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二章 碧緑の宝剣(リゲル編)
22.和解
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「ミモザ様?」
俺はできるだけ優しい声色をつくった。
ミモザはピクリと体を動かした。反応してる。
どうやらこちらの声は聞こえているらしい。リゲルのときとは違い、暴れないのは声の主が女だからだろうか。落ち着いてくれているのはありがたい。
俺はそっとミモザに近づく。
「わたくしが分かりますか?」
ミモザは顔を少しあげる。翡翠色の濡れた瞳がこちらをしっかりと見つめた。
「阿婆擦れ」
ミモザは即答する。
あまりにも早い答えに俺は苦笑した。ちゃんと俺のことが分かってて何よりだが、俺のことよりリゲルのことをちゃんと認識してくれればいいのに。
「ええ、阿婆擦れでもなんでも結構です。わたくしが分かりますね?」
ミモザは顔を膝に埋めてから小さく頷く。
「よかった……お怪我はないですか?」
ミモザはもう一度頷いた。
「な……んで?」
「え?」
「なんで、貴女がここにいるのよ」
ミモザが顔を上げてじっと俺を見つめた。俺の真意を見透かそうとしているように見えた。
友だちが困っていたから手を貸した。それ以上でもそれ以下でもない。他意なんて何もない。それでも、ミモザには俺が兄に群がる害虫か害獣のように見えているんだろう。
俺は苦笑した。
「何故と言われましても……助けに来たとしか言い様がありません」
「だから、なんでなの……私、あんな酷いこと言ったのに!!」
ミモザは子どものように泣きじゃくった。
なんで女ってのはこんなに泣くんだ。俺は動揺してミモザの顔を右に左にウロウロと何度も覗いた。
「ミモザ様、ミモザ様、泣かれるとわたくし、困ってしまいます」
「だって! 貴女のこと阿婆擦れだとか、節操なしとか言ったのよ!?」
俺はため息を吐いた。
「あと、『王子の威光に笠着て』でしたっけ? 大丈夫です。そういうのは割と慣れてますから」
前世では、散々妹の理不尽なわがままや言い草を聞いてきた俺だ。そういうのには慣れっこだ。そんなことでは今更怒ったりしない。
「でも、貴女怒ったじゃない!」
「怒ったのは、レグルス様に対してあまりにも不敬だったからです。貴女がレグルス様に不敬を働けば、リゲルも困るでしょう? 二人は友だちですが、同時に主従関係にあるのです。どう考えてもリゲルに不利益じゃないですか」
コイツ、俺が怒った意味が理解できてなかったのか。もう少し利口だと思っていたが、本当にガキだったみたいだ。呆れて何も言えなくなる。
俺はもう一度ため息を吐いた。
「だって……だって! お兄様は私のものなの! 貴女ばっかりずるいわ!!」
「ずるいって……」
「ずるいのよ! 貴女がお兄様を独り占めするから!!」
「したことはないですけど……」
「してるのよ!」
そう叫んでからまたミモザは泣き出す。
ダメだ。口を開けば、ミモザに一言多く言ってしまいそうだ。俺は頭を抱えた。大体、何を言っても泣き喚くのは卑怯じゃないか。どうすればよいのだろう。
もしも、ミモザを泣き止ます魔法の言葉があるなら今すぐ教えて欲しい。それを使って速攻泣き止ませるから。まあ、そんな便利なものあったら苦労はしない。
俺ははっと気づく。
(そうか。喋ろうとするからいけないんだ。テレビで見たことがあるあれをやろう。しかし、あれをしたら、はっ倒される可能性もある。まあ、そうなったら黙ってはっ倒されてやろうか。)
俺は覚悟を決めた。
「ミモザ様、失礼します」
俺はそう断わってからミモザを抱きしめた。驚いたようにミモザの動きが止まる。
ミモザは柔らかくて温かかった。心地良い体温に目を瞑る。ミモザの深緑の髪が顔にかかった。石鹸のような清潔感のある香りがした。
(リゲル、ごめん! お前がいない間に、俺はお前の妹を抱いてます。下心がないかといえば、多少あります。柔らかくてめちゃくちゃいい匂いがします。本当にごめんなさい。でも、一応、今は俺、女なんで許してください。)
心の中でリゲルに謝りながらミモザを抱きしめる。
ミモザは俺の腕の中でもがいた。俺は負けじと更に力を込めた。ミモザは暫くもがき続けた。しかし、観念したのか、次第に力がなくなっていき、俺に抱きしめられるがままになった。そして、鼻をすすりながら嗚咽を漏らす。
(動物は目を隠すと大人しくなるって聞いたけど、人間でもここまで効果があるとは……)
俺は他人事のようにそんなことを考える。
「落ち着きました?」
「……ええ」
「なによりです」
「ごめんなさい」
ミモザは珍しく殊勝な態度だ。いつもそうやって、しおらしくしていれば可愛いのに、普段の態度が誠に残念だ。
「大丈夫ですよ。怒っていません」
「本当に?」
「ええ」
「本当に、本当に……ごめんなさい」
ミモザはグズグズになりながらもう一度そう呟く。もう既に半泣きである。
「分かってますから」
俺の言葉にミモザは首を何度も横に振った。
「でもね、私、お兄様を誰にもとられたくないの……だって、私にはお兄様しかいない。お父様より、お母様より、お友だちの誰よりもお兄様が好き。愛してる」
「ええ、見ていれば分かりますよ」
俺だって、妹を愛していた。リゲルだって同じだろう。
「でも、お兄様は違う……大切なものをどんどん作っていくの」
「大切なもの?」
「レグルス王子殿下、護衛のお仕事、剣術、それから、貴女……お兄様の中で私がどんどん小さくなっていくの」
ミモザの言葉は妹のことを忘れ始めている俺を責めているようで胸が痛んだ。
「それは、違います! 大切なものが増えたって、今まで大切なものが大切でなくなるわけないじゃないですか!」
俺は自分にも言い聞かせるように叫ぶと、ミモザをぎゅっと抱きしめた。
「そんなことない……私のことなんて……」
「リゲルは、きっと大切なものを大切にできる人です。それを一番知ってるのはミモザ、貴女でしょう?」
「私、が?」
「そうです。一番そばに居たのは貴女じゃないんですか?」
俺の言葉にミモザは横に首を振った。
「だって、違う。違うもの。そばにいても、お兄様は私より……」
「お願いです。リゲルを信じてあげてください。リゲルは貴女の兄なのです。妹を思わないわけがないでしょう」
「貴女に何がわかるのよ!」
ミモザは叫んだ。
「わたくしは、わたくしには……兄の気持ちが分かるんです。だって……」
脳裏に過ぎるのは前世の妹、それから……
不意に何かを思い出しそうになる。それでも、その何かはぼんやりと紗がかかったように曖昧で何のことなのか分からない。
「わたくしにも、大切な人がいるから」
ぽつりと言葉が零れた。
「大切な人?」
「ええ。その人の為なら命を懸けてもいいと思えるような、そんな人がいるんです。だから、リゲルの気持ちも分かるんです。きっとリゲルにとって、貴女は何にも代え難い人だから」
(そうだ。俺にも大切な人がいた。あの子はいつも優しくて笑っていて、俺のそばにいたはずなのに。今はいない。俺のそばにいてくれない。)
胸が苦しかった。あんなにそばにいたのにあの子がいないだけでとても悲しくて寂しい。こんな苦しい気持ち知りたくなかったのに。
「嗚呼、そう。そうだったんですね。ミモザ様も……寂しかったのですね」
そうか。ミモザはただ寂しかっただけだったんだ。この世でたった一人愛する者から手を離されてしまう不安と、悲しみ、そして寂しさに苦しんでいただけなんだ。
「寂しくなんか!」
「だから、周りを傷つけて、傷ついたのでしょう?」
「傷ついてなんかない!」
「もういいですから。傷つくのも、傷つけるのも終わりにしましょう。素直に寂しいと言って、お兄様に甘えてもきっと罰は当たりませんから」
「言えるわけないわ! だって……私、怖いの。もしもお兄様が私を要らなくなったら……」
回された腕は冷たく、震えていた。今までどれだけの恐怖や不安を押し殺してきたのだろう。
「ねえ、ミモザ様、リゲルにそれを伝えましょう?」
「お兄様を困らせてしまうじゃない!」
「今更ですね。リゲルはミモザ様に困らされっぱなしです」
俺の言葉にミモザは顔を上げ、俺の顔を見上げた。
ミモザの顔は、どこの水分でそうなったのか分からないくらいドロドロになっている。嗚呼、鼻水まで出てる。可愛い顔をしているのにもったいない。
「私がお兄様を困らせてるって?」
「あら、自覚がなかったんですか?」
俺は思わず微笑んだ。
鼻をかんでやりたかったが、生憎、ハンカチはリゲルに渡してしまった。もう一枚持っておけば良かったと後悔する。そうだ。今度からハンカチは二枚持ち歩くことにしよう。
「そんなこと……」
「ありますよ」
俺の言葉にミモザは顔を真っ赤にして声にならない叫び声を上げた。
「嗚呼、兄妹そろって酷い顔ですね。ミモザ様、そろそろ貴女のお兄様が来ますから、身なりは整えた方がいいですよ」
女の子だもの。好きな人の前では綺麗でいたいだろう。俺は親切心でそう言ってやった。
「お兄様がいるの?」
「ええ。ですから、ハンカチでお顔を拭いて? そんな顔では貴女のお兄様がびっくりします」
ミモザはばっと俺から離れる。そして、耳まで真っ赤になると、慌てて自分の持っていたハンカチで目や鼻を拭きだした。
「何処に、いるの?」
ミモザは顔を綺麗にし終わると、辺りを見回した。
「さっきはいたんですけど、今、頼み事を……すぐに来ますから」
俺の言葉にミモザは下を向いた。
「そう……」
さっきまでミモザに声を掛け続けていたのにいなかったことになっているのか。なんだかリゲルが可哀想だ。
(でも、あんなにパニックだったから仕方ないのか? ミモザに言ってやった方がいいのか? いや、やめておこう。言わない方がいいことはこの世にいっぱいある。うん。その方がいいに違いない。)
俺は一人でそう結論づけた。
「大丈夫。本当にすぐですから。それより、リゲルはすごく心配していたんですよ? ちゃんと元気な顔を見せてあげてくださいね?」
完璧だ。無駄なことは一切言わず、フォローしてやる俺。
(散々心を砕いたんだ。抱きしめたときに下心があったのくらいはチャラにしてくれるよな?)
俺はミモザを見つめた。
「勿論、そうするわ。別に貴女に言われたからそうする訳じゃないけどね!」
ミモザはツンデレキャラみたいなことを言い始める。素直じゃないけど、俺に被害もなさそうなので、まあよしとしよう。
「アルキオーネ! 持ってきたぞ?」
「お兄様!」
ミモザはリゲルを見るなり飛びつく。リゲルは驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「ミモザ!」
「お兄様、お兄様、ごめんなさい」
ミモザはそう言って泣きじゃくた。嗚呼、せっかく泣き止ませたばかりなのに。
「俺の方こそ悪かった」
リゲルはそう言って、ミモザをぎゅっと抱きしめ続けた。
良かった。でも、俺にはもう二度とこんな瞬間は訪れないんだよな。
抱き合う二人に少し胸が痛んだ。俺は複雑な感情を抱きながら、二人を静かに見守った。
俺はできるだけ優しい声色をつくった。
ミモザはピクリと体を動かした。反応してる。
どうやらこちらの声は聞こえているらしい。リゲルのときとは違い、暴れないのは声の主が女だからだろうか。落ち着いてくれているのはありがたい。
俺はそっとミモザに近づく。
「わたくしが分かりますか?」
ミモザは顔を少しあげる。翡翠色の濡れた瞳がこちらをしっかりと見つめた。
「阿婆擦れ」
ミモザは即答する。
あまりにも早い答えに俺は苦笑した。ちゃんと俺のことが分かってて何よりだが、俺のことよりリゲルのことをちゃんと認識してくれればいいのに。
「ええ、阿婆擦れでもなんでも結構です。わたくしが分かりますね?」
ミモザは顔を膝に埋めてから小さく頷く。
「よかった……お怪我はないですか?」
ミモザはもう一度頷いた。
「な……んで?」
「え?」
「なんで、貴女がここにいるのよ」
ミモザが顔を上げてじっと俺を見つめた。俺の真意を見透かそうとしているように見えた。
友だちが困っていたから手を貸した。それ以上でもそれ以下でもない。他意なんて何もない。それでも、ミモザには俺が兄に群がる害虫か害獣のように見えているんだろう。
俺は苦笑した。
「何故と言われましても……助けに来たとしか言い様がありません」
「だから、なんでなの……私、あんな酷いこと言ったのに!!」
ミモザは子どものように泣きじゃくった。
なんで女ってのはこんなに泣くんだ。俺は動揺してミモザの顔を右に左にウロウロと何度も覗いた。
「ミモザ様、ミモザ様、泣かれるとわたくし、困ってしまいます」
「だって! 貴女のこと阿婆擦れだとか、節操なしとか言ったのよ!?」
俺はため息を吐いた。
「あと、『王子の威光に笠着て』でしたっけ? 大丈夫です。そういうのは割と慣れてますから」
前世では、散々妹の理不尽なわがままや言い草を聞いてきた俺だ。そういうのには慣れっこだ。そんなことでは今更怒ったりしない。
「でも、貴女怒ったじゃない!」
「怒ったのは、レグルス様に対してあまりにも不敬だったからです。貴女がレグルス様に不敬を働けば、リゲルも困るでしょう? 二人は友だちですが、同時に主従関係にあるのです。どう考えてもリゲルに不利益じゃないですか」
コイツ、俺が怒った意味が理解できてなかったのか。もう少し利口だと思っていたが、本当にガキだったみたいだ。呆れて何も言えなくなる。
俺はもう一度ため息を吐いた。
「だって……だって! お兄様は私のものなの! 貴女ばっかりずるいわ!!」
「ずるいって……」
「ずるいのよ! 貴女がお兄様を独り占めするから!!」
「したことはないですけど……」
「してるのよ!」
そう叫んでからまたミモザは泣き出す。
ダメだ。口を開けば、ミモザに一言多く言ってしまいそうだ。俺は頭を抱えた。大体、何を言っても泣き喚くのは卑怯じゃないか。どうすればよいのだろう。
もしも、ミモザを泣き止ます魔法の言葉があるなら今すぐ教えて欲しい。それを使って速攻泣き止ませるから。まあ、そんな便利なものあったら苦労はしない。
俺ははっと気づく。
(そうか。喋ろうとするからいけないんだ。テレビで見たことがあるあれをやろう。しかし、あれをしたら、はっ倒される可能性もある。まあ、そうなったら黙ってはっ倒されてやろうか。)
俺は覚悟を決めた。
「ミモザ様、失礼します」
俺はそう断わってからミモザを抱きしめた。驚いたようにミモザの動きが止まる。
ミモザは柔らかくて温かかった。心地良い体温に目を瞑る。ミモザの深緑の髪が顔にかかった。石鹸のような清潔感のある香りがした。
(リゲル、ごめん! お前がいない間に、俺はお前の妹を抱いてます。下心がないかといえば、多少あります。柔らかくてめちゃくちゃいい匂いがします。本当にごめんなさい。でも、一応、今は俺、女なんで許してください。)
心の中でリゲルに謝りながらミモザを抱きしめる。
ミモザは俺の腕の中でもがいた。俺は負けじと更に力を込めた。ミモザは暫くもがき続けた。しかし、観念したのか、次第に力がなくなっていき、俺に抱きしめられるがままになった。そして、鼻をすすりながら嗚咽を漏らす。
(動物は目を隠すと大人しくなるって聞いたけど、人間でもここまで効果があるとは……)
俺は他人事のようにそんなことを考える。
「落ち着きました?」
「……ええ」
「なによりです」
「ごめんなさい」
ミモザは珍しく殊勝な態度だ。いつもそうやって、しおらしくしていれば可愛いのに、普段の態度が誠に残念だ。
「大丈夫ですよ。怒っていません」
「本当に?」
「ええ」
「本当に、本当に……ごめんなさい」
ミモザはグズグズになりながらもう一度そう呟く。もう既に半泣きである。
「分かってますから」
俺の言葉にミモザは首を何度も横に振った。
「でもね、私、お兄様を誰にもとられたくないの……だって、私にはお兄様しかいない。お父様より、お母様より、お友だちの誰よりもお兄様が好き。愛してる」
「ええ、見ていれば分かりますよ」
俺だって、妹を愛していた。リゲルだって同じだろう。
「でも、お兄様は違う……大切なものをどんどん作っていくの」
「大切なもの?」
「レグルス王子殿下、護衛のお仕事、剣術、それから、貴女……お兄様の中で私がどんどん小さくなっていくの」
ミモザの言葉は妹のことを忘れ始めている俺を責めているようで胸が痛んだ。
「それは、違います! 大切なものが増えたって、今まで大切なものが大切でなくなるわけないじゃないですか!」
俺は自分にも言い聞かせるように叫ぶと、ミモザをぎゅっと抱きしめた。
「そんなことない……私のことなんて……」
「リゲルは、きっと大切なものを大切にできる人です。それを一番知ってるのはミモザ、貴女でしょう?」
「私、が?」
「そうです。一番そばに居たのは貴女じゃないんですか?」
俺の言葉にミモザは横に首を振った。
「だって、違う。違うもの。そばにいても、お兄様は私より……」
「お願いです。リゲルを信じてあげてください。リゲルは貴女の兄なのです。妹を思わないわけがないでしょう」
「貴女に何がわかるのよ!」
ミモザは叫んだ。
「わたくしは、わたくしには……兄の気持ちが分かるんです。だって……」
脳裏に過ぎるのは前世の妹、それから……
不意に何かを思い出しそうになる。それでも、その何かはぼんやりと紗がかかったように曖昧で何のことなのか分からない。
「わたくしにも、大切な人がいるから」
ぽつりと言葉が零れた。
「大切な人?」
「ええ。その人の為なら命を懸けてもいいと思えるような、そんな人がいるんです。だから、リゲルの気持ちも分かるんです。きっとリゲルにとって、貴女は何にも代え難い人だから」
(そうだ。俺にも大切な人がいた。あの子はいつも優しくて笑っていて、俺のそばにいたはずなのに。今はいない。俺のそばにいてくれない。)
胸が苦しかった。あんなにそばにいたのにあの子がいないだけでとても悲しくて寂しい。こんな苦しい気持ち知りたくなかったのに。
「嗚呼、そう。そうだったんですね。ミモザ様も……寂しかったのですね」
そうか。ミモザはただ寂しかっただけだったんだ。この世でたった一人愛する者から手を離されてしまう不安と、悲しみ、そして寂しさに苦しんでいただけなんだ。
「寂しくなんか!」
「だから、周りを傷つけて、傷ついたのでしょう?」
「傷ついてなんかない!」
「もういいですから。傷つくのも、傷つけるのも終わりにしましょう。素直に寂しいと言って、お兄様に甘えてもきっと罰は当たりませんから」
「言えるわけないわ! だって……私、怖いの。もしもお兄様が私を要らなくなったら……」
回された腕は冷たく、震えていた。今までどれだけの恐怖や不安を押し殺してきたのだろう。
「ねえ、ミモザ様、リゲルにそれを伝えましょう?」
「お兄様を困らせてしまうじゃない!」
「今更ですね。リゲルはミモザ様に困らされっぱなしです」
俺の言葉にミモザは顔を上げ、俺の顔を見上げた。
ミモザの顔は、どこの水分でそうなったのか分からないくらいドロドロになっている。嗚呼、鼻水まで出てる。可愛い顔をしているのにもったいない。
「私がお兄様を困らせてるって?」
「あら、自覚がなかったんですか?」
俺は思わず微笑んだ。
鼻をかんでやりたかったが、生憎、ハンカチはリゲルに渡してしまった。もう一枚持っておけば良かったと後悔する。そうだ。今度からハンカチは二枚持ち歩くことにしよう。
「そんなこと……」
「ありますよ」
俺の言葉にミモザは顔を真っ赤にして声にならない叫び声を上げた。
「嗚呼、兄妹そろって酷い顔ですね。ミモザ様、そろそろ貴女のお兄様が来ますから、身なりは整えた方がいいですよ」
女の子だもの。好きな人の前では綺麗でいたいだろう。俺は親切心でそう言ってやった。
「お兄様がいるの?」
「ええ。ですから、ハンカチでお顔を拭いて? そんな顔では貴女のお兄様がびっくりします」
ミモザはばっと俺から離れる。そして、耳まで真っ赤になると、慌てて自分の持っていたハンカチで目や鼻を拭きだした。
「何処に、いるの?」
ミモザは顔を綺麗にし終わると、辺りを見回した。
「さっきはいたんですけど、今、頼み事を……すぐに来ますから」
俺の言葉にミモザは下を向いた。
「そう……」
さっきまでミモザに声を掛け続けていたのにいなかったことになっているのか。なんだかリゲルが可哀想だ。
(でも、あんなにパニックだったから仕方ないのか? ミモザに言ってやった方がいいのか? いや、やめておこう。言わない方がいいことはこの世にいっぱいある。うん。その方がいいに違いない。)
俺は一人でそう結論づけた。
「大丈夫。本当にすぐですから。それより、リゲルはすごく心配していたんですよ? ちゃんと元気な顔を見せてあげてくださいね?」
完璧だ。無駄なことは一切言わず、フォローしてやる俺。
(散々心を砕いたんだ。抱きしめたときに下心があったのくらいはチャラにしてくれるよな?)
俺はミモザを見つめた。
「勿論、そうするわ。別に貴女に言われたからそうする訳じゃないけどね!」
ミモザはツンデレキャラみたいなことを言い始める。素直じゃないけど、俺に被害もなさそうなので、まあよしとしよう。
「アルキオーネ! 持ってきたぞ?」
「お兄様!」
ミモザはリゲルを見るなり飛びつく。リゲルは驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「ミモザ!」
「お兄様、お兄様、ごめんなさい」
ミモザはそう言って泣きじゃくた。嗚呼、せっかく泣き止ませたばかりなのに。
「俺の方こそ悪かった」
リゲルはそう言って、ミモザをぎゅっと抱きしめ続けた。
良かった。でも、俺にはもう二度とこんな瞬間は訪れないんだよな。
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