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白を以て逃走と追跡につき
23.白
しおりを挟む「【書斎】の葬儀は単独の仕事ですから、内容は秘しておきましょう。その前に権限の、譲渡です」
「譲渡?」
陳ノ内は眼をぱちくりやった。
「ええ」
朝比は言って、その手に持った金の香炉と光る粒を合わせた。
というか中に組み入れたようだ。
「嵐道様所有のアイドル事務所、その権限譲渡です」
「つまりそれは、レブラ、黒田零乃の、ということ?」
「ええ。アイドル事務所の権限譲渡が済めば、黒田零乃さんの活動拠点は西海岸の……州に移動します」
外の音が大きくなり、何州かは聞き逃した。
ともかく零乃の活動拠点が変わるということだな。
その前にお咎めを受けるだろうか、悪い場合は警察の。
とか陳ノ内はいろいろ考えつつ。
「俺は生憎美野川の事務所から零乃の活動休止の理由を、今まで何も得ることが出来なかったんだがね。だから追う必要があったんだ」
「あまり詳しいことは僕にも分かりません。僕は一介の、葬儀屋に過ぎませんからね。ただ嵐道様は、生前、黒田さんの権限譲渡と奥様を切り離しておきたかったのは、そうでしょう。開きました」
陳ノ内は朝比の手元を見る。
朝比の手にある香炉は変な部分が開いており、そこからUSBメモリが出てきた。
「譲渡の要、です」
「つまり何だ。上手くまとまらないが黒田零乃に対する悔いとやらを、生前の美野川氏は」
陳ノ内はそこで、少し考える。
「朝比でいいのか」
「お好きなように」
「一介の葬儀屋であるあんたに託した。ということ?」
朝比は苦笑した。
「堂賀でいいです」
立ち上がる。
砂が叩きつける音。
それは窓の外だ。
銃口がこちらを向いている。
外のヘリコプターの中からだ。
陳ノ内は声を上げた。
「横、外に」
「作業は続けます」
朝比は言った。
デスクトップパソコンへ向かう。
陳ノ内の解釈。
黒田零乃は、突然レブラとしての活動を休止し人が変わったようになった。
アイドル時代も度々何かあったのは間違いない。
それは記者として追っていたから分かる。
ただ対峙した時に受けた感じは、以前には見られなかったものだ。
要するに黒田零乃はレブラという名義、アイドルという状態に白と黒をつけたと。
それは美野川一族との個人的事情もあってのこと、ということだろうか。
「受け取る手筈になっている、と零乃に云っていたのは?」
「アイドル事務所権限の移動には金の香炉の、譲渡も含まれています」
「それは権限移動と締結の記念に、ということ?」
「ええ」
あの『美野川嵐道を偲ぶ会』の瀬戸宇治ドーム内に本物の金の香炉は、なかったということだろう。
だが零乃はそれを知らなかったし、外のヘリコプターから銃口をこちらへ向けている連中にもきっと、それは伝わっていないのだろう。
と陳ノ内は思った。
「七面倒臭い手掛かりをばら撒いて、俺にここまで追わせたのは何故だ」
「『葬儀屋としてのプライドを記事にしていただきたかったから』です。それにアツは、黒田さんの【掃除】を止めてくれました」
朝比は微笑んだ。
陳ノ内も苦笑する。
外がにわかに騒がしくなったのは散弾銃の連射が激しくなったからだ。
だが嵌め込まれたガラスはすぐに割れることはない。
弾が放たれている銃口も一定の向きを保っているわけではなかった。
朝比と陳ノ内に向かっていた銃口の位置が、違う方向へ逸れている。
朝比は変わらず作業を続けている。
陳ノ内は少しソファから身を仰け反らせて外の様子を伺おうとした。
何機かヘリコプターがあるようだ。
捜査員が一人、陳ノ内の傍へ来た。
「自分らの味方の機です。あなたも脱出を」
陳ノ内は眼をぱちくりした。
「朝比……堂賀はどうするんだ」
「【書斎】の葬儀を終えたらここを、出られるそうです」
陳ノ内はかぶりを振った。
「いま撃ち合っているのが」
「レブラさんの言っていた所謂【掃除】ということです。恐らくですが」
捜査員は答えた。
陳ノ内は朝比に向かって言った。
「零乃は偲ぶ会も【掃除】する気だったのかな」
「譲渡が終わりましたよ」
朝比はパソコンから顔を上げて言った。
「その可能性はあります。先程定金さんから連絡をいただきました。嵐道様を偲ぶ会は平穏無事に、終わりそうだと」
一枚窓ガラスに大きめの穴が開く。
そこから入り込む砂と風圧。
「千ノ木さん」
朝比は捜査員に言った。
「アツを頼みましたよ」
撃ち合いもそうだが上のビルも徐々に侵食してきているようで、その音がひたすら陳ノ内の耳を聾していく。
朝比は一人で【書斎】から別の部屋へ続くであろうドアの傍へ寄って、ドアノブに手を掛けた。
陳ノ内は「千ノ木」と呼ばれた捜査員を見る。
「自分寿さんと同じ警備会社なんです」
頭に黒いヘルメットをしているからか表情は分かりにくいものの、千ノ木が苦笑しているのが陳ノ内には分かった。
「捜査員じゃないのか」
陳ノ内は尋ねる。
「正確にはそうですけれど、とにかく」
千ノ木は陳ノ内に肩を貸して立たせる。
「惇公さーん!」
と外から声がした。拓郎だった。
なくなった窓ガラスの枠部分から。
ただ耳を聾する音に彼の声の、大半は掻き消される。
ソファ側にあった窓ガラス側にかなり寄せる形のヘリコプター。
その中から、叫んでいる。
上の天井が徐々に破損していくのが分かったが、陳ノ内にはもうそれ以上の判断力が残っていなかった。
朝比はどうしただろう。
自分自身の葬儀にならないといいが。
拓郎と千ノ木とその他捜査員数名の手を借りながら、陳ノ内は風圧に押され、飲まれながらヘリコプターへ乗せられたものの、そのあと記憶は途切れた。
*
辺りが白い。
陳ノ内はベッドに居たが自宅ではなかった。
「写っているわよ」
采がそう言って寄越したのは新聞の切り抜きだった。
写真の部分。
点滴の匂い。
腕からチューブが繋がっている。
「何が?」
陳ノ内はあまり体を動かさないままで言った。
采は陳ノ内のベッドの脇へ、スツールに腰掛けている。
「【書斎】のビルではありませんか?」
「そう、当たり! ええと」
「お好きなように」
「じゃあ、朝比さん」
采は微笑んだ。言われて朝比も微笑む。
陳ノ内もベッドだが朝比もベッドに居る。
白い空間には窓があって、そこから木の緑が見えている。
陳ノ内はほぼ動けないが、朝比はそうでもなかった。
ただ負傷はしたようで。
あのビルとビル同士が崩れかかった中をどうやって一人で脱出したのだろうと、陳ノ内には疑問だった。
ただ、いま隣のベッドで上体を起こして何か言ったりしているのだから、確実に脱出はして、朝比は居るのだ。
点滴パックが空になったのか、朝比は自ら針を外していた。
とある一室。そしてフィクションのようだが病院である。
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