転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

文字の大きさ
36 / 83
二章 碧緑の宝剣(リゲル編)

10.迷子の令嬢

しおりを挟む
 俺たちはそれぞれ、注文したジェラートを受け取った。

 ジェラートの形は美しい薔薇の形をしていた。内側から黄色、赤、紫、緑の順に花びらが並ぶ。黄色はレモン、赤はラズベリー、紫はブルーベリー、緑はピスタチオだったはず。

 俺は四色のジェラートに舌づつみをうつ。

「美味しい」

 俺は形を崩さないように端っこからそっと食べ進めていた。

「こっちも美味しいですよ。召し上がってみませんか?」

 メリーナが差し出すジェラートは淡いピンク、オレンジ、黄色の三色だった。黄色はレモンだとして、オレンジはやっぱりオレンジ、淡いピンクはストロベリーだろうか?

 俺はちょっとずつ全部の味をいただく。

 美味しい。予想通り、黄色はレモン、オレンジ色のジェラートはオレンジのようだ。爽やかな柑橘類の甘さが口に広がる。

 予想外だったのは淡いピンクのジェラートだった。口に入れた瞬間、こっくりとしたミルクの甘みと薔薇の華やかな香りが口に広がる。すごい。鼻の奥で薔薇が咲いたみたいだ。

 俺は驚いたように目を見開き、メリーナを見た。

「ね? びっくりしますよね」
 メリーナが俺の顔を見てくすくす笑う。

 ジェラートを分け合う俺たちの横で、アントニスは二個目のジェラートに取り掛かっているところだった。

 一個目は単色の白――おそらく、ミルクのジェラート。二個目はレーズンの入ったものとチョコレート色の物だった。どうやら、ミルクベースのものが好みの様子だ。

「美味しそう……」
 俺がそう呟くと、アントニスはびっくりしたような目で俺を見る。

「これは俺のです。絶対に渡せません!」
 アントニスは怯えるように叫ぶ。

 人のものを奪うような奴だと思われているようで気分が悪い。アルキオーネがそんなはしたない真似するわけないだろう。

 俺はすっと目を細めた。

「要りません」

 誰がおっさんの口をつけたジェラートなんて欲しがるんだ。メリーナみたいに可愛くて頭を撫で回したくなるような女の子ならともかく、だ。自分の体形と面を考えてから言え。そもそも、俺はご令嬢だ。分かっているのだろうか。

 そんな卑しい人間だと思われていることが許せない。

 俺は「その腹、餅みたいに杵でついてやろうか」という暴言を飲み込む。

 アントニスを俺の顔を見て何となく察したらしい。青い顔をして震えだす。

「いや、あの、すみません……」
 そう言ってジェラートを差し出す。

「要りません」
「いやいや、そう仰らず……」
「せっかく購入したのです。ご自分でしっかり召し上がってくださいませ」
「いや、だから……」
「そろそろ、パレードの時間ですので」
 俺は冷たくそう言うと、メリーナの手を引いた。

「あの……アルキオーネ様?」
 アントニスは呆然と立ち尽くす。

 俺はアントニスを置き去りにして、パレードが開かれるであろう、大通りに向かって歩き出した。メリーナは「あらあら」と呟きながら、俺に手を引かれて歩く。

 もう知らない。メリーナとガランサスを楽しんでやる! 少しは反省しろ、アントニス。

 そんなことを考えていると、歩く速度も速くなる。

「あら、あれは?」
 手を引かれているメリーナがはたと立ち止まる。

「どうしたんです?」
「いえ、あの方……」
 メリーナの目線の先には真っ白いドレスを着た少女がいた。

「あの方がどうしたんです?」
「異国の方でしょうか。ガランサスに全身白の衣装は禁忌のはずなのに……」
「確かに。それに何だか困っているみたいですね」
 メリーナの言葉に俺は頷いた。

 この国では、白は冬や雪を象徴する色とされている。ガランサスという春の訪れを祝う祭りで、その白を全身に纏うというのはあまりよろしくない。

 この風習は「ガランサス」ーースノードロップと雪の昔話に由来する。

 昔、雪には色がなかった。雪は色が欲しかったので、花々に「色を分けてほしい」と頼んだ。しかし、冷たい雪に取り合わず、誰も色を分けてくれなかった。
 スノードロップだけはそれを可哀想に思い、「わたしのでよければどうぞ」と一人だけ色を分け与えてあげた。白を分けてもらった雪はとても感謝し、春に一番咲く栄光を約束したという。そこから、スノードロップは春を告げる花と言われるようになったのだという。
 そこから、春の訪れを祝う祭りのときにスノードロップを飾るという習慣が生まれたらしい。

 そして、スノードロップを飾る祭りということで、この国では春の訪れを祝う祭りのことを「ガランサス」と呼ぶようになったのだという。

 白は雪や冬の色であると同時に春を告げるスノードロップの色でもある。
 だから、この祭りでは冬の象徴である雪のもつ白はスノードロップ以外ものに用いてはならないとされ、禁忌されている。この国の者なら子どもだって知っているはずだ。

 ただ、少女が異国の出であれば状況が変わってくる。

 ガランサスはこの国では春の訪れを祝う祭りのことだが、その名前には「ミルクのように白い花」という意味がある。
 この「ミルクのように白い花」というのは街中に飾られているスノードロップのことだった。スノードロップを称えるお祭りと勘違いをして、スノードロップの白を着てくる可能性がある。

 だから、彼女はガランサスの由来を知らない者――つまり他国の者ということということになる。

 彼女にとってはガランサスはただのスノードロップことなのだろう。間違うのも無理はない。

 彼女を見て「異国の方」と洞察するメリーナは正しいように思えた。

 俺は彼女をじっと見つめた。

 歳は十二、三くらいだろうか。雪のように白い肌、ピンクブロンドに紫色の瞳。とても淡い印象の少女だった。服装は高貴な育ちであることを感じさせるが、周囲に護衛やお付きの者がいるような様子はない。

 迷子だろうか?

「一人でいるみたいですし、迷子かもしれません。まずはわたくしが声を掛けてきます」
「お嬢様」
 俺はメリーナにそう断ると、少女に向かって歩き出す。

 表情がよく見えるところまでくる。やはり少女は困ったような顔で道行く人々の顔を見ていた。

 俺たちよりも先に悪そうな顔をした男が少女に近付く。そして、少女に肩をぶつけた。

 少女は倒れなかったものの、痛かったのか、肩を押さえて下を向く。男は少女の肩を突き飛ばし、何か喚いているようだった。少女はびっくりしたような顔をして首を振っている。連れではないことは明らかだ。

 どこの古典的なチンピラだ。大体、あんな小さな女の子を突き飛ばすってどういうことだよ。俺は怒りを感じずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界魔物大図鑑 転生したら魔物使いとかいう職業になった俺は、とりあえず魔物を育てながら図鑑的なモノを作る事にしました

おーるぼん
ファンタジー
主人公は俺、43歳独身久保田トシオだ。 人生に疲れて自ら命を絶とうとしていた所、それに失敗(というか妨害された)して異世界に辿り着いた。 最初は夢かと思っていたこの世界だが、どうやらそうではなかったらしい、しかも俺は魔物使いとか言う就いた覚えもない職業になっていた。 おまけにそれが判明したと同時に雑魚魔物使いだと罵倒される始末……随分とふざけた世界である。 だが……ここは現実の世界なんかよりもずっと面白い。 俺はこの世界で仲間たちと共に生きていこうと思う。 これは、そんなしがない中年である俺が四苦八苦しながらもセカンドライフを楽しんでいるだけの物語である。 ……分かっている、『図鑑要素が全くないじゃないか!』と言いたいんだろう? そこは勘弁してほしい、だってこれから俺が作り始めるんだから。 ※他サイト様にも同時掲載しています。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

処理中です...