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白を以て逃走と追跡につき
24.寧
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脚の感覚は、大分元に戻ってきているようだ。
脚を曲げて膝を立てれば、そこに皮膚と指の感覚がある。
今寝ているベッドの、その下の白いマットを踏んでいる感触があるからだ。
脚を伸ばせば、それが柔らかく包み込まれる。そんな感覚になる。
陳ノ内は新聞の切り抜き、采の持っているその紙片を見つめた。
自分の体に感覚があるということを、紙片のその鈍くて薄い感触を、指で触って確かめながら。
「何で采が、【書斎】のビルのことを知っているの?」
陳ノ内は采に尋ねる。
「なんでって。知らないはずないでしょう。惇公が大変なことになっているって。だから病院にいるんじゃない。それにまだベッドにいるんだから」
采は苦笑して言った。
「意識が戻るまで三日くらい掛かったの」
采は少し眼を伏せた。
「でも、今は起きている」
陳ノ内の頬へ、采は自分の頬を重ねて言った。
「ちゃんと起きているから」
朝比は尋ねた。
「脚に痛みはどうです」
「大丈夫」
采が顔を上げて、朝比に言う。
「お前が言うのか」
「私が言うの」
采は陳ノ内に言った。
陳ノ内はベッドに完全に横たわっている状態なので、朝比のしているように上体を起こしてみようと努める。
なんとか出来た。
上体を起こした姿勢の方が、自分の周りを確認しやすいので。
采を見つめる。
そういえば、瀬戸宇治ドームから【書斎】のビルまで追跡をしてきて、一度も采に連絡を取っていなかった。
仁富や拓郎はどうしただろう。
采に尋ねてみた。
拓郎も、それから脱出を手伝った千ノ木も、朝比と共にいた捜査員も、全員生きていると。
采は言って、微笑んだ。
新聞の切り抜きにある写真はまだ、【書斎】のビルが残っている時に撮影されたのだろう。
どんどんとビルが崩れていく中、なんとかヘリコプターへ乗せられて、それから三日経ったということなら。
恐らく現在、【書斎】のビルは崩壊して原型を留めていないはずだ。
白と黒。
新聞に載った写真は見事にそれを映し出している。
陰影がくっきりしているのだ。
【書斎】のビル、屋上部分であろう所に人影が写っている。
例えばヘリコプターなどから撮ったとすれば、上空やあるいは中空から写っているような角度の撮影が可能かもしれない。
横方向から撮ったようになっているのだから、層を裂くような音を発していた所謂ホバリング、自分が音として耳に捉えたヘリコプターから撮られた写真かな。
采が「写っているわよ」と云ったのは、自分の姿が写っている、という意味だったのだろう。
そう陳ノ内は思った。
確かに、鮮明ではないものの、そこに写る人影は座っているように見える。
【書斎】のビル屋上へ着地して、そのまま座り込んだ時。
今にも倒れそうなビルが頭の上にあるのを、眺めていた。
あの時、握りしめていたスマホは今、手元にない。
采がきっと、修理に出したか。
写真へ眼を戻す。
座っている人影の傍へ立っているもう一人は、堂賀かな?
陳ノ内は自分の体を覆っている白い布団を取って、脚の様子を眼で見て確認した。
スーツをひたすら破って巻いた。
その応急の止血と放置で間に合わせたからだろう。
正常な皮膚を纏っているとはとても言えない状態で、脚が二本そこにある。
ただ、縫合は丁寧になされ、負った傷は全て塞がっている。
知らない間に手術が行われたようだ。
血も止まっているし、血が通っているのには違いない。
そして感覚があるのが有難かった。
賑やかになる白い病室。
差し込む日の光と木の緑色が、よく映える。
白い病室を最初に賑やかにしたのは、やって来た看護師だった。
陳ノ内の体調と身体の状態を検査しつつ、采と談笑。
更に賑やかになったのは、大月紺慈が数人引き連れて病室を訪れたからで。
「美野川嵐道を偲ぶ会」で朝比が、酒関連で一騒動起こした時に見事巻き込まれた、僧侶の大月。
その大月が、師匠である実透宝鶴とそれから眼鏡を掛けた、小さな男の子を連れてやって来たのだ。
男の子はベッドにいる朝比と陳ノ内に興味津々の体だった。
やって来てからレンズ越しの眼を丸くして、じっと見つめている。
入院して寝ている人間というのを見たことがないためだろう。
恐らく彼にとっては病室や病院というもの自体、とても珍しいに違いない。
誰しも、生まれた時には関わったことがあるはずだが、その記憶はどこかで抜け落ちてしまう。
そう陳ノ内は思った。
大月と実透は、朝比の見舞いに来ただけ、というわけではなさそうだ。
陳ノ内は看護師による検査を受けながらだったので、朝比と大月と実透の会話を話半分にしか耳にしなかった。
積極的に聞き耳を立てていたというよりも、流れてくる音声に身を任せていた。
大月の声に少々怒気が含まれているのが分かる。
陳ノ内は検査を終えて再びベッドへ戻り、自分の身を横たえる。
上体は起こしておくことにした。
その後、大月と実透はしばし病室から出て行って、男の子だけが居残った。
拓郎と記者の仁富郁徳も見舞いへ来たので、白い病室の賑やかさはしばらくの間、続くことになった。
小さな男の子は、采が座っていたスツールに腰掛けて陳ノ内を見ている。
脚を振り振り、そして陳ノ内の眼を、自分も眼をぱちくりしながら見つめている。
一方、采は拓郎と仁富と話をしながら、何か頬張っている。
どうやらそれは、饅頭のようで。
その饅頭を入れている容器の置き場所を確保するべく、少しベッドから離れた場所で。
中華料理店【ビャンビャン】で人気の饅頭らしいので買ってきました! と云ったのは、拓郎である。
拓郎は甘党なので、陳ノ内は納得がいった。
采はそれほどでもないが味わっている。
陳ノ内は男の子を見つめ返した。
朝比が言った。
「大月様の息子さん、だそうですよ。お名前は?」
「レイジ」
朝比にそう言って、麗慈は陳ノ内に眼を戻す。
「ねえ。どっか悪いの」
陳ノ内は苦笑する。
朝比は言った。
「大丈夫です、じきに治ります。慈満寺に今度お伺いします」
「え!?」
麗慈は表情をパッと輝かせた。
「何かあったのか」
陳ノ内も朝比に尋ねた。
「アツは確か、ジュースと取り違えて酒を聞し召した、実透様を訪ねたはずですね」
「そうだね。瀬戸宇治ドームの、食堂で酩酊している彼に会ったよ」
「その件で、お咎めを受けてしまいました」
朝比は苦笑した。
「九十九社から派遣という形で当分、慈満寺へお世話になります。酒でご迷惑をお掛けした分の」
「罪滅ぼし、か」
「ええ」
「なんだあ何それ、実透様は結構自分だけでも酔っぱらう方だよ」
麗慈はむくれている。
「それと出張葬儀も何件か、同行させていただきます」
朝比は続けて言った。
「とにかく慈満寺に来るんでしょう。だったら竹箒で掃除する方法教えてあげる。今はカードゲームをやろうよ」
麗慈は言った。
陳ノ内は眼をぱちくりする。
「名前なんて言うの。なんか漢字が難しい。ええと、じーんーの、うち、あ、つきみ? あつきみ! 読めた!」
麗慈はベッドに書いてある陳ノ内の、名前表記を見つめて言った。
恐らく振り仮名を読んだのだろう。
それも彼には珍しいことだったのかもしれない。
陳ノ内はそう思った。
あっちこっちぴょこぴょこ動き回る麗慈。
やがて陳ノ内のベッドの上は、トレーディングカードでいっぱいになった。
陳ノ内は上体だけを白い布団から出している。
その白い布団の上がカードだらけになる。
朝比は自身のベッドから出て陳ノ内のベッド脇へ、スツールを寄せて座った。
「沢山持っているんだな。このカード、知っているよ。集めているコレクターがいる」
「ほんとう!? じゃあルールは知っているよね!」
陳ノ内が言ったので、麗慈は表情を輝かせた。
早速勝負となる。
だがカードゲーム勝負の一回戦は陳ノ内が勝った。
麗慈はべそをかいた。正確に言えば、そんな勢いだった。
賑やかさに麗慈の騒ぎが加わったので、仁富と拓郎も参戦することになった。
仁富と拓郎も勝負のルールを知っているらしかった。
采はカード勝負をのんびりと眺めている。
「とりあえず勝負っていうより、取材を兼ねるってことにしときましょう」
仁富は苦笑しながらトレーディングカードを手に取った。
「何の取材を兼ねるんですかー?」
拓郎が言った。
「陳ノ内と俺は一緒に行動していたんで、誰かここにいる方にね」
拓郎は警備員姿でなく、私服だった。
「偲ぶ会」の件で追跡などした時と、少し顔が違う。
恐らく、スキンケアしたんですよ~とか云うんだろう。
「てか、誰に取材するんです? 姉さんと僕ですかね。いっぱい武勇伝ありますよ。そりゃもう沢山!」
「何よそのノリ」
采は苦笑した。
仁富も苦笑する。
「じゃあ、朝比さんに取材するってことにしときましょう」
「ついでですか」
仁富が言うので、朝比はそう返して笑った。
各々饅頭を頬張りながらも、カードゲームの二回戦、三回戦と続いて行く。
陳ノ内の一人勝ちだった。
四回戦は朝比が勝った。
ただ、麗慈は勝負のたびに陳ノ内の手を憶えていくようだった。
「ねえまた勝負してくれる?」
「いいよ」
「そんなにカード強いんだったらね。脚もきっと早く治るよ。治ってね!」
麗慈は陳ノ内にそう言った。
朝比は言った。
「退院してからになりますがね。湯治もいいかもしれません」
「そういえば、慈満寺の近くに温泉があるって聞いたのよ。銭湯なんだけれど、何回か次の特集で取材することになっているの。行ってみましょうよ!」
采は微笑んだ。
勝負はお開きになる。
各々カードをまとめて、麗慈にカードの束が渡った。
麗慈は、大月と実透が病室に戻って来たので、そのまま一緒に帰って行った。
手をいっぱい振る麗慈。
朝比は退院したら、慈満寺に行くというのだから、繋がりは続くのだろう。
トレーディングカードの種類を調べておくのもいいかもしれない。
白い病室には朝比と陳ノ内、采と拓郎が残る。
仁富も仕事のために帰って行った。
そこから、しばしお喋りを。
「罪滅ぼしの件だがな」
「何でしょう」
「慈満寺でネタがあったら、連絡してくれ」
朝比は眼をぱちくりやった。
「何かあったら協力する」
陳ノ内はそう言った。
「ええ、連絡します」
朝比は言った。
「銭湯は、余裕があればな」
「そうですね」
「私は、取材の時に行くから先に入っちゃおう~」
采は言って、微笑んだ。
完
【緑静けき鐘は鳴る】へつづく
脚を曲げて膝を立てれば、そこに皮膚と指の感覚がある。
今寝ているベッドの、その下の白いマットを踏んでいる感触があるからだ。
脚を伸ばせば、それが柔らかく包み込まれる。そんな感覚になる。
陳ノ内は新聞の切り抜き、采の持っているその紙片を見つめた。
自分の体に感覚があるということを、紙片のその鈍くて薄い感触を、指で触って確かめながら。
「何で采が、【書斎】のビルのことを知っているの?」
陳ノ内は采に尋ねる。
「なんでって。知らないはずないでしょう。惇公が大変なことになっているって。だから病院にいるんじゃない。それにまだベッドにいるんだから」
采は苦笑して言った。
「意識が戻るまで三日くらい掛かったの」
采は少し眼を伏せた。
「でも、今は起きている」
陳ノ内の頬へ、采は自分の頬を重ねて言った。
「ちゃんと起きているから」
朝比は尋ねた。
「脚に痛みはどうです」
「大丈夫」
采が顔を上げて、朝比に言う。
「お前が言うのか」
「私が言うの」
采は陳ノ内に言った。
陳ノ内はベッドに完全に横たわっている状態なので、朝比のしているように上体を起こしてみようと努める。
なんとか出来た。
上体を起こした姿勢の方が、自分の周りを確認しやすいので。
采を見つめる。
そういえば、瀬戸宇治ドームから【書斎】のビルまで追跡をしてきて、一度も采に連絡を取っていなかった。
仁富や拓郎はどうしただろう。
采に尋ねてみた。
拓郎も、それから脱出を手伝った千ノ木も、朝比と共にいた捜査員も、全員生きていると。
采は言って、微笑んだ。
新聞の切り抜きにある写真はまだ、【書斎】のビルが残っている時に撮影されたのだろう。
どんどんとビルが崩れていく中、なんとかヘリコプターへ乗せられて、それから三日経ったということなら。
恐らく現在、【書斎】のビルは崩壊して原型を留めていないはずだ。
白と黒。
新聞に載った写真は見事にそれを映し出している。
陰影がくっきりしているのだ。
【書斎】のビル、屋上部分であろう所に人影が写っている。
例えばヘリコプターなどから撮ったとすれば、上空やあるいは中空から写っているような角度の撮影が可能かもしれない。
横方向から撮ったようになっているのだから、層を裂くような音を発していた所謂ホバリング、自分が音として耳に捉えたヘリコプターから撮られた写真かな。
采が「写っているわよ」と云ったのは、自分の姿が写っている、という意味だったのだろう。
そう陳ノ内は思った。
確かに、鮮明ではないものの、そこに写る人影は座っているように見える。
【書斎】のビル屋上へ着地して、そのまま座り込んだ時。
今にも倒れそうなビルが頭の上にあるのを、眺めていた。
あの時、握りしめていたスマホは今、手元にない。
采がきっと、修理に出したか。
写真へ眼を戻す。
座っている人影の傍へ立っているもう一人は、堂賀かな?
陳ノ内は自分の体を覆っている白い布団を取って、脚の様子を眼で見て確認した。
スーツをひたすら破って巻いた。
その応急の止血と放置で間に合わせたからだろう。
正常な皮膚を纏っているとはとても言えない状態で、脚が二本そこにある。
ただ、縫合は丁寧になされ、負った傷は全て塞がっている。
知らない間に手術が行われたようだ。
血も止まっているし、血が通っているのには違いない。
そして感覚があるのが有難かった。
賑やかになる白い病室。
差し込む日の光と木の緑色が、よく映える。
白い病室を最初に賑やかにしたのは、やって来た看護師だった。
陳ノ内の体調と身体の状態を検査しつつ、采と談笑。
更に賑やかになったのは、大月紺慈が数人引き連れて病室を訪れたからで。
「美野川嵐道を偲ぶ会」で朝比が、酒関連で一騒動起こした時に見事巻き込まれた、僧侶の大月。
その大月が、師匠である実透宝鶴とそれから眼鏡を掛けた、小さな男の子を連れてやって来たのだ。
男の子はベッドにいる朝比と陳ノ内に興味津々の体だった。
やって来てからレンズ越しの眼を丸くして、じっと見つめている。
入院して寝ている人間というのを見たことがないためだろう。
恐らく彼にとっては病室や病院というもの自体、とても珍しいに違いない。
誰しも、生まれた時には関わったことがあるはずだが、その記憶はどこかで抜け落ちてしまう。
そう陳ノ内は思った。
大月と実透は、朝比の見舞いに来ただけ、というわけではなさそうだ。
陳ノ内は看護師による検査を受けながらだったので、朝比と大月と実透の会話を話半分にしか耳にしなかった。
積極的に聞き耳を立てていたというよりも、流れてくる音声に身を任せていた。
大月の声に少々怒気が含まれているのが分かる。
陳ノ内は検査を終えて再びベッドへ戻り、自分の身を横たえる。
上体は起こしておくことにした。
その後、大月と実透はしばし病室から出て行って、男の子だけが居残った。
拓郎と記者の仁富郁徳も見舞いへ来たので、白い病室の賑やかさはしばらくの間、続くことになった。
小さな男の子は、采が座っていたスツールに腰掛けて陳ノ内を見ている。
脚を振り振り、そして陳ノ内の眼を、自分も眼をぱちくりしながら見つめている。
一方、采は拓郎と仁富と話をしながら、何か頬張っている。
どうやらそれは、饅頭のようで。
その饅頭を入れている容器の置き場所を確保するべく、少しベッドから離れた場所で。
中華料理店【ビャンビャン】で人気の饅頭らしいので買ってきました! と云ったのは、拓郎である。
拓郎は甘党なので、陳ノ内は納得がいった。
采はそれほどでもないが味わっている。
陳ノ内は男の子を見つめ返した。
朝比が言った。
「大月様の息子さん、だそうですよ。お名前は?」
「レイジ」
朝比にそう言って、麗慈は陳ノ内に眼を戻す。
「ねえ。どっか悪いの」
陳ノ内は苦笑する。
朝比は言った。
「大丈夫です、じきに治ります。慈満寺に今度お伺いします」
「え!?」
麗慈は表情をパッと輝かせた。
「何かあったのか」
陳ノ内も朝比に尋ねた。
「アツは確か、ジュースと取り違えて酒を聞し召した、実透様を訪ねたはずですね」
「そうだね。瀬戸宇治ドームの、食堂で酩酊している彼に会ったよ」
「その件で、お咎めを受けてしまいました」
朝比は苦笑した。
「九十九社から派遣という形で当分、慈満寺へお世話になります。酒でご迷惑をお掛けした分の」
「罪滅ぼし、か」
「ええ」
「なんだあ何それ、実透様は結構自分だけでも酔っぱらう方だよ」
麗慈はむくれている。
「それと出張葬儀も何件か、同行させていただきます」
朝比は続けて言った。
「とにかく慈満寺に来るんでしょう。だったら竹箒で掃除する方法教えてあげる。今はカードゲームをやろうよ」
麗慈は言った。
陳ノ内は眼をぱちくりする。
「名前なんて言うの。なんか漢字が難しい。ええと、じーんーの、うち、あ、つきみ? あつきみ! 読めた!」
麗慈はベッドに書いてある陳ノ内の、名前表記を見つめて言った。
恐らく振り仮名を読んだのだろう。
それも彼には珍しいことだったのかもしれない。
陳ノ内はそう思った。
あっちこっちぴょこぴょこ動き回る麗慈。
やがて陳ノ内のベッドの上は、トレーディングカードでいっぱいになった。
陳ノ内は上体だけを白い布団から出している。
その白い布団の上がカードだらけになる。
朝比は自身のベッドから出て陳ノ内のベッド脇へ、スツールを寄せて座った。
「沢山持っているんだな。このカード、知っているよ。集めているコレクターがいる」
「ほんとう!? じゃあルールは知っているよね!」
陳ノ内が言ったので、麗慈は表情を輝かせた。
早速勝負となる。
だがカードゲーム勝負の一回戦は陳ノ内が勝った。
麗慈はべそをかいた。正確に言えば、そんな勢いだった。
賑やかさに麗慈の騒ぎが加わったので、仁富と拓郎も参戦することになった。
仁富と拓郎も勝負のルールを知っているらしかった。
采はカード勝負をのんびりと眺めている。
「とりあえず勝負っていうより、取材を兼ねるってことにしときましょう」
仁富は苦笑しながらトレーディングカードを手に取った。
「何の取材を兼ねるんですかー?」
拓郎が言った。
「陳ノ内と俺は一緒に行動していたんで、誰かここにいる方にね」
拓郎は警備員姿でなく、私服だった。
「偲ぶ会」の件で追跡などした時と、少し顔が違う。
恐らく、スキンケアしたんですよ~とか云うんだろう。
「てか、誰に取材するんです? 姉さんと僕ですかね。いっぱい武勇伝ありますよ。そりゃもう沢山!」
「何よそのノリ」
采は苦笑した。
仁富も苦笑する。
「じゃあ、朝比さんに取材するってことにしときましょう」
「ついでですか」
仁富が言うので、朝比はそう返して笑った。
各々饅頭を頬張りながらも、カードゲームの二回戦、三回戦と続いて行く。
陳ノ内の一人勝ちだった。
四回戦は朝比が勝った。
ただ、麗慈は勝負のたびに陳ノ内の手を憶えていくようだった。
「ねえまた勝負してくれる?」
「いいよ」
「そんなにカード強いんだったらね。脚もきっと早く治るよ。治ってね!」
麗慈は陳ノ内にそう言った。
朝比は言った。
「退院してからになりますがね。湯治もいいかもしれません」
「そういえば、慈満寺の近くに温泉があるって聞いたのよ。銭湯なんだけれど、何回か次の特集で取材することになっているの。行ってみましょうよ!」
采は微笑んだ。
勝負はお開きになる。
各々カードをまとめて、麗慈にカードの束が渡った。
麗慈は、大月と実透が病室に戻って来たので、そのまま一緒に帰って行った。
手をいっぱい振る麗慈。
朝比は退院したら、慈満寺に行くというのだから、繋がりは続くのだろう。
トレーディングカードの種類を調べておくのもいいかもしれない。
白い病室には朝比と陳ノ内、采と拓郎が残る。
仁富も仕事のために帰って行った。
そこから、しばしお喋りを。
「罪滅ぼしの件だがな」
「何でしょう」
「慈満寺でネタがあったら、連絡してくれ」
朝比は眼をぱちくりやった。
「何かあったら協力する」
陳ノ内はそう言った。
「ええ、連絡します」
朝比は言った。
「銭湯は、余裕があればな」
「そうですね」
「私は、取材の時に行くから先に入っちゃおう~」
采は言って、微笑んだ。
完
【緑静けき鐘は鳴る】へつづく
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