149 / 180
緑静けき鐘は鳴る【下】
18.暗証
しおりを挟む
騒ぎの広がりが大きくなっていった。
採掘跡から表の方へ。
移動しながら、散らばる人々を生祈は眼で数えてしまう。
騒ぎは広がっている一方で祈祷の音は止んでいる。
大月住職に連絡がいったのかもしれない。
いかない方が変だ。
今、鐘楼からなくなった梵鐘は探されているはず。
数名屯していた的屋の面々も一緒だ。
朝比をはじめ、生祈たちは揃って速歩。
麗慈くんと堂賀さんの言っていた別の音とはあれのことだったのか……と生祈は思ったがやっぱりよく分からず、中水流と眼を合わせるも中水流も「よく分からない」といった様子で表情は苦々しく。
「地下の映像の一部は偽造だったと」
「ええ。あの降旗一輔さんが亡くなって得をするのは御住職だと考えた方が、恐らく」
「内部の方だということですね」
朝比の隣に円山。朝比は肯く。
夜差商事と思われる人々が散らばって声を上げる中を速く速くと、脚を動かす面々。
セキュリティに入り込める誰か。
映像の偽造。
そこだけ予想が当たった。
生祈はきょろきょろ辺りを見回した。
いろんな人がいるけれど、両親の姿は見えない。
前方を歩く朝比と円山、的屋と少し並びつつ生祈と中水流。
と、采も駆けて来た。
「さ……じゃなくてカナさん!」
「ちょっと騒ぎになっているよ。大丈夫なの? 鐘楼の鐘がないって」
地下入口へ着いた。
大月もこちらに気付いたようだ。
どうやら祈祷を中断して、そのままらしい恰好で。
すごい形相だ。
焼けた部分がそのままのIDロック盤。
それに伸びる手を朝比は制した。
「少し、説明しておきます。先日、僕は皆さんご存知の陸奥谷大学の研究室を訪ねました。八尾坂宗次郎という考古学の教授の方に助力いただき、借りた物があります。土壌酸度計という」
「土壌酸度計……、土の状態を調べる道具よね」
采が言った。
大月がこちらに近づいてきたせいか、朝比の隣の円山は表情が強張る。
「朝比さん、大月住職にどう説明なさるおつもりですか」
「ですが結果として、音によるカモフラージュは弱まったということですから」
朝比は笑んだが聞いていても、生祈はいまいちピンと来ない。
なんだか円山の表情も気になってしまう。
「続けます。采さんの仰るように、土壌の酸度を調べるためのものです」
「あ、あの日にですかまさか」
「ええ、大丈夫ですよ返却しておきました。生祈ちゃんとアツが、八尾坂教授を訪ねていた時に僕は、採掘跡にいましてね。酸度、pHは四.七。塩分濃度も高かった。何かを育てるのには不利な土地だということです」
「それって畑とかには向いていないということよね」
采が言った。
「生祈ちゃん、採掘跡の様子はどうでしたか」
「どう……って、その……」
生祈は考える。
前日の夕方から降り出した雨。
参道の石床とかは確か乾いていた。
夜差商事の後ろについて歩いていたとき、雪駄で滑ることはほとんどなかったし。
「土だから……、前日夕方雨も降ったし湿っていたような気もします」
溜まりかねたように円山はIDロック盤に手を掛けた。
だが朝比はそれをまた制した。
「今は危険ですよ」
円山は眼を丸くして朝比を見つめる。
「何が危険なんだ。一体どういう……」
大月が凄んで朝比に言った。
「今は下りません。下りませんが、亡くなった降旗一輔さんのご遺体が運び出されて病院へ回ったあと、僕は地下へ下りてみました。閉ざされている宝物殿の扉を見るためです。開けるための装飾は施されていませんでした。扉の話であれば興味がおありでしょう、御住職」
「お前の話に興味があるとかそういう問題ではない」
「一部偽造された映像が出回っているのを昨日お話しましたね。恐らく内部の方が作ったもので、それは御住職の姿でした」
岩撫と田上もいつの間にか来ていた。
夜差商事の面々も数名。
生祈は辺りを見回す。
両親の姿はない。
「出回った映像を見た人には、今ここにいる何名かも含まれているはずです。僕と、それから生祈ちゃんも含めて」
「根耒さんはアルバイトではないのか」
大月が言うので生祈はしどろもどろ。
「あの……、たまたま焚き上げの場所で田上さんたちに見せていただいて」
「誰が映像を偽造したのかは置いておきましょう。映像は破棄される予定だったそうですが、内部の方が偽造をするくらいです。地下宝物殿の扉の開け方を、大月住職が御存知である。僕はそう解釈しました」
いつの間にか大月深記子もやって来ていた。
「慈満寺にある扉の多くには現在、セキュリティによる制限と管理が施されています。一方地下の宝物殿の扉には、外側から開くために必要な工夫が施されていませんでした。セキュリティロックは主に、それぞれのIDカードに付される暗証番号を記憶したチップによって開閉が出来る。一度決めてしまえば、二度三度と変更は行いません。その他、暗証番号の数字が毎日変更されるタイプのものも存在しますが、あくまで僕の予測と可能性の話です、地下宝物殿の扉の開閉には、それに近い方法がとられていたのではないかと」
「地下内部の扉にはセキュリティロックは掛かっていないのよ」
言ったのは深記子だ。
「ええ。ですから扉の外側ではなく、その内側です。あの扉は恐らく、慈満寺建立以来から変わっていないのでしょう。先ほど僕が言った毎日変更のあるコンビネーション・ロックに似た【絡繰】が作用しているのではないかと」
朝比は笑んだ。
「その絡繰を解読および解除出来るのは、大月住職だと知っている方が内部にいるということです」
生祈は思わず大月の顔を見た。
大月の表情は何も語らない。
採掘跡から表の方へ。
移動しながら、散らばる人々を生祈は眼で数えてしまう。
騒ぎは広がっている一方で祈祷の音は止んでいる。
大月住職に連絡がいったのかもしれない。
いかない方が変だ。
今、鐘楼からなくなった梵鐘は探されているはず。
数名屯していた的屋の面々も一緒だ。
朝比をはじめ、生祈たちは揃って速歩。
麗慈くんと堂賀さんの言っていた別の音とはあれのことだったのか……と生祈は思ったがやっぱりよく分からず、中水流と眼を合わせるも中水流も「よく分からない」といった様子で表情は苦々しく。
「地下の映像の一部は偽造だったと」
「ええ。あの降旗一輔さんが亡くなって得をするのは御住職だと考えた方が、恐らく」
「内部の方だということですね」
朝比の隣に円山。朝比は肯く。
夜差商事と思われる人々が散らばって声を上げる中を速く速くと、脚を動かす面々。
セキュリティに入り込める誰か。
映像の偽造。
そこだけ予想が当たった。
生祈はきょろきょろ辺りを見回した。
いろんな人がいるけれど、両親の姿は見えない。
前方を歩く朝比と円山、的屋と少し並びつつ生祈と中水流。
と、采も駆けて来た。
「さ……じゃなくてカナさん!」
「ちょっと騒ぎになっているよ。大丈夫なの? 鐘楼の鐘がないって」
地下入口へ着いた。
大月もこちらに気付いたようだ。
どうやら祈祷を中断して、そのままらしい恰好で。
すごい形相だ。
焼けた部分がそのままのIDロック盤。
それに伸びる手を朝比は制した。
「少し、説明しておきます。先日、僕は皆さんご存知の陸奥谷大学の研究室を訪ねました。八尾坂宗次郎という考古学の教授の方に助力いただき、借りた物があります。土壌酸度計という」
「土壌酸度計……、土の状態を調べる道具よね」
采が言った。
大月がこちらに近づいてきたせいか、朝比の隣の円山は表情が強張る。
「朝比さん、大月住職にどう説明なさるおつもりですか」
「ですが結果として、音によるカモフラージュは弱まったということですから」
朝比は笑んだが聞いていても、生祈はいまいちピンと来ない。
なんだか円山の表情も気になってしまう。
「続けます。采さんの仰るように、土壌の酸度を調べるためのものです」
「あ、あの日にですかまさか」
「ええ、大丈夫ですよ返却しておきました。生祈ちゃんとアツが、八尾坂教授を訪ねていた時に僕は、採掘跡にいましてね。酸度、pHは四.七。塩分濃度も高かった。何かを育てるのには不利な土地だということです」
「それって畑とかには向いていないということよね」
采が言った。
「生祈ちゃん、採掘跡の様子はどうでしたか」
「どう……って、その……」
生祈は考える。
前日の夕方から降り出した雨。
参道の石床とかは確か乾いていた。
夜差商事の後ろについて歩いていたとき、雪駄で滑ることはほとんどなかったし。
「土だから……、前日夕方雨も降ったし湿っていたような気もします」
溜まりかねたように円山はIDロック盤に手を掛けた。
だが朝比はそれをまた制した。
「今は危険ですよ」
円山は眼を丸くして朝比を見つめる。
「何が危険なんだ。一体どういう……」
大月が凄んで朝比に言った。
「今は下りません。下りませんが、亡くなった降旗一輔さんのご遺体が運び出されて病院へ回ったあと、僕は地下へ下りてみました。閉ざされている宝物殿の扉を見るためです。開けるための装飾は施されていませんでした。扉の話であれば興味がおありでしょう、御住職」
「お前の話に興味があるとかそういう問題ではない」
「一部偽造された映像が出回っているのを昨日お話しましたね。恐らく内部の方が作ったもので、それは御住職の姿でした」
岩撫と田上もいつの間にか来ていた。
夜差商事の面々も数名。
生祈は辺りを見回す。
両親の姿はない。
「出回った映像を見た人には、今ここにいる何名かも含まれているはずです。僕と、それから生祈ちゃんも含めて」
「根耒さんはアルバイトではないのか」
大月が言うので生祈はしどろもどろ。
「あの……、たまたま焚き上げの場所で田上さんたちに見せていただいて」
「誰が映像を偽造したのかは置いておきましょう。映像は破棄される予定だったそうですが、内部の方が偽造をするくらいです。地下宝物殿の扉の開け方を、大月住職が御存知である。僕はそう解釈しました」
いつの間にか大月深記子もやって来ていた。
「慈満寺にある扉の多くには現在、セキュリティによる制限と管理が施されています。一方地下の宝物殿の扉には、外側から開くために必要な工夫が施されていませんでした。セキュリティロックは主に、それぞれのIDカードに付される暗証番号を記憶したチップによって開閉が出来る。一度決めてしまえば、二度三度と変更は行いません。その他、暗証番号の数字が毎日変更されるタイプのものも存在しますが、あくまで僕の予測と可能性の話です、地下宝物殿の扉の開閉には、それに近い方法がとられていたのではないかと」
「地下内部の扉にはセキュリティロックは掛かっていないのよ」
言ったのは深記子だ。
「ええ。ですから扉の外側ではなく、その内側です。あの扉は恐らく、慈満寺建立以来から変わっていないのでしょう。先ほど僕が言った毎日変更のあるコンビネーション・ロックに似た【絡繰】が作用しているのではないかと」
朝比は笑んだ。
「その絡繰を解読および解除出来るのは、大月住職だと知っている方が内部にいるということです」
生祈は思わず大月の顔を見た。
大月の表情は何も語らない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる