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1、いつも通りの日々。けれど、十六歳の誕生日に私は食べられる。
1、いつも通りの日々。けれど、十六歳の誕生日に私は食べられる。
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「来週からいよいよ期末試験がはじまります。急に冷え込み、風邪も引きやすくなる季節ですから、気を引き締めて参りましょう。休日はしっかりと体を温めて、けっして甘い誘惑に負けてはなりません。勉強を欠かさないように。――宜しいですね?」
――はい、先生。
生徒たちが声を揃えると、女性教師は誇らしげに一つ頷いた。
皺一つないブラウスに紺色のカーディガン。グレーのパンツにナース靴。
髪はきっちりと後ろで結わえ、生真面目さを前面に出した三十代の女性教師は、化粧っ気のない容貌にくわえ念を押すように銀縁眼鏡で武装している。
その口調は淡々としていながらも毅然としていて、良家の女子が集まる私立白蘭びゃくらん女学院の教師に相応しい。
おそらく、彼女と対峙した保護者は皆「この人にならばうちの子を任せられる」と思うことだろう。それほどに隙がなく真面目そうな人だ。
事実、融通が聞かないほど真面目なので、生徒たちから密かに「聖人」と呼ばれているのだが、そのあだ名があまりにも的確過ぎた。
「では皆さんごきげんよう。来週まで」
――ごきげんよう、先生。
再び声を揃えた女生徒たちは着席したままで軽く会釈した。
ホームルームが終わり、生徒たちが挨拶を交わしながら教室の中を思い思いの方向へと散らばる。週末の到来を喜ぶ仲良したちが教室のあちらこちらで集まるなか、少女は一人、机脇に掛けた革製の鞄を取り、教科書とノートを入れていった。
「宝稀ほまれさん、宜しいかしら?」
帰り支度の最中、ふとクラスメイトに声を掛けられて手を止めた。
「吉祥寺さん」
吉祥寺笑子えみこ。二年生で同じクラスになって以来、会話をしたのは一度か二度程度の子だ。
確か、父がホテルチェーンのCEOをしていて、そのホテルの一つでサミットが開かれたと自ら言っていたのでそうなのだろう。少女が知る彼女のプロフィールはその程度しかなく、密かに「サミットさん」とあだ名を付けていた。
そのサミットさんが久方振りに――数ヶ月ぶりに声を掛けてきたので、自然と手が止まっていた。同時に僅かばかりの興味が湧いて、おそるおそる机の前に立つ彼女を見上げる。
「なんでしょうか? 私に御用が?」
「ええ。実は、宝稀さんのお誕生日が近いのだと、先日耳にしたのです」
「ああ、ええ」
なぜそんな話を他人としているのか、まったくもって不思議に思うのだが、少女――宝稀は不満を露わにすることなく、反対に柔らかな微笑みで頷いた。
「十二月二十五日だとお伺いしました。クリスマスですわね」
サミットさんはそう言うと、急に瞳を輝かせながら前のめりになってきた。
「まあ! 宝稀さん、お誕生日が近いんですの?」
二人の会話を聞いていた別の生徒が近づいてきた。それが呼び水となり、一人、また二人と集まって、気が付けば机を囲まれてしまった。
「クリスマスがお誕生日だなんて素敵です。流石宝稀さんですね」
「やはり、ドラマティックになることを運命づけられているのでしょうか」
「お父様は世界的に有名な小説家で、処女作は聖書に次いでの大ベストセラーですものね。我々には到底成せない偉業ですわ。そんなお父様をお持ちになられている方ですもの、宝稀さんもきっと特別な存在なのでしょうね」
――素敵ですわあ。
口々に褒め称えられたあと、見事に声を揃えられてしまった。
「ありがとう、皆さん。けれどお父様はお父様、私は私です。そのような大仰な賛辞を受け止めるには、あまりにも重すぎますわ」
おもわず苦笑が零れてしまい、最後に吐息まで落としてしまった。
「まあ、ごめんなさい。ただお誕生日が近いとお伺いしたので、天あま樹ぎ全ぜん能のう院いん家のお誕生会はどのようなものかと……つい、好奇心を抱いて想像を膨らませてしまったのです。きっと世界中からお祝いが届くような盛大なパーティーなのかしらと思いまして」
サミットさんが胸の上で手を組みながら、遠い目をしてみせる。彼女の様子に感化された他の生徒たちが一斉に頬を高揚させた。
「まあ……素敵」
「きっとそうに違いありませんわ……」
宝稀を囲む女子生徒達が今度は次々と溜め息を零して瞳を輝かせた。
「十六歳の誕生日ですもの、他にはできない経験が待っているのでしょうね」
それはつまり、誕生会に呼んでくれ。――という、遠回しのお願いなのだろうか? ――と、少々冷めた自分が心の中で問いかけてくる。同時に、反応に困惑している自分が腕を組みながら首を傾げている。
「生憎、誕生日会はとても質素なのです。家族と特に親しい方々だけで行うものですから、到底盛大とは言えません。世界中からお祝いが届くなんてことはありませんよ。賑やかなことと言ったら、お父様が毎年つたないポエムを声高らかに詠んで下さるくらいかしら」
「あら……」
「まあ……」
「そうなんですの……」
一同が次々と落胆していくなか、唯一サミットさんだけが尚も身を乗り出した。
「家庭的でとても素敵な会ですわっ。あのっ、ご迷惑でなかったら、わたくしを―――」
「ごめんなさい」
サミットさんが言い終える前に、宝稀は小さく頭を下げた。
「今年は家族だけなのです。十六歳の誕生日ですから、家族だけで行わなければならないのです」
「あ……」
その言葉にサミットさんはさっと表情に影を落として、小さく項垂れてしまった。
「差し出がましいことをしてしまいましたわ。ごめんなさい、宝稀さん」
「いいえ。お話してくださり嬉しかったです。――そろそろ迎えが参りますので失礼します。皆さん、ごきげんよう」
鞄を閉じ、宝稀が席を立つと取り巻いていた生徒たちが道を空けてくれた。
「ごきげんよう、宝稀さん」
宝稀は一礼し、教室を後にした。
教室で静かに見送った生徒たちは、宝稀の姿が見えなくなるのと同時に、ほう…と、感嘆の溜め息を零した。
「宝稀さん、今日も麗しかったですわね」
「ええ。今日こそ必ずやお友達になりたいと勇気を振り絞って近づいてみましたけど、彼女の存在感になぜか圧倒されてしまいますわ……」
「天樹全能院あまぎぜんのういん宝稀……その名に相応しい圧倒的な全能感……到底我々のような一般人が近づけるものではないのかもしれません。わたくしには声を掛ける勇気すら出ませんもの」
「吉祥寺さん。あなた、とても勇気のある行動でしたわ」
うんうん、と、女子生徒たちは吉祥寺笑子を讃えるようにしきりに頷いた。
「あなたたちはわたくしを誤解しています。わたくしは純粋にお誕生日会に興味があって……」
「わかりますわよ。謎に包まれながらも、その存在の強大さに到底質素などという言葉が不釣り合いな天樹全能院家の一人娘、宝稀さんのお誕生日会……いつか呼ばれたいものですわね」
女子生徒たちはほぼ同時に頷くと、宝稀が去った教室のドアを名残惜しげに見つめるのだった。
――はい、先生。
生徒たちが声を揃えると、女性教師は誇らしげに一つ頷いた。
皺一つないブラウスに紺色のカーディガン。グレーのパンツにナース靴。
髪はきっちりと後ろで結わえ、生真面目さを前面に出した三十代の女性教師は、化粧っ気のない容貌にくわえ念を押すように銀縁眼鏡で武装している。
その口調は淡々としていながらも毅然としていて、良家の女子が集まる私立白蘭びゃくらん女学院の教師に相応しい。
おそらく、彼女と対峙した保護者は皆「この人にならばうちの子を任せられる」と思うことだろう。それほどに隙がなく真面目そうな人だ。
事実、融通が聞かないほど真面目なので、生徒たちから密かに「聖人」と呼ばれているのだが、そのあだ名があまりにも的確過ぎた。
「では皆さんごきげんよう。来週まで」
――ごきげんよう、先生。
再び声を揃えた女生徒たちは着席したままで軽く会釈した。
ホームルームが終わり、生徒たちが挨拶を交わしながら教室の中を思い思いの方向へと散らばる。週末の到来を喜ぶ仲良したちが教室のあちらこちらで集まるなか、少女は一人、机脇に掛けた革製の鞄を取り、教科書とノートを入れていった。
「宝稀ほまれさん、宜しいかしら?」
帰り支度の最中、ふとクラスメイトに声を掛けられて手を止めた。
「吉祥寺さん」
吉祥寺笑子えみこ。二年生で同じクラスになって以来、会話をしたのは一度か二度程度の子だ。
確か、父がホテルチェーンのCEOをしていて、そのホテルの一つでサミットが開かれたと自ら言っていたのでそうなのだろう。少女が知る彼女のプロフィールはその程度しかなく、密かに「サミットさん」とあだ名を付けていた。
そのサミットさんが久方振りに――数ヶ月ぶりに声を掛けてきたので、自然と手が止まっていた。同時に僅かばかりの興味が湧いて、おそるおそる机の前に立つ彼女を見上げる。
「なんでしょうか? 私に御用が?」
「ええ。実は、宝稀さんのお誕生日が近いのだと、先日耳にしたのです」
「ああ、ええ」
なぜそんな話を他人としているのか、まったくもって不思議に思うのだが、少女――宝稀は不満を露わにすることなく、反対に柔らかな微笑みで頷いた。
「十二月二十五日だとお伺いしました。クリスマスですわね」
サミットさんはそう言うと、急に瞳を輝かせながら前のめりになってきた。
「まあ! 宝稀さん、お誕生日が近いんですの?」
二人の会話を聞いていた別の生徒が近づいてきた。それが呼び水となり、一人、また二人と集まって、気が付けば机を囲まれてしまった。
「クリスマスがお誕生日だなんて素敵です。流石宝稀さんですね」
「やはり、ドラマティックになることを運命づけられているのでしょうか」
「お父様は世界的に有名な小説家で、処女作は聖書に次いでの大ベストセラーですものね。我々には到底成せない偉業ですわ。そんなお父様をお持ちになられている方ですもの、宝稀さんもきっと特別な存在なのでしょうね」
――素敵ですわあ。
口々に褒め称えられたあと、見事に声を揃えられてしまった。
「ありがとう、皆さん。けれどお父様はお父様、私は私です。そのような大仰な賛辞を受け止めるには、あまりにも重すぎますわ」
おもわず苦笑が零れてしまい、最後に吐息まで落としてしまった。
「まあ、ごめんなさい。ただお誕生日が近いとお伺いしたので、天あま樹ぎ全ぜん能のう院いん家のお誕生会はどのようなものかと……つい、好奇心を抱いて想像を膨らませてしまったのです。きっと世界中からお祝いが届くような盛大なパーティーなのかしらと思いまして」
サミットさんが胸の上で手を組みながら、遠い目をしてみせる。彼女の様子に感化された他の生徒たちが一斉に頬を高揚させた。
「まあ……素敵」
「きっとそうに違いありませんわ……」
宝稀を囲む女子生徒達が今度は次々と溜め息を零して瞳を輝かせた。
「十六歳の誕生日ですもの、他にはできない経験が待っているのでしょうね」
それはつまり、誕生会に呼んでくれ。――という、遠回しのお願いなのだろうか? ――と、少々冷めた自分が心の中で問いかけてくる。同時に、反応に困惑している自分が腕を組みながら首を傾げている。
「生憎、誕生日会はとても質素なのです。家族と特に親しい方々だけで行うものですから、到底盛大とは言えません。世界中からお祝いが届くなんてことはありませんよ。賑やかなことと言ったら、お父様が毎年つたないポエムを声高らかに詠んで下さるくらいかしら」
「あら……」
「まあ……」
「そうなんですの……」
一同が次々と落胆していくなか、唯一サミットさんだけが尚も身を乗り出した。
「家庭的でとても素敵な会ですわっ。あのっ、ご迷惑でなかったら、わたくしを―――」
「ごめんなさい」
サミットさんが言い終える前に、宝稀は小さく頭を下げた。
「今年は家族だけなのです。十六歳の誕生日ですから、家族だけで行わなければならないのです」
「あ……」
その言葉にサミットさんはさっと表情に影を落として、小さく項垂れてしまった。
「差し出がましいことをしてしまいましたわ。ごめんなさい、宝稀さん」
「いいえ。お話してくださり嬉しかったです。――そろそろ迎えが参りますので失礼します。皆さん、ごきげんよう」
鞄を閉じ、宝稀が席を立つと取り巻いていた生徒たちが道を空けてくれた。
「ごきげんよう、宝稀さん」
宝稀は一礼し、教室を後にした。
教室で静かに見送った生徒たちは、宝稀の姿が見えなくなるのと同時に、ほう…と、感嘆の溜め息を零した。
「宝稀さん、今日も麗しかったですわね」
「ええ。今日こそ必ずやお友達になりたいと勇気を振り絞って近づいてみましたけど、彼女の存在感になぜか圧倒されてしまいますわ……」
「天樹全能院あまぎぜんのういん宝稀……その名に相応しい圧倒的な全能感……到底我々のような一般人が近づけるものではないのかもしれません。わたくしには声を掛ける勇気すら出ませんもの」
「吉祥寺さん。あなた、とても勇気のある行動でしたわ」
うんうん、と、女子生徒たちは吉祥寺笑子を讃えるようにしきりに頷いた。
「あなたたちはわたくしを誤解しています。わたくしは純粋にお誕生日会に興味があって……」
「わかりますわよ。謎に包まれながらも、その存在の強大さに到底質素などという言葉が不釣り合いな天樹全能院家の一人娘、宝稀さんのお誕生日会……いつか呼ばれたいものですわね」
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