第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

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5-6 早く降伏してほしいことが伝わらない

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 青色の実を出すのは一日に二回が限度。それで俺の魔力は空っぽだ。
 だが、出し惜しみをするつもりはない。先ほどの実と、予備の実で二つを用意し、作戦を開始することにした。

 時間は深夜。寝静まっている者たちの眠りがさらに深まり、眠気に耐えながら警備をしている者たちを眠りに落とすことのできる、格好の時間だと言えた。
 崖の上へ目を向けていると、炎が振られているのが見える。事前にどう配置されているかを調べ、対応したからだろう。エルペルトたちは無事に、崖上の敵を排除したようだ。これで、相手に気付かれる可能性が減ったと言える。

 そして合図が送られてからすぐに、地面から薄青い煙が広がり、山賊たちの集落を包み込む。想定よりも煙の広がりは大きく、一つで十分事足りそうだった。
 焚火を囲い騒いでいた山賊たちが、パタリ、パタリと倒れ始める。
 程なくして、煙が消えたことが確認できたのだろう。崖上から突撃の合図が送られて来た。

「では、向かいましょうか」

 ジェイの言葉に頷き、静かに、だができるだけ早く進軍する。
 初めて使った魔法の実を信用できるほど、俺は自分の能力を過信できていなかった。
 ……しかし、今は唖然としている。まさか本当に全員眠っており、縛っても目を覚まさないほどに深い眠りへついているとは思わなかった。

「全員縛って一ヶ所に集める。それから偉そうなやつを見つけて交渉ですかね」
「交渉とはうまいこと言ったもんだよなぁ。これじゃあ、ほぼ脅迫じゃないか?」
「なら、解放して交渉にしますか?」
「俺は優位な立場っていうのが大好きでね。脅迫みたいな交渉大歓迎だ! ということで、縛ったまま連れて来てくれ!」
「はははっ、了解です」

 人道なんてものについて一瞬考えたが、それ以上に保身が大事だとすぐに方針転換。脅迫だろうがなんだろうが、成功すればそれで良い。元々、彼らは悪人だ。殺されないだけマシだろう。
 ジェイは兵を率いて山賊たちを縛り上げ、広場へと連行する。俺はスカーレットに護衛されながら、少し離れた崖の下から広場を見ていた。……離れたところから見ているのは、なにかあったときが怖いからだ。
 二人きりで特に話すことも無い中、手持無沙汰だったのかスカーレットが口を開いた。

「そ、そういえば、護衛をあたしに任せて別行動するとか。父上もあたしの実力を認めたってことじゃない?」
「最初から認めていると思うよ」
「そうよねぇ。本当に父上はいつもあたしを未熟者扱いして……え?」

 首を傾げたスカーレットを見て、俺も首を傾げる。
 知る限りだが、エルペルトはスカーレットを認めている。そうでなければ、そもそも砦へ来るように呼び出したりしない。
 つまり、スカーレットは先代剣聖が最も信頼している、それ相応の実力を持った人物ということだ。
 その話を告げたら、スカーレットは静かに崖上へ視線を動かした。

「でも、いつも未熟者、未熟者って……」
「心配しているからじゃない? たくさん褒められてもいるだろう?」
「確かに、八割くらいは怒られているけれど、二割くらいは褒められているかもしれないわ」
「スカーレットはとても強いからね。才能に溺れず高みを目指してほしい、と思っているんだよ。厳しいのはそのせいじゃないかなぁ」
「そ、そうなのかしら」

 俺は断言するように頷く。なんせ、これはエルペルトから教えてもらった話だ。口止めもされていないし、誤解を生むのは良くないと思い、打ち明けさせてもらった。
 実の父親に愛されていないかもしれないなんていうとても苦しい誤解は、できるだけ早く払拭したほうがいい。もちろん、実体験からくるものだ。

「ふふ、うふふふふふふ。そう言われると、なんか嬉しくなってきたわね。実は認めているんでしょ! とでも言ってやろうかしら!」
「……そういう風に調子に乗るから、エルペルトも隠していたんだと思うよ。だから、今の話は内緒ってことで」
「え」

 余程調子に乗りたかったのか、スカーレットは狼狽えている。
 しかし、ここは譲れない。我が右腕、エルペルトの気持ちを蔑ろにするようなことはできないからだ。
 断固として拒否すると顔で示していたのだが、スカーレットは顔を背けながら右手を伸ばした。

「じゃあ、二人だけの秘密ってことで」

 立てられている小指を見て、目を瞬かせる。
 俺は少し悩んだ後、もう一度目を瞬かせてから言った。

「いや、オリーブもいるから三人だよ? 三人で指切りってできるのかな?」
「指切リ? 指切ッテモ生エル?」
「生えない生えない」

 指切りがどういうものかを説明していると、なぜかスカーレットが崖を殴りつける。
 ビクリとしたが、それどころではない。慌てて彼女の手を掴んだ。

「なにやってるんだ! 怪我するじゃないか!」
「イライラしたんだから仕方ないでしょ!? というか、気安く手を触らないでよ!」
「あぁもう、なぜそんなことをしたのか分からないけれど、血が出ているじゃないか。せめて、もうちょっと柔らかいもんを叩いてくれ」
「さーわーらーなーいーでー!」

 全力で拒否しているように見えるが、手は振り払われていない。本気ならどうとでもできるはずなので、彼女も治療の必要性は認めているのだろう。
 濡らした布で血を拭い、血が止まったら別の布を傷口へ巻く。簡易的な治療だが、後でしっかりとやり直そう。

「剣は握れるかい?」
「……うん」

 それなら良かったと安心していたら、誰かの視線を感じる。オリーブだ。
 なにに興味を持ったのだろうかと、聞いてみることにした。

「どうしたんだい?」
「ワカラナイケド、アー、ッテナル。オリーブ、ナゼカ楽シイ」
「よく分からないけど、楽しいのはいいことだね」
「……今度、オリーブに小説を貸してあげるわ。文字は読めるの?」
「モチロン」

 この二人、気付けば仲良くなっている。
 それは俺としても嬉しいことなので、ただ頷いておいた。


 ジェイに呼ばれて広場へ戻る。縛られている山賊のほとんどはまだ眠っているが、何人かは起こされたのだろう。不機嫌そうな顔で地面に座っていた。

「口を割らないんですが、恐らくこいつですね」

 頭の真ん中にしか髪の無い男には、ジェイの言う通り風格がある。
 こいつが頭領なのだろうと、話をすることにした。

「やぁ、こんばんは。良い夜だね」
「どこがだ! 最悪じゃねぇか!」

 挨拶からと思ったのだが、いきなり失敗した。
 気を取り直し、別の話を振る。

「落ち着いて話をしようじゃないか。協力してくれるなら、君たちの減刑を約束するよ?」
「減刑だぁ? そんなこと信じるわけがねぇだろ! どうせおれたちゃ皆殺しだ!」
「そんなことないって……。実はね、カンミータの町にいる衛兵たち、特にキン・ベルをどうにかしたいと思っているんだ。でも、逃げられても困るんでね。油断させておきたいんだ」
「おれたちになんの得があるってんだ!」
「だから、減刑をだね?」
「具体的に言いやがれ! なにが減刑だ。おれたちがいなきゃ困るんだろ? なら、交換条件なんて一つだ。出すもん出して、その後は解放しろ。代わりに、二度とこの辺りには来ないでやる」
「……」

 どうにも下手したてに出過ぎたのかもしれない。こちらが弱腰なのを見て、つけあがらせてしまったようだ。
 こういった交渉事に不慣れなのは認めるが、今の舐められている状況はよろしくない。

「スカーレット」
「え? なに?」

 呼ばれると思っていなかったのだろう。山賊と周囲を警戒していたスカーレットは、少し驚いた様子でこちらを見ていた。
 そんな彼女に笑顔を返し、静かに告げた。

「どの部分なら、斬り落としても死なないか教えてくれるかい?」

 ギョッとスカーレットは目を見開いた後、戸惑いながら言った。

「……あたしがやるわよ?」
「いや、それはダメだ。君だとうまく・・・斬り落としてしまう。俺がやるほうが、より効果的なはずだ」

 想像させることで恐怖を煽ろうと、具体的な言葉で話す。
 スカーレットは難しい顔をした後、小さく頷いた。

「……楽なのは耳か指じゃないかしら。腕や足を斬り落とすのには技量が必要よ」
「分かった、ありがとう」

 剣を引き抜く。途端、山賊が笑った。

「ハッタリのつもりか? おれたちゃ山賊だぞ? 耳や指の一つや二つ、失ったことがあるやつも多い。ビビると思ってんのか?」

 そんなことを言わないでもらいたい。相手が引いてくれなければ、俺は本当に耳か指を斬り落とさなければならない。
 考えに気付いているのか、本気だと勘違いしているのか。ジェイは山賊の手を開き、地面へ押し付けさせた。

「やってみろや!」
「……うーん。指や耳で効果が無いなら仕方ないかな」

 諦めたと思ったのだろう、山賊の顔が一瞬緩む。
 だが、俺は諦めてなどいない。ジェイへと端的に指示を出した。

「手はいい。頭を抑え、目を開かせろ」

 視覚的に見えているほうが効果は大きいはずだと、限界ギリギリのハッタリ勝負を開始することにした。

「おい! やめろ! どうせ、そんなことできるわけがねぇ!」

 荒い息を隠し、震えを抑え、少しずつ目に剣先を近づけていく。
 もし刺されば、この目は二度と光を映さなくなる。俺の行動が、一人の人生を変えることになる。
 早く、早く、早く。剣先を近づけながら、降伏してくれと心の中で祈った。

「やめ、やめろ。冗談だよな? 待てって。話し合おうぜ。なぁ! 本当に刺さっちまう! そんなこと許されるのか!? こっちは拘束されて抵抗できないんだぞ!?」
「……ありきたりなセリフだが、一応言わせてもらおう。お前たちは、そうやって乞うてきた相手に、なんて返したんだ?」
「っ!?」

 山賊のクソみたいなセリフで覚悟は決まった。目を一つ失わせることになってでも、ここにいる数十人を殺すよりはマシだ。
 強く剣を握り直し……た手が、優しく抑えられた。

「お覚悟は立派ですが、もう大丈夫なようですよ?」
「エ、エルペルト……?」

 いつの間に戻って来ていたのか。その顔を見て力が抜けてしまう。
 老紳士はニコリと笑い、震えている山賊を見た。

「構いませんね?」
「……なにがだ」
「強がるのはおやめください。すでに心は折れて・・・いるでしょう?」
「ぐっ」

 山賊はとても悔しそうに歯を噛みしめ、拳で地面を強く叩いた。
 しかし、それが最後にできた抵抗だったのだろう。ガクリと項垂れた後、「分かった」と小さく答えた。


 どうにか山賊を下し、今後の話も終える。
 もう少しで刺してしまっていたかもしれないと、とてつもない疲れを感じていた俺は、少し一人になりたいと頼み……エルペルトとスカーレット、オリーブ以外の人は外してくれた。護衛はね、仕方ないからね。
 震える手を、もう片方の震えた手で押さえながらエルペルトに聞く。

「もっとうまくやれたんじゃないだろうか?」
「死傷者0。山賊たちの協力も得られました。断言いたしますが、あれ以上の結果などありませんよ」
「だけど、後少しで――」
「私がお傍におりましたら、何人かの首を斬り落としておりましたよ。そのほうが手っ取り早いですからな。いやはや、セス殿下がご活躍なされたせいで、私が80人斬る予定が狂ってしまいました」
「あ、はい」

 物騒な笑みを浮かべているエルペルトを見て、本当にそうするつもりだったのだろうと確信する。
 ……なら、エルペルトの方法と比べてにはなるが、俺は良い結果を出せているじゃないか。彼が気遣って言ってくれたのだとしても、心は軽くなっているのを感じた。

「そうか、あたしが何人か斬っちゃえば良かったのね。確かに、セスが剣を抜いた瞬間とかに首を飛ばしておけば、それで相手もヤバいと思ったはずだわ」

 軽くなった心が、違う意味で一気に重くなる。
 俺はスカーレットの肩を掴み、何度も首を横に振るのだった。
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