第六王子は働きたくない

黒井 へいほ

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6-2 初戦は罠で凌ぐ

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 オリアス砦は深い森の中にある。強引に作られた道は細く、数人が横並びになるのが精いっぱいで、戦闘には不向きな地形だ。
 よって、こちらは圧倒的に有利。……などと考えたりはしない。この世界には、不利な地形を変える方法もある。

 遠巻きに見えていた木々が、地面へ吸い込まれるように消えていく。土の上級魔法で地ならしでも行っているのだろう。
 恐らく今日は攻めて来ない。どれだけの兵を連れてきたのかは分からないが、野営地を作るのに一昼夜を費やすはずだ。

「……さて、偵察ついでにご挨拶といこうか」

 いくら相手の領土内とはいえ、関所であるオリアス砦の目と鼻の先でこのようなことを行われれば、苦情を言うのは自然なことである。
 そう思っていたのだが、肩を強く掴まれた。

「使者を出しますので、セス殿下はこちらで待機なさってください」
「いや、相手もいきなり殺そうとは――」
「大将がのこのこと相手の本陣へ出向くなって言ってるのよ! バーカ!」
「そこまで言わなくても良くないか!?」

 スカーレットのひどい物言いへ対して、他の皆に同意を求める。しかし、真顔でこちらを見ているやつと、首を横に振っているやつしかいなかった。反対率100%である。
 使者はシヤが引き受けることとなり、形ばかりの抗議文を届けてもらう。どうせ、碌でも無い返事が寄越されるのは想像できていたが、相手はもう少し上手だったようだ。

「セス司令。シヤが使者を連れて戻ってきましたよ」
「ここはホライアス王国の領土である。緊急事態のため、許可なく事を起こしたことは許されよ。ビラ? 知らん知らん。こんなところか?」
「いいえ。此度の軍を率いている、ファンダル総司令が使者として赴きました」
「……なるほど」

 会いたくないという気持ちを抑え、城壁へ向かう。
 門のすぐ近くには、馬に乗ったファンダルらしき細身な男と数名の部下がいた。

「これはこれはセス殿下、ご機嫌麗しゅうございます。ホライアス王国の神殿騎士が一人、ファンダルと申します。どうぞお見知りおきを」
「……茶番はいいから、さっさと用件を言ったらどうだ?」
「これは手厳しい。本来の立場では初の顔合わせなのですがねぇ」

 改めて見たが、面影は残っていない。恰幅の良い体は消え失せ、頬のこけた、細い男になっている。
 しかし、情報を精査したことから分かっているが、彼は人間ではない。
 背中に羽が生えて空を飛んで逃げたという事実もあるし、夜半にビラを撒いたのも、ファンダルの仕業だろうと推測していた。
 こいつは何者なのか。眺めながら考えていると、ファンダルがくつくつと笑った。

「この僅かな期間でだいぶ変わられましたな、セス殿下」
「お前ほどじゃないだろう」
「いや、ごもっともですね! ハッハッハッハッハッハッ……では本題に入りますか。セス殿下の首か、この砦をいただきたい」

 途端、背筋がゾクリとする。それは下で笑っているファンダルではなく、後ろにいるスカーレットから発せられていた。
 先ほどまで頭の後ろに手を回し、欠伸混じりだったのだが。今は目を見開きギラギラとさせていた。
 落ち着け、と手で小さく示す。彼女は不満そうにしながらも、小さく深呼吸をして気を収めた。

「敵より味方が怖いとか、頼りになり過ぎてこまるな……。その点、エルペルトはさすがだな。平然としている」
「お褒めいただき光栄です。まぁこの老骨も歳を食っておりますからな。殺すと決めている相手になにを言われても、今さら気にはいたしません」
「……うん」

 よし、これからはエルペルト共々、常識枠に入れるのはやめよう。この親子は物騒親子だ。間違いない。
 少々待たせていたファンダルへ視線を戻し、肩を竦めた。

「その条件は難しいな。まず話し合うのはどうだろうか? オリアス砦が欲しい理由はまだ分かるが、能無し王子の首が欲しい理由にはピンと来なくてね」
「ヤーム神が欲しているからです」
「ホライアス王国の奉っている神様が、俺の首を欲しているだって? 到底信じられる話じゃないね。悪いが、別の条件を出してくれないか?」

 陛下の首ならともかく、俺の首を手に入れて得られるものなどはない。彼が本心を話す気は分かったので、別の条件を引き出すことにした。
 それに対し、ファンダルは満面の笑みを見せる。

「いいえ、他の条件はありません。ワタクシたちとしては、セス殿下の首を差し出していただくか、砦を落としてからいただくかの違いしかないものでして」
「……なぜ?」
「ヤーム神が欲しておられるからです」

 目を見た限りだが、ふざけているわけではなく、本気で言っているようだ。
 しばし考えた後、予定していた通りに答えた。

「宣戦布告を行うくらいだ。この砦を落とす算段があるのだろう。……少し時間をもらえないか?」
「明日の早朝まで待ちます」
「いや、もう少し……」
「では明日から楽しく殺し合い遊びましょう、セス=カルトフェルン殿下」

 時間稼ぎを行うつもりだったのだが、そんなことは相手にも読めていたのだろう。勝手に時間を決め、ファンダルは立ち去って行った。
 明日の朝から最短で二日間の防衛戦が始まる。そして、ファアル殿下たちの増援を見ても相手が退かなかった際は、王都からの増援が来るまでの泥沼な戦いが開始される。
 俺の予測でしかないが、ファアル殿下がいらっしゃっても、相手に余力が十分残っていれば、撤退するという選択肢は出て来ないだろう。

「尻尾巻いて逃げ帰ったで!」
「うちらの敵やないな!」

 などと頭を抱えているのは俺だけらしい。
 エルフたちは、すでに勝利したかのように喜んでいた。

「気を引き締めないと……」
「任せとき! 明日の早朝には、気合バリバリで戦ってやるで!」
「まぁ、一流の戦士は力を抜くのも一流って言いますからね」

 リックの言葉にジェイも同意を示し、そういうものなのかなぁと、俺も納得するのだった。


 ……そして朝の4時。まだ空が白み始めた時刻に、敵の攻撃は開始された。

「セス殿下、襲撃です」
「マジかよ……」

 瞼を擦りながらも起き上がり、城壁に向かう。睡眠時間は5時間ほどだろうか。とてもとても眠かった。
 欠伸を噛み殺しながら目を凝らすと、確かに戦闘が始まっている。
 ボンヤリ見ていると、エルペルトが笑みを浮かべながら言った。

「しかし、セス殿下の予想通りでしたね」
「……まぁ、早朝と言っただけだからなぁ。こういう可能性もあるだろうなぁと思っていたよ」
「慧眼かと」
「当たってもあまり嬉しくないやつだけどな」

 状況報告を聞くに、彼らは道いっぱいに広がった兵たちを進軍させ、奇襲部隊を森の中へ侵入させたらしい。本命は森に入った部隊のほうだろう。
 だが、森の中には大量の罠が仕掛けられている。そして万全の準備で待ち受けていたエルフの部隊が、雨あられと矢を射ては逃げ去っていた。
 街道を進む部隊については、前のやつらが落とし穴に落ち、止まろうとしたが後ろに押されて止まれず、倒れてぐしゃぐしゃになっているらしい。被害も大きいらしいが、こんな時代だ。戦をする以上、仕方のないことだろう。

「敵味方ともに犠牲は減らしたいと思っているが、多少はどうしようもないな」
「門の外に出て弓矢を射れば、さらに混乱させられると思いますが?」

 エルペルトの言葉へ首を横に振る。

「この先、どこに罠が仕掛けられているか分からない。そう思わせることが大事なんだ。なんせ、罠があるのは前だけだからな。逃げ道は開けている」
「あくまで撤退させようというお考えなのですね」
「もちろん。何千の兵を連れてきたのか知らないが、さっさと帰ってもらいたいね」

 噂では、たった数百のオリアス砦を落とすために万を率いているという話もあるが、さすがにそこまでの過剰戦力は連れて来ていないだろう。立地上、数が多ければ勝てるというわけでもないしな。
 とりあえず、初戦はこちらの勝利。だがこのまま初日が終わるはずもなく、相手が立て直してからを考えれば憂鬱で仕方なかった。
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