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青の見ゆるを土より
32.述
しおりを挟む「いずれにしても。あんたの可能性で言えば。入海先生は連れ去られていなかった」
と怒留湯大誠。
「あんた」と彼が言うのは。
朝比堂賀へ向かって。
「若頭もとい入海先生だと仮定して? それで一階に下りたために軽症を負った。その後は西耒路署へ行っていた。だから阿麻橘組へは捉えられていなかったと」
一旦間を置く。
「強引な気もするけれど」
「そうでしょうか」
と朝比。
怒留湯。
「うん」
告船灯。
「俺、入海先生と会ったことはないけれど。なんか。あの時妙な胸騒ぎがしたんだな」
「炎谷とかと話を訊いたときかい。ツガさんを事務所の、若頭の部屋へ呼んだ時だ」
と怒留湯。
「ええ」
と告船。
朝比は告船を見つめた。
そして言う。
「あなたは胸騒ぎを」
「そうです。ただ個人的にですね」
「ほう」
と朝比。
「生きている状態と仮定しましょう」
「今は《生きていた》になるんじゃないすか」
「若頭であり入海先生。そのことを知っている場合」
「俺は今知りましたけれど」
「ええ。ただ安紫会の場合になります」
「安紫会の場合?」
「ええ。知っているか。知っていないかです」
告船は眼をぱちくり。
朝比。
「若頭もとい、入海先生のことを知っている組員。あるいはそうでない。両者同時に安紫会に存在するとすれば。どうでしょう」
「俺みたいに胸騒ぎを憶える。とかね」
と告船。
朝比は苦笑する。
「実際、安紫会の親分は?」
と怒留湯へ。
「さあね」
朝比。
「事務所では三階から上。上がることの出来る者が限られていました」
「あんたは確かそれを話題に出したな。若頭の部屋へ居る時に」
と怒留湯。
「ええ。鮫淵さんが事実を知らないという場合もある」
「何の情報」
「若頭と入海先生について。あくまで現状は僕の仮定です」
「上へ情報を上げていないっての」
「安紫会を留守にしていることが多い」
「事実上は若頭ってことかい」
怒留湯は頭を掻いた。
「それかどうしても。上へ上げないようにしていた。とかね」
「内部で事実を知る者を限定していた。ただそれが可能であれば」
朝比の手元の資料。
告船。
「知る者を限定していた。か」
朝比。
「告船さん。何だか胸騒ぎがしたと」
「え。うん。そうだけれど」
「『入海先生の失踪が他人事のように思えない』。告船さんが仰ったと記憶しています」
「よく、憶えていますね」
と告船。
朝比。
「ええ」
怒留湯。
「若頭の部屋で?」
「ええ。怒留湯さんもいらしていた席です」
「炎谷も居たな。奴なら憶えているかな」
「さあ」
「あのう」
と告船。
「ちょっと気になる点がもう一個。あるんですけれど」
朝比。
「気になる点」
告船。
「俺の資料も含まれている感じなんですけれど。どういうことなんでしょうこれは」
怒留湯。
「九十九社の人間はさ。要するに西耒路署に黙って、資料集めをしていたそうだ」
「それって。俺たちの情報も含むんですか」
「さあね。少なくとも西耒路署のデータベースには難しいはずなのにな。例の陳ノ内記者殿の別ルートだって」
「それはまずいでしょう」
「西耒路署さんの情報ではありません。正確に言えばという話になりますが」
朝比は言う。
「告船さんの仰った。『入海先生の失踪が他人事とは思えない』。今の言葉とは少々、ニュアンスが違うかもしれませんが」
「何が」
と怒留湯。
朝比。
「『他人事には思えなかったのではないか』と思っていた人物」
「なんですかそれ」
告船と怒留湯。
顔を見合わせている。
朝比は微笑んだ。
「ええ。告船さんだけでは。なかったのではないかと」
「なんだそれ」
と怒留湯。
「ですから『他人事』では済まなかったと感じた。ということです」
朝比。
「一度僕はアポなしで、生きている若頭の元を訪れました」
「それは俺らのとはまた別に?」
と怒留湯。
朝比。
「ええ。軸丸さんが御存知のはずです。あとアツですね。今はいませんが」
と言って軸丸を見た朝比。
軸丸書宇は肩をすくめてみせる。
「その時の話です。では改めて。安紫会の三階から上。上がることの出来る者が限られている。それが組内部の情報と、何か関係している可能性がある。と仮定しましょう」
根耒生祈。
慌てたようにごそごそし始める。
朝比は続ける。
「内部で事実を知る者を限定している。その事実とは何でしょう。単に、その事実かどうか情報を知るのは、組という組織の中での階級が上かどうか。それは関係がないのかもしれません」
「改めて訊きますけれど」
と告船。
「その事実っていうのは、生きている若頭と入海先生とやらが同じ人だってことを。知っているとかそうでないか。ということですか? あくまでも、その同じ人だかどうだかってのも。あなたの仮定に過ぎないでしょうに」
資料を見つめる。
「とは言っても。資料の情報が語るものはあるけれどね」
朝比は苦笑した。
「今は。告船さんの話に焦点を絞っています」
「いや。俺の話はあまり関係ないんじゃないですか」
「告船さんが胸騒ぎを憶えたという。それと同じかどうかは別として。僕は一人で若頭を訪ねたその日。若い組員と会いました」
「若い組員」
「ええ。若いというのは階級も含めて。ただ僕の見たところによりますが」
と朝比。
「お茶をいただきましてね」
「ふうん」
と怒留湯。
朝比。
「その組員は、若頭の部屋へ呼ばれていました」
「お茶汲みなら当然じゃないの」
「呼ばれる者は限定されているはずの三階です。そして、その若者は酷く慌てていた様子」
「慌てていた」
と告船。
「ええ」
桶結俊志。
資料を凝視している。
「何故慌てていたのでしょう。それが僕には疑問でした」
と朝比。
「何故って。それは若頭の部屋へ呼ばれていて。恐れ多かったとかじゃないの」
と桶結。
朝比はかぶりを振る。
「恐れ多いというのはそうでしょう。しかし慌てるとすれば例えば監視です。安紫会の事務所には防犯カメラ、監視カメラ。多々設置してあると見受けられます。しかし若頭の部屋へは、設置してはいないと」
怒留湯。
「そうかい」
「何故慌てていたか。二点目としては、三階へ上がることの出来る者が限定されている。にも関わらず彼は呼ばれた。しかし、呼ばれたのでしょうか」
「は?」
「受けた印象としては。『一刻も早くここを立ち去りたい』という印象でした」
桶結。
「どうせ、事務所に住んでいる部屋住みあたりなんだろう」
「恐らく。ただ、それではますます『一刻も早くここを立ち去る』という理由にはならないはずです。予想ですが、彼は若頭が入海先生であるということを。知っていたのではないかと」
桶結。
資料をめくり始める。
生祈はそのタイミングで彼に一枚渡した。
朝比。
「知っていたとすれば、告船さんのように『他人事として捉えることが出来ず、慌てた』。動揺という形になる。告船さんの場合、他人事として捉えることが、難しかったのは失踪の件でしょう」
「あなたの話の行きつく先が、よく分からないんだけれど」
と告船。
苦笑して言った。
朝比。
「失踪が他人事とは思えない。告船さんは過去にどなたかの失踪を経験なさっていた。だから他人事と捉えられない。など」
告船は眼をぱちくり。
「経験、ね」
「ええ。例えば、あの若者の場合も。安紫会に居る身内が替え玉と知ってしまった。そして告船さんの場合も、失踪を経験して強く記憶に残っているとして。どなたか身内の方とすれば」
「あなたは出生記録に立ち返りたくて、くどくどね」
「ええ」
「失踪を経験したっていうのはあくまでも。朝比さんとやらの予想だろうに。俺のを見たの?」
朝比は微笑む。
告船はかぶりを振った。
「あんたが見たにせよ見ないにせよ。証拠にはならないし、出生記録を勝手に見る行為自体がおかしいからね」
「ええ」
「例え見たにせよ見ないにせよだ。出生記録から失踪なんて情報を得ることは。出来ないだろう。あんたが俺の過去に踏み込む材料にはならないだろうし。俺がここで『失踪を経験した』と言わなければ、どうにもなっちゃうだろうよ」
桶結は変わらず。
資料を見比べている。
「告船さん」
と生祈。
「こっちはどうでしょう」
「こっちって言うと?」
更に資料。
「確かあの子にも見せていた資料だよな」
と怒留湯は傍から。
怒留湯の云うのは上ノ段七日生の話だ。
「なにこれ」
と告船。
生祈。
「今、取調を集中的に受けている方に関わることなんです」
「取調室にいる女性の話?」
生祈は肯いた。
告船。
「名前は上ノ段とかでしたっけ」
と怒留湯へ。
「まあね」
生祈。
「刑事さんのところへ彼女が来る来ないにせよ。私、上ノ段さんと接触があるんです」
「ほう」
と告船。
「それで?」
「警備の話なんですけれど」
「警備?」
「そうです。とあるイベントで」
「それは上ノ段さんに関わる話なの?」
「言っていいのかどうか、っていう所なんですけれど……」
と生祈。
「イベントの日に警備で、刑事さんが直接来ていてくれた時期があったっていう話だったんです」
「うん。それで?」
「上ノ段さんには憶えがあったと」
「なんの憶え」
と告船。
「警備にあたっていた人の中に。告船さんの顔もあったという憶えです」
生祈は告船の顔写真を。
滑らせてテーブルへ。
「俺?」
「そうです」
「なにこの写真」
生祈は赤くなる。
「一応、私たち西耒路署さんとのやりとりもあるので自然と」
「ああそうか」
告船はどことなく。
イライラしている様子。
生祈。
「告船さんは、上ノ段さんを御存知ですか」
「イベントってこれ、何のイベント? 俺一応。たまにだけれど。いろんな警備とか経験して今鑑識やっているからさ。たまにこういうイベントとかには顔を出すんだよ。彼女は何? 有名人なわけ?」
生祈は何も言わない。
告船は溜息をついた。
生祈はイベント会場の写真を何枚か出す。
怒留湯は身を乗り出してみている。
告船も続く。
桶結は資料を見ている。
告船。
「イベントといって。作りがなんか普通のアイドルっていうより特殊な感じがするけれど」
生祈。
「告船さんには、憶えがないと」
「さあね。ただどんな種類のイベントかっていうのはなんとなく。俺一応マニアだからさ」
言って告船は肩をすくめる。
「彼女もバーチャルアイドルとかなんですか?」
と桶結へ尋ねる。
「今のところ、それは取調の最中だから」
「噂レベルにはまあ、聞いていますけれどね。上ノ段? 俺はバーチャルアイドルのリアルとかあんまり興味ないんで」
「警備の方へ当たった記憶はありますか」
生祈は尋ねる。
「どこの会場?」
「ドームユーノです」
「ユーノ」
告船は考え込む。
「あったかもしれない」
「かもしれない」
「そうだよ。それに俺の顔写真だけ見せられてもさ」
と告船。
「何になる? 俺自身がそのユーノへ映っている写真がないと、説得力がないじゃない。俺も『ああ、確か警備へ当たっていたな』とか納得出来る資料」
「では、ちょっとまた追加なんですけれど」
と言って生祈はノートパソコンの画面を、告船らの方へ向けてみる。
軸丸。
「ころころ話が変わるよな」
「すみません」
「あのね。分かりづらいけれど要するにさ。再度病院の話へってことだ」
生祈。
軸丸。
「悪いけれど、俺はサンプルには含まれていないそうです。だから一抜けね」
「なんすかそれ」
と言って告船は苦笑した。
軸丸。
「彼女の収集と相成ったのは? 事務所ですよ。エクセレとかいうバーチャルアイドル中心のね。それから西耒路署と安紫会。劒物大学病院内で接触した若干名」
告船は肩をすくめる。
「さっきから、言っていた解析だ結果だってこれのことかい」
「そうです。今までずっとタイミング分からなくて」
と生祈は言った。
赤くなる。
「九十九社で非公式で」
怒留湯は溜息。
生祈は続ける。
「集めていた収集サンプルは音声。あまり本格的ではありません。何しろ収集媒体は私のスマホだから。それこそ西耒路署さんや劒物大学病院さん側が収集したのなら、精度はもっと上がっていたはずです。ですが収集の際。何も加工等入れなかったので比較的。クリアに解析していただけました」
生祈は説明する。
そうしながら、七日生に個人的依頼を受けた際に見に行った。
自宅スタジオ。
そこにあったパソコン画面を思い出していた。
画面だけでなく周辺機器。
音声。ソフトウェア。
波のような波形。
それに付随してくる処理のためのウィンドウ。
今の画面にはDAWのような処理用ウィンドウは存在しない。
存在しないものの、波形はびっしりと並んでいる。
そんな画面。
サンプル収集分。
人数分だ。
「おお」
と清水之暖。
「波ばかりだね」
生祈は清水を見た。
「サンプルにはね。私も含まれているのだろうか」
言われて生祈。
「ええと、一応」
「そう」
清水は苦笑する。
「すみません。いろいろ集めたものでして」
告船は生祈を若干睨んだ。
「まあまあね。西耒路署であろうとなかろうと。僕は対象外ですが集めたってことです。九十九社さんはね。それにしても小さすぎる画面が」
軸丸が言う。
「ノートパソコンですから」
と生祈。
「波なんですけれど。音量とか高低とか音域とかいろんな要素、あと音圧とか。そういうのを含んで波形になって表示されているのが今の状態です。今のままだと数が多いので何個か私の独断で、気になったのを抜いてみます」
少々画面を整理。
サンプルとして残ったのは数個。
告船。
「独断というか。それは目視でなの」
生祈はかぶりを振る。
「私には専門的知識みたいなのがないんです」
「それは分かるよ」
「全然、全部バラバラに見えます」
「何をもってして?」
「研究でお会いした教授の受け売りと言いますか。知識はとにかくその方のものですので」
「僕にも全然バラバラです」
と朝比は苦笑。
生祈。
「実際全くの同じ音量とか。音域っていうのはあまりないと思われます。というのも教授による知識なのですが。波形に一致を求めたくて表示しているわけでもなくて」
「一致ではないとすると?」
と軸丸。
生祈。
「一致じゃなくて変わらない部分がある。ってことらしいんです。それも、今見ている波の形だけでは表現しきれない。頂いた解析結果の中に、その情報も含めて渡していただきました」
音。
大体が波になって伝わる。
とは言うものの。
デジタルの場合も波の形で表現されることが多い。
今もそれは顕著に。
ノートパソコンのそれへ。
単なる波。
大きさや形や幅。
波として画面へ表示されているのみ。
音として聴く。
のであれば、何かしらで再生させる必要も出る。
で、生祈は再生をした。
「なんか。これを聴く分には。誰が誰の声とかよく分からないね」
と軸丸。
生祈。
「そうですね。実際自分の声と。他人から聞かれた自分の声っていうのはギャップもある」
「確かに。実際に自分の声を別の場所とか、デバイスとかで聞かされるとウワッてなる時多いもんな」
更にピックアップしていく。
生祈。
「男性の声と女性の声でごたまぜです。今はそうです。ただエクセレという事務所で気になる点。アイドルの大半がバーチャルという点です」
朝比が言う。
「アバターとリアルは違う。告船さんはその辺りよく御存知のはずでしょう」
「な、なんですかいきなり」
告船は言って眉をしかめた。
朝比。
「そう。何故なら作ることが出来る」
「作る?」
と桶結。
「私からも、ちょっといいでしょうかね」
清水が言う。
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