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1、いつも通りの日々。けれど、十六歳の誕生日に私は食べられる。
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しおりを挟む――それが今年の春のこと。
そうして人生のタイムリミットである十六歳の誕生日が目の前に来ている。
あの春の日から宝稀は笑顔を失い、感情が高揚することはなくなった。いつでも両親の喜ぶことを想像してはやる気と自信に満ちていた心は暗い影を落とし、光が差すことはない。
「着きました」
絢辻の声で我に返った。
車はゆっくりと門をくぐり、玄関ポーチの前で停車すると、絢辻が先に降りてドアを開けてくれる。宝稀は鞄を持ち、車を降りた。
「ありがとう」
絢辻は軽く一礼して、ガレージへ移動させるため車に乗り込んだ。
ゆっくりと発進していった車を静かに眺め、最後に一つ溜め息を零す。
「たまには寄り道でもしてみようかしら」
そうは言うものの、絢辻という無機質な男は一度車を発進させると、一切道草せずに自宅まで運び届けてくれるのだから、仕事熱心な男だ。
玄関ドアには既にメイドが一人立っており、宝稀の代わりにドアを開けてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お夕食はどうなされますか?」
「私室で頂きます」
鞄を預かろうとするメイドを手を制して、宝稀は言った。
鞄とコートは自分で私室へ持っていくと定期的に伝えているのに、真面目なことに毎日のように手を差し伸べてくる。まさか宝稀の命令を忘れてしまってしまうのだろうか?
それにしては彼女は勤勉過ぎるほどなのだが、こればかりは本当に不思議だ。
「かしこまりました」
「お父様とお母様は」
「ダイニングでお食事中です」
「そう、なの」
宝稀は返事を濁して、暗い表情で奥の部屋へと視線を投げていた。
家の奥から微かにトマトシチューのいい香りがしているのは、両親が食事中だからなのだろう。
腕時計を見ると、まだ四時前だった。夕食と呼ぶにはまだ早い時刻だ。
コートは脱がず、そのままで宝稀はリビングを抜け、部屋続きのダイニングへと向かった。
「お父様、お母様、ただいま帰りました」
テーブルで黙々と食事を続けている両親の手がぴたりと止まり、宝稀を見た。
「お帰り、宝稀」と、父がナプキンで口を拭いていった。
「お帰りなさい、宝稀さん」と、続いて母も口元を拭い、グラスのワインを空にする。
「お食事中のところ、邪魔してごめんなさい」
テーブルには大皿に盛られたローストビーフの塊が湯気を立てていた。トマトスープは大きなボウルに盛られて、両親の前にそれぞれ置かれている。
丁度専属のシェフが大皿の山盛りミートパスタを持ってきた。
「では、私は部屋に行きますので。ごゆっくり」
「誕生日はあと十日だったな」
背を向けた直後、父が言った。
「――ええ」
宝稀はゆっくりと向き直して、小さく頷いた。
「あと十日。あと十日。大事に味わって頂きましょうね」
母がトマトソースで口元を赤く染めながら、にっこりと笑顔を作る。
「傷は付けていないかい? 美しい躰のままでいるだろうね」
「そうよ。傷なんてもってのほか。味が落ちてしまうからね」
「……大丈夫です。傷などありません」
ぎこちなく笑顔を返すと、両親は安堵した様子で頷いた。
「それは良かった。お前を食べるのは親の義務だからね」
「そうよ。出来の悪い子は作った者が責任を持って食べないといけないの」
父のあと母が続ける。
「骨も残さず、髪の一本、爪の一枚まで残さず食べてあげるから安心なさい」
「ええ。綺麗に食べてあげますからね」
「そう…ですか」
顔が強張るのを堪えて、宝稀はきゅっと唇を噛み締めた。
おもわず俯きそうになってしまうのを我慢して、気丈に前を向き最後には笑顔を作った。
「最後の日まで勉学に励みたいので、私は部屋へ行きますわ。お父様もお母様もお夕食、どうぞごゆっくり」
親子の会話が終わるとすぐに、両親は再び料理に手を付けはじめていた。
まるでスープボウルに顔を突っ込んでしまいそうなほど前のめりになり、盛り付け用のサラダスプーンで啜っている。
二人とも競うようにスープを飲み、我先にとローストビーフの塊にフォークを突き刺していた。
両親はいつの頃か驚くほど食欲旺盛になり、長い時間をかけて食事をするようになっていた。 宝稀が朝、目を覚ましてキッチンへ行くときには既に食事をはじめていて、その量もさることながら朝食とは思えないほどこってりとしたものばかり。一時は二人の健康を心配したが、食べている量のわりに体型は変わらないままだし、宝稀がいくら案じたところで聞く耳を持とうとしてくれない。
聞く耳を持たなくなったのは、おそらく宝稀が不要になってしまったからだろう。
娘がいくら案じても食事を止めようとしないのも、もしかすると食べる量を増やす訓練をしているのかもしれないと、十六歳の誕生日我が身を食われる宝稀はそのことに気が付いてしまい、彼らの行動が薄ら恐ろしいのもになった。
いっそ食べるだけ食べて病気にでもなってしまえと意地悪なことをちらりと思ったが、宝稀の願いとは裏腹に両親の食欲は日に日に増して、心なしか心が躍っているようだ。きっと不要の娘を始末できるからだろう。
家に帰ると、ついあれやこれやと考えてしまい、息苦しくなる。
宝稀は足早に自室へ入ると鍵を閉めた。
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