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5-5 最初の魔法
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山賊たちは、山の一部を切り開き、そこへいくつかの小屋を建てていた。隠れる気などは無さそうで、普通に生活しているようだった。
「よく見つけられたな」
「あいつら、堂々と馬車を乗り入れているんですよ。轍の跡を見つけた後は簡単でした」
「……この辺りは捜索しないよう話がついているんだろうなぁ」
普通に考えれば通るような場所では無い。順路からは外れており、通りがかる可能性があるのは、遭難者かなにかだろう。もちろん、そんな存在は鴨にしかならない。
しかし、この物陰は見辛すぎる。
周囲を見回すと、ちょうどよく見渡せそうな崖を発見した。
「あの崖を登る道は無いのか? 上から見下ろしたい」
「……って、誰もが考えるわけですよ」
「ん?」
「つまり、罠ってことです」
なるほど、と頷く。上は有利であり、相手の動きまで見られるのであれば、そこへ仲間を配置しない理由が無い。
いや、それだけではないだろう。まんまとあそこへ兵を集めたりでもすれば、弓矢かなにかで攻撃するだけで、かなりの数を減らせるはずだ。
「うまいやり方だなぁ」
「感心しているだけじゃ勝てませんよ。柵もありゃしません。逃げようと思えば、全方位に広がる森へ逃げ放題。どうやって戦いますか?」
「色々考えてはいるけど、正直困っているよ。ジェイならどう戦うか教えてくれないか?」
「そうですね……」
良い手が思いつかないことを素直に伝えると、皆が苦笑いを浮かべる。いやぁ、申し訳ないが良い意見を出してね、と俺も笑い返した。
ジェイは少し悩んだ後、口を開いた。
「どの方向にでも逃げられるとはいえ、通りやすいところは見て分かります。彼らが普段から使っているんでしょう。そこを二ヶ所ほど塞ぎ、多数を倒します」
「多数? 残りはどうするんだ?」
「逃げるでしょうね。地形的な不利があるので仕方がないです。……というのが、オレの意見ですかね」
逃がすと厄介なことになる。町に入られてしまえば、キンたちと手を組むことは間違いない。
しかし、一人も逃がさないことが可能かと聞かれれば……待てよ?
「オリーブ、起きてくれオリーブ」
「ムリ……ネムイ……」
「樹の魔法っていうのは、植物を操る魔法なんだよな?」
「ウン……フワァ……オキテキタ」
「そういうときは、目が覚めて来たって言うんだよ。植物ということは、様々な実とかも出せるのか?」
「デキルカモシレナイケド、樹デ倒シタホウガハヤイヨ?」
「そうとも限らないのさ。なら、こういうのは――」
俺の魔法を扱える回数は少ない。だが、知識は多少なりともある。特に図鑑の類は絵もついており、かなり楽しめるものだった。
その中の一つをオリーブへ伝える。図鑑で見た知識と絵を、できるだけ詳細に、だ。
「オリーブガ手伝ウカラ、頑張ッテイメージシテネ」
「分かった」
目を閉じ、手の平を上に向け、10cmほどの青い色をした実を思い浮かべる。地面に当たれば割れてしまうほどの固さで、割れると同時にとある煙を出す実……。
「《プラント・ジェネレイト》」
ズシリと、手に重さを感じる。目を開くと、手には図鑑で見た青い実がしっかりと現れていた。
「よし! 成功だ!」
「成功シチャッタ。無理カナト思ッテタノニ」
「それは先に言ってくれないか!? い、いや、オリーブの力がすごいからこそ成功したんだろう。ありがおつ、オリーブ」
「エヘヘ、褒メラレルト嬉シイ。チュースル?」
「杖のままならしてもいいけど、人型の状態は恥ずかしいから無理かな……」
すると、木の杖が器用に唇を出現させる。俺はふと笑い、素早く違う場所へキスをした。頬にキスをしたノリだ。
「ドウシヨウ、オヘソハ困ッチャウ。恥ズカシイ? ウン、恥ズカシイノカモ」
「ここへそなの!? 構造が謎すぎる! ……い、いや、仕方ないな、うん。次からは場所を指定させてもらうよ」
「次モアルノ?」
「無いわよ。ちょっといらっしゃい」
「イヤ! 放シテ!」
杖を掴んだスカーレットは、オリーブの言葉を無視して離れて行く。
こんなところで喧嘩を始めるのだろうかと狼狽えていたのだが、すぐにオリーブの声は小さくなった。
しばし経ち、二人が戻って来る。スカーレットは満面の笑みで言った。
「話をつけておいたわ」
「ハワ、ハワハワ、ハワワワワ……。人間、スゴイ。エッチ。スカーレット、トッテモエッチ」
「男はすぐにしたがるからね。女がちゃんとした知識を持ち、制御しないとダメなのよ。オリーブも覚えておきなさい」
「ワカッタ。オリーブ、ガンバル」
恐らくだが、スカーレットは性知識的なものを教授したのだろう。
それは良いことだし、オリーブが色々学べるのも喜ばしい。
なのに、モヤモヤする。胃の辺りでなにかが渦巻いており、若干の吐き気を覚えていた。
引き篭もりだった俺と違い、彼女は明朗快活で出会いもたくさんあっただろう。知らない男に笑いかけていたこともあれば、二人で出かけていたこともあるはずだ。
そんな、当たり前のことを考えるだけで、気分が滅入る。なぜこんなことを考えてしまうのかも分からず、知らない感情を持て余していた。
「困ったものですね。妻に教えられたことを実体験のように語り、経験豊富なフリをしています。……まぁ、妻に頭の上がらない私が申すことではありませんな。うちの妻はできた人物でして、腕っぷしこそは私に劣りますが、世界一の美しさと世界一の優しさと――」
先代剣聖に勝てる腕っぷしの女とか、世界に何人いるのか教えてもらいたい。
しかし、微笑んでいるか真剣な表情しか見せぬエルペルトが、これ以上ないほどにデレデレな顔をしている。それだけでも、奥さんへの愛情が窺えるというものだ。
そして、これもまた不思議なことだが、先ほどまでの不快感は徐々に弱まり、気付けば消えていた。
腹を擦りながら、デレペルトへ言う。
「もしかしたら、俺は病気かもしれない……。不治の病とかだったらどうしよう……」
「セス殿下、ご安心ください。それは不治の病ではありますが、大抵の人が一度は経験するものです」
「そ、そうなのか? どうやったら治る?」
「……まずは、その感情について気付くことが必要ですかね。焦らずに、向き合って行けば良いと思います」
「感情? 病なのに? なに言ってんだ?」
エルペルトが困った顔を見せる。なぜかジェイも、俺の肩を優しく叩いていた。よく分からない。
嫌な感じだなー! 大人だけ分かってますみたいな感じでよー! とむくれていたのだが、ちょうど良いとエルペルトが話し始めた。
「先ほどの、ぷらんとじぇねれいとですか。あの魔法について、少々思うところがあります」
「あぁ、中々良い魔法だと思わないか? 魔法名が分からなかったから、自分で適当につけちゃったけど――」
「では今後その魔法は、ぷらんとじぇねれいとと世界中で呼ばれることになるでしょう」
意味が分からず首を傾げる。
どこか誇らしげにエルペルトは続けた。
「そもそも、この世界にドリアードという精霊はほとんどおりません。私も長く旅をしましたが、見かけたのは亀に似た見た目のドリアードが一体だけです」
「ふむ? レアな精霊ってことか?」
「えぇ、その通りです。ドリアードの個体数が少ないということは、必然的に契約者も少ないということになる。樹の魔法というものは、この世界にほとんど存在しないということになります」
ここでようやく、先ほどの言葉の意味に気付いた。
そんなまさかと思いつつ、引き攣った声で聞く。
「俺が、あの魔法を使用した最初の一人という可能性がある……?」
「少なくとも、私が知る限りではそうなります。戻りましたら、リックにでも聞いてみましょう」
「うん……」
手の上にある実が異様に重く感じる。確かに、それが本当なら大変なことだ。
一日に数回の限度があるとはいえ、俺はその地域に存在しないはずの樹木を魔法で発現させることができる。貧しい土地に、果物の樹を植えることだって可能だ。
もちろん、必ず育つと言えるわけではないが、生体系を変えてしまうかもしれない力だろう。
ブルリ、と身を震わせる。分不相応な力だが、使わないわけにもいかない。
できる限り気を付けようと、心に決めるしかなかった。
「よく見つけられたな」
「あいつら、堂々と馬車を乗り入れているんですよ。轍の跡を見つけた後は簡単でした」
「……この辺りは捜索しないよう話がついているんだろうなぁ」
普通に考えれば通るような場所では無い。順路からは外れており、通りがかる可能性があるのは、遭難者かなにかだろう。もちろん、そんな存在は鴨にしかならない。
しかし、この物陰は見辛すぎる。
周囲を見回すと、ちょうどよく見渡せそうな崖を発見した。
「あの崖を登る道は無いのか? 上から見下ろしたい」
「……って、誰もが考えるわけですよ」
「ん?」
「つまり、罠ってことです」
なるほど、と頷く。上は有利であり、相手の動きまで見られるのであれば、そこへ仲間を配置しない理由が無い。
いや、それだけではないだろう。まんまとあそこへ兵を集めたりでもすれば、弓矢かなにかで攻撃するだけで、かなりの数を減らせるはずだ。
「うまいやり方だなぁ」
「感心しているだけじゃ勝てませんよ。柵もありゃしません。逃げようと思えば、全方位に広がる森へ逃げ放題。どうやって戦いますか?」
「色々考えてはいるけど、正直困っているよ。ジェイならどう戦うか教えてくれないか?」
「そうですね……」
良い手が思いつかないことを素直に伝えると、皆が苦笑いを浮かべる。いやぁ、申し訳ないが良い意見を出してね、と俺も笑い返した。
ジェイは少し悩んだ後、口を開いた。
「どの方向にでも逃げられるとはいえ、通りやすいところは見て分かります。彼らが普段から使っているんでしょう。そこを二ヶ所ほど塞ぎ、多数を倒します」
「多数? 残りはどうするんだ?」
「逃げるでしょうね。地形的な不利があるので仕方がないです。……というのが、オレの意見ですかね」
逃がすと厄介なことになる。町に入られてしまえば、キンたちと手を組むことは間違いない。
しかし、一人も逃がさないことが可能かと聞かれれば……待てよ?
「オリーブ、起きてくれオリーブ」
「ムリ……ネムイ……」
「樹の魔法っていうのは、植物を操る魔法なんだよな?」
「ウン……フワァ……オキテキタ」
「そういうときは、目が覚めて来たって言うんだよ。植物ということは、様々な実とかも出せるのか?」
「デキルカモシレナイケド、樹デ倒シタホウガハヤイヨ?」
「そうとも限らないのさ。なら、こういうのは――」
俺の魔法を扱える回数は少ない。だが、知識は多少なりともある。特に図鑑の類は絵もついており、かなり楽しめるものだった。
その中の一つをオリーブへ伝える。図鑑で見た知識と絵を、できるだけ詳細に、だ。
「オリーブガ手伝ウカラ、頑張ッテイメージシテネ」
「分かった」
目を閉じ、手の平を上に向け、10cmほどの青い色をした実を思い浮かべる。地面に当たれば割れてしまうほどの固さで、割れると同時にとある煙を出す実……。
「《プラント・ジェネレイト》」
ズシリと、手に重さを感じる。目を開くと、手には図鑑で見た青い実がしっかりと現れていた。
「よし! 成功だ!」
「成功シチャッタ。無理カナト思ッテタノニ」
「それは先に言ってくれないか!? い、いや、オリーブの力がすごいからこそ成功したんだろう。ありがおつ、オリーブ」
「エヘヘ、褒メラレルト嬉シイ。チュースル?」
「杖のままならしてもいいけど、人型の状態は恥ずかしいから無理かな……」
すると、木の杖が器用に唇を出現させる。俺はふと笑い、素早く違う場所へキスをした。頬にキスをしたノリだ。
「ドウシヨウ、オヘソハ困ッチャウ。恥ズカシイ? ウン、恥ズカシイノカモ」
「ここへそなの!? 構造が謎すぎる! ……い、いや、仕方ないな、うん。次からは場所を指定させてもらうよ」
「次モアルノ?」
「無いわよ。ちょっといらっしゃい」
「イヤ! 放シテ!」
杖を掴んだスカーレットは、オリーブの言葉を無視して離れて行く。
こんなところで喧嘩を始めるのだろうかと狼狽えていたのだが、すぐにオリーブの声は小さくなった。
しばし経ち、二人が戻って来る。スカーレットは満面の笑みで言った。
「話をつけておいたわ」
「ハワ、ハワハワ、ハワワワワ……。人間、スゴイ。エッチ。スカーレット、トッテモエッチ」
「男はすぐにしたがるからね。女がちゃんとした知識を持ち、制御しないとダメなのよ。オリーブも覚えておきなさい」
「ワカッタ。オリーブ、ガンバル」
恐らくだが、スカーレットは性知識的なものを教授したのだろう。
それは良いことだし、オリーブが色々学べるのも喜ばしい。
なのに、モヤモヤする。胃の辺りでなにかが渦巻いており、若干の吐き気を覚えていた。
引き篭もりだった俺と違い、彼女は明朗快活で出会いもたくさんあっただろう。知らない男に笑いかけていたこともあれば、二人で出かけていたこともあるはずだ。
そんな、当たり前のことを考えるだけで、気分が滅入る。なぜこんなことを考えてしまうのかも分からず、知らない感情を持て余していた。
「困ったものですね。妻に教えられたことを実体験のように語り、経験豊富なフリをしています。……まぁ、妻に頭の上がらない私が申すことではありませんな。うちの妻はできた人物でして、腕っぷしこそは私に劣りますが、世界一の美しさと世界一の優しさと――」
先代剣聖に勝てる腕っぷしの女とか、世界に何人いるのか教えてもらいたい。
しかし、微笑んでいるか真剣な表情しか見せぬエルペルトが、これ以上ないほどにデレデレな顔をしている。それだけでも、奥さんへの愛情が窺えるというものだ。
そして、これもまた不思議なことだが、先ほどまでの不快感は徐々に弱まり、気付けば消えていた。
腹を擦りながら、デレペルトへ言う。
「もしかしたら、俺は病気かもしれない……。不治の病とかだったらどうしよう……」
「セス殿下、ご安心ください。それは不治の病ではありますが、大抵の人が一度は経験するものです」
「そ、そうなのか? どうやったら治る?」
「……まずは、その感情について気付くことが必要ですかね。焦らずに、向き合って行けば良いと思います」
「感情? 病なのに? なに言ってんだ?」
エルペルトが困った顔を見せる。なぜかジェイも、俺の肩を優しく叩いていた。よく分からない。
嫌な感じだなー! 大人だけ分かってますみたいな感じでよー! とむくれていたのだが、ちょうど良いとエルペルトが話し始めた。
「先ほどの、ぷらんとじぇねれいとですか。あの魔法について、少々思うところがあります」
「あぁ、中々良い魔法だと思わないか? 魔法名が分からなかったから、自分で適当につけちゃったけど――」
「では今後その魔法は、ぷらんとじぇねれいとと世界中で呼ばれることになるでしょう」
意味が分からず首を傾げる。
どこか誇らしげにエルペルトは続けた。
「そもそも、この世界にドリアードという精霊はほとんどおりません。私も長く旅をしましたが、見かけたのは亀に似た見た目のドリアードが一体だけです」
「ふむ? レアな精霊ってことか?」
「えぇ、その通りです。ドリアードの個体数が少ないということは、必然的に契約者も少ないということになる。樹の魔法というものは、この世界にほとんど存在しないということになります」
ここでようやく、先ほどの言葉の意味に気付いた。
そんなまさかと思いつつ、引き攣った声で聞く。
「俺が、あの魔法を使用した最初の一人という可能性がある……?」
「少なくとも、私が知る限りではそうなります。戻りましたら、リックにでも聞いてみましょう」
「うん……」
手の上にある実が異様に重く感じる。確かに、それが本当なら大変なことだ。
一日に数回の限度があるとはいえ、俺はその地域に存在しないはずの樹木を魔法で発現させることができる。貧しい土地に、果物の樹を植えることだって可能だ。
もちろん、必ず育つと言えるわけではないが、生体系を変えてしまうかもしれない力だろう。
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