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第三章 エルフの里
25話 罪なき者が犠牲になること
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腹には穴が空いている。中身もボロボロで助かる見込みはない。
まだ彼の鼓動が止まっていないのは、マーシーの回復魔法で死を遅れさせているからに他ならない。
残り僅かな時間。ローランはクルトへと語り掛ける。
「目的は分かった。エルフと他種族の関係を改善することだ。自分たちに倒せない魔族らしき相手を、他種族と協力して倒す。それは大きな転機になるはずだ」
エルフの長であるクルトは、里で最高の権力者だ。しかし、彼が他種族と仲良くしろと言っても、それに従わない者たちもいる。このような強硬策に出ざるを得なかったところに、クルトの苦悩が感じられる。
クルトは痛みに堪えながら、ローランへと答えた。
「本来はもう少し準備を要するつもりだったが、都合良い相手が見つかったのでな。計画を早めさせてもらった」
都合良い相手がローランであった理由は明白であり、歯ぎしりをしながらローランは言う。
「すまない。それは間違いだ。俺は勇者ではない。その替え玉だ」
勇者が現われ、エルフと共に困難を打ち破った。
そんな理想的な展開ではないことへ、クルトが命を賭けてしまったことに申し訳なさを覚えているのだろう。ローランの顔は苦し気に歪んでいた。
しかし、クルトは言う。
「お前が偽者なことは知っていた。だが、だからこそお前を選んだのだ」
「知っていた、のに……?」
「勇者は特別な存在だ。勇者に救われても、それは他種族に救われたことにはならない。もしそう考えられていたのであれば、前の勇者が現われたとき、エルフは門戸を開いていただろう」
勇者に救われても変わらない。だが、勇者ではないただの他種族に救われれば?
自分たちだけでは乗り越えられないものも、協力すれば乗り越えられる。その考えこそが、クルトの望んだものだった。
クルトは深く息を吐く。目は虚ろで、すでになにも見えていない。
「私が死ねば、守旧派は力を弱める。逆に、改革派であるレンカたちは力を強める。まだ争いは起こるかもしれないが、いずれ真の勇者が訪れ、問題を解決してくれるはずだ。切っ掛けは作れた」
勇者は運命に導かれて里を訪れ、そして変えてくれる。
今回の一件はその一助になると、クルトは信じていた。
「エルフの長が魔族に殺される。その魔族を、エルフと他種族で討ち取る。私は結末へ辿り着けた。悔いはない」
黒鎧《クルト》は手加減をしていた。追い込みはしたが、勝たないようにしていた。
全て、この時のために。
ずっと違和感のある戦闘だったが、その答えは得た。
後はクルトを見送り、その死を安らかなものにするだけだろう。
――などということを、ローランは認められなかった。
「マーシー! なにかないのか! 助ける方法は!」
「……必要無い」
「黙れ! お前には聞いていない! それに、俺は認めない! レンカに兄殺しの罪を着せることも、里のためにクルトが犠牲になることも許せない! あなたには、何の罪もないじゃないか!」
ローランは普段とは違い、感情的に望みを叫ぶ。何かを変えるために、何かを失う。それは嫌だと子供のように。
ローラン・ル・クローゼーを演じるのでもなく、勇者ローランを演じるのでもなく、ずっと胸の内に秘められていた本当の自分を、ローランは曝け出す。
その叫びは、確かに届いた。
マーシーは躊躇いながら、小さな瓶を取り出す。
「それは?」
「これは世界に数本しかない秘薬だよ。いざというとき、おにいさんを救うためにと預けられてたんだよね」
「渡してくれ」
「でも、これはおにいさんのために――」
パラネスたちが用意し、協力者へ預け、マーシーに託された秘薬。二度と手に入らぬであろう奇跡。とっておきの切り札。
判断がつかず惑っているのを見て、ローランは強く訴えた。
「俺は今、ここで使いたいんだ! 救える者を救わずして、何が勇者の替え玉か! 頼む、マーシー!」
その顔を見て、マーシーから迷いが消える。すぐに秘薬を、ローランへと受け渡した。
ローランは受け取った秘薬を、躊躇わずクルトに使用した。自分が、この死を認められず、この状況を覆したいという我がままを通すために。
その姿を見て、マーシーは顔を綻ばせた。この人に同行することを選んで良かったと。例え替え玉だとしても、ローランもやはり勇者であると、確信と誇りを持てていた。
秘薬の効果は凄まじかった。ギチギチと肉が狭まり、傷が埋まる。クルトは叫び声を上げたが、それも短い時間。瞬く間に治療は完了した。
クルトは塞がった傷跡を撫でながら、唇を噛む。
「私の役目は終わった。生き延びてなにをしろと言うのだ」
「まず、レンカに理由を話してやれ。その後は好きにすればいい」
「助けておいて放り出すのか? 無責任なものだな。恩を売ったのだ。仲間になれとでも要求すればいい」
クルト・エドゥーラの力は強い。正面から戦えば、魔剣を解放したアリーヌにも並ぶ。世界でも有数の実力者であり、その力は普通に考えれば喉から手が出るほどに欲しい。
しかし、ローランは鼻を鳴らした。
「あなたのやったことは、理解はできるが気に入らない。そんなやつへ、仲間になれなどと言うつもりはない。だから、仲間になりたければ勝手に追って来い」
行き場が無いのであれば仲間にしてやらないこともない。
ローランの傲慢な物言いに、クルトは腹を抱えて笑っていた。
クルトはレンカと話しをし、里のことを託して姿を消す。
ローランは森の外にいた協力者と連絡を取り、真の勇者であるエリオットに里を訪れてくれるように頼んでおいた。一ヶ月ほど後になるだろうが、そのときに里の問題は正しく解決されるだろう。
勇者の行き先を選ぶことが正しいのかは分からない。だが、ローランにはそうしてもらいたいという強い思いがあり、連絡することを決めていた。
里への滞在を断り、3人は森を出る。疲れはあったが、できるだけ早く立ち去りたい気持ちが勝っていた。
重い体を引きずり、どうにか近くの街の宿を取れば、3人は疲労からベッドに倒れ込んだ。
うつぶせのままアリーヌが言う。
「エルフが得意とする隠蔽で、魔法陣を隠してあったのズルいっしょ。正面からやればわたしのほうが強いのにさ」
「見抜けなかった君が悪い」
「それはそう」
言い返す元気も無く、理性的な言葉でもない。つまり、これはただ愚痴っているだけだった。吐き出せば多少はスッキリする。そういうやり取りだ。
次に、マーシーが口を開く。
「レンカさんに挨拶とかしなかったけど良かったの?」
「彼女と話すべきだったのはクルトで、我々ではない。それに、感謝されても困る。もっと早く気づけていれば、あんなに大きな問題とはならなかった」
「黒鎧がクルトだったのはいつ気づいたの?」
「怪しんではいたが、確信を持ったのはレンカの泣き顔を見たときだ。不甲斐ない話さ」
ローランが悔やんでいるのには、他にも様々な理由がある。
例えば、家を離れたことで自我が強くなり始めていることだ。勇者ローランを演じなければならないのに、それができなくなっている。
思うままに助け、思うままに動く。人間らしさを取り戻したのは良いが、勇者の替え玉としては疑問を覚えていた。
「でも、ローランは勇者だったね。誰よりも早く、クルトを助けに飛び込んだもの」
「それは……どうだろうか」
アリーヌの言葉へ、ローランは眉根を寄せる。
「おにいさんはさ。素のほうが勇者らしいんだよね。根がいい人だからさ」
「自分ではそう思えないが、マーシーが言うのなら、そうなのかもしれないな」
「わたしが言ったときは否定しようとしたよね!? 仲間の扱いに差があるのは良くないんじゃない!?」
不満を訴えたアリーヌは、立ち上がってローランに近づく。
だが、寝息が聞こえて来たことで、目を瞬かせた。
ローランは無防備に眠っていた。これまではどれほど疲れていたとしても、このような姿を見せたことはなかった。
信頼されていることを理解した2人も、各々が眠りにつく。
ローランが本来の自分を取り戻し始めていることに、どこか安心を覚えながら。
こうして、後のことは真の勇者へ託す形で、エルフの里での一件は終わりを迎えた。
まだ彼の鼓動が止まっていないのは、マーシーの回復魔法で死を遅れさせているからに他ならない。
残り僅かな時間。ローランはクルトへと語り掛ける。
「目的は分かった。エルフと他種族の関係を改善することだ。自分たちに倒せない魔族らしき相手を、他種族と協力して倒す。それは大きな転機になるはずだ」
エルフの長であるクルトは、里で最高の権力者だ。しかし、彼が他種族と仲良くしろと言っても、それに従わない者たちもいる。このような強硬策に出ざるを得なかったところに、クルトの苦悩が感じられる。
クルトは痛みに堪えながら、ローランへと答えた。
「本来はもう少し準備を要するつもりだったが、都合良い相手が見つかったのでな。計画を早めさせてもらった」
都合良い相手がローランであった理由は明白であり、歯ぎしりをしながらローランは言う。
「すまない。それは間違いだ。俺は勇者ではない。その替え玉だ」
勇者が現われ、エルフと共に困難を打ち破った。
そんな理想的な展開ではないことへ、クルトが命を賭けてしまったことに申し訳なさを覚えているのだろう。ローランの顔は苦し気に歪んでいた。
しかし、クルトは言う。
「お前が偽者なことは知っていた。だが、だからこそお前を選んだのだ」
「知っていた、のに……?」
「勇者は特別な存在だ。勇者に救われても、それは他種族に救われたことにはならない。もしそう考えられていたのであれば、前の勇者が現われたとき、エルフは門戸を開いていただろう」
勇者に救われても変わらない。だが、勇者ではないただの他種族に救われれば?
自分たちだけでは乗り越えられないものも、協力すれば乗り越えられる。その考えこそが、クルトの望んだものだった。
クルトは深く息を吐く。目は虚ろで、すでになにも見えていない。
「私が死ねば、守旧派は力を弱める。逆に、改革派であるレンカたちは力を強める。まだ争いは起こるかもしれないが、いずれ真の勇者が訪れ、問題を解決してくれるはずだ。切っ掛けは作れた」
勇者は運命に導かれて里を訪れ、そして変えてくれる。
今回の一件はその一助になると、クルトは信じていた。
「エルフの長が魔族に殺される。その魔族を、エルフと他種族で討ち取る。私は結末へ辿り着けた。悔いはない」
黒鎧《クルト》は手加減をしていた。追い込みはしたが、勝たないようにしていた。
全て、この時のために。
ずっと違和感のある戦闘だったが、その答えは得た。
後はクルトを見送り、その死を安らかなものにするだけだろう。
――などということを、ローランは認められなかった。
「マーシー! なにかないのか! 助ける方法は!」
「……必要無い」
「黙れ! お前には聞いていない! それに、俺は認めない! レンカに兄殺しの罪を着せることも、里のためにクルトが犠牲になることも許せない! あなたには、何の罪もないじゃないか!」
ローランは普段とは違い、感情的に望みを叫ぶ。何かを変えるために、何かを失う。それは嫌だと子供のように。
ローラン・ル・クローゼーを演じるのでもなく、勇者ローランを演じるのでもなく、ずっと胸の内に秘められていた本当の自分を、ローランは曝け出す。
その叫びは、確かに届いた。
マーシーは躊躇いながら、小さな瓶を取り出す。
「それは?」
「これは世界に数本しかない秘薬だよ。いざというとき、おにいさんを救うためにと預けられてたんだよね」
「渡してくれ」
「でも、これはおにいさんのために――」
パラネスたちが用意し、協力者へ預け、マーシーに託された秘薬。二度と手に入らぬであろう奇跡。とっておきの切り札。
判断がつかず惑っているのを見て、ローランは強く訴えた。
「俺は今、ここで使いたいんだ! 救える者を救わずして、何が勇者の替え玉か! 頼む、マーシー!」
その顔を見て、マーシーから迷いが消える。すぐに秘薬を、ローランへと受け渡した。
ローランは受け取った秘薬を、躊躇わずクルトに使用した。自分が、この死を認められず、この状況を覆したいという我がままを通すために。
その姿を見て、マーシーは顔を綻ばせた。この人に同行することを選んで良かったと。例え替え玉だとしても、ローランもやはり勇者であると、確信と誇りを持てていた。
秘薬の効果は凄まじかった。ギチギチと肉が狭まり、傷が埋まる。クルトは叫び声を上げたが、それも短い時間。瞬く間に治療は完了した。
クルトは塞がった傷跡を撫でながら、唇を噛む。
「私の役目は終わった。生き延びてなにをしろと言うのだ」
「まず、レンカに理由を話してやれ。その後は好きにすればいい」
「助けておいて放り出すのか? 無責任なものだな。恩を売ったのだ。仲間になれとでも要求すればいい」
クルト・エドゥーラの力は強い。正面から戦えば、魔剣を解放したアリーヌにも並ぶ。世界でも有数の実力者であり、その力は普通に考えれば喉から手が出るほどに欲しい。
しかし、ローランは鼻を鳴らした。
「あなたのやったことは、理解はできるが気に入らない。そんなやつへ、仲間になれなどと言うつもりはない。だから、仲間になりたければ勝手に追って来い」
行き場が無いのであれば仲間にしてやらないこともない。
ローランの傲慢な物言いに、クルトは腹を抱えて笑っていた。
クルトはレンカと話しをし、里のことを託して姿を消す。
ローランは森の外にいた協力者と連絡を取り、真の勇者であるエリオットに里を訪れてくれるように頼んでおいた。一ヶ月ほど後になるだろうが、そのときに里の問題は正しく解決されるだろう。
勇者の行き先を選ぶことが正しいのかは分からない。だが、ローランにはそうしてもらいたいという強い思いがあり、連絡することを決めていた。
里への滞在を断り、3人は森を出る。疲れはあったが、できるだけ早く立ち去りたい気持ちが勝っていた。
重い体を引きずり、どうにか近くの街の宿を取れば、3人は疲労からベッドに倒れ込んだ。
うつぶせのままアリーヌが言う。
「エルフが得意とする隠蔽で、魔法陣を隠してあったのズルいっしょ。正面からやればわたしのほうが強いのにさ」
「見抜けなかった君が悪い」
「それはそう」
言い返す元気も無く、理性的な言葉でもない。つまり、これはただ愚痴っているだけだった。吐き出せば多少はスッキリする。そういうやり取りだ。
次に、マーシーが口を開く。
「レンカさんに挨拶とかしなかったけど良かったの?」
「彼女と話すべきだったのはクルトで、我々ではない。それに、感謝されても困る。もっと早く気づけていれば、あんなに大きな問題とはならなかった」
「黒鎧がクルトだったのはいつ気づいたの?」
「怪しんではいたが、確信を持ったのはレンカの泣き顔を見たときだ。不甲斐ない話さ」
ローランが悔やんでいるのには、他にも様々な理由がある。
例えば、家を離れたことで自我が強くなり始めていることだ。勇者ローランを演じなければならないのに、それができなくなっている。
思うままに助け、思うままに動く。人間らしさを取り戻したのは良いが、勇者の替え玉としては疑問を覚えていた。
「でも、ローランは勇者だったね。誰よりも早く、クルトを助けに飛び込んだもの」
「それは……どうだろうか」
アリーヌの言葉へ、ローランは眉根を寄せる。
「おにいさんはさ。素のほうが勇者らしいんだよね。根がいい人だからさ」
「自分ではそう思えないが、マーシーが言うのなら、そうなのかもしれないな」
「わたしが言ったときは否定しようとしたよね!? 仲間の扱いに差があるのは良くないんじゃない!?」
不満を訴えたアリーヌは、立ち上がってローランに近づく。
だが、寝息が聞こえて来たことで、目を瞬かせた。
ローランは無防備に眠っていた。これまではどれほど疲れていたとしても、このような姿を見せたことはなかった。
信頼されていることを理解した2人も、各々が眠りにつく。
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