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無を以て追跡と
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釆原は新聞の切り抜き、維鶴の持っているその紙片を見つめた。
自分の体に感覚がある。紙片のその鈍くて薄い感触を、触って確かめる。
「何で維鶴が、【書斎】のビルのことを知っているの?」
釆原は維鶴に尋ねる。
「なんでって。知らないはずないでしょう。凰介が大変なことになっているって。だから病院にいるんじゃない。それにまだベッドにいるんだから」
維鶴は苦笑して言った。
「意識が戻るまで三日くらい掛かったの」
維鶴は少し眼を伏せた。
「今は起きている」
釆原の頬へ、維鶴は自分の頬を重ねた。
数登は尋ねた。
「脚に痛みはどうです」
「大丈夫」
維鶴が顔を上げて、数登に言う。
「お前が言うのか」
「言ったわ」
釆原はベッドに完全に横たわっている状態なので、数登のしているように上体を起こしてみようと努める。
なんとか出来た。
上体を起こした姿勢の方が、自分の周りを確認しやすいので。
維鶴を見つめる。
そういえば、瀬戸宇治ドームから【書斎】のビルまで追跡をしてきて、一度も維鶴に連絡を取っていなかった。
菊壽や僚稀はどうしたろう。
維鶴に尋ねてみた。
僚稀も、それから脱出を手伝った次呂久も、数登と共にいた捜査員も、全員無事と、維鶴は言った。
新聞の切り抜きにある写真はまだ、【書斎】のビルが残っている時に撮影されたのだろう。
崩れていく中、なんとかヘリコプターへ乗せられて、それから三日経ったということなら。
現在、【書斎】のビルは崩壊して原型を留めていない。
白と黒。
新聞に載った写真は見事にそれを映し出している。
【書斎】のビル、屋上部分であろう所に人影が写っている。
例えばヘリコプターなどから撮ったとすれば、上空やあるいは中空から写っているような角度の撮影が可能かもしれない。
横方向から撮ったようになっているのだから、層を裂くような音を発していた所謂ホバリング、自分が音として耳に捉えたヘリコプターから撮られた写真かな。
維鶴が「写っているわよ」と云ったのは、自分の姿が写っている、という意味だったのだろう。
そう釆原は思った。
確かに、鮮明ではないものの、そこに写る人影は座っているように見える。
【書斎】のビル屋上へ着地して、そのまま座り込んだ時。
今にも倒れそうなビルが頭の上にあるのを、眺めていた。
写真へ眼を戻す。
座っている人影の傍へ立っているもう一人は、珊牙かな?
釆原は自分の体を覆っている布団を取って、視界の範囲を眼で見て確認した。
スーツをひたすら破って巻いた。
その応急の止血と放置で間に合わせたからか。
正常な皮膚を纏っているとはとても言えない状態で、二本の脚。
ただ縫合は丁寧になされている。
負った傷は全て塞がっている。
手術は行われたようで。
血も止まっているし、血が通っているのには違いない。
そして感覚があるのが有難かった。
賑やかになる病室。
差し込む日の光と木の緑色が、よく映える。
白い病室を最初に賑やかにしたのは、やって来た看護師だった。
釆原の体調と身体の状態を検査しつつ、維鶴と談笑。
更に賑やかになったのは、鐘搗紺慈が数人引き連れて病室を訪れたからで。
「美野川嵐道を偲ぶ会」で数登が、酒関連で一騒動起こした時に見事巻き込まれた、僧侶の鐘搗。
その鐘搗が、師匠である実透宝覚とそれから眼鏡を掛けた、小さな男の子を連れてやって来たのだ。
男の子はベッドにいる数登と釆原に興味津々の体である。
やって来てからレンズ越しの眼を丸くして、じっと見つめている。
彼にとっては病室や病院というもの自体、とても珍しいに違いない。
誰しも、生まれた時には関わったことがあるはずだが、その記憶はどこかで抜け落ちてしまう。
そう釆原は思った。
鐘搗と実透は、数登の見舞いに来ただけ、というわけではなさそうだ。
釆原は看護師による検査を受けながらだったので、数登と鐘搗と実透の会話を話半分にしか耳にしなかった。
積極的に聞き耳を立てていたというよりも、流れてくる音声に身を任せていた。
鐘搗の声に少々怒気が含まれている。
釆原は検査を終えて再びベッドへ戻り、自分の身を横たえる。
上体は起こしておくことにした。
その後、鐘搗と実透はしばし病室から出て行って、男の子だけが居残った。
僚稀と記者の菊壽作至も見舞いへ来たので病室の賑やかさはしばらくの間、続くことになった。
維鶴が座っていたスツールに腰掛けて釆原を見ている眼鏡の子。
脚を振り振り、そして釆原の眼を、自分も眼をぱちくりしながら見つめている。
一方、維鶴は僚稀と菊壽と話をしながら、何か頬張っている。
どうやらそれは、丸い菓子。
菓子の容器の置き場所を確保するべく、少しベッドから離れた場所で。
料理店【ビャンビャン】で人気のお菓子らしいので買ってきました! と云ったのは、僚稀である。
僚稀は甘党だ。
釆原は男の子を見つめ返した。
数登が言った。
「鐘搗様の息子さん、だそうですよ。お名前は?」
「レイジ」
数登にそう言って、麗慈は釆原に眼を戻す。
「ねえ。どっか悪いの」
釆原は苦笑する。
数登は言った。
「慈満寺に今度お伺いします」
「え!?」
麗慈は表情をパッと輝かせた。
「何かあったのか」
釆原も数登に尋ねた。
「オウスケは確か、ジュースと取り違えて酒を聞し召した、実透様を訪ねたはずですね」
「瀬戸宇治ドームの食堂。酩酊している彼に会ったな」
「その件で、お咎めを受けました」
数登は苦笑した。
「九十九社から派遣という形で当分、慈満寺へお世話になります。酒でご迷惑をお掛けした分の」
「罪滅ぼし、か」
「ええ」
「なんだあ何それ、実透様は結構自分だけでも酔っぱらうよ」
麗慈はむくれている。
「それと出張葬儀も何件か、同行を」
数登は続けて言った。
「とにかく慈満寺に来るんでしょう。だったら竹箒で掃除する方法教えてあげる。今はカードをやろう」
麗慈は言った。
数登は自身のベッドから出て釆原のベッド脇へ、スツールを寄せて座った。
カード勝負の一回戦は釆原が勝った。
麗慈は泣いた。正確に言えば、そんな勢いだった。
賑やかさに麗慈の騒ぎが加わったので、菊壽と僚稀も参戦。
菊壽と僚稀もルールを知っているらしい。
維鶴はカード勝負をのんびりと眺めている。
お開きになり、数登と釆原、維鶴と僚稀が病室へ残った。
菊壽も仕事のために帰って行った。
釆原。
「罪滅ぼしの件だがな」
数登。
「何でしょう」
「慈満寺でネタがあったら、連絡してくれ」
数登は眼をぱちくりやった。
「何かあったら協力する」
釆原はそう言った。
「ええ」
数登は言った。
完
自分の体に感覚がある。紙片のその鈍くて薄い感触を、触って確かめる。
「何で維鶴が、【書斎】のビルのことを知っているの?」
釆原は維鶴に尋ねる。
「なんでって。知らないはずないでしょう。凰介が大変なことになっているって。だから病院にいるんじゃない。それにまだベッドにいるんだから」
維鶴は苦笑して言った。
「意識が戻るまで三日くらい掛かったの」
維鶴は少し眼を伏せた。
「今は起きている」
釆原の頬へ、維鶴は自分の頬を重ねた。
数登は尋ねた。
「脚に痛みはどうです」
「大丈夫」
維鶴が顔を上げて、数登に言う。
「お前が言うのか」
「言ったわ」
釆原はベッドに完全に横たわっている状態なので、数登のしているように上体を起こしてみようと努める。
なんとか出来た。
上体を起こした姿勢の方が、自分の周りを確認しやすいので。
維鶴を見つめる。
そういえば、瀬戸宇治ドームから【書斎】のビルまで追跡をしてきて、一度も維鶴に連絡を取っていなかった。
菊壽や僚稀はどうしたろう。
維鶴に尋ねてみた。
僚稀も、それから脱出を手伝った次呂久も、数登と共にいた捜査員も、全員無事と、維鶴は言った。
新聞の切り抜きにある写真はまだ、【書斎】のビルが残っている時に撮影されたのだろう。
崩れていく中、なんとかヘリコプターへ乗せられて、それから三日経ったということなら。
現在、【書斎】のビルは崩壊して原型を留めていない。
白と黒。
新聞に載った写真は見事にそれを映し出している。
【書斎】のビル、屋上部分であろう所に人影が写っている。
例えばヘリコプターなどから撮ったとすれば、上空やあるいは中空から写っているような角度の撮影が可能かもしれない。
横方向から撮ったようになっているのだから、層を裂くような音を発していた所謂ホバリング、自分が音として耳に捉えたヘリコプターから撮られた写真かな。
維鶴が「写っているわよ」と云ったのは、自分の姿が写っている、という意味だったのだろう。
そう釆原は思った。
確かに、鮮明ではないものの、そこに写る人影は座っているように見える。
【書斎】のビル屋上へ着地して、そのまま座り込んだ時。
今にも倒れそうなビルが頭の上にあるのを、眺めていた。
写真へ眼を戻す。
座っている人影の傍へ立っているもう一人は、珊牙かな?
釆原は自分の体を覆っている布団を取って、視界の範囲を眼で見て確認した。
スーツをひたすら破って巻いた。
その応急の止血と放置で間に合わせたからか。
正常な皮膚を纏っているとはとても言えない状態で、二本の脚。
ただ縫合は丁寧になされている。
負った傷は全て塞がっている。
手術は行われたようで。
血も止まっているし、血が通っているのには違いない。
そして感覚があるのが有難かった。
賑やかになる病室。
差し込む日の光と木の緑色が、よく映える。
白い病室を最初に賑やかにしたのは、やって来た看護師だった。
釆原の体調と身体の状態を検査しつつ、維鶴と談笑。
更に賑やかになったのは、鐘搗紺慈が数人引き連れて病室を訪れたからで。
「美野川嵐道を偲ぶ会」で数登が、酒関連で一騒動起こした時に見事巻き込まれた、僧侶の鐘搗。
その鐘搗が、師匠である実透宝覚とそれから眼鏡を掛けた、小さな男の子を連れてやって来たのだ。
男の子はベッドにいる数登と釆原に興味津々の体である。
やって来てからレンズ越しの眼を丸くして、じっと見つめている。
彼にとっては病室や病院というもの自体、とても珍しいに違いない。
誰しも、生まれた時には関わったことがあるはずだが、その記憶はどこかで抜け落ちてしまう。
そう釆原は思った。
鐘搗と実透は、数登の見舞いに来ただけ、というわけではなさそうだ。
釆原は看護師による検査を受けながらだったので、数登と鐘搗と実透の会話を話半分にしか耳にしなかった。
積極的に聞き耳を立てていたというよりも、流れてくる音声に身を任せていた。
鐘搗の声に少々怒気が含まれている。
釆原は検査を終えて再びベッドへ戻り、自分の身を横たえる。
上体は起こしておくことにした。
その後、鐘搗と実透はしばし病室から出て行って、男の子だけが居残った。
僚稀と記者の菊壽作至も見舞いへ来たので病室の賑やかさはしばらくの間、続くことになった。
維鶴が座っていたスツールに腰掛けて釆原を見ている眼鏡の子。
脚を振り振り、そして釆原の眼を、自分も眼をぱちくりしながら見つめている。
一方、維鶴は僚稀と菊壽と話をしながら、何か頬張っている。
どうやらそれは、丸い菓子。
菓子の容器の置き場所を確保するべく、少しベッドから離れた場所で。
料理店【ビャンビャン】で人気のお菓子らしいので買ってきました! と云ったのは、僚稀である。
僚稀は甘党だ。
釆原は男の子を見つめ返した。
数登が言った。
「鐘搗様の息子さん、だそうですよ。お名前は?」
「レイジ」
数登にそう言って、麗慈は釆原に眼を戻す。
「ねえ。どっか悪いの」
釆原は苦笑する。
数登は言った。
「慈満寺に今度お伺いします」
「え!?」
麗慈は表情をパッと輝かせた。
「何かあったのか」
釆原も数登に尋ねた。
「オウスケは確か、ジュースと取り違えて酒を聞し召した、実透様を訪ねたはずですね」
「瀬戸宇治ドームの食堂。酩酊している彼に会ったな」
「その件で、お咎めを受けました」
数登は苦笑した。
「九十九社から派遣という形で当分、慈満寺へお世話になります。酒でご迷惑をお掛けした分の」
「罪滅ぼし、か」
「ええ」
「なんだあ何それ、実透様は結構自分だけでも酔っぱらうよ」
麗慈はむくれている。
「それと出張葬儀も何件か、同行を」
数登は続けて言った。
「とにかく慈満寺に来るんでしょう。だったら竹箒で掃除する方法教えてあげる。今はカードをやろう」
麗慈は言った。
数登は自身のベッドから出て釆原のベッド脇へ、スツールを寄せて座った。
カード勝負の一回戦は釆原が勝った。
麗慈は泣いた。正確に言えば、そんな勢いだった。
賑やかさに麗慈の騒ぎが加わったので、菊壽と僚稀も参戦。
菊壽と僚稀もルールを知っているらしい。
維鶴はカード勝負をのんびりと眺めている。
お開きになり、数登と釆原、維鶴と僚稀が病室へ残った。
菊壽も仕事のために帰って行った。
釆原。
「罪滅ぼしの件だがな」
数登。
「何でしょう」
「慈満寺でネタがあったら、連絡してくれ」
数登は眼をぱちくりやった。
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数登は言った。
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