転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

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二章 碧緑の宝剣(リゲル編)

9.ガランサス開幕

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 ***

 お祖父様のありがたい宣言から約三ヶ月。漸く、厳しい稽古を終えて、俺とレグルスはある程度、自分の身を守ることができるようになった。

 しかし、ここに来るまでの道のりは、涙なしには語れないほど辛かった。

 お祖父様の要求する水準が高すぎて、レグルスたちに追いつくために、お母様に見つからないように毎日剣の素振りをしたり、勉強と勉強の合間で筋トレしたり、ディーナに協力してもらって剣を使いながら魔法を使う方法を研究したり、たゆまぬ努力と特訓を重ねてきたのだ。

 さらに、元ごろつきの三人にも協力してもらって、剣だけではなく、ナイフを持った相手や汚い手を使う相手のときの倒し方も教えてもらい、今ではナイフを持ったカロロスぐらいならなんとか倒して逃げることができるくらいになった。

 いやあ、良かった。

 しかし、筋トレ代わりに空気椅子で昼食をとっていたことがお母様にバレたときは本当に冷や汗をかいた。今までやってきた娘の奇行の一部とほんのり心配されただけですんだが、あれが剣の素振りだったら、多分、俺はここにいない。絶対、軟禁されてる。

 そう言えば、この三ヶ月で、体重が三キロも増えたのは流石に驚いた。
 あんなに動いて体重が増えたということはそれだけ多くのカロリーを摂取しているということになる。勿論、筋肉も増えたと思うんだけど、それにしたってそんなに増えるのだろうか。

 炭水化物は減らしてるからこの程度で収まっているとはいえ、運動してこれはやり過ぎた気もする。変に筋肉をつけても可愛くないし、丸々太ってもよくない。

 一応、俺はご令嬢なのだ。気をつけなきゃならない。

 ガランサス前日、俺は体重計に乗りながら、そう反省をしたのだった。

 そして、漸く待ちに待ったガランサスが始まる。

 街は色とりどりの人々で溢れ返っていた。それぞれが春の花を模した色を身に纏う姿はまるで春の庭のようだった。

「すごい。圧巻……」
 俺は呟く。

「お嬢様、行きましょう!」
 ネモフィラのような淡い青のドレスを着たメリーナが俺の手を引いた。

「ええ」

 俺は黒い髪を纏め、帽子の中にしまい込み、紫木蓮のような赤紫のパンツに白のシャツ、赤紫のコートという姿をしていた。傍から見たら男の子のような恰好だ。

 この格好を選んだとき、メリーナは、とても不満げな様子だった。メリーナは頻りにドレスを薦めてきたが、動きやすさを重視して俺はパンツスタイルを主張した。それを見たアントニスの「街は危険が多い。逃げることを考えれば、動きやすい方がいい」という言葉をくれた。

 どんなに可愛い服装も「安全面に問題あり」と言われれば、メリーナだって諦めざるを得なかったのだろう。仕方なしに渋々パンツスタイルを認めてくれたのだった。

 俺はアントニスに感謝していた。

 そのアントニスはといえば、こそこそと隠れるようにして俺たちの後を追っていた。どうやら、メリーナの選んだサルビアのような鮮やかな赤い色をした服が気に入らなかったらしい。知り合いに見られたら小っ恥ずかしいと隠れるようにしているのが、変質者のようで逆に目立つ。

 警備の兵士に職質かけられる前に気付けばいいんだけど。オブシディアン家の家の者から逮捕者が出ないと良いな。俺はアントニスの様子を見ながらそんなことを考えた。

「さあ、まずは国王陛下のお言葉を聞きましょうか」
 メリーナはそう言った。

「ええ」

 今日は初日。ガランサスは、城の前の大広場で国王からのありがたいお言葉をいただくところから始まる。

 レグルスやリゲル、ミラも一緒だったらもっと良かったのに。一瞬、そんなことを考える。

 初日は国王からの言葉を賜るということもあり、王国の兵士たちも警護で忙しく、レグルスのお出かけに人員が割けないということでレグルスは王宮でお留守番中だ。

 リゲルは初日も二日目も妹と居る予定だという。今頃、ミモザに連れ回されている最中だろう。

 せめて、ミラがいてくれたら。ミラとは、初日に一緒に来ようと約束していたのだが、ミラが体調を崩してしまったと連絡があったばかりだった。

 嗚呼、可哀想なミラ。せっかく、新調した淡いピンクのドレスをお披露目することも出来ないだなんて。

 まあ、そんなことを言っても仕方がない。

 ミラにはお土産を買うことにして、俺は空いた予定を埋めるため、メリーナとアントニスを引き連れてガランサスに来ることにしたのだった。

「嗚呼、残念。もう終わってしまったみたいですね」
 メリーナは人集りが解散していく姿を見てそう呟いた。

 どうやらもう既に国王陛下のスピーチは終わってしまったらしい。

「そう、残念ね」
 俺はメリーナに同意するように頷く。

「アルキオーネ様、あれ……」
 こそこそとアントニスが身を縮めて俺に囁く。そろそろ服装に慣れて堂々としてくれたらよいのに。

 こちらまでなんだか恥ずかしい気分になる。

「あれ?」
 俺はアントニスの言う方向に目をやった。

「嗚呼、ミモザ様とリゲルね」

 解散していく人集りの中にミモザとリゲルを見つける。ミモザは黄色いドレスを、リゲルは淡い藤色の服を着ていた。二人の色は遠くからもよく目立った。

「どうします?」
「二人に声を掛けておくのはやめておきましょう」

 ミモザのことだ。声を掛けようものなら、きっと、「お兄様とのデートを邪魔しないで!」とブチ切れて、俺に殴りかかってくるに違いない。

 二人きりでいるのに邪魔しては面倒なことになると、俺は判断した。

 それに、リゲルとレグルスと俺の三人は四日目のガランサスに参加することを約束をしていた。だから、無理に声を掛けなくてもいいだろう。

「そうですね。あのご令嬢に声を掛けるとまた面倒なことになりそうですし……」
 メリーナもそれを承知しているようで、ため息混じりにそう答えた。

 流石はメリーナ。よく分かっている。

 まあ、あの言い合いを見ていれば、そういう結論に至るのも無理はない。

 ミモザとの言い合いが遠い日の記憶のように思い出される。阿婆擦れと俺を罵るミモザ。不敬だと言い切るメリーナ。ジェード家の家名を汚すなとブチ切れる俺。ここであれを再現したくはない。

 思い出したらなんだか少し落ち込んできた。

 今日はガランサス初日。そんな嫌なこと思い出して一日を憂鬱な気分で過ごしていいはずがない。俺は首を横に振った。

 よし。今日は忘れて、楽しまなきゃ損だ。

 俺は視線を巡らせた。

「メリーナ、アントニス! 最初はジェラートを食べませんか?」
 目に付いたカラフルなジェラートを指す。

「いいんですか? アルキオーネ様の奢りですよね?」
 アントニスがキラキラした目でジェラートを見る。

 やっぱりね。その腹だから美味しいものは大好きと見たからそう言ったんだ。

「アントニス! 意地汚いですよ」
 メリーナがアントニスの頭を軽く叩く。まるで漫才のように息がぴったりだ。

「いいのよ。どれでも好きなのを買ってあげましょう」
 俺は笑顔で胸を叩いた。
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