第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

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4-5 人間嫌いな大精霊

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 移動中、アネモスは肩を竦めながら言った。

「まぁさっきは色々あったけれど、正直な話、ボクとセスの契約は難しかったろうね」
「そうなんですか?」
「精霊との相性ってのは大きな障害でね。無理なやつとは絶対に契約することができない。妙な嫌悪感が湧いて出てしまうものなんだよ」
「あぁ、さっきのあれはそういう……」
「そうそう。だから、ボクが変態とかそういうわけじゃないんだよ?」
「……はい」
「その、そういうことにしておこう、みたいな顔をやめてくれ!」

 リックも補足してくれたが、ここまでひどい拒絶反応はあまり見ないが、近いものはあるらしい。
 特に、すでに契約している者が、別の精霊と契約をしようとするときは、より顕著だとか。

「契約ってのは恋人探しみたいなものだからね。二人目と契約しようとすれば、そりゃ色々問題があるのさ」
「実際のところ、複数体と契約することは可能なんですか?」
「そりゃあり得るよ。精霊王の伝説、って知らないかな? 彼の者は、精霊に愛されまくっていたこともあり、精霊のほうから契約を頼み込んで来たらしいぜ」
「無敵じゃないですか……」

 アネモスはさすが大精霊というか、長く生きているのだろう。俺たちは知りもしない話をよく知っていた。特に精霊王の下りは中々に面白く、本にして売り出してほしいくらいだった。
 ただの変態大精霊じゃないんだなぁと感心して話を聞いているうちに、川の近くへ辿り着く。アネモスは、パンパンッと手を二度叩いた。

「さー、出ておいで小精霊よ。精霊との契約を望む者がここにあるぞ」

 水の中から、手の平サイズな水の塊と、もう少し大きな小人のようなものが複数浮かび上がる。
 大地からは、同じく小さな火の玉、赤いトカゲのようなもの。土や石ころに葉、後は枝や亀や虫のようなものが現れていた。

「こんな感じで様々な属性の精霊がいるよ。形を成せていないのが五等級。形を成している手の平サイズが四等級。……おや? 三等級が顔を出すとは珍しいな」

 アネモスの見ている先には、他とは明らかに違う赤いトカゲの姿があった。
 大きさは尻尾まで入れれば大人の腕より長いだろう。頭から尻尾の先までにオレンジ色の鬣があり、炎のように揺らめいていた。

 めちゃくちゃカッコいい……!

 目を離せずにいると、そのトカゲは足を止めずこちらへ向かって来るではないか。ドギマギしていると、トカゲは体をするりと登った。……スカーレットの体を。

「え? あたし?」
「三等級のほうから契約を望むとは、かなり相性がいいようだね。お嬢さん、契約をするのなら、触れて願えばいい。それだけで、君たちの間に契約は結ばれる」
「分かったわ」

 スカーレットはトカゲに触れようとし……止まった。
 そして目を閉じ、なにかを考え込んだ後、エルペルトを見た。

「契約するわ。セスを守るためにも、強くなりたいの」
「……セス殿下の話を出すのは卑怯だと思いませんか?」
「思うわ。でも、本心よ。あたしは絶対に強くなる。父上よりも・・・・・、ずっと」

 先代剣聖を越えるとの宣言に思わずギョッとしてしまう。
 だが、エルペルトは静かに微笑み、ただ小さく頷いた。

「さぁ、これで後は一緒に強くなるだけね。いい? 覚えておきなさい? あたしが足を引っ張ると思ったら、すぐに契約を解除しなさい。代わりに、あたしの足を引っ張るんじゃないわよ」

 なんとも傲慢な言葉にトカゲは目を細めたが、拒否することはなく契約は成された。
 その光景を見て、アネモスは口笛を吹く。ただし音がうまく鳴らず、ヒュ~ッと情けない音がした。

「精霊相手に、そういった大言を吐いたやつを何人か知っているけれど、誰もが大物になるか、早逝をしたよ。君はどっちになるか楽しみだね」

 アネモスの言葉を、スカーレットは鼻で笑った。

「ふんっ。なら、あたしは前者よ」

 降参、とアネモスが両手を上げる。どうやら、スカーレットのことを認めたようだ。
 肩に赤いトカゲを乗せるスカーレットに見惚れていたのだが、よく考えたら人のことを気にしている場合では無い。

 俺も契約をと、周囲の精霊に……あれ? 俺とエルペルトの周りにだけ、精霊が全くいない?
 口を開き唖然としていたら、アネモスが頭を掻きながら言った。

「あちゃー、やっぱりこうなったか」
「やっぱり?」
「もしかしたらと思ったんだけど、そううまくはいかないよね。爺さんのほうは、本人が全力で拒否しているからだけど、セスは違うぜ? その強力な呪いが怖くて、契約どころか近づきたくないのさ。ボクはまぁ、相性の問題で無理だけど、大精霊じゃないと厳しいかもね」
「……アネモス様以外に大精霊は?」
「残念ながら、この辺りにいる大精霊は2体のみ。契約ができそうなのは0だ」

 一体は相性の悪いアネモス。もう一体は人間嫌いの大精霊。
 どうやら、今回は契約することは難しそうだなと、小さく息を吐いた。

「……ニン、ゲン」

 突如聞こえた声に、背筋がゾクリとする。
 他の者にも聞こえていたのだろう。俺の前にはエルペルトが、後ろにはスカーレットが立っていた。
 どこからか聞こえた謎の声。地の底から響くその声から感じられたのは……そう、憎悪だ。深い憎しみが声色に混ざっていた。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ! 今すぐ全員逃げるんだ! 特にそこの三人!」

 アネモスが指を指した三人は、俺とエルペルトとスカーレット。この中で唯一の人間だ。
 それがなにを意味しているのかは分かり切っており、すぐに声を出した。

「エルペルト! スカーレット! すぐに砦へ撤退する! リックはミスティを頼む、こちらには近づくな! それと……アネモス様! この場をお任せしてもよろしいでしょうか!」
「嫌だけど引き受けるしかないだろ!? どうにかするから、速く逃げ――」

 地面から現れたなにかに囲われ、アネモスの姿が消える。ゴロリと地面に転がった歪な球体は、木の根で作られているように見えた。
 大精霊しっかりしてくれよおおおおおおお! と思いながら、いまだ姿の見えない脅威を警戒しながら少しずつ移動する。

 あのエルペルトの顔に笑みがないところから、かなりヤバい状況なのだろう。
 リックは、ミスティと一緒に周囲を警戒したまま逃げていない。こちらを見ていることから、いざというときは助けに入る算段なのだろう。
 いいから逃げろ、と顎を動かす。リックは首を小さく振った。頑固者め。

「来ます!」

 猛烈な勢いで向かって来たのは、槍のように先端を尖らせた木の根っ子だった。エルペルトはそれを、剣で切り払う。
 しかし、キリが無いのだろう。エルペルトは切り払いながら下がり始めた。

「このまま撤退いたします!」

 異論などあるはずもなく指示に従っていたのだが、なにかに足をとられて転んだ。
 目を向けるとそこには木の根があり、ガッチリと俺の足首へ絡みついていた。

「今、私が、それを……」
「あたしがやるわ!」

 エルペルトに余裕が無いことを察したのか、スカーレットが木の根へ強烈な斬撃を放つ。
 しかし、木の根には傷一つ付かず、ただスカーレットの剣だけが弾かれていた。
 だがこの結果は想定の範囲内だ。相手が例の人嫌いな大精霊だとすれば、エフォートウェポン以外で魔法には対処できるはずがない。

 ……そう、魔法には、だ。
 俺は取り出した紐で足をキツく縛り、スカーレットに言った。

「このままでは全滅する。それだけは絶対に避けなければならない。分かったら、俺の足を斬り落とせ」
「そんなこと――」
「これは命令・・だ、スカーレット」

 まさか、こんなことで命令を使うことになるとは思わなかった。
 しかし、命さえあればいい。生活は不便になるかもしれないが、引き篭もるのが早くなるだけのことだ。
 全員が助かる最善を選んだ。俺はそう思っていたのだが、スカーレットは薄く笑った。

断るわ・・・

 言葉を失っていると、彼女は肩に乗せていたトカゲを撫で、強く言った。

「力を貸しなさい、トマト。この腹立たしい根っこを燃やし斬ってやるわ」

 スカーレットの声に呼応し、トカゲの鬣が立ち上がる。
 次の瞬間、彼女の剣には炎が灯っていた。

「ぶった切る!」

 一撃の元に根は切り払われ、俺は火の粉であちゃちゃとなりながらも立ち上がった。
 剣を振り、炎を舞わせるスカーレットを見て、ほうっと息を吐く。いつの間にかつけられていた、トマトという可愛い名前にツッコむ余裕は無かった。
 ……程なくして、エルペルトが叫ぶ。

「スカーレット! セス殿下を連れて先に逃げなさい!」
「なんでよ! 二人がかりでなら勝機だって――」
「精霊殺しは禁忌です! 冒してはならない!」

 この世界で唯一、誰もが遵守しなければならない規則。それが精霊殺し。冒した者には、神の裁きが下されるという話だ。
 スカーレットもそれは知っているはずなのだが……?

「でも父上が、主を守るためならば、禁忌だって冒してみせようって言っていたじゃない!」
「エルペルトオオオオオオオオオオ!?」
「心構えの話です! ……ということにしておきます」
「小声だけど聞こえてるからな!?」

 父親がそんなことを言えば、娘だって似た考えを持つだろう。なるほど、だから先ほど止めたのか。
 納得はしてしまったが、そんなことはさせられない。

 今の状況を打破する方法は一つ。とても簡単なことだ。
 ……足手まといとなっている俺が、一人で離脱すればいい。
 そうすれば、二人は協力して逃げられるはずだ。

「よぉし! 俺は逃げる! その後にエルペルトとスカーレットは協力して逃げろ! 以上だ! 意見は聞かない! あばよー!」
「ちょ、まっ」
「セス殿下!?」

 後方から聞こえる声を無視して走り出す。こう見えても毎日鍛えている。体力だって、足の速さだって自信があった。
 いまだ相手は姿すらも見せていない。簡単に逃げ切れ――視界が真っ暗になった。
 何が起きたのか分からずいると、スカーレットの声が聞こえる。

「秒で捕まってるんじゃないわよおおおおおおおおおおおお!」
「今、助けに向かいます!」
「ミスティ! 魔法で援護や!」
「分かったで!」

 まさか、一番の足手まといになるとは思わなかった……。
 最善だと思ったが、最悪の手を打ってしまったらしい。正直へこむ。生き残れたとしても怒られそうだ。出たくなくなってきた。
 膝を抱えていると、パッと視界が開ける。助けが来たのかと思ったが……眼前には、木の根に囚われ、身動きがとれなくなっているみんなの姿があった。

「エルペルトまで……」
「……申し訳ありません、セス殿下」
「違うの! あたしを庇ったりするから!」

 どうやら、スカーレットを守ろうとして隙を作り、武器を持った腕が封じられてしまったのだろう。当然、スカーレットはそれを助けようとしたはずなので、そこを狙われたということになる。
 しかし、こうなれば仕方ない。俺は両膝を着き、どこにいるかも分からない大精霊に頭を下げた。

「すぐ出て行くんで許してください! 話せば分かります! 悪い人間じゃないんです!」

 声に応じてくれたのか、ゆっくりと目の前が盛り上がっていく。人間嫌いらしいが、俺たちの命を奪っていないことから、チャンスはあると思っていた。
 後は、誠心誠意謝り続け、相手の要求を全て呑み、見逃してもらうだけだ。

 頭を下げ続けながら目線だけ上に向けていると、体を起こされる。……目の前にいたのは、髪に緑や紫の実をつけており、肘と膝から先は木の根になっている美少女だった。
 人間嫌いのドリアードは、虚ろな目で手を伸ばす。

「お待ちください! せめてこの老いぼれの命で見逃していただけないでしょうか!」
「あたしでもいいわ! そいつより、若い女のほうが価値が高いと思わない!?」

 ドリアードは動きを止め、二人へ目を向ける。

「ニンゲン……キライ……」
「だから、あたしを殺していいって言ってるでしょ!?」
「スカーレット!」

 静かに、と手で示す。
 無駄に煽ってはならない。この状況になればいつでも殺せたのに殺していない。なにか理由があるはずだ。

「ニンゲン、キライ。ニンゲン、コロス」

 ある……よね……?
 もしかしたら読み間違えたのかもしれない。そもそも俺、ドリアードどころか精霊と会うのだって今日が初めてだし。というか、人間のことだってよく分かってないところある。引き篭もりだったもん。
 自分がやらかしたという事実に思い至り、俺は慌てて命乞いを始めた。

「待って! お願い話し合いに応じて! 俺は嫌いじゃないよ!? だから殺さないで!」

 しかし、そんな助命も空しく、ドリアードは俺の首に手を回し、全身へ纏わりついた。蛇のように全身を絞め殺すつもりだろう。
 だから自分にできる最後のことだろうと、嘆願した。

「せめて、他の人たちは――」
「……スキ」
「――えっ」

 その二文字の意味が分からず、俺の頭は真っ白にだった。
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