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第八話 良い異世界ライフを―――。
しおりを挟む「おや、ギリギリでしたね」
今度はスーツの男女が十人現れた。
男性七人、女性三人だ。いかにも公務員と言わんばかりの真面目さを纏い、リーダーらしき四十過ぎの眼鏡の男が言った。
「……今度はどこの部署よ」
おもわず尋ねると、皆が皆、手帳を出して見せた。
「我々は国税局異世界部です」
「こ、国税局? 国税局って……国税局?」
今度はまた予期せぬところから来たものだ。ひどく戸惑ってしまった。
「佐藤幸子さんですね。住所は埼玉県T市××町××三丁目八の二、アカネハイツ一〇一号室」
「――っ、……」
ここではレイカと名乗っていたのに、こんなに早くバレてしまうとは。苛立ちに小さく歯噛みする。
「違いますか?」
「……そうよ」
眼鏡の男にじっと見つめられて、溜め息交じりに視線を逸らした。
「では佐藤さん、あなたは前回生活安全部異世界課との話し合いの際、この世界に留まることを選択しました。それは正しいですか?」
「ええ。帰らないと言ったわ。ここに残ると」
今となってはそれが正解だったのか、もうわからないけれど。あのときの、エリート女どもに言い放つことができた爽快感だけが救いだ。
「では、あなたは日本国籍でありながら、この世界に留まることを確認しました。よって、平均寿命分の税金を一括徴収させていただきます」
「は? なにそれ……? どういうこと?」
「ですから、あなたが日本で労働し、今後支払うだろう金額分の税金を、ここで支払っていただくということです。ご理解頂けましたか?」
「できるわけないでしょ! それに一生分って、いくらになると思ってるのよ!」
「事前にシミュレートいたしました。佐藤さんの納税額はこちらになります」
眼鏡の女が前に出てくるとタブレットの画面を出されて、見るなりくらりとした。その金額があったら暫くは遊んで暮らせるのに、税金で払えと言うのか。
「……私は日本を捨てたのよ。つまりは国籍を放棄したってこと。だからもう日本人じゃないわ!」
「いいえ。国籍の放棄は、異世界の場合法律では認められていません。あなたは日本人です」
「拉致されてきたのよ! 無理矢理連れてこられたの!」
「ですから、生活安全部があなたを迎えに来ました。それを拒否したのはあなた自身です」
「そんな証拠はないでしょう!」
「ありますよ。――御覧下さい」
眼鏡の女がタブレットの画面を操作して、動画を再生した。
それはまさに、昨日のあのやりとりだ。撮影していたとは気付かなかった。
自分の酷く不機嫌な、目を吊り上げながら言い合う姿が映っていて泣きたくなった。
「あなたはこの世界に留まることを選びました。よって、徴収を行います」
「……差し押さえってやつ? 私物なんて何もないわよ」
「はい。ですから、あなたを招いた国の代表より行います」
「え…?」
彼らの視線が、背後にいる美しき王へと向けられる。
「私が、なんだ?」
王が笑顔を引き攣らせ、半歩下がった。
顔は良いけれど、頼りにならない男だ。
そう言えば、名も知らなかった。
「これより佐藤幸子さんの物品納税を行います。リストアップされた品の一覧を御覧下さい。佐藤さんの税金と、納税拒否による課税。それらが該当物品の資産価値とがほぼ同額であることを確認して下さい」
眼鏡の女性が王の前にタブレットを見せた。
「レイカ、これは? これはどういうことだい? 彼らは我が国から何かを持っていこうというのか?」
「私だってわからない。ちょっと! やめてよ! 泥棒みたいなことしないで!」
王の許可も取らず突然方々へ散らばりだしたスーツの連中が、見るからに高級そうな調度品を吟味しては元いた場所へと次々に集めていく。それもかなりの量だ。
「レイカ、彼らは? やめるんだ。それは代々王家に伝わる品々だぞッ」
兵士達が一斉に剣を構えたが、国税局の職員は怯まない。
「我々異世界課は国税局の中で唯一、武装を許可されています。また異世界渡飛の経験も多くあり、戦闘経験も豊富です」
「だから、それがなんだというのだ。それで我が王家の歴史ある品を奪っていい理由にはならない!」
王が果敢にも返した。毅然とした様子に王気を感じて、不覚にも胸がときめく。
しかし眼鏡の集団は動じる様子もなかった。
「――つまりは戦闘開始の際、誰の首を真っ先に断てばいいのか、縊ればいいのか、我々には既に答えが出ていると言うことです」
十名の職員が全員眼鏡越しから無機質な双眸を向け、王を捕らえていた。
無感情でありながら、その眼孔の奥に潜む狂気に気付かされる。
つまり、真っ先に首を断つ者が誰か、その正体を訊かなくても、わかるだろう?
――そう言っているのだと、幸子も美しき王も、そしてホールにいた兵士たちまでもが即座に理解して、背筋を一気に寒くした。
「佐藤さんを招いた対価は、この国が支払って頂きます。それは彼女を喚んだ当然の代償でしょう。佐藤さんは国籍を放棄しましたが、法律上では大切な日本国民の一人ですからね」
「……く、……ぃ……」
今更。大切な。とか、本当に今更だ、と言葉が出ない代わりに幸子は全身を震わせながら嘲笑を返した。
「佐藤さん、あなたは昨日ティアラを身につけていましたね。それはどちらですか?」
別の男に尋ねられて、「知らないわよ!」と幸子は叫んだ。
「では、侍女の彼女に尋ねましょう」
途端にユウクが逃げ出したが、眼鏡の女が素早く掴まえた。
落ち着かせようと娘の前で膝を折り、見上げながら尋ねているが、素人でもわかるような寒々とした気迫にユウクが大きく震えながら扉の向こうを指さしている。
「では、案内して下さい」
眼鏡の女に腕を掴まれながらユウクがふらふらと出て行った。
「何よこれ! 強盗じゃないの! 私に恥を掻かせないでよ!」
上司らしき眼鏡の男に叫んだ。
「あなたが選択されたことです。こちらは法律に則って行っているんですよ。これはすべてあなたの判断が導いた結果です」
「じゃあなに⁉ 昨日、大人しく帰れば良かったっていうの⁉」
「ええ、そうです。彼らは言いましたね。――これ最後のチャンスですよ? あとは地獄ですよ? と」
「部長、回収完了です」
別の眼鏡が言った。
いつの間にか、ユウクを連れて出て行った眼鏡の女が戻っている。
「ティアラは?」
「済みです。リスト通りに」
「――では、我々は撤収します。もう二度と誰も来ることはありません。佐藤さん、良い異世界ライフを」
「な………」
何を今更。
そう言う前に、再び白い光が視界を塗り潰していた。
それが音もなく消えていくと、掻き集められた調度品や宝石の数々とともに十人の眼鏡とスーツの姿は跡形もなく消えていた。
「……な……」
幸子はその場にまたへたり込んでいた。
泥棒、強盗、火事場泥棒……なんでもいい。幸子はこんな酷い国に生まれ、育ってきたのか。そう思ったら酷い焦燥感に襲われて、声も出なかった。
先程まで彼らがいた場所を呆然と見つめていると、王が肩を優しく叩いた。
「レイカ、彼らは一体何者だい? 王家の宝を、あんなにも堂々と……」
美しき王も戸惑い、怒りに震えている。当然だ。眼鏡のスーツ集団の気迫に飲まれ、兵士さえも動けなかったのだから。
「彼らは……役人です。私が将来払うだろう税金を取りに来たんです。私が払えないから、王から代理で……でも、もう誰も来ないそうです……もう来ない……」
「そう。では君は帰る術と機会を失ったというわけだね」
「そ……」
そうなるのだろう。
あまりに呆然としすぎて、頭が働かない。
ただただ王の言葉に頷くと、肩から彼の手が離れた、
「この生贄を、魔王の森へ放ってこい」
冷ややかな声で王がそう言うや、屈強な兵士が幸子の腕を掴んだ。
「ヒッ! 何をするの! やめて! 離しなさいッ」
悲鳴を上げる幸子の躰を軽々と持ち上げた。
ユウクと使い手たちが、ばたつかせる手足を必死に抑え、縄で縛り付けていく。
「助けて! いやよ! 生贄なんてやめて!」
その叫びに誰も救いの手を伸ばす者はいない。寧ろ突然現れた役人どもへの怒りを幸子にぶつけるかのように、酷く手荒な手つきで縛り付けていく。この光景を見る兵士の冷たい視線が痛かった。
「まったく大損だ! ああ、だから私は言ったのだ。下らぬ芝居など馬鹿馬鹿しいとな。さっさと森へ放ってしまえばいいと! 聞いているか、じい」
「代々の伝統でございますぞ。生贄は気持ち良く魔王に身を捧げねば、味が落ちると言われております。そのための労力は必要にございます。魔王は舌が肥えておりますからな」
「まったく……魔王魔王と言うが、父上だぞ。母上が早死にして気が狂っただけのことだ。――まあよい。さっさと連れて行け。父は腹を空かせている。街で暴れられても困るからな」
「騙してたのッ。私をっ、私をぉお……!」
「ああ、そうだ。――そういえば、五百年がどれほどの期間か訊いていたな。今、教えよう」
美しき王はそれでも美しい笑みを描いてみせた。
「そなたの国では大体五年らしい。渡りの鳥は、父が娘を喰いたいと報せる鳥だ。我が国は、鳥を使って意思を伝え合うのでな」
「五年……たった……?」
「父はな、五年ごとに若い娘の肉が喰いたくなるのだ。そのたびに我が国の娘たちを差し出していては、いずれ絶えてしまうだろう。そんな勿体なくて恐ろしいことができるものか。――だから別の世界から『聖女様』を喚ばねばならん」
「はじめから……私をっ、……私を……ッ」
「生贄と話しているほど暇ではない。――さあ、行け。まったく、予期せぬ盗人めらに妻のお気に入りの壺が盗られてしまった……。じい、王妃に知られたら事だぞ。どうにかせい」
そう言いながら、王は老人を従え別室へと消えていく。
「待って! ねえ! 待ってよぉ……! お願い、待って……! 待ってください…ッ」
必死泣き叫び懇願する幸子を抱え、兵士が歩きだす。幸子の悲鳴がホールに響いても、王は一度も振り返ることはなかった。
「いやぁああ! 死にたくない……!」
その悲鳴に皆は煩げに顔を顰めるばかりで、憐れみを浮かべる者は一人もいなかった。
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