警視庁生活安全部異世界課

仲條迎

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第四話 贅沢すぎる求婚

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 ゲームもしないしアニメも観ない。そんな自分でも、用意された衣装がゲームかアニメキャラみたいだと思った。
 七色の光沢を放つ金糸の糸で編まれた下着を上下ともに着けさせられて、シフォンのような心許ないほど薄くてひらひらする布をスカートのように巻かれた。頭の上からは花嫁のような純白のヴェールをすっぽりと駆けられて、その上から重たげな宝石が散りばめられたティアラのようなものを被せられた。
「とても素敵です! 聖女様は代々このお姿になられるそうです。お目にかかれて、とても幸せです!」
 ユウクが蒼い瞳に涙を浮かべて興奮しているが、全体的に布が心許なさすぎて落ち着かない。けれど、人生でこんなにも煌びやかで、素人目にも高価な品だとわかるティアラは、ヴェール越しに鏡を見て興奮してしまった。
「それではこれより王の元へお連れ致します。きっと喜ばれますよ」
「求婚されてしまったりして」
 きゃーっ、と娘たちが頬を赤らめながら歓声を上げた。
「そ、そんなわけないでしょう。どうしてそんな、いきなり……っ」
 そんなことが本当に起こるものかと動揺のあまり声を震わせてしまった。
「ですが、王はまだお后をお持ちではないですし、聖女様は代々王に求婚されていますから。ああ……私のほうがドキドキしてきました……っ」
「やめて。そ、そんな変な期待をさせないで……っ、そ、それに私にだって好みがあるんだから」
「聖女様でしたら、国中の男性を魅了してしまいますわ。――さあ、ではご案内致します」
 ユウクと他の娘たちが急にかしこまり一礼すると、観音開きのドアを開いた。
 準備をしたこの部屋も豪奢な装飾がふんだんに施され、異国の王宮を思わせるような荘厳さがあったが、王との謁見ともなれば、更に豪奢な部屋へ連れて行かれるのだろう。
 以前ドキュメンタリーで見たヴェルサイユ宮殿の鏡の間を想像しながら、緊張の面持ちで娘の後ろを続いていく。
 途中、廊下に並ぶ大勢の女性たちに頭を下げられた。
 女官と言うのだろうか。こういうとき、ゲームやアニメを見てイメージしておけば、少しは緊張もほぐれていたかもしれない。
 何十人もの人々に頭を下げられながら長い長い廊下を歩き続けて、漸く娘たちが足を止めた。
「…っ」
 人の背二つ分以上ある巨大な扉には、ドラゴンのような怪物たちがひしめき合い炎やら雷やらが柱を立てている光景が描かれていた。荒ぶるドラゴンの足下には人々がのたうち、中には剣を持ち空めがけ咆哮する勇者の姿がある。
 まるで宗教画を思わせるような壮大な絵巻は、緻密な細工の陶器や宝石に彩られ、ただただ圧倒される。この扉の向こうに王がいるのだろうか。娘たちが脇へ移動すると、今度は鎧に身を固めた屈強な兵士がノブを握り、野太い声がけとともにゆっくりと扉を開いていった。
『聖女様、こちらに!』
 扉が開かれると、すぐに中から男性の声がした。しかしその声が誰なのか確かめようにも、隙間から溢れ出てくる白色の光の海に飲まれてしまった。
 眩い。あの駅前で光に包まれたときのことを思い出す。
 一体どれほどの時間が経過したかわからないが、少し前の自分は焼き鳥と発泡酒とコンビニ菓子で失業保険支給期間中の、わずかな自由時間を謳歌しようと鼻息を荒くしていたのだ。
 それが今や『聖女様』と呼ばれて豪華な衣装を身に纏っている。
 夢だろうか――なんて、思わない。思いたくない。
 夢だとしても稚拙な想像力しかないのに、こんな煌びやかな夢など見られるはずもない。
 だからこれは現実だ。
 本当に異世界に飛ばされて、『聖女様』になったのだ。
 扉が開ききると光は収まった。途端に荘厳なホールが目の前に広がり、様々な色の肌をした人々が、衣擦れを立てて片膝を突きこうべを垂れた。
 今日無職になったばかりの女に、皆がこうべを垂れる。なんだこの光景は――と、呆然とすると、ユウクがそっと手を差し伸べた。
「聖女様、お手を」
「あ、……ええ」
 何が何だかわからない以上、この子に頼るしかない。小さな手にそっと手の平を重ねると、ユウクが一つ頷いて歩きだした。それに合わせて歩く。ドキドキして現実感がまるでない。そもそも現実では考えられないし、ここは異世界だ。現実感なんてあるわけがない。
 大勢の人々がこうべを下げるなか、二人は玉座の前で足を止めると、ユウクはすっと背後に下がってしまった。
 娘が下がると、膝を折っていた者たちがざっと、立ち上がる。
「あっ」
 一体どうしたらいいの?
 戸惑い、狼狽えていると、玉座に座る男性が席を立った。
 ビクッと、脅えると、男性はヴェール越しにやわらかな笑みを描いた。
「聖女よ、待ち侘びた」
 その笑顔の期待を裏切らない、優しい声音で男性は言った。
「直接顔を見せてくれるか」
「は、はい…」
 弱々しい声で頷く、男性はヴェールをすっと持ち上げ、更に鮮やかな笑みを見せた。
 その容貌ときたら、近寄るのも会話するのもおこがましいほどの端麗さで、全身から理性と正義が溢れ出ていた。軍服に似た衣装越しにもわかる無駄のない肉体。文句の付け所のない高身長に波打つブロンドの髪。そして青葉を思わせる活き活きとした双眸。
 ハンサムすぎて目眩がした。
 この男性が独身で、求婚するかもしれないだと?
 ちょっと意味がわからないと、頭を抱えたくなってしまった。しかしハンサムを目の前に醜態を晒すわけにはいかず、ぐっと耐えて奥歯を噛みしめる。頭の中は大絶叫に大騒ぎだ。
 ドキドキしすぎて、口から心臓が飛び出そうという状況を身をもって経験してしまった。
「聖女よ、あなたを待っていた。しかし、これほどに魅力的な者とは……」
 うっとりと溜め息交じりに言われ、耐えきれず両手で顔を覆っていた。
 躰から魂が抜けてしまいそうだ。異世界万歳。彼氏と別れて良かった。会社を辞めて本当に良かった。心底思い、そろそろと顔を起こすと、その手を優しく取られた。
「聖女よ。名を、教えてくれないか?」
「……わ、私は……」
 地味な名字に、地味な名前が脳裏を過り、咄嗟に女優の名を言った。
 ドラマ初主演の第一話を観て、あまりの大根振りにテレビに向かい四十五分間、文句を言い続けた女優だ。演技は目も当てられなかったが、顔だけはムカツクほど可愛かった。
 その名を告げると、「おお!」と青年王は目を輝かせた。
「レイカ! 美しい響きを持つ名だ。聖女レイカよ。――どうか、許されるならば我が愛をそなたに」
 まあ…! と、ホール中に感激の声が静かにさざめいた。後ろでユウクが興奮しているのがわかる。
「なりませぬぞ、王よ」
 禿頭の仙人髭をした小柄な老人が人々を掻き分け現れた。
「じい。私は決めた。レイカを伴侶とする。どうか私の願いを聞き入れてくれ」
「は、伴侶…っ」
 出会ってまだほんの少しの時間で、このハンサムは何の取り柄もない平々凡々な自分を伴侶にすると決めてしまった。目の前の彼が一体どんな性格をしているのか知らないが、今頷かないでいつ頷くのだろう。当然イエスだ。勿論だと大きく頷いてやろう。
 しかし、髭の老人は続けた。
「王よ、自らの呪いを忘れたか。愛した者は一年後に絶命するという、王家の呪いを」
 ああ…と、周囲が失意の息を漏らした。
「呪い…? 私が、一年後に死ぬの?」
「それは……だが私はレイカ、そなたに心を奪われた。この気持ちに偽りはない。呪いなど迷信に決まっている」
「いいえ。真実でございます。だからこそ、王の伴侶は聖女なのでございますぞ」
「……そうか……そうだな」
「あの…どうか私にもわかるように話してください。私が聖女であることに何か意味があるんですか?」
「勿論だ、レイカ。私の愛した者は一年後に絶命する。これは我が王家の呪いだ。そして伴侶は、呪いを解くために一年以内に魔王を討伐しなくてはならないのだ」
「私が……? 魔王を、討伐?」
「そうだ。だが一人で行かせはしない。腕の立つ兵士と国一番の槍使いを付けよう。弓使いもだ。侍女も」
「はいっ」とユウクが小声で頷いた。
「レイカが魔王を討伐した暁には、国を挙げての盛大な婚礼を行うとしよう」
「でも失敗したら……魔王なんて、私……そんなこと……」
 狼狽えると、老人が咳払いをする。一体なんなのよ、と苛立ち気味に老人を横目に見ると、わざとらしくもう一度咳をした。
「王に愛された以上、最早呪いは掛かったと見ていいでしょう。聖女殿、今覚悟を決めねば、どちらにせよ一年後には死にますぞ」
「――っ」
 そんな強引な話があったものか。
 おもわず泣きそうになったが、目の前には溜め息の出るような王様の美しい笑顔が。
『勿論行ってくれるよな?』と言う顔だ。ノーとは言わせぬ、優しい圧が返事を詰まらせる。
「わ、私……」
「君は聖女だ。五百年に一度の聖女だよ、レイカ」
「それに魔王なんて……どうやって倒せばいいのか……」
「腕の立つ者たちが必ずやレイカを助けてくれるだろう。自信を持て、レイカ。――それとも、私の愛はいらぬか……」
 途端に睫毛を伏せた王に「いえ!」と咄嗟にかぶりを振っていた。
「あ、愛されたいに決まっています!」
 彼氏と別れて、男なんてクソだと思っていたけれど。
 街で見かける好みの男たちを見るたび、並んで歩く勇気はないわ……と、自分の自信のなさに落胆していた。そんな男たちを上回るほどのハンサムが愛をくれる。
 当然愛されたいに決まっている。こんな男、逃がしたら一生自分を罵って生き続ける。
「では、レイカ。行ってくれるか?」
 真っ直ぐに見つめながら若き王は言った。
 初夏の太陽に照らされた青葉の瞳が美しい。彼の目に、自分は絶世の美女と映っているのだろうか。改めて訊く自信はないが、彼の言葉に揺れていた気持ちが固まった。
「私、魔王の―――」
 討伐に行きます。――そう言葉を続けようとした直後、背後から光の塊が押し寄せて視界を真っ白に染めた。
「……え……?」
 光は一瞬で消えたが、王は眩しそうに目を細めて美しい顔を顰めていた。皆も手で顔を隠したり、顔を背けたりとそれぞれだ。自分だけが背中を向けていたおかげで光の洪水を直撃しなかったようだ。
 振り返ると、ビジネススーツを着たショートヘアの女性とお団子頭の女性、そして白髪の多い男性がホールの真ん中に立っていた。


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