148 / 180
緑静けき鐘は鳴る【下】
17.屯
しおりを挟む
楼鍾台の黒い布の下はからっぽだった。
あるはずのものがなくて、それが今ここにある。
どう見ても梵鐘だ。
青銅色の巨大な銅鐸、例えば教科書に載っているようなやつ、それを途中からすっぱり切って開いた穴。それも大穴だ。
実際には銅鐸でもないし、途中からすっぱり切って造ってあるのかどうかもよく分からないけれど、とにかく大きな黒い空洞が眼の前にある。
そして鐘の表面としての部分はほぼ向こうを向いている。
どっしり横たわっている感じだ。
大きい。
息せき切っている音、近くに気配。
生祈は振り向くと、中水流だった。
「ど、どうしたのよ何があったのよこれ」
生祈が言いきらなかったことを中水流が言いきった。
だが屯している数名に睨みを利かされ黙る。
朝比は言った。
「分かりますか?」
生祈と中水流は同時、一緒にかぶりを振った。
「吸って」
朝比は生祈と中水流の手の片方へそれぞれ、自分の手を載せる。
小さな瓶。
中に液体。
「な、なんですかこれ」
「生祈ちゃんは、特に」
朝比の眼を見て咄嗟に生祈は瓶の中身を吸い込んだ。
少し香りがする。お香、香水のような。
「吸うって嗅ぐってこと?」
中水流が言った。
生祈は肯いた。
大きな音。
ずっと響いて生祈たちの所まで音の波が到達する。
いま本堂で行われている祈祷の音だが、どこまでも大きい。
「中断はしていないようだけれど……」
中水流は言った。
「で、でも朝比さんどうして梵鐘が」
朝比は中水流を制した。
生祈は聴いた。
何か別の音がする。
途端に気分が悪くなってきた。
「い、今のってまさか……」
何か気付け薬か何かしらですかと言おうとして言いきらず、朝比は一言「ええ」と言って歩き出す。
「ど、どこへ?」
「そこへ梵鐘を移した理由を確かめに」
生祈も歩く。
朝比はきょとんとした。
「大丈夫ですから。あたしも行きます」
中水流も一緒だ。音のする方へ。
途中途中で祈祷の音が遮るが、明らかに別の音は近くなってきた。
生祈はだんだん分かってきた。
さっきのは本当に気付け薬だ。
どんどん気分が悪くなるのに押し留まっているのは、そのお陰なのだろう。
音が急に大きくなった。
「何この音」
中水流も苦い顔をする。
「下からです。予測だとこの辺りなんです」
鈍い、何か物と物との間を抜けるようにくぐもりつつ、そして激しい音だ。
だが生祈はその音で気分が悪くなっていたのではなかった。
自分でもそれが分かる。
慈満寺の社務所の裏の部屋に脚を踏み入れようとした時の感覚と同じだった。
中水流が言った。
「さっき居た人たちって、あのう……」
「ええ的屋さんです」
「やっぱり……」
「中華ビャンビャンの甘味ドリンクがお好きだそうです。たまに見かけていたので、手伝っていただきました」
「そのう、やっぱり梵鐘はじゃあ、朝比さんが」
「ドリンク、美味しいそうですよ」
朝比は笑って言った。
中水流の腹が鳴る。
赤くなる。
「僕としては饅頭が、おすすめですがね」
「味のラインナップとか分かりますか」
音が鳴った。下から。
生祈が言った。
「あ、あのこの音は……」
「いま行われている祈祷の音だけでは、容易に聴こえてしまう、ということです」
生祈と中水流は顔を見合わせて眼をぱちくり。
足音。
生祈はハッとした。
誰か来た。
あるはずのものがなくて、それが今ここにある。
どう見ても梵鐘だ。
青銅色の巨大な銅鐸、例えば教科書に載っているようなやつ、それを途中からすっぱり切って開いた穴。それも大穴だ。
実際には銅鐸でもないし、途中からすっぱり切って造ってあるのかどうかもよく分からないけれど、とにかく大きな黒い空洞が眼の前にある。
そして鐘の表面としての部分はほぼ向こうを向いている。
どっしり横たわっている感じだ。
大きい。
息せき切っている音、近くに気配。
生祈は振り向くと、中水流だった。
「ど、どうしたのよ何があったのよこれ」
生祈が言いきらなかったことを中水流が言いきった。
だが屯している数名に睨みを利かされ黙る。
朝比は言った。
「分かりますか?」
生祈と中水流は同時、一緒にかぶりを振った。
「吸って」
朝比は生祈と中水流の手の片方へそれぞれ、自分の手を載せる。
小さな瓶。
中に液体。
「な、なんですかこれ」
「生祈ちゃんは、特に」
朝比の眼を見て咄嗟に生祈は瓶の中身を吸い込んだ。
少し香りがする。お香、香水のような。
「吸うって嗅ぐってこと?」
中水流が言った。
生祈は肯いた。
大きな音。
ずっと響いて生祈たちの所まで音の波が到達する。
いま本堂で行われている祈祷の音だが、どこまでも大きい。
「中断はしていないようだけれど……」
中水流は言った。
「で、でも朝比さんどうして梵鐘が」
朝比は中水流を制した。
生祈は聴いた。
何か別の音がする。
途端に気分が悪くなってきた。
「い、今のってまさか……」
何か気付け薬か何かしらですかと言おうとして言いきらず、朝比は一言「ええ」と言って歩き出す。
「ど、どこへ?」
「そこへ梵鐘を移した理由を確かめに」
生祈も歩く。
朝比はきょとんとした。
「大丈夫ですから。あたしも行きます」
中水流も一緒だ。音のする方へ。
途中途中で祈祷の音が遮るが、明らかに別の音は近くなってきた。
生祈はだんだん分かってきた。
さっきのは本当に気付け薬だ。
どんどん気分が悪くなるのに押し留まっているのは、そのお陰なのだろう。
音が急に大きくなった。
「何この音」
中水流も苦い顔をする。
「下からです。予測だとこの辺りなんです」
鈍い、何か物と物との間を抜けるようにくぐもりつつ、そして激しい音だ。
だが生祈はその音で気分が悪くなっていたのではなかった。
自分でもそれが分かる。
慈満寺の社務所の裏の部屋に脚を踏み入れようとした時の感覚と同じだった。
中水流が言った。
「さっき居た人たちって、あのう……」
「ええ的屋さんです」
「やっぱり……」
「中華ビャンビャンの甘味ドリンクがお好きだそうです。たまに見かけていたので、手伝っていただきました」
「そのう、やっぱり梵鐘はじゃあ、朝比さんが」
「ドリンク、美味しいそうですよ」
朝比は笑って言った。
中水流の腹が鳴る。
赤くなる。
「僕としては饅頭が、おすすめですがね」
「味のラインナップとか分かりますか」
音が鳴った。下から。
生祈が言った。
「あ、あのこの音は……」
「いま行われている祈祷の音だけでは、容易に聴こえてしまう、ということです」
生祈と中水流は顔を見合わせて眼をぱちくり。
足音。
生祈はハッとした。
誰か来た。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる