第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

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4-6 昔助けたドリアード

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 落ち着けないが落ち着いて考えろ。このドリアードの言ったことの意味を。
 スキ、というのはあれだろう。農具の一種だ。違う、鋤じゃない。なら、隙のことだろうか? そんなはずがない。数寄者という言葉あったな、その数寄かもしれない。だから違うって。

 そう、この場合のスキは、好きだろう。抱き着かれていることからもほぼ間違いがない。
 しかし、引き籠り生活を送っていた俺が、精霊と出会う機会があっただろうか? まず無い。

「……ヒサシ、ブリ。ナマエ、ツケテ……クレテ、カラ、ダネ」

 久しぶりと言われても覚えていない。だが、思い出さなければならない。答えを間違うわけにはいかないと、本能が訴えている。なんとなくだが、それは死に繋がる選択だと感じられた。
 この大精霊は、精神を病んでいる。直感だが間違いないだろう。
 仲間たちが人質になっている以上、絶対に名前は外せない。思い出すんだ。

 城の中で出会った、名前をつけた相手はいない。そもそも名前をつけた相手が思いつかない。
 俺が助けた相手というのもピンと来ない。城を出てからは助けられてばかりだ。

 思い出せ……そうだ、五年前まで人間に捕まっていたとかなんとかという話を聞いた。となれば、そこから助けた相手が俺という可能性が……あっ。
 まさか、とニコニコしているドリアードを見る。全く見た目は違うのだが、それしか思いつかない。
 ここまで数秒で考え、自信が無いまま言った。

「オリーブ……?」
「オリーブ! ソウ、オリーブ! オボエテテクレタ!」

 また抱き着くドリアードに、見られていないのを良いことに渋い顔をする。
 五年前、とある事情で金を消費する必要があった俺は、精霊が見られると話題の見世物小屋へ赴き、泣いている枝を見て不憫に思い、買い取って逃がしたことがあった。
 そのとき枝は、オリーブの実に似た実をつけており、オリーブと呼んだ記憶が薄っすらある。助けたのは覚えているが、名前のことは自信が無かった。

 しかし、正解したという事実が大事なのである。恩人ともなれば話は早いだろうと、オリーブへ頼むことにした。

「みんなを解放してくれないか? 俺の大事な人たちなんだ」
「イヤ!」
「うんうん、ありがとう……えっ!?」

 予想外の答えに目を白黒させる。俺の予想では、うん、わかった! これからは仲良くしようね! みたいな感じだと思っていたからだ。
 オリーブは黒い穴のようにどんよりした目で言う。

「ニンゲン、キライ。エルフ、ドウデモイイ。オリーブ、アナタ、ダケ。ミンナ、シンデモ、イイ」

 その目に恐怖では無く、悲しさと、昔の自分を重ね合わせてしまった。

「……少し分かるよ。でもそれはたぶん、嫌いなんじゃなくて怖いんだと思う。知らないものは怖い。俺もそうだったからね」
「キライ? コワイ?」
「そう、怖いだ。でもね、誰もが悪い人じゃない。良い人だってたくさんいる。……そして、ここにいる人たちはみんな、俺にとって良い人たちなんだ」

 少しずつオリーブの目に光が戻る。
 彼女は悩んだ後、ポツリと言った。

「……ムズカシイ、ワカラナイ」
「うん、そうだね。だから、それを知るためにも、俺と一緒に行かないか? きっと彼らを知ることは、オリーブの人生を鮮やかにしてくれるよ」

 戸惑ってはいたが、オリーブは頷いてくれた。思うに彼女は、体は成長しているが、まだ精神が幼いのだ。もしかしたら、人間へのトラウマも関係しているのかもしれない。
 その証拠に、子供へ接するように優しくしていると、オリーブは落ち着き始めた。今ならいけるかなと、オリーブへ言う。

「みんなを解放――」
「そこまでだぁ! よぉし、後はボクに任せて先に行け! ……あれ?」

 木の球から飛び出したアネモスへ、額を抑えながら言う。

「空気読んで?」
「頑張って助けようとしていたのに、その言いぐさはひどくないか!?」

 どうにもアネモスにだけは辛辣になってしまう俺は、相性の悪さが厄介なのか、彼自身が特殊だからなのか、少しだけ悩むことになった。


 皆が解放され、ようやく一息吐く。少し休んでから帰ろうということになっていた。
 いまだオリーブは離れてくれないが、これは仕方ないだろう。そのうち、エルペルトたちは警戒する必要が無いと分かってくれるはずだ。
 他の人たちもそれが分かって……いると思っていたのだけれど、ミスティは背中から離れないし、スカーレットは目の前で威圧するように素振りをしていた。良く分からないけど怖い。

「……全員助かって良かったね! これからも協力していこう!」
「えぇ、そうね。次は遅れをとらないわ」
「うち、もっと魔法をドカーンって使えるようになるで!」
「どうしてオリーブを見ながら言うの?」

 いや、そんなことは聞かずとも分かっている。二人とも、まだオリーブのことを認められず、敵として警戒しているのだ。
 もし心変わりすれば、抱き着かれている俺は一瞬で殺される。二人が心配してくれていることが嬉しい。

「オリーブ、コイツラ、キライ」
「ふふふっ、それもね、まだよく分かっていないからなんだよ。これから変わっていくさ」
「オリーブ、コイツラ、キライ」
「うんうん。でも、手を出したりはしないようにね?」
「オリーブ、コイツラ、キライ」

 俺だってこの短い期間で心身ともに少しは成長できたのだ。オリーブならもっと成長も早いだろう。
 楽しみだなぁと微笑んでいると、アネモスが見ているだけで腹立たしい顔で近寄って来た。

「それにしても、オリーブと契約するとはね。このボクでも予想できなかった展開だよ」
「契約? どういうことですか?」
「あははっ、なにを気づいていないフリをしているのさ。俺と一緒に行かないか? キリッ! とやったときに、契約が果たされていただろ? ……え? 気づいていなかった?」
「いや、あれはそういう意味じゃなくて……。なぁ、オリーブ」
「ズット……イッショ……」

 あれあれ? なんか背筋が冷たくなったぞ? もしかして迂闊なことを言ったのか?
 そのつもりもなく契約していたという事実に、体がブルリと震える。スカーレットの目は鋭く、ミスティの手も力強い。オリーブへの警戒心が高まったのかもしれない。

 しかし、少し考えれば分かることだが、これは良いことだ。一等級の大精霊と契約をしたことで、俺はより呪いに対抗できるようになったのだから。
 言い聞かせるように頷き、エルペルトに言った。

「これからは魔法の鍛錬もしないとな。呪いは解けずとも、不運なできことには対抗できる手段が増えたと思わないか?」

 同意を得られると思ったのだが、エルペルトは少し困った顔で笑いながら言った。

「セス殿下にかけられている呪いですが、もしかして女難が一番強い効果を発揮しているのではないでしょうか? 引き籠っていたのも、無意識化で女性を避けていたのでは……?」

 よく分からないことを言うなぁと、肩を竦める。

「女難って女性に困らされることだろ? 俺は困らされたこともないし、女難とは縁が無いと思うぞ?」
「……セス殿下がそれでよろしいのでしたら、私から言えることはございません。様々な問題につきましては、こちらで対処できるよう努力いたします」
「うん? よろしく頼んだ?」
「はい」

 強く拳を握るエルペルトを見て、これほどの男でも覚悟を決めねばならないような、そんな問題があるのかと唾を飲み込む。

 しかし、女難……? 女性にモテる男性特有のやつだと思うのだが、どうして俺にそんな話をしたのだろうか。
 告白すらされたことが無く、自分が生き永らえることを最優先している男に、惚れるような奇特な女性はいないと思う。
 女性が好むのは、身長が高く、金があり、権力のある男と本に書かれていた。残念ながら、俺は一つも持っていない。
 悩んだのだがやはり全く思い至らず、ただ首を傾げるのだった。
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