警視庁生活安全部異世界課

仲條迎

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第五話 交渉

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「座標は完璧ですね」
 お団子頭の女性がタブレットで何かを打ち込んでいる。ショートヘアの女性と白髪の多い男性が方々を見渡し、すっとこちらに視線を合わせた。
「あなた、日本人ね」
 ショートヘアの女性が言った。
「そ、そうですけど、だ、誰……?」
 新たに異世界へ喚ばれた者たちだろうか。脅えながら返事をすると、三人は上着の内ポケットから手帳を出して見せた。
「我々は警視庁生活安全部、異世界課です」
「異世界課……? 何それ。聞いたことないんだけど」
「レイカ、彼らは知り合いか?」
 王に尋ねられて「いえ!」とかぶりを振った。
「はじめて見る人たちです」
「ですよね。我々は異世界に拉致された自国民を連れ戻しに来ました。つまりあなたのことです」
「はあ⁉ 拉致? 私が?」
 おもわず声を大きくすると、三人は苦笑を滲ませた。
「拉致でしょ。それとも誘拐かしら。なんにせよ突然連れてこられたでしょう。あなたの意思など一切無視で」
「そっ、……それは……」
「違うの?」
 戸惑いに返事を濁すと、ショートヘアの女性が尚も迫る。
 自信に溢れた女は嫌いだ。警視庁ってことは、エリートなのだろうか。もっと刑事ドラマを見て勉強しておくんだった。どちらにしてもとにかく苦手なタイプ。見られるだけでもイライラする。
「違わないですよね。突然びかーっと光に包まれて、気が付いたら知らない世界にいましたよね?」
 お団子頭の若い女が言った。
 こっちも嫌いなタイプだ。同調するような優しい声で訊くくせに、中身の質は段違いにいいタイプ。自信というより性格がふてぶてしくて、同僚だろうが上司だろうが臆しないような。嫌い。そういうの。自分が真似したくてもできないタイプだから。
「どうなんです?」
 白髪頭の男性が言った。
 温厚そうな、というより怠そうな口調で。三人の中で一番親しみがあるけれど、腹の底が見えないタイプ。多分、一番食えない人。だから近づきたくない。
「確かに気が付いたらここにいましたけど……」
 近寄りたくない気持ちと、こちらの腹の内を覗かれたくない警戒心とで、自然に王の後ろに隠れていた。
「では拉致です。あなたは拉致されたんです。この世界に」
「だとしたら何なのよ」
 お団子頭の若い女を睨んだが、まったく怯む様子がない。
「ですから連れ戻します。我々はその説得と交渉に来たんです」
「そんなの、別にっ」
 拘わったら厄介な感じがする。イライラしていると、王が胸を張った。
「我が国はレイカを招いたのだ。彼女は最も重要な国賓だ」
「では、その目的はなんです? わざわざ異世界から女性を拉致して、着飾らせて、一体何を要求しているのですか? 彼女は我が国の善良な一般市民です。その彼女に何をさせるおつもりで?」
 ショートヘアの女性が王に負けじと返す。
「ちょっと! 彼は王様よ? その言い方は失礼でしょ。私は五百年に一度の聖女なの。選ばれてきたのよ! そして魔王を倒して呪いを解いて、彼の妻になるんですから!」
「なるほど。本命は魔王討伐ですか」
 ショートヘアの女性は冷淡に言った。
「我が呪いを解くために、致し方ないことだ。呪いを解除するのは妻となる聖女自らがしなくてはならないのだから。これは必然なのだ」
「もし彼女が討伐に失敗したら、次の五百年まで待たれますか?」
 お団子頭の若い女が言った。王をじっと見つめて。
 その美しさに震えないだなんて、さぞかしイイ男を見てきたのだろう。じわじわと嫉妬心が胸に広がり蝕んでいく。
「それは……」
 王の目が一瞬泳いだ。
「聖女を妻にするというのならば、失敗した場合次の方を召喚しますよね。そもそも五百年というのは、この国のどれほどの長さですか? それは地球での単位と同じでしょうか?」
「……え?」
 若い女の発言に、胸がもやりとした。
 王は何も言わない。
「言語もそうです。大抵は補正がかかり即時対話が可能ですが、どなたか調整したんでしょうか。少なくともこの国には召喚ができる魔術師がいて、言語の調整もできるということですよね? 偶発的に呼ばれたとは考えられませんし」
「私が聖女と呼ばれているくらいだもの、そういう人がいたって……。だいいち異世界ってそういうものでしょ」
「いいえ。いない場合もありますよ。異世界は無数に存在しますから。呪いの件はさておいて、異世界から人間を召喚し、言語の調整を図る魔術師はある程度有能でなければなりません。呪いも解ける可能性もあると思いますけど? その方に王様は依頼されましたか?」
 周囲がざわざわとしだす。
「ちょっと……やめてよ。突然やってきて水を差すとか、あんたたち何考えてるのよ」
「我々はあなたの救出のために来たんです」
 ショートヘアの女性が言った。
「よく考えてみて。矛盾だらけでしょう?」
「だから! それが鬱陶しいっていうの! 私は助けてなんて言った⁉ 一度も言ってないし、願ってもいないわよね! どうして突然やってきて、変な空気にするのよ!」
「変な空気にするというのは、まあよく言われますね」
 白髪の多い男性が苦笑した。
「じゃあ、わかるでしょ? 私は帰りたいなんて一ミリも思ってない! 確かに魔王討伐は怖いわよ。だけど彼と結婚するためにはこうするしかないんだから、仕方ないでしょう!」
「これはあくまでも仮定の話ですが」
「仮定の話なんて聞きたくないわ!」
 お団子頭の若い女にきつく言い放った。
「では幾つかの事例を出します。過去に異世界へ拉致された女性の三割が、王族や貴族の美形男性に求婚され、魔王ないし魔族、モンスターの討伐に出されています」
「……は……?」
 ひく、と頬が痙攣した。視界の隅に、ブロンドの髪が見える。
「討伐による帰還率はゼロ。成功例は0件です。つまりここから導き出される答えは、女性は皆、討伐へ行くという名目で生贄にされています。結婚に目が眩んだ女性たちが自ら生贄になりに行くんですね。――わかります?」
「な、……なに、それ……な……、……」
 動揺に声が震えてしまった。
「ぃ、生贄なんて……」
 物語の世界の話ではないのか……? 人を生贄にするなんて、そんなことあるはずがない。きっと何かの間違いだ。
「異世界に飛ばされてきて、ちやほやされるのはままあることです。結婚詐欺しかり、ジゴロしかり。でも甘い言葉には必ず裏があるんですよ。それは異世界でも日本でも同じこと」
 若い女が口端に憐れみを浮かべた。小顔の、甘ったるいアイドル顔が余計にムカついた。
「国中の者たちが私の登場を喜んでくれたわ! それが盛大な詐欺だっていうの⁉」
「あなたが生贄にされることで国の平穏が保たれるのであれば、それはそれは盛大に喜ぶでしょうね」
 ショートヘアの女が言った。
 その涼やかな目には憐れみさえなく、冷淡な輝きが見据えている。
 頭が混乱していた。美しき王は何も言ってくれない。自分は五百年に一度の聖女だ。貴重な存在ならば救いの手を差し伸べてくれても良いだろうに。
「……五百年って、どれくらいの期間なの……?」
 王の背中に尋ねた。
 しかし王は何も言わなかった。それが絶望を胸に植え付けて、その場にへたり込む。
「……私……」
 騙されていたのだろうか。
 震えながら口を押さえると、涙が溢れてきた。
 やっぱり夢だったのだ。こんな「特別」がそう簡単に手に入るわけがないのだ。
「――君たちは誤解している。確かに強引なやり方でレイカをこの世界へ連れてきたのは認めよう。無礼な行いだった。だが、彼女を傷つけるようなことは言わないでくれ。いずれは私の伴侶になる者だ」
「説得力はないけど、女性を守ろうっていう気持ちは評価するよ」
 白髪の多い男性が言った。
「だが、伴侶にするなら、余計に魔王討伐なんぞへ行かせるな。国の災いは自国民で解決しろ。どうせ優秀な魔術師様が、どこかに隠れているんだろ? もしくは手厚く保護か? どっちだっていい。人前で女性に結婚をちらつかせて、ひでぇ条件なんぞ突きつけるな。顔が良いだけのクソが」
「黒川さん……」
 若い女が感動したように声を洩らした。
 気が付けば、黒川と呼ばれた彼を見ていた。すると彼もこちらを見て、すっと手を差し伸べる。
「さあ、日本へ帰ろう。ここはあんたのいる世界じゃない。異世界ってのはな。所詮異なる世界なんだよ。俺たちがいる世界じゃない。だから、俺たちと帰ろう」
(ああ…)と胸が震えて、すっと手を伸ばした。
 帰ろう。帰ったほうがいい。生贄なんて嫌だ。
 彼の、ささくれのある手を見つめて、ふと動きを止めた。


 ――もし、あの世界へ帰ったら。


 ふいに思った。
 あの世界に帰ったら、また就職活動をして、クソみたいな会社で働くことになるのだ。
 誰かの紹介か、居酒屋でナンパされて、運良く結婚できたとして、若い王様のような美貌ではないだろう。確実に。
 一生安月給で、作りたくもない自分の手料理を食べ続けて、カロリーを気にしながら日々蓄積されていく贅肉と、加算されていく老化現象に脅えながら毎日を生きていくことになるのだ。
 ああ、くだらない。
 ああ、つまらない。
 ああ……そんな生活に戻ったところで一体何が愉しいのだろうか。
 私の人生など、平々凡々だ。セピア色をした、出がらしたお茶っ葉以上に味気ないものだ。
 ――そう思ったら、若き美貌の王の腕を掴んでいた。
「私、帰らない」
 きっぱりと言った。
「我々は事実を言っていますよ?」
 ショートヘアの女が目を細める。
「わかってるわよ。だけど帰らない。だって現実に戻って何があるのよ。だったら魔王を討伐してやるわ。罠でも嘘でも、してやるんだから」
「正気ですか? 言っておきますが、これ最後のチャンスですよ? あとは地獄ですよ? 私なら考えられません」
 若い女がかぶりを振った。
「あなたはさぞかし充実した人生を送っているんでしょうね……」
 若い女の小馬鹿にするような言い方に、イライラして拳を握り締めた。
「だけど私は何もないの! 浮気彼氏とも別れたし、会社も辞めてきた! 親とも疎遠だし、たまに会ってもケンカばっかり。親友なんて呼べる人もいない。あの世界にいて、楽しみなんてコンビニ菓子と焼き鳥くらいなものよ! だから帰らない。私はここに残ります!」
 ホールに響き渡るほどの大声で言ってやると、すっと胸が軽くなった。
 やけくそと言われればその通りだ。けれど、この胸が空く思いを味わえただけでも意味がある。
 三人は顔を見合わせた。そしてお団子頭の女がタブレットを確かめて、一つ頷いた。
「タイムリミットです。我々は帰還します」
 ショートヘアの女が淡々と言った。まるで白けたように。ざまあ、と言いたくなる気分だ。
「とても残念ですが、もう二度と会うことはないでしょう。どうかご無事で」
「言われなくたって」
 吐き捨てると、三人の躰がまた白色に飲み込まれた。
 あまりの輝きに、皆が顔を背けていた。



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