ヤンキーは異世界で精霊に愛されます。

黒井 へいほ

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4巻

4-3

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 大精霊たちの話を聞きながら、俺は鉄パイプを強く握る。チビ共もノリノリだろうと思って目を向けてみれば、なぜか震えていた。

「チビ?」

 声を掛けると、震えながらしがみ付いてくる。今までになかったケースだ。
 もしかして、そんなにやべぇ奴なのか?
 チビ共の様子を見て、気を引き締め直す。どうやら俺が思っているほど単純なことじゃねぇみたいだからな。
 話を聞いた王様おっさんは、ひげをいじりつつ頷いた。

「しかし、まずいことになっている。精霊の森には魔力が満ちていた。状況からして、それを魔王が吸ったことは間違いない。……ならば、奴は我が国に伝わっている話とは比べ物にならないほど、強い力を手に入れたということだろう」
「だから土の大精霊はわらわたちを集めたのだろう? 全ての者が力を合わせなければならないということだ、国王よ」
「あぁ、分かっている。我々人間も全力を尽くそう。世界を守るためだ」

 ぶるり、と身が震える。この世界の全てが力を合わせ、魔王を倒す。おとぎ話やゲームのような状況。想像するだけでこうようするのが分かった。
 ――やってやらぁ!
 バシッと拳を手の平に打ち付け、チビ共に力こぶを見せる。
 しかし、そんな俺の服が引っ張られた。風の大精霊のばばあだ。

「零、ちょっとこっちにこい」
「あぁ? 今は話の最中だろうが」
「分かっておる。じゃが、大事な話があるんじゃ。わしについてこい。精霊たちはそこで待っておれ」
「……んだよ」

 全員やる気になっている中、俺だけが風のばばあに引っ張られて部屋の隅へ連れて行かれる。また説教か?
 そんな風に思っていたが違うらしい。風の大精霊は怒っている様子でも悲しんでいる様子でもなく、真剣な表情。とても、とても大事な話をすることが分かった。

「……なんかあるんだな」
「うむ。まず、わしら大精霊の力をお前に貸す。鉄パイプを出せ……なぜ鉄パイプなんじゃろうなぁ」

 今さらそんなこと言われても困るんだが、俺はとりあえず言われるまま鉄パイプを渡した。
 風の大精霊は目をつむり、鉄パイプを握りながらぶつぶつと呟く。すると、ぽうっと鉄パイプが光を帯びた。
 綺麗だなぁとぼんやり見ていたら、風の大精霊が俺に鉄パイプを差し出す。どうやら終わったみてぇだ。
 受け取った鉄パイプを振ってみる。うーん、特に変わった感じはしねぇがなぁ。
 何が変わったのかくまなく調べていると、風の大精霊がうんうんと頷いた。

「よいか。お主は仲間に触れることで自身の大精霊の力を貸し、触れた者の魔法力を強化することができるな? 今、儂らの力を鉄パイプに託した。これで、お主は今までを遥かにしのぐ力を仲間に貸せるようになったのじゃ」
「へぇー」
「そしてもう一つ、切り札を授けた」
「必殺技みてぇのか? いいじゃねぇか!」

 俺はニヤニヤしていたのだが、風の大精霊は難しい表情をしている。暗いような、悲しいような、複雑な顔だった。
 どうしてそんな顔をしてるんだ? 聞こうと思ったが、なぜか言葉が出てこない。聞いたら後悔する。そんな風に感じた。
 しかし、風の大精霊は覚悟を決めたように俺の顔を見て――告げた。

「その力には代償がある。それは……」

 風の大精霊との話が終わり、俺たちは祭壇の前に戻った。
 すぐにパタパタとグス公とリルリ、チビ共が近づいてくる。
 だが、俺はさっきの風の大精霊と同じく、複雑な表情をしていたと思う。
 それに気づいたのだろう、グス公は首を傾げ笑いかけてきた。

「どうしたんですか? 変な顔してますよ?」
「いや、別に……」
「相談なら僕が聞こう」
「リルリ、ちゃっかり点数を稼ごうとしないでください!」
「……ははっ、お前らうるせぇよ」

 普段なら頭を小突くか、鼻で笑って無視しただろう。
 しかし今の俺にはそれができず、引きつった笑いを浮かべるだけだった。
 見る見るうちに二人の顔が曇っていく。
 それには気づいていたが、俺はまだ何か言いたそうな二人ではなく、チビ共に目を向けた。

『大丈夫? どうしたの?』

 皆、そんな感じの顔をしている。気のいた言葉でも言えれば良かったんだが、何も出てこねぇ。
 ――いや、それじゃあ駄目だ。
 俺は両手で頬をパーンッと叩いた。チビ共に不安そうな顔をさせたらいけねぇ。気合いを入れ直し、俺は笑顔を作った。

「別になんでもねぇ! で、これから俺たちはどうすんだ?」

 土の大精霊は俺を振り返り、力強く頷いた。

「うむ、それについて話し合っていたところがな」
「おう、魔王をぶっ飛ばすんだろ?」
「失礼いたします!」

 今後の方針を聞こうとしたとき、会話が遮られる。
 慌てて転がりこんできたのは、一人の兵士だった。顔は真っ青で、明らかに異常。俺たちは言葉を交わさずとも、何かが起きたことを察する。
 不安を抱きながら顔を見合わせていると、王様おっさんが兵士に問いかけた。

「どうした? ここは立ち入りを禁じているはずだ」
「も、申し訳ありません! ですが、その……いえ、外に出て空を見てください!」
「空を……?」

 言葉では伝わらない。兵士の青ざめた顔がそう言っている。
 俺たちは兵士の伝える異常を知るために、急ぎ祭壇の間を出て空が見える場所へ向かった。
 城のバルコニーみたいな場所に辿たどり着いた俺たちは、兵士の言葉の意味をすぐに理解することとなる。

「んだ、これはよぅ……」

 思わずうめくように声が出る。
 それは他の面々も同じらしく、驚きつつも渋い顔で空を眺めていた。
 空は黒く染まり、陽が消えている。暗雲が渦巻き、辺り一帯の空を覆っていた。
 そこにあるのは、巨大な黒い穴。


 そして城を囲むよう遥か遠方にそびえ立つ、空と地面を繋ぐ四本の黒い柱。
 見ても、一体何なのか分からず戸惑っていると、黒い穴から声が響いた。

『聞け、生きとし生けるものよ。これよりオレは全ての存在へふくしゅうを始める。服従などは求めていない。生きるためにあらがえ、苦しめ。……そのことごとくをつぶし、滅ぼすことを誓おう。オレは魔王アビス。この世の全てを消し去る者なり』

 魔王アビス――その暗く重い言葉に身震いする。ただ声を聞いているだけなのに、体の震えが止まらねぇ。
 魔王アビスはそれ以上は何も話さなかった。伝えるべきことは伝えたということだろう。
 そして声がやんだ途端に、黒い穴から精霊の森で見た黒い犬が大量に落下してくる。
 空から降り注ぐ黒い雨にも見える、おびただしい数の黒い犬。
 さっきの魔王の言葉は嘘ではなく、事実なのだと告げているようだった。
 震えを抑えるために、歯をみ締める。
 チビ共を守るための戦いが、俺たちの最後の戦いが幕を開けた。



 第四話 ……別に何も言われてねぇし


 全員が空を呆然と眺める中、俺はディーラをつかみ、上空へ放り投げた。

「行くぞ!」
「――うむ、乗れ!」

 ディーラはまたたく間に空中で巨大化する。その背中に俺は飛び乗り、少し遅れて四人も慌てながら続いた。
 悩む必要はねぇ。せっかく魔王が自分から出てきてくれたんだぞ? このまま普通にぶっ飛ばして終わりだ!
 手の平を拳でパーンッと叩く。足元、体、肩にくっついているチビ共は今も不安そうにしているが、俺は指先で頭をでてやった。
 余計なことを考えるな。ぐ突っ込んで、ぶん殴って帰る。それだけでいい。
 そう、それだけでいいんだ。
 頭をぶんぶんと振り、空の黒い穴を睨みつけていると、マントが少しだけ引っ張られた。

「あぁ?」
「あの、零さん?」
「……グス公か。変な顔してねぇで気合い入れろ!」
「変な顔なんてしていません! じゃなくてですね、作戦とかはいいんですか? いつもは色々考えるじゃないですか」

 確かにグス公の言う通りだ。何も考えず突っ込むってのは危ねぇと思う。
 ……だが、シンプルでいいじゃねぇか。ぶっ飛ばしてやろうぜ!
 俺は握った拳を見せつけ、任せろとアピールする。
 だがグス公は、俺の頬を痛いくらい引っ張った。

「おかしいですよ! 突っ込むのはいいです! 何も考えていなくてもいいです! でも、今の零さんは変です。なんであせっているんですか? 早く終わらせようとしているような……」

 ギクリとして、目をらす。こいつ、俺の様子が変だって気づいてるのか? どんだけ俺のこと見てんだよ。
 確かにグス公の言う通り、あせっている。早く終わらせたいとも思っているし、余計なことを考えないようにもしていた。
 だけど、それは悪いことじゃねぇだろ?
 いつものようにチビ共を見ると、グス公と同じくジトッとした目で俺のことを見ていた。お、おいやめろ!
 全部見抜かれているような目。ついされちまったが、目に力を入れてグス公を見返した。はっ、こうすりゃビビって目をらすのは分かってんだぞ?

「零さん!」

 そう思っていたんだが、グス公は俺の頬に両手を添えて、ぐ目を見続けた。
 隠していることを話してくれないなら、絶対に放さない――俺の顔を強く挟む手には、そんな意思がめられていた。
 やべぇ、目をつむったほうがいい。顔が押さえられているので、目だけを閉じようとする。
 しかし、後ろに回り込んでいた奴が俺の目を無理やり開けさせた。

「おい、リルリ!」
「いいから話せ。何か隠しているのは、僕たちみんな気づいているんだぞ? 風の大精霊に何を言われたんだ」
「……別に何も言われてねぇし」
「話はそこまでだ。突っ込むぞ」

 ディーラに言われ、渋々二人が俺を解放する。
 やべぇ、危うく話しちまうところだった。
 それにしても、タイミングが良すぎる。ディーラは風のばばあが俺に言ったことを知ってるんじゃねぇか?
 目を見て確認しようとしたが、ここからでは表情が分からない。ディーラは黒い穴だけを見据えており、他は眼中にないようだった。
 ……まぁいい、そんなことは全部置いておこう。
 もう目の前には黒い穴。俺は鉄パイプを強く握り、立ち上がった。ぶっ壊してやらぁ!

「行くぞおらぁ!」

 掛け声とともにディーラの背から飛び、黒い穴目掛けて鉄パイプを振る。
 ……だが、ガギッと鈍い音がして跳ね返された。
 黒い穴を叩いた感触じゃない。あの割れるような感じではなく、その手前の何かにぶつかって弾かれたみてぇだ。

「な、おいこら、え、はああああああああああ!?」

 俺の予定では、黒い穴をぶっ叩く、砕ける、魔王が出てくる、ぶん殴る、と、こうなるはずだった。
 しかし、俺の体は落下している。落ちながら腕を組み考えていると、何かにぶつかった。

「いてっ」

 ああ、ディーラが俺を受け止めてくれたのか。
 体を起こしてディーラの背中に座り直すと、アマ公が声をかけてきた。

「大丈夫か?」
「お、おう。なんだ今のは?」
『結界じゃ』

 アマ公に答えていると、鉄パイプが急に話しだす。想像していなかったところから声がして、慌てちまった。しかも聞き覚えのある説教臭い声だ。

『誰が説教臭いばばあじゃ!』
「なんも言ってねぇだろうが!」
『はいはい、二人共落ち着け。わらわの声が聞こえているな?』

 水の大精霊の声だ。こいつの声を聞くと、妙にドキッとする。俺は少しだけ鉄パイプを体から離した。
 どうやら鉄パイプは大精霊四人と繋がってるみてぇだな。電話に似てるが、恐らくさっきばばあがなんか仕掛けたんだろう。
 まさか、鉄パイプを通じて俺の心も読めるのか? おいおい、勘弁してくれよ。
 ……って、今はそれどころじゃねぇ。一番の問題は黒い穴をぶっ壊せなかったことだ。

「今、黒い穴を……」
『分かっておる、分かっておる。どうやら結界か何かが張られているようだ。先程叩いたときに、四本の黒い柱が反応していた。あの柱を壊せば黒い穴に届くと、わらわは推察するぞ』
「ちっ、面倒くせぇ。どうにかならねぇのか?」
『ならんがな。黒い柱を壊すのも大事だが、落ちて来ている獣の対処も大変がな。国王も伝えたいことがあるらしいから、一度城に戻るがな!』

 土の大精霊までキャンキャン騒ぎやがる。
 ……仕方ねぇか。俺はもう一度黒い穴を睨みつけ、城へ戻ることにした。


 城の中は大騒ぎだ。慌ただしく色んな人が動いている中、俺たちは王の間へ向かった。
 鎧をガシャガシャと鳴らしながら、兵士たちは入れ替わり立ち替わり目まぐるしく王の間にやってくる。
 俺たちの姿に気づいた王様おっさんは、すぐに手招きして呼んだ。

「来たか。かなり厄介なことになっている」
「みてぇだな」
「うむ。四本の柱を破壊しなければならないことは大精霊から聞いた。しかし、申し訳ないが、我が国はあの魔物への対処に手一杯で、柱の破壊に人員を割く余裕はない。それに、大精霊によれば柱を壊せるのは零だけということだ」
「つまり、俺たちがあの柱をなんとかすりゃいいんだろ?」
「そうなってしまう。この世界のため、力を貸してもらえぬか?」

 俺は無言で頷いた。王様おっさんに頼まれなくてもやるつもりだったからな。
 しかし、これを言うために呼び出したのか? だったら、あのまま柱に向かっても良かったと思うんだが……。
 不思議に思っていると、王様おっさんが続けて指示を出す。

「もう一つ。アマリス、お前はここに残ってもらう」
「はっ! ……は? お、お待ちください。この馬鹿……失礼。この者たちだけでは不安です。私も柱の破壊に同行すべきだと思います」

 今、明らかに俺を指差して馬鹿って言ったよな?
 だが、今は緊急事態だし、いつものノリで言ったことも分かってる。ギリギリで耐えて口を出さずに済んだ。
 ひざまずいた状態で、胸に拳を当てて意見したアマ公に、王様おっさんは力なく首を横に振った。
 王女に危険なことはさせられない。そう考えているのかもしれねぇが、俺たちにはアマ公の力が必要だ。それに、またグス公のことは放置するつもりか?
 嫌な気分になっていると、王様おっさんがため息をついた。

「誤解しているようだな。アマリスが第一王女だからここに残るよう言っているわけではない。王国を守る兵の指揮をる者が足りないのだ。騎士団長であるアマリスなしではどうしても、な」
「……分かりました。では、私は兵を率いて王国を守ります」

 気持ちを切り替えたのだろう。アマ公は、胸中はともかくビシッと立ち上がった。
 しかし、俺たちはそうはいかねぇ。アマ公は大事な仲間であり、心強い味方だ。一人欠けるだけで、俺たちの戦力はがた落ちだからな。
 なのに、「仕方ない」――そんな言葉が頭に浮かぶ。
 仕方ない、仕方ない、仕方ない。何もかもが仕方ないで片付けられちまう。
 口の中で歯を強くみ締めてうつむくと、ぴょんぴょん飛び跳ねているチビ共が目に入った。
 俺と目が合ったチビは、面白い顔をしながら胸を叩いている。
 なんだそれ、ゴリラみてぇじゃねぇか。
 元気づけようとしてくれてるのかと思い、俺も小さく胸を叩く。
 しかし、チビ共は首を横に振り、同じ動作を続けた。
 ……ゴリラ? ゴリラが一体なんだってんだ? 俺の知り合いにゴリラなんて……ゴ、ゴリラ!?
 一人だけ思い当たり、苦笑しちまった。

「は、ははっ、冗談だろ?」

 チビ共の言いたいことは分かったが、俺はないないと手を振る。
 だがチビ共はふざけているわけではないらしく、何度も繰り返し同じ動作を続けた。えぇ、まじかよ……。
 チビ共はいつだって正しいし、疑う必要なんてない。だから、これも間違ってねぇ。間違ってねぇ……んだよな?
 俺のことをグス公たちが首を傾げながら見ている。物凄く悩んだが、なんとも言えない気持ちのまま、ゆっくりと片手を上げた。

「あー、ちょっといいか?」
「言いたいことは分かっている。だが私は王国を守る騎士たちの団長。すまないが――」
「いや、そうじゃねぇんだ」

 躊躇ためらっている気持ちが俺の態度に出てたんだろう。アマ公たちはさらに首を傾げる。
 だが、俺も首を傾げたかった。
 本当にか? 本当に言うのか? 言うと決めたはずなのに、何度も自問自答する。
 しかしチビ共が頷いているので、俺は重い口をなんとか開けた。

「アマ公の代わりができる適任者が一人いる……と思う」
「代わり? そんな都合のいい人物はいない。というか、なぜお前はそんなに言いにくそうにしている」
「まぁ……」

 言うぞ、チビ共を信じて言うぞ! よし、言う! 言え!
 ぐっと拳に力を入れたとき、リルリが俺の代わりに呟いた。

「まさか、ゴムラス?」

 とても小さな声だったのに聞き逃した奴はいなかったらしく、全員がまじまじと俺を見ていた。
 言ったのは俺じゃなくてリルリだけどな!



 第五話 殴られたら殴り返すもんじゃねぇのか!


 暗い階段を下り、じめじめした空間に辿たどり着く。そこは石壁で囲われ、格子でへだてられた部屋がいくつもあった。……まぁ地下牢ってやつだ。
 あの後、俺の提案は物議をかもしたが、ゴムラスが力を貸してくれるなら最善でもあるという王様おっさんの言葉で、一度話をしてみることになった。
 そしてその話を聞く人員ってのが、言い出しっぺの俺たちなわけだ。

「無理だと思いますがね……」
「俺もそう思う」

 坊ちゃんの言葉に、即返事をする。
 普通に考えて無理だ。
 だって俺らはゴムラスとあれだけ争った上に、ぼこぼこにしたんだぞ? 国を守るために協力しろなんて言っても、聞くわきゃねぇだろ。
 駄目元、というかほぼ駄目。そんな風に思っていると、前を歩いていたアマ公の足が止まり、俺たちも立ち止まった。

「ついたぞ、この中にいる」

 アマ公の背から顔をのぞかせ、牢屋の中を見る。簡素なベッドに腰かけ、身じろぎ一つしないゴムラスの姿が見えた。若干だがやつれたようにも思える。
 無言で眺めていると、背中を四人に押された。
 おい、待て。俺が話すのか!?
 あせって無理無理と手を動かしたのだが、ドンッと突き飛ばされる。格子にぶつかり、ガシャンと大きな音がした。
 くそっ、てめぇら覚えてろよ……!
 目をらしている四人を睨みつけていると、牢屋の中から声が聞こえた。

「これは懐かしい顔ぶれだな。私に一体何の用だ?」
「……久しぶりだな。元気にしてたか?」

 何を言えばいいか分からないまま、とりあえず挨拶をする。
 ゴムラスは俺の言葉を聞き、くっくっくっと笑いだした。
 その態度に若干いらっていると、ゴムラスは立ち上がり格子の前にやってきた。

「用件はなんだ? 刑の執行でも決まったのか?」
ちげぇよ。今ちょっと面倒なことになっててな。力を貸せって言いにきた」
「……王国に反逆した元騎士団長の力を借りる? 面白い冗談だ」

 まったくもってその通りだと頷く。俺だってチビ共が言い出さなかったら、絶対にこんなところには来なかっただろう。
 だが、チビ共はゴムラスの力が必要だと伝えていた。それは今も変わらず、ぴょんぴょん飛び跳ねて訴えている。これだけアピールするからには、何か理由があるはずだ。
 何を言えばいい? 何を伝えれば、こいつは裏切ることなく力を貸す?
 格子に手を掛けつつ悩んでいると、ゴムラスが突如話しだした。

「私は王国のために働こうと騎士になった。才能があったかどうかは分からないが、向いてはいたのだろう。とんとん拍子に騎士団長となった」
「あんだ? 昔語りか? しかも自慢かよ」
「まぁそう言わずに聞け、すぐ終わる」

 遠い昔を思い出すように、ゴムラスは天井を見る。その姿は希望に満ち、瞳も輝いていて、俺たちと対峙していた頃とは違って見えた。
 俺が聞くことにしたのが分かったんだろう、ゴムラスはそのまま話を続けた。

「尊敬する国王、頼りになる仲間。私は恵まれており、このまま城で仕えて一生を終えることに疑いはなく、むしろ望ましいと思っていた」
「……なら、なんであんなことをしでかしたんだ?」

 こいつは一年前に、チビ共を利用して国家を転覆させようと企んだ。
 結局それは俺らによって阻止され、ゴムラスは首謀者の一人として地下牢に入れられたんだが……。
 自分が精霊と国民を管理するとあれほど野望に燃えていたのに、今のゴムラスは何となく後悔しているように見えて、混乱しちまう。
 どうしてあんなことをしでかしたのか、それがさっぱり理解できなかった。
 理由が知りたい。俺は目をつむっているゴムラスの言葉を待った。
 少し、ほんの少し静かな時間が流れる。
 ゴムラスはゆっくりと目を開け、俺を見ながら言った。

「声が聞こえたのさ」
「声?」

 声が聞こえるって、頭でも打ったのか?
 俺が頭の横で指先をくるくる回していると、後ろにいたアマ公に頭を叩かれた。大事な話をしているのだから、ちゃんと聞けってことらしい。確かに今のは俺が悪かった。
 しかしゴムラスはわずかに笑っただけで、そのまま話を続けた。

「暗く重い、地の底から響くような黒い情念のこもった声。それは私に語り掛けた。『本当にいいのか? 今のままでいいのか? 本当はどうしたいんだ?』とな」
「はんっ、つまりよく分からねぇ声に踊らされたわけか」
「言い訳ではないが、最初は無視していた。だが気づけば無視できず、あらがうようになったのだ。その後も毎日毎時毎分毎秒、何をしているときでも声は響き、身も心も何かに汚染されていくみたいだった。……そしていつしか、声の通りに動いてしまったのだ」

 洗脳、という言葉が頭をよぎる。それが今は解けたということか?
 き物が落ちたようなゴムラスの様子を見る限り、今の話は事実だろうと思えた。

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