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二章 碧緑の宝剣(リゲル編)
10.迷子の令嬢
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俺たちはそれぞれ、注文したジェラートを受け取った。
ジェラートの形は美しい薔薇の形をしていた。内側から黄色、赤、紫、緑の順に花びらが並ぶ。黄色はレモン、赤はラズベリー、紫はブルーベリー、緑はピスタチオだったはず。
俺は四色のジェラートに舌づつみをうつ。
「美味しい」
俺は形を崩さないように端っこからそっと食べ進めていた。
「こっちも美味しいですよ。召し上がってみませんか?」
メリーナが差し出すジェラートは淡いピンク、オレンジ、黄色の三色だった。黄色はレモンだとして、オレンジはやっぱりオレンジ、淡いピンクはストロベリーだろうか?
俺はちょっとずつ全部の味をいただく。
美味しい。予想通り、黄色はレモン、オレンジ色のジェラートはオレンジのようだ。爽やかな柑橘類の甘さが口に広がる。
予想外だったのは淡いピンクのジェラートだった。口に入れた瞬間、こっくりとしたミルクの甘みと薔薇の華やかな香りが口に広がる。すごい。鼻の奥で薔薇が咲いたみたいだ。
俺は驚いたように目を見開き、メリーナを見た。
「ね? びっくりしますよね」
メリーナが俺の顔を見てくすくす笑う。
ジェラートを分け合う俺たちの横で、アントニスは二個目のジェラートに取り掛かっているところだった。
一個目は単色の白――おそらく、ミルクのジェラート。二個目はレーズンの入ったものとチョコレート色の物だった。どうやら、ミルクベースのものが好みの様子だ。
「美味しそう……」
俺がそう呟くと、アントニスはびっくりしたような目で俺を見る。
「これは俺のです。絶対に渡せません!」
アントニスは怯えるように叫ぶ。
人のものを奪うような奴だと思われているようで気分が悪い。アルキオーネがそんなはしたない真似するわけないだろう。
俺はすっと目を細めた。
「要りません」
誰がおっさんの口をつけたジェラートなんて欲しがるんだ。メリーナみたいに可愛くて頭を撫で回したくなるような女の子ならともかく、だ。自分の体形と面を考えてから言え。そもそも、俺はご令嬢だ。分かっているのだろうか。
そんな卑しい人間だと思われていることが許せない。
俺は「その腹、餅みたいに杵でついてやろうか」という暴言を飲み込む。
アントニスを俺の顔を見て何となく察したらしい。青い顔をして震えだす。
「いや、あの、すみません……」
そう言ってジェラートを差し出す。
「要りません」
「いやいや、そう仰らず……」
「せっかく購入したのです。ご自分でしっかり召し上がってくださいませ」
「いや、だから……」
「そろそろ、パレードの時間ですので」
俺は冷たくそう言うと、メリーナの手を引いた。
「あの……アルキオーネ様?」
アントニスは呆然と立ち尽くす。
俺はアントニスを置き去りにして、パレードが開かれるであろう、大通りに向かって歩き出した。メリーナは「あらあら」と呟きながら、俺に手を引かれて歩く。
もう知らない。メリーナとガランサスを楽しんでやる! 少しは反省しろ、アントニス。
そんなことを考えていると、歩く速度も速くなる。
「あら、あれは?」
手を引かれているメリーナがはたと立ち止まる。
「どうしたんです?」
「いえ、あの方……」
メリーナの目線の先には真っ白いドレスを着た少女がいた。
「あの方がどうしたんです?」
「異国の方でしょうか。ガランサスに全身白の衣装は禁忌のはずなのに……」
「確かに。それに何だか困っているみたいですね」
メリーナの言葉に俺は頷いた。
この国では、白は冬や雪を象徴する色とされている。ガランサスという春の訪れを祝う祭りで、その白を全身に纏うというのはあまりよろしくない。
この風習は「ガランサス」ーースノードロップと雪の昔話に由来する。
昔、雪には色がなかった。雪は色が欲しかったので、花々に「色を分けてほしい」と頼んだ。しかし、冷たい雪に取り合わず、誰も色を分けてくれなかった。
スノードロップだけはそれを可哀想に思い、「わたしのでよければどうぞ」と一人だけ色を分け与えてあげた。白を分けてもらった雪はとても感謝し、春に一番咲く栄光を約束したという。そこから、スノードロップは春を告げる花と言われるようになったのだという。
そこから、春の訪れを祝う祭りのときにスノードロップを飾るという習慣が生まれたらしい。
そして、スノードロップを飾る祭りということで、この国では春の訪れを祝う祭りのことを「ガランサス」と呼ぶようになったのだという。
白は雪や冬の色であると同時に春を告げるスノードロップの色でもある。
だから、この祭りでは冬の象徴である雪のもつ白はスノードロップ以外ものに用いてはならないとされ、禁忌されている。この国の者なら子どもだって知っているはずだ。
ただ、少女が異国の出であれば状況が変わってくる。
ガランサスはこの国では春の訪れを祝う祭りのことだが、その名前には「ミルクのように白い花」という意味がある。
この「ミルクのように白い花」というのは街中に飾られているスノードロップのことだった。スノードロップを称えるお祭りと勘違いをして、スノードロップの白を着てくる可能性がある。
だから、彼女はガランサスの由来を知らない者――つまり他国の者ということということになる。
彼女にとってはガランサスはただのスノードロップことなのだろう。間違うのも無理はない。
彼女を見て「異国の方」と洞察するメリーナは正しいように思えた。
俺は彼女をじっと見つめた。
歳は十二、三くらいだろうか。雪のように白い肌、ピンクブロンドに紫色の瞳。とても淡い印象の少女だった。服装は高貴な育ちであることを感じさせるが、周囲に護衛やお付きの者がいるような様子はない。
迷子だろうか?
「一人でいるみたいですし、迷子かもしれません。まずはわたくしが声を掛けてきます」
「お嬢様」
俺はメリーナにそう断ると、少女に向かって歩き出す。
表情がよく見えるところまでくる。やはり少女は困ったような顔で道行く人々の顔を見ていた。
俺たちよりも先に悪そうな顔をした男が少女に近付く。そして、少女に肩をぶつけた。
少女は倒れなかったものの、痛かったのか、肩を押さえて下を向く。男は少女の肩を突き飛ばし、何か喚いているようだった。少女はびっくりしたような顔をして首を振っている。連れではないことは明らかだ。
どこの古典的なチンピラだ。大体、あんな小さな女の子を突き飛ばすってどういうことだよ。俺は怒りを感じずにはいられなかった。
ジェラートの形は美しい薔薇の形をしていた。内側から黄色、赤、紫、緑の順に花びらが並ぶ。黄色はレモン、赤はラズベリー、紫はブルーベリー、緑はピスタチオだったはず。
俺は四色のジェラートに舌づつみをうつ。
「美味しい」
俺は形を崩さないように端っこからそっと食べ進めていた。
「こっちも美味しいですよ。召し上がってみませんか?」
メリーナが差し出すジェラートは淡いピンク、オレンジ、黄色の三色だった。黄色はレモンだとして、オレンジはやっぱりオレンジ、淡いピンクはストロベリーだろうか?
俺はちょっとずつ全部の味をいただく。
美味しい。予想通り、黄色はレモン、オレンジ色のジェラートはオレンジのようだ。爽やかな柑橘類の甘さが口に広がる。
予想外だったのは淡いピンクのジェラートだった。口に入れた瞬間、こっくりとしたミルクの甘みと薔薇の華やかな香りが口に広がる。すごい。鼻の奥で薔薇が咲いたみたいだ。
俺は驚いたように目を見開き、メリーナを見た。
「ね? びっくりしますよね」
メリーナが俺の顔を見てくすくす笑う。
ジェラートを分け合う俺たちの横で、アントニスは二個目のジェラートに取り掛かっているところだった。
一個目は単色の白――おそらく、ミルクのジェラート。二個目はレーズンの入ったものとチョコレート色の物だった。どうやら、ミルクベースのものが好みの様子だ。
「美味しそう……」
俺がそう呟くと、アントニスはびっくりしたような目で俺を見る。
「これは俺のです。絶対に渡せません!」
アントニスは怯えるように叫ぶ。
人のものを奪うような奴だと思われているようで気分が悪い。アルキオーネがそんなはしたない真似するわけないだろう。
俺はすっと目を細めた。
「要りません」
誰がおっさんの口をつけたジェラートなんて欲しがるんだ。メリーナみたいに可愛くて頭を撫で回したくなるような女の子ならともかく、だ。自分の体形と面を考えてから言え。そもそも、俺はご令嬢だ。分かっているのだろうか。
そんな卑しい人間だと思われていることが許せない。
俺は「その腹、餅みたいに杵でついてやろうか」という暴言を飲み込む。
アントニスを俺の顔を見て何となく察したらしい。青い顔をして震えだす。
「いや、あの、すみません……」
そう言ってジェラートを差し出す。
「要りません」
「いやいや、そう仰らず……」
「せっかく購入したのです。ご自分でしっかり召し上がってくださいませ」
「いや、だから……」
「そろそろ、パレードの時間ですので」
俺は冷たくそう言うと、メリーナの手を引いた。
「あの……アルキオーネ様?」
アントニスは呆然と立ち尽くす。
俺はアントニスを置き去りにして、パレードが開かれるであろう、大通りに向かって歩き出した。メリーナは「あらあら」と呟きながら、俺に手を引かれて歩く。
もう知らない。メリーナとガランサスを楽しんでやる! 少しは反省しろ、アントニス。
そんなことを考えていると、歩く速度も速くなる。
「あら、あれは?」
手を引かれているメリーナがはたと立ち止まる。
「どうしたんです?」
「いえ、あの方……」
メリーナの目線の先には真っ白いドレスを着た少女がいた。
「あの方がどうしたんです?」
「異国の方でしょうか。ガランサスに全身白の衣装は禁忌のはずなのに……」
「確かに。それに何だか困っているみたいですね」
メリーナの言葉に俺は頷いた。
この国では、白は冬や雪を象徴する色とされている。ガランサスという春の訪れを祝う祭りで、その白を全身に纏うというのはあまりよろしくない。
この風習は「ガランサス」ーースノードロップと雪の昔話に由来する。
昔、雪には色がなかった。雪は色が欲しかったので、花々に「色を分けてほしい」と頼んだ。しかし、冷たい雪に取り合わず、誰も色を分けてくれなかった。
スノードロップだけはそれを可哀想に思い、「わたしのでよければどうぞ」と一人だけ色を分け与えてあげた。白を分けてもらった雪はとても感謝し、春に一番咲く栄光を約束したという。そこから、スノードロップは春を告げる花と言われるようになったのだという。
そこから、春の訪れを祝う祭りのときにスノードロップを飾るという習慣が生まれたらしい。
そして、スノードロップを飾る祭りということで、この国では春の訪れを祝う祭りのことを「ガランサス」と呼ぶようになったのだという。
白は雪や冬の色であると同時に春を告げるスノードロップの色でもある。
だから、この祭りでは冬の象徴である雪のもつ白はスノードロップ以外ものに用いてはならないとされ、禁忌されている。この国の者なら子どもだって知っているはずだ。
ただ、少女が異国の出であれば状況が変わってくる。
ガランサスはこの国では春の訪れを祝う祭りのことだが、その名前には「ミルクのように白い花」という意味がある。
この「ミルクのように白い花」というのは街中に飾られているスノードロップのことだった。スノードロップを称えるお祭りと勘違いをして、スノードロップの白を着てくる可能性がある。
だから、彼女はガランサスの由来を知らない者――つまり他国の者ということということになる。
彼女にとってはガランサスはただのスノードロップことなのだろう。間違うのも無理はない。
彼女を見て「異国の方」と洞察するメリーナは正しいように思えた。
俺は彼女をじっと見つめた。
歳は十二、三くらいだろうか。雪のように白い肌、ピンクブロンドに紫色の瞳。とても淡い印象の少女だった。服装は高貴な育ちであることを感じさせるが、周囲に護衛やお付きの者がいるような様子はない。
迷子だろうか?
「一人でいるみたいですし、迷子かもしれません。まずはわたくしが声を掛けてきます」
「お嬢様」
俺はメリーナにそう断ると、少女に向かって歩き出す。
表情がよく見えるところまでくる。やはり少女は困ったような顔で道行く人々の顔を見ていた。
俺たちよりも先に悪そうな顔をした男が少女に近付く。そして、少女に肩をぶつけた。
少女は倒れなかったものの、痛かったのか、肩を押さえて下を向く。男は少女の肩を突き飛ばし、何か喚いているようだった。少女はびっくりしたような顔をして首を振っている。連れではないことは明らかだ。
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