第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

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5-4 敵は殺すものらしい

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 翌日、体が痛いし重いまま牢屋を出る。特に引き止められなかったことから、本当に興味が無かったのだろう。なにごともなく、カンミータの町を後にした。
 野営地に戻った俺は、今後の話を始めた。

「それではこれより、山賊と衛兵の不祥事への作戦について考えていこうと思います」
「山賊と衛兵ぶち殺し作戦のことね」

 スカーレットは腕を組みながら頷いているが、そんな物騒な作戦名はつけていない。
 しかし、だ。

「山賊退治は当然ですが、衛兵も許せませんね」
「山賊と衛兵ぶち殺し作戦は腕が鳴ります!」
「我が愛剣も血に飢えている……」

 このように、砦の兵たちもやる気に満ち溢れている。殺す気と書いてやる気だ。
 少し怖いので、一歩下がってから言った。

「そ、その、冷静に戦おう。別に殺す必要が無ければ殺さなくていい。ぶち殺しとかは、ほら、良くないじゃん?」
「ハハハッ、なにを言ってるんですか、セス司令」
「冗談ですよ、冗談」
「本気でそんなことを言うやつは狂人だけですよ!」
「……え?」

 驚愕で目を見開いているスカーレットを見て、兵たちが笑顔のまま固まった。
笑い声を出しかけていた俺は、なにも発さずに口を閉じる。笑みも消し、真顔で口を噤んでいた。
 静寂の中、なぜか全員が俺を見る。釣られたように、スカーレットもぐるりと顔を向けた。こわい。

「悪人は殺すものよね?」
「……エルペルトはどう思うのかな!?」
「悪人だからといって、誰かれ構わず命を奪ってはなりません。中には改心するものもいます。もう一度だけ機会を与えることこそが、寛容というものでしょう」

 おぉ、さすがはエルペルトだ。命は一つしかない。もう一度機会をくれてやり、大器を示せ。素晴らしい考えだ。
 そういうことなんだよ? とスカーレットへ目を向けたら、心の底から意味が分からない、という顔をしていた。なんでだよ!
 彼女は眉根を寄せ、若干怒りを交えた声で言った。

「なにを言ってるの? だって父上は、悪人に二度目なんて必要ありません。敵は殺す、気に入らないやつも殺す、悪人も殺す、仇討ちに来るやつも返り討ちです。悪人の仇討ちをするやつなんて碌でも無い人間だからいない方がいい。と言っていたわよね?」
「エルペルト? なんで顔を逸らした? エルペルトさあああああん!?」

 颯爽と逃げ出したエルペルトを捕まえるなんていう不可能は諦め、真後ろで目を見開いているスカーレットを無視しながら、話し合いを再開する。
 これより三日間で山賊を退治なければならない。居場所が分かったとしても簡単なことではないだろう。

「山賊退治はいいですが、衛兵たちはどうするんですか? 両方とも三日でやるのか、同時にやるのか……」
「いや、衛兵たちは放置する」
「放置ですか?」

 目を瞬かせるジェイへ頷く。

「今回、大事なのは山賊を潰すことだ。そして、何人かに協力させて、キンたちとの連絡役を引き続きやってもらう」
「あぁ、山賊は健在だと嘘を言わせるわけですね」
「そういうことだ。なにぶん、こちらは戦力が足りない。王都から兵が来るまでの間は誤魔化して、一気に拿捕させる。……衛兵たちの暴走は怖いが、まずは山賊だ」
「了解しました」

 まずはジェイが情報屋の伝手を頼りに、山賊たちの住処を探ってくれる。最初から情報を持っていれば明日から動けるが、最悪の場合は三日過ぎてしまうかもしれない。そのときは、金を稼ぐ予定の残り三日も使用するしかないだろう。
 山賊退治については難しいことを考える必要が無い。
 こちらにはエルペルトもいれば、スカーレットもいる。三十の精鋭と、それを率いる優秀な指揮官ジェイもいる。烏合の衆に負けるはずがない。

「勝ったな……!」
「しかし、セス司令。山賊たちってのは、元々は兵だった者が身を落とすことが多いです。ただのならずものって可能性もありますが、何人かは実力者でしょう。厳しい作戦になりそうですが、気合を入れていくしかないですね」
「……勝ってないな」

 楽に勝利したかったという甘えを忘れ、頬を強く叩いた。


 ――数時間後。
 ジェイは兵を二人連れ、町の中で情報集めを行っている。多すぎると目立ち、少なすぎると手が足りない。それくらいがギリギリの数らしい。

 しかし、俺たちとて、ただサボっているわけにはいかない。
 五人ずつの小隊を編成し、商人のフリをさせ、町の外を巡回させていた。
 俺は連絡を待つ役なので、野営地の中でボンヤリ雲を見て……いたか、った。

「いいですよ、セス殿下! 日に日に腕を上げておられます!」
「無理! 本当に無理! 死んじゃう! やめて!?」
「そう仰る割にはやる気満々ではないですか!」
「立たないと殴るからだろ!?」
「戦場とはそういうものです」
「ここは戦場じゃない!」

 なにが日に日に強くなっている、だ。日に日に訓練が苛烈になっていくので、こっちはついていくだけで必死だっていうのに。
 しかも、夜はもっとひどいんだぞ? 今の倍くらいすごくなる。終わったときには、意識が半分くらいしか残っていないくらいだ。
 エルペルト曰く、「セス殿下は実力を隠されたほうがよろしいと思うので、夜が本番です。日中は準備運動ということですな」とかよく分からんことを言い出す始末で、事実なだけに否定できず困る。

 辛い、本当に辛い。まるで勝てる気がしない。まるで強くなっている気がしない。……なのに、今まで逃げ続けていたツケを払っているのだから、これは仕方のないことなんだと納得している自分もいた。

「ぜっ……ぜっ……」
「こんなものにしておきましょうか」
「う、腕……。腕とれて、ない?」
「ご安心ください。腕を失った際の戦い方も、いずれお教えいたします」

 違う、そうじゃないと反論したいのだが、荒い息しか返せない。
 冷たい地面に気持ち良さを感じていると……慌ただしく兵が戻って来た。

「セス司令! B小隊が山賊と遭遇しました!」
「……敵の数は?」
「十人とのことです! しかし、相手は弱輩。すでに撤退を始めており、別の小隊が後を追跡しております!」
「追跡はいいが、弱いのは罠じゃないか? 誘き出された可能性は?」
「いえ、そういう可能性は低いと思われます。動きは鈍く、装備の手入れもなされておりませんでした」

 それこそ罠ということでは? 不可解に思いつつ立ち上がる。
 現地に向かい状況の確認がしたい。追跡した小隊とも連絡を……。

「こりゃなにかあった感じですかね」
「ジェイか。ちょうどいいところに戻ってきたな。これから、山賊たちの追跡を行う」
「了解しました。なら、こちらが入手した情報は、道すがら話しますよ」
「頼む」

 移動中、ジェイの話してくれた情報は、もうなんかどうしようもないものだった。
 山賊たちはどうも、甘い汁を吸い過ぎたらしい。事前に来る経路や時間、護衛などを把握しており、罠を仕掛けることも簡単だった。
 そのせいで、彼らは山賊として鈍ってしまい、さして脅威では無いとか。その日暮らしとはいえ、それでいいのかと聞きたい。

「数は?」
「そこですよ。やつら、数だけはいます。なんせ、金がありますからね」
「……五十人くらい?」
「百は下らないとのことです。数だけなら大山賊でしょう」

 山賊というものは、ワガママな者が多い。群れたとしても、十人から二十人がいいところだ。分け前とかでも揉めるからね。
 百もの人数を抱えているということは、普通ならば有能な人材がおり、簡単に討伐することはできない。

 しかし、こいつらは話を聞く限りでは違う。
 労せずして金を得ており、王都から兵を出してもらうべき訴状も、キンたち衛兵が握り潰している。保証付きで悪事を行い、金を手に入れているのだ。そんなおいしい商売があれば、山賊に成り下がりたい奴も多いだろう。

 だが、油断はできない。たった一度の油断で命を失うこともある。
 住処を把握したら、どう戦うかを考えなければならない。まだ見ぬ住処を想像しながら頭を悩ませていると、エルペルトが頷いた。

「私が七十。スカーレットが十。これで残りは二十ですな」
「はぁ? 父上が三十。あたしが五十。これで残り二十でしょ」
「「……」」

 この状況で、なぜ数を競おうとするのか。
 俺はできれば、安全で成功率の高い作戦を行いたい。

「では、勝負ですね」
「えぇ構わないわ。お互い、別々に行動することにしましょう」
「……はい、そこまで」

 パンッと一つ手を叩く。
 エルペルトは小さく頭を下げたが、スカーレットの顔にはアリアリと不満の色が現れていた。

「なによ」
「勝負しても構わないが、優先順位というものがある。まず、こちらの被害を最小限にすること。次に、相手を逃がさないこと。最後に、できる限り殺さないこと、だ」
「かしこまりました」
「むぅ、分かったわよ」

 ごねるかと思っていたのだが、納得してくれてホッとしてしまう。
 良かった良かったと思っていたら、二人が言った。

「セス殿下の護衛をしつつ、味方の被害を減らし、相手を逃がさず、殺さない。前線で、どれだけセス殿下に合わせられるかが大事になりますな」
「えっ」
「どの条件を優先しても前線へ出るしかないものね。セスがそれだけの覚悟をしているのだから、あたしだって文句言えないわ。息がバッチリ合っているところを、父上に見せてやりましょう!」

 あ、あれあれ? 護衛されているから前線には出ないはずだったのに、護衛してもらうために前線へ付き添うことになっているぞ? おかしいなぁ?
 しかし、ここで意見を翻したら格好悪い気がする。そんな風に思ってしまった俺は、任せろと胸を叩くしかないのだった。
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