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1、お肉屋さんが赤頭巾ちゃんに恋する話③
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◇◆◇
「偶には美味いものでも食べよう。今日は賭け事に勝って気分がいいんだ。奢るよ」
悪友は思いついたように言った。
どうやら、自分の一言のせいで私がセックスに取り憑かれてしまったのだと思い込んでいるらしい。
何かと理由を付けては私のところに来て、食事に誘う。「偶には」が今週だけで三回もある。どんな馬鹿でも気付くはずだ、どうにか元気にさせようと画策してくれているのだと。分かりやすい奴だ。悪友は私の兄であり、親友であり、可愛らしいペットのようでもあった。
私も馬鹿ではない。そういう彼の愚直な優しさは素直に受け入れるべきだと思った。
「では、人肉以外でお願いします」
「そうか。じゃあ、君の取引先以外だな」
悪友は笑いながら、私を連れて街に出かけた。
街には人が溢れてる。この中の何人が来年まで生きていられるのだろう。この街では少し裏道に入れば死体が転がっている。沢山の人が死んで沢山の人が生まれる。何年も会っていない。あの子ももうあの冷たい死体の山の中に紛れ込んでいるのかもしれない。暗い予感が頭を擡げた。そんな訳ない。それを確かめる為に私は新しい事業を始めたのだ。今まであの子に似た死体なんてなかった。だから、きっと大丈夫。でも、もしも、その前に死んでしまっていたのだとしたら……
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「なんでもないですから」
「そうか?」
私は表情を作る。
悪友はほっとしたような顔をした。どうやら、上手く微笑めたようだ。
「さーて、今日は何を食べたい?」
「だから、人肉以外でと」
「そういうのじゃなくて……いや、君はそういうところは雑だからな」
「はあ……」
「いいか。食事というのはだな、単に生存の為に栄養を摂取すればいい訳じゃないんだ。文化的、宗教的な背景、その人の持つ人生観や家族観といった価値観を色濃く反映しているんだよ。食事を共にするということは価値観を共有するということにも繋がる。同じ釜の飯を食った仲という言葉もあるだろう。同じものを食べることで共同体の仲間であると認める習わしも多くある。食事とは縁を作るものなんだよ。食事を食事と侮ってはいけない。もっと真剣に考えるべきなんだ」
「はあ……」
悪友は食事の大切さを懇々と説き始める。お説教モードに入った悪友は少し面倒だ。
私はほんの少しだけ目線を人混みの方に向けた。不意に視界に赤いものが入る。私はそれを目で追った。赤いフードを被った少年だった。なんだ、赤いのは髪の毛ではなかったのか。私は落胆した。
「あれ、お肉屋さん?」
下を向いていると、声が聞こえた。顔を上げると、赤いフードの少年が近づいてくる。
「やっぱりお肉屋さんだ。あれ、一緒にいるのはセンセイじゃん。二人とも知り合いなんだ」
少年は人懐こい笑顔を向けてきた。あのときと同じ、鳶色の瞳が私を映す。あの子だ。
吃驚して私は何も言えなかった。
「嗚呼、糞ガキじゃないか。君は本当に喋らなければ可愛いのに」
「いやいや、そんなこと言って、センセイは何度も会いに来るくせに。今月は五回も会ってるだろ?」
あの子は屈託なく笑っている。でも、どうして悪友とそんなに仲が良さそうなんだろう。不思議と嫉妬心が湧いてこない。ただ疑問に思うだけだった。
「知り合いなんですか?」
「以前、一緒に行ったことの売春宿があったろう。あそこの今のお気に入りの子だよ」
「え……?」
そんなまさか。あの場所には何回も行っていたけど、赤毛の子なんてもういなかったはずだ。
「そっちこそ知り合いなのか?」
「昔の常連さんです」
「そうそう、俺、三日に一回、お肉屋さんで肉買ってたの。最後に行ったのは何年前だろう。すごく懐かしい」
「最後に来た日は沢山買ってくれましたよね」
「そうそう、臨時収入があったから……あのときのメンチカツ美味しかった。自由の味がしたんだよ」
あの子は最後に来た日みたいに楽しそうに話してくれる。こんなに沢山話す子だなんて知らなかった。あの頃はぽつりぽつりとしか話してくれなかったのに。
「自由?」
首を傾げる私に向かってあの子は手招きする。そして、あの子は声を低くして内緒話をするみたいにこっそりと私の耳に囁いた。
「そう、あの日、俺、初めて人を殺したんだ」
あの子は顔を離すと悪戯っぽく笑う。
「詳しいことは後で聞かせてあげる。ついでにいっぱいサービスしてあげるから、今度は俺を指名して」
そう言うあの子の唇は桜色をしていて妙に色っぽい。啄んで食べてしまいたいような唇だった。
「私にもサービスしてくれよ」
「センセイには毎回、いっぱいサービスしてるだろ」
「じゃあ、今日も行っていっぱいサービスして貰おうかな」
「あ、今日はダメ。一日お休みなの。明日ならいっぱい出来るから」
「じゃあ、明日」
「約束だよ」
「嗚呼」
悪友は熱っぽく言ってあの子の腰に手を回す。そして、あの子の頬に軽くキスをした。フードが外れる。出てきたのは赤毛ではなく、茶色の髪だった。
「髪が……」
「髪?」
「昔は髪が赤かったのに今は違うんですね」
「嗚呼、赤毛はいっぱいいるからって言われて染めてるの。茶髪だっていっぱいいるっつーの。面倒臭い」
少年は頬を膨らませて顔を顰めた。
見つからなかった理由を知り、私は納得した。
「そうだ。休みなら君も一緒に美味いものでも食べに行くか?」
「やった! センセイの奢り?」
「勿論」
「行く行く! 休みでないと好きなものも食べられないし!」
「何が食べたい?」
「三人で行くんだろ。そしたら、中華! お皿並べて食べたいもの食べよう!」
あの子は楽しそうにはしゃぐ。本当に生きていてくれてよかった。
「あ、でも、お肉屋さんは何食べたい?」
「私は人肉以外で……」
「げ、何ソレ……」
「お肉屋さんはね、今は人肉も売るお肉屋さんなんだよ」
「うぇーっ、マジかよ」
記憶の中のあの子と違って目の前の少年は良く喋る。大人しく虚ろな目をした赤ずきんちゃんはもういない。目の前の赤ずきんちゃんは逆に狼を食べてしまいそうなほど元気で強かだ。
あの子は私の手を取った。温かい。あの頃と変わらない手だ。変わったようで変わっていないものもあるのだとぼんやりと思う。
「ま、いいや。せっかく再会したんだし、早く飯、食いに行こうよ」
あの子は私の方を向いてとても綺麗に笑った。心臓が強く脈を打った。
「偶には美味いものでも食べよう。今日は賭け事に勝って気分がいいんだ。奢るよ」
悪友は思いついたように言った。
どうやら、自分の一言のせいで私がセックスに取り憑かれてしまったのだと思い込んでいるらしい。
何かと理由を付けては私のところに来て、食事に誘う。「偶には」が今週だけで三回もある。どんな馬鹿でも気付くはずだ、どうにか元気にさせようと画策してくれているのだと。分かりやすい奴だ。悪友は私の兄であり、親友であり、可愛らしいペットのようでもあった。
私も馬鹿ではない。そういう彼の愚直な優しさは素直に受け入れるべきだと思った。
「では、人肉以外でお願いします」
「そうか。じゃあ、君の取引先以外だな」
悪友は笑いながら、私を連れて街に出かけた。
街には人が溢れてる。この中の何人が来年まで生きていられるのだろう。この街では少し裏道に入れば死体が転がっている。沢山の人が死んで沢山の人が生まれる。何年も会っていない。あの子ももうあの冷たい死体の山の中に紛れ込んでいるのかもしれない。暗い予感が頭を擡げた。そんな訳ない。それを確かめる為に私は新しい事業を始めたのだ。今まであの子に似た死体なんてなかった。だから、きっと大丈夫。でも、もしも、その前に死んでしまっていたのだとしたら……
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「なんでもないですから」
「そうか?」
私は表情を作る。
悪友はほっとしたような顔をした。どうやら、上手く微笑めたようだ。
「さーて、今日は何を食べたい?」
「だから、人肉以外でと」
「そういうのじゃなくて……いや、君はそういうところは雑だからな」
「はあ……」
「いいか。食事というのはだな、単に生存の為に栄養を摂取すればいい訳じゃないんだ。文化的、宗教的な背景、その人の持つ人生観や家族観といった価値観を色濃く反映しているんだよ。食事を共にするということは価値観を共有するということにも繋がる。同じ釜の飯を食った仲という言葉もあるだろう。同じものを食べることで共同体の仲間であると認める習わしも多くある。食事とは縁を作るものなんだよ。食事を食事と侮ってはいけない。もっと真剣に考えるべきなんだ」
「はあ……」
悪友は食事の大切さを懇々と説き始める。お説教モードに入った悪友は少し面倒だ。
私はほんの少しだけ目線を人混みの方に向けた。不意に視界に赤いものが入る。私はそれを目で追った。赤いフードを被った少年だった。なんだ、赤いのは髪の毛ではなかったのか。私は落胆した。
「あれ、お肉屋さん?」
下を向いていると、声が聞こえた。顔を上げると、赤いフードの少年が近づいてくる。
「やっぱりお肉屋さんだ。あれ、一緒にいるのはセンセイじゃん。二人とも知り合いなんだ」
少年は人懐こい笑顔を向けてきた。あのときと同じ、鳶色の瞳が私を映す。あの子だ。
吃驚して私は何も言えなかった。
「嗚呼、糞ガキじゃないか。君は本当に喋らなければ可愛いのに」
「いやいや、そんなこと言って、センセイは何度も会いに来るくせに。今月は五回も会ってるだろ?」
あの子は屈託なく笑っている。でも、どうして悪友とそんなに仲が良さそうなんだろう。不思議と嫉妬心が湧いてこない。ただ疑問に思うだけだった。
「知り合いなんですか?」
「以前、一緒に行ったことの売春宿があったろう。あそこの今のお気に入りの子だよ」
「え……?」
そんなまさか。あの場所には何回も行っていたけど、赤毛の子なんてもういなかったはずだ。
「そっちこそ知り合いなのか?」
「昔の常連さんです」
「そうそう、俺、三日に一回、お肉屋さんで肉買ってたの。最後に行ったのは何年前だろう。すごく懐かしい」
「最後に来た日は沢山買ってくれましたよね」
「そうそう、臨時収入があったから……あのときのメンチカツ美味しかった。自由の味がしたんだよ」
あの子は最後に来た日みたいに楽しそうに話してくれる。こんなに沢山話す子だなんて知らなかった。あの頃はぽつりぽつりとしか話してくれなかったのに。
「自由?」
首を傾げる私に向かってあの子は手招きする。そして、あの子は声を低くして内緒話をするみたいにこっそりと私の耳に囁いた。
「そう、あの日、俺、初めて人を殺したんだ」
あの子は顔を離すと悪戯っぽく笑う。
「詳しいことは後で聞かせてあげる。ついでにいっぱいサービスしてあげるから、今度は俺を指名して」
そう言うあの子の唇は桜色をしていて妙に色っぽい。啄んで食べてしまいたいような唇だった。
「私にもサービスしてくれよ」
「センセイには毎回、いっぱいサービスしてるだろ」
「じゃあ、今日も行っていっぱいサービスして貰おうかな」
「あ、今日はダメ。一日お休みなの。明日ならいっぱい出来るから」
「じゃあ、明日」
「約束だよ」
「嗚呼」
悪友は熱っぽく言ってあの子の腰に手を回す。そして、あの子の頬に軽くキスをした。フードが外れる。出てきたのは赤毛ではなく、茶色の髪だった。
「髪が……」
「髪?」
「昔は髪が赤かったのに今は違うんですね」
「嗚呼、赤毛はいっぱいいるからって言われて染めてるの。茶髪だっていっぱいいるっつーの。面倒臭い」
少年は頬を膨らませて顔を顰めた。
見つからなかった理由を知り、私は納得した。
「そうだ。休みなら君も一緒に美味いものでも食べに行くか?」
「やった! センセイの奢り?」
「勿論」
「行く行く! 休みでないと好きなものも食べられないし!」
「何が食べたい?」
「三人で行くんだろ。そしたら、中華! お皿並べて食べたいもの食べよう!」
あの子は楽しそうにはしゃぐ。本当に生きていてくれてよかった。
「あ、でも、お肉屋さんは何食べたい?」
「私は人肉以外で……」
「げ、何ソレ……」
「お肉屋さんはね、今は人肉も売るお肉屋さんなんだよ」
「うぇーっ、マジかよ」
記憶の中のあの子と違って目の前の少年は良く喋る。大人しく虚ろな目をした赤ずきんちゃんはもういない。目の前の赤ずきんちゃんは逆に狼を食べてしまいそうなほど元気で強かだ。
あの子は私の手を取った。温かい。あの頃と変わらない手だ。変わったようで変わっていないものもあるのだとぼんやりと思う。
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