを書いたはいいが結局、アリバイ崩しでもなくなっている。
一見すると誰も降旗さんが亡くなるように仕向けてはいないから。
でも別の方面で頭は混乱するし。
「誰が守られていたか」とも堂賀さんは言っていた。
何故守る必要があったのだろう……。
采は生祈と相部屋でいいと言って部屋を取ったらしく、各々布団を用意して寝た。
寝る前の少しの間、読書の時間となった。
大手通販サイトの新刊一覧なんかを采のノートパソコンで見つつ、生祈にとっては楽しい時間が過ぎた。
そして朝、生祈は両親から連絡を受け取った。
だが生祈はこの時寝ていて、そして外からの物音で目が覚めたのだ。
采も同様だった。
外の物音は梵鐘だった。
中水流が慌てて迎えに来て、生祈は中水流の隣へ座っている。
大広間。
生祈は両親からの連絡があったので落ち着かなかった。
あの連絡は、どういうことなんだろう。
それに、何故梵鐘が鳴ったのか。
だが生祈は夕飯を断った。
電車に乗りスーパーへ。
食材を買った。多くはない。
それから戻って給湯室へ。
調理器具と簡易コンロがついているので、そこで簡単な料理を作る。
量は二人分。
そして部屋に戻る。
「自分はどうしたいのだろう」と考えた結果だった。
美味しかった古久籐の親子丼のようにも、中華ビャンビャンで朝比がよく買う饅頭にも味は及ばないだろう。
だが生祈は朝比と食事を摂りたいと思った。
あまり会話はなくてもいいから、一緒にいられるとすればこの方がいいと。
少し触れ合う。
「試してみますか」
朝比はそう言った。
だがお互いにやめておいた。
朝比は生祈の部屋を出る。
生祈は朝比に、地下で死んだ降旗の死因が何故感電なのか、尋ねるのを忘れたことを思い出した。
「楓大とやり直したい」
そう言って堂賀さんに相談した。
というより、堂賀さんが相談に乗ってくれると言い出した。
それを自分の中で「いい」としたのも、それもきっと違和感がなかったから。
そして私は堂賀さんが好きなのだろう。
楓大は会ってくれはした。会ってくれた時はとても普通で会話も弾んだ。
でも、それはやり直すために会ってくれたというのではないのかもしれない。
付き合っていた時よりも垢抜けた、少し派手になっていたのも分かる。
誰か好きな人がいるのかもしれない。私ではない誰か。
生祈は自分の手を見つめた。
朝比と触れ合った手だ。
「お取込み中?」
生祈はびっくりして振り返る。
采だった。
生祈はちょっと赤くなった。
「近くに寄ったのよ。こんばんは」
生祈は眼を瞬いた。
「ああ、惇公? いいのいいの慈満寺に居た分取材とか編集があるから適当にやってて~って言われて。私も今度の特集記事でね、大将の話を聞いていたのよ古久籐で。居酒屋特集ね」
采は襖を閉めた。
堂賀さんが行ってから、閉めていなかったんだ襖……。と生祈は思って慌てて姿勢を正す。
「あとこれ。惇公から預かったからよかったら使って」
生祈は采から紙片を数枚受け取る。
どうやら陳ノ内のファイルの一部抜粋コピーのようだ。
生祈はちゃぶ台の上にノートを広げていたので、采は隣にノートパソコンを置いた。
采もといカナさんは今からおそらく仕事のために記事内容をまとめて、私は私で推測をまとめようと思っていたから、ちょうどいいのかもしれないと生祈は思った。
「お互い一段落したら銭湯に行こうか」
采が言う。
生祈は笑って頷いた。
たぶん今回で三回目。
夕方を過ぎて夜へ向かう空。
オレンジ色の煙と光に包まれる小料理店街。
銭湯の帰り道の風景は、違う日でも変わったように見えない。
赤い提灯が風に揺れている。
生祈は采に自分の気持ちを言ってみた。
采は驚いたような顔をした。
「あ、そうそう忘れないように言っておくけれど、小説持ってきたのよ。先日話していたグレートギャツビー」
「読んでいいですか?」
「うん。私も生祈ちゃんの借りた本読みたいし。で、そうねえ朝比さんかあ……。何かあったら真っ先に私に言ってね」
お互いに苦笑した。
何故感電だったのか。
いつ感電したのか。
たぶんそれも堂賀さんは言わなかっただけか、それとも私が聞かなかったから言わなかったのか。
慈満寺会館で生祈にあてがわれている部屋に戻っても、体の芯が銭湯で温まったからかは分からないが、雨上がりの湿気がすぐには抜けないのとは同じように、「気持ち」の話題は続く。
堂賀さんの気持ちは分からない。
そして気持ちの部分には踏み込めない。
でも踏み込めなくても、一緒にいて違和感がない。それは変わらない。
生祈は自分の髪のポイントに触れてみた。
畳の繊維はついていない。
洗っても解けないポイント。
友達として、堂賀さんに作ってもらったもの。
「でも、彼氏くんはどうなんだろうね」
「あ、あのう元彼氏です。カナさんたちに話を聞いてもらったあと会いに行ったんですけれど……。別れた時みたいに気まずい感じじゃなくて、でも普通な感じだったんです。なんとなく雰囲気も違って」
「そうかあ。何とも言えないわけだ」
生祈は頷いた。
「いつ会うの?」
「私も予定が入ったからって断っちゃって……。恋愛成就キャンペーンの話し合いがあるって言ったんです」
「明日だったよね」
「そうです」
そういえば両親からもいまだに返信がない。
生祈は思ったがこの後、連絡は来ることになる。
「じゃあまあ、楓大くんと生祈ちゃんは元恋人同士でというより、友達のままを楓大くんが望んでいるのならそれもいいかもしれないね。朝比さんは……。惇公の友達だから、私も一緒に飲んだりするし、大丈夫だとは思う」
大丈夫とかそういう言葉と縁があるのだろうか、堂賀さんて……。
と生祈は思う。
九十九社のことも、少し采に話す。
堂賀さんが言っていた「扉を守りたい」ということ。
扉を守りたいというのは、地下の宝物殿の扉のことだ。
慈満寺と土偶、出土品のこと。
それを博物館へ売っていたこと。
扉を守りたいのは大月住職だったのだろうか?
炉の前で肉体労働していた田上さんや岩撫さん、そのどちらかだったのだろうか。
死んで倒れている降旗さんの脇を通った、頭を剃り上げている人物。
それとも通った人なんていなくて、あれは偽造された映像だったのかもしれない。何かのカモフラージュ。
など、生祈は考えてみる。
扉を守りたい人がいるということは、扉が開くと不利になる人がいるということかもしれない。
死んだ降旗さんは、不利になる側の人間だったのだろうか?
それとも不利にしたかったのだろうか?
少なくとも候補から外されている大月深記子さんは扉を開けない方針だったはずだから、不利になる側の人間だった? 円山さんも?
八尾坂教授だってどちらかと言えば扉を守りたい側かもしれないし……。
生祈は頭が混乱してきた。
采は生祈の隣で作業。
生祈は自分がいろいろ書いたノートに向かっている。
アリバイを書いたはいいが結局、アリバイ崩しでもなくなっている。
一見すると誰も降旗さんが亡くなるように仕向けてはいないから。
でも別の方面で頭は混乱するし。
「誰が守られていたか」とも堂賀さんは言っていた。
何故守る必要があったのだろう……。
采は生祈と相部屋でいいと言って部屋を取ったらしく、各々布団を用意して寝た。
寝る前の少しの間、読書の時間となった。
大手通販サイトの新刊一覧なんかを采のノートパソコンで見つつ、生祈にとっては楽しい時間が過ぎた。
そして朝、生祈は両親から連絡を受け取った。
だが生祈はこの時寝ていて、そして外からの物音で目が覚めたのだ。
采も同様だった。
外の物音は梵鐘だった。
中水流が慌てて迎えに来て、生祈は中水流の隣へ座っている。
大広間。
生祈は両親からの連絡があったので落ち着かなかった。
あの連絡は、どういうことなんだろう。
それに、何故梵鐘が鳴ったのか。
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