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第一章
2-1 勇者は優しい
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今後の予定といっても、いくつかの村や町を経由し、暗黒大陸へ渡る手段のある要塞都市へ向かう。それだけだ。
ついでに陛下たちに伝えるよう言われていたことも、勇者様へ伝える。
「ちなみにヘクトル様は先に出立しています。要塞都市でモンスターたちの侵攻を止められるそうです。勇者のフリをすることで、陽動も兼ねると仰っておりました」
「ヘクトル殿下……」
勇者様は心痛な表情を見せていたが、その必要はあまり無いだろう。
なんせヘクトル様は、「くっくっくっ、やっと出陣が許されたな! 魔族やモンスターたちを地獄に落としてくれるわ!」と、やる気満々で悪役みたいな台詞を吐いていた。
もしかしたら辿り着くころには暗黒大陸まで侵攻を果たしており、魔王を打ち取っているかもしれない。……本当にあり得そうだ。ぜひ、そうしてもらいたい。
まぁそんな希望的観測を交えた会話をしていると、勇者様が眉根を寄せた。
「ねぇ、ラックスさん」
「どうしました?」
「なぜそんなに大きな鞄を持っているの?」
彼女の問いに対して、俺はニヤリと笑った。
「実は、うちの実家は道具屋なんです。この鞄の中には、旅で使えそうな物が詰め込まれております! なんでもお任せください!」
自信満々に告げたのだが、なぜか勇者様は苦笑いを浮かべた。
「うん、そういう意味じゃなくてね? ほら、わたしはマジックバッグを持っているじゃない? 背負って旅をするのは大変だし、中に入れておけばいいんじゃないかな、と思ったの」
「……?」
魔法の鞄ってなんだ? 産まれ落ちたときから道具屋の息子で、今では兵士にまでなっており、道具類には他の人よりも詳しいと自負している。
しかし、マジックバッグなる物については、とんと覚えが無い。どんな鞄なんだ?
首を傾げている俺を見て、勇者様は手をポンッと叩いた。
「そうか、レアなアイテムなのね。……これのことなんだけど」
勇者様は腰に身に着けている、ポーチ程の大きさをした物を、こちらに差し出した。
受け取り、持ち上げてみる。布ではなく皮製品。手が込んでおり、中々の一品。
見覚えの無い皮だが、感触からも上質な皮であると分かる。さて、中は――暗黒だった。
パタリと閉じて、首を左右に振る。それからもう一度開き直し、中を見た。……暗黒だ。
影になっているのでも、暗いわけでもない。
そこには、全てを飲み込もうとする暗黒が納められていた。
「ふぅ……」
「納得してくれた?」
「かなりの一品ですね。旅の資金にしましょう」
「売らないわよ!?」
どうしてそういう考えに至ったのか、と勇者様に問い詰められ、詳しく説明をする。
話を聞いた彼女は肩を竦めた後、手を暗黒に突っ込んだ。
「ゆ、勇者様の腕があああああああああああ!」
「はい」
「無事出てきたあああああああああああああ!」
問題無かったのは良かったが、彼女の手にはなにかが握られている。恐る恐る受け取り、臭いを嗅ぐ。それから一口含んだ。
「……ただの干し肉ですね」
「正解」
勇者様曰く、この暗黒にはどんな物でも入り、取り出すことができるらしい。しかも、新鮮な魚なども鮮度を失わないとか、もう理解不能なアイテムだった。
それとマジックバックではなくダークバックだと主張したい。
しかし、魔王退治の旅に出たのだ。それくらいのアイテムは当然必要だろうし、あの剣や鎧、マント、その他の品々も尋常じゃない物だろう。道具屋の息子としての目利きに間違いはない。
なるほどなぁと頷いていると、勇者様が再度マジックバッグを渡してくる。荷物を入れろ、ということらしい。
「少し時間をもらいます」
「構わないけど、そのまま突っ込めばいいんじゃない?」
「この先、ずっと二人一緒に行動できるとは限りません。ハグれてしまうことだってあるでしょう。……そういった事態を想定して、最低限の荷物は互いに持つ。こうすることで、両者の生存する可能性が上がる、というわけです」
「なるほど、確かにその通りね。さすがラックスさん。わたしみたいな素人とは違うわ」
「いや、そんな褒められるほどのことでは……」
なぜか妙に気恥ずかしく感じてしまい、もごもごと答えてしまう。
勇者様は、自分のことを高く評価してくれている気がする。だがそれは間違いで、俺は大したことができない。だからできることを全力でやろうと決めているだけなのだが……。
まぁ、いいだろう。彼女が嬉しそうにしているのだから、きっとこのままでいいのだ。
大半をマジックバッグに。そして最低限の荷物を自分のバックパックに。
これで良し、と思っていたのだが、なぜか勇者様がバックパックを背負った。
「ちょ、それは自分が持つほうです。これでも兵士ですよ? 鍛えてますから!」
「あぁ、そういうことじゃないわ」
「そういうことではない?」
意味が分からずにいると、彼女は淡々と答えた。
「ラックスさん、道具屋の息子だって教えてくれたじゃない。つまり、わたしよりもずっと、この世界の道具に精通しているということになるわね?」
「えぇ、そうですね」
「ならマジックバッグは、わたしよりもラックスさんのほうが活かせるはずよ。それとこのバックパックは、わたしには少し大きいわね。次の町で買い替えましょう」
「あ、はい」
特に異論もなく、ただ頷くしかない。学生だったというだけあり、勇者様は賢い。理に適った行動を選んでいる、というように思えた。
素直に感心していると、勇者様が腰に手を当て、少し強めの口調で言った。
「それと、勇者様と呼ぶのもやめてね。バレてしまうから」
「あぁ、そうですね。人前では、ミサキ様と呼びます」
「その呼び方は不自然よ」
確かに不自然だ。その通りだと思い、改めて言い直した。
「ミサキお嬢様、のほうが自然でしたね」
「お、お嬢様!? どうしてそうなったの!?」
「主と従者、という分かりやすい形にしてみたのですが……」
よく分からないが、勇者様はお嬢様と呼ばれることが嫌らしい。謝罪すると、そうだけどそうじゃありません! と言われた。難しい。
やはり勇者として召喚される人間は違うのだろう。きっと俺なんかでは理解できないような、深い考えがあるに違いない。説明しても分かりません、って本人も言ってるからな。
多少の弱点などはあるのかもしれないが、あらゆる意味で、ほぼ完成している。それが『勇者』という存在なのだろう。
――そんな考えは、その日の内に覆された。
次の町までは遠く、まだ数日はかかる。
この世界のことなどを話しながら歩いていると、勇者様がなにかに気付いたように、指を一本立てた。
「モンスターを退治しながら進みましょう!」
「不要な戦闘は避けるべきかと思いますが」
「いいえ、不要じゃないわ」
勇者様が眼鏡を押し上げ、陽の光をキラリと反射する。
眩しさに目を細めていると、勇者様が言った。
「わたしには経験が足りない! そして、わたしたちはお互いの能力についても分かっていない! ならば早い内から、互いの力量を知っておくことが最善よ!」
「感服いたしました」
素晴らしいお考えだと、片膝をつき――止められた。一々膝をつくなということらしい。難しいな。
しかし、考えは分かったし、自分も同意したい。
まず俺から、どんなことができるかを説明した。
「自分は、全ての基礎魔法を納めています。ただし中級や上級は使えません。言うまでもないですが、それより上の魔法も一切扱えません」
「すごいわね! 全部納めているの!?」
目をキラキラとさせている勇者様に、少し頭を下げながら告げる。
「いえ、そうでもないです。基礎魔法を納めることは難しいことではありません。全属性というのは珍しいですが、より上の魔法を扱えることのほうが重要視されます」
「……あー、異世界にありがちな偏った考え方ね」
ブツブツと勇者様がなにかを言っていたが、あまり聞こえなかったので話を続ける。
「後は剣、槍、弓、盾。この辺りは基本的に扱えますが、一流というわけではなく――」
全てを伝え終わった後、勇者様は頷いた。
「なるほど。良く言えばオールラウンダー。悪く言えば器用貧乏ということね」
「ぐはっ!」
産まれてから何度同じことを言われたか。実家でも、お前は足りないところを埋められるから便利だなと、便利屋扱いをされていた。兵士となってからも同じだ。前が足りなければ前。後ろが足りなければ後ろ。穴埋めと言えばラックスと頼られていた。
しかし、大事なところは任せられない。
それが俺、ラックス=スタンダードの評価に他ならなかった。
だが、まぁ自分でも理解していることだ。今さら動揺などはしない。額の汗を拭っているのは、ただ兜が暑いからだ。他に理由は無い。
「わたしも先日、剣や魔法を教わったけど、先生方曰く「力業で押し切っている」という評価だったわ。つまり、細かい使い方がなっていないみたい」
勇者様が肩を落とし、俺も肩を落とす。
平兵士と新米勇者。前途は多難だった。
しかし、それならば俺でも力になれるかもしれない。なんせ、あらゆる基礎なら自信がある。一人前にはなれないが、一流の半人前だ。
良い方法は無いかと考えていたら、先に勇者様が口を開いた。
「とりあえず、この辺りにお手軽なモンスターとかはいたりする?」
「います。コブリンです」
「そうよね、そんな都合よく……いるの!?」
自分で聞いておきながら驚く勇者様。
そりゃここら辺は最前線からは程遠い。強いモンスターが、前線を抜けるなどということは許されない。見逃されるのは、弱いやつだけだ。そしてそれも、前線から離れれば離れるほど駆逐されていく。
つまり、ここら辺に出現するのは、基本的にかなり弱いモンスターだけだった。
「それでゴブリンといったらあれよね? ファンタジーでは定番のやつでしょ?」
「ふぁんたじーとはなにか分かりませんが、ゴブリンではなくコブリンです」
「でかい鼻、緑色の肌、小さな体……コブリン?」
「はい、コブリンです」
勇者様が首を傾げているので、軽く説明をさせてもらうことにした。
「コブリンとは、ゴブリンよりさらに小さな体をしており、凶悪な顔をしたゴブリンの子供、といった見た目をしています」
「凶悪な顔!? 子供みたいな体型なのに!?」
「知能は低く、人を見れば襲い掛かります。なんなら、馬に似た岩があれば、それにでも襲い掛かります」
「それはもう頭じゃなくて目に問題があるんじゃないかしら……」
「後、弱いです。とても弱い。簡単に倒せます。ゴブリンの子分にされるモンスター。それがコブリンです」
「な、なるほど」
大体の説明を終え、手頃な場所にコブリンがいないかを探す。もちろん、ゴブリンの子分にされていないやつを、だ。ゴブリンまで一緒に襲って来たら、かなり面倒なことになってしまう。
そして都合よく、草むらで寝転がっている、無警戒で脳みそ空っぽなコブリン五体を発見。木の陰に隠れながら、コブリンを指差した。
「あれがコブリンです」
「す、すごく怖い顔してない? 本当に弱いの? 嘘でしょ? あれ、狂犬とかそういう類のあれじゃない? 病気にならないかしら?」
「大丈夫です。蹴りでもくれてやれば、球のように転がります。よく子供のころ、コブリン蹴りをしたものです」
「なにその物騒な名前の遊び!?」
割とポピュラーな遊びだと思うのだが、勇者様の世界にはコブリンがいなかったらしい。あの楽しさを知らないのは可哀想だが、代わりに「さっかー」という遊びがあったようだ。
上半分が白で、下半分が黒の球を蹴る遊びを想像しつつ、コソコソとコブリンへ近づく勇者様を見守る。
コブリンたちは鈍いので、接近には気付いていない。……気付かれたところで、大した問題ではないが。
そして恐らく宝剣、と呼ぶに相応しいであろう逸品を、勇者様が引き抜く。
思ったより大きな音が出たのだろう。勇者様はあたふたしながら身を伏せた。
しかし、本当にコブリンのことを知らないんだなぁ。近くで鍋でも叩いたのならともかく、剣を抜く音くらいで、コブリンが起きるはずがない。やつらはともかく鈍いのだ。
恐る恐る体を起こした勇者様が、こちらへ目を向ける。
大丈夫ですよと頷けば、静かに前へ進み出した。
眠っているコブリンのすぐ前に辿り着き、勇者様は剣を逆手に握って振り上げる。あのまま脳天にでも突き刺そうという考えだろう。悪くない。
だが、勇者様はそのまま動きを止める。まるで銅像のように固まっていた。
なにがあったのだろうと、身振り手振りで合図を送る。こちらを見た勇者様は、半泣きで首を横に振っていた。さっぱり分からない。
「……ギッ?」
「あっ」
「ギ? ギッギッ! ギイイイイイイイ!」
「あわわわわわわわ」
コブリンの一体が、ついに目を覚ましてしまう。勇者様は目を泳がせ、オロオロとしている。
他のコブリンたちも目を覚まし、こうなってしまえばもう同じだと、大声で叫んだ。
「大丈夫です! 見た目だけのやつらですから、剣を適当に振っても倒せます!」
「あ、あうあう」
「なんなら殴っても蹴っても――」
「……違うのよ!!」
勇者様の声に驚き、俺だけでなくコブリンたちも動きを止める。一体、なにが違うと言うのだろうか?
彼女は剣を強く握りしめながら、やはり半泣きのまま、こう言った。
「こ、殺すことができないの!」
「……えっ」
まるで理解できないが、勇者様はコブリンを殺すことに躊躇しているようだった。
ついでに陛下たちに伝えるよう言われていたことも、勇者様へ伝える。
「ちなみにヘクトル様は先に出立しています。要塞都市でモンスターたちの侵攻を止められるそうです。勇者のフリをすることで、陽動も兼ねると仰っておりました」
「ヘクトル殿下……」
勇者様は心痛な表情を見せていたが、その必要はあまり無いだろう。
なんせヘクトル様は、「くっくっくっ、やっと出陣が許されたな! 魔族やモンスターたちを地獄に落としてくれるわ!」と、やる気満々で悪役みたいな台詞を吐いていた。
もしかしたら辿り着くころには暗黒大陸まで侵攻を果たしており、魔王を打ち取っているかもしれない。……本当にあり得そうだ。ぜひ、そうしてもらいたい。
まぁそんな希望的観測を交えた会話をしていると、勇者様が眉根を寄せた。
「ねぇ、ラックスさん」
「どうしました?」
「なぜそんなに大きな鞄を持っているの?」
彼女の問いに対して、俺はニヤリと笑った。
「実は、うちの実家は道具屋なんです。この鞄の中には、旅で使えそうな物が詰め込まれております! なんでもお任せください!」
自信満々に告げたのだが、なぜか勇者様は苦笑いを浮かべた。
「うん、そういう意味じゃなくてね? ほら、わたしはマジックバッグを持っているじゃない? 背負って旅をするのは大変だし、中に入れておけばいいんじゃないかな、と思ったの」
「……?」
魔法の鞄ってなんだ? 産まれ落ちたときから道具屋の息子で、今では兵士にまでなっており、道具類には他の人よりも詳しいと自負している。
しかし、マジックバッグなる物については、とんと覚えが無い。どんな鞄なんだ?
首を傾げている俺を見て、勇者様は手をポンッと叩いた。
「そうか、レアなアイテムなのね。……これのことなんだけど」
勇者様は腰に身に着けている、ポーチ程の大きさをした物を、こちらに差し出した。
受け取り、持ち上げてみる。布ではなく皮製品。手が込んでおり、中々の一品。
見覚えの無い皮だが、感触からも上質な皮であると分かる。さて、中は――暗黒だった。
パタリと閉じて、首を左右に振る。それからもう一度開き直し、中を見た。……暗黒だ。
影になっているのでも、暗いわけでもない。
そこには、全てを飲み込もうとする暗黒が納められていた。
「ふぅ……」
「納得してくれた?」
「かなりの一品ですね。旅の資金にしましょう」
「売らないわよ!?」
どうしてそういう考えに至ったのか、と勇者様に問い詰められ、詳しく説明をする。
話を聞いた彼女は肩を竦めた後、手を暗黒に突っ込んだ。
「ゆ、勇者様の腕があああああああああああ!」
「はい」
「無事出てきたあああああああああああああ!」
問題無かったのは良かったが、彼女の手にはなにかが握られている。恐る恐る受け取り、臭いを嗅ぐ。それから一口含んだ。
「……ただの干し肉ですね」
「正解」
勇者様曰く、この暗黒にはどんな物でも入り、取り出すことができるらしい。しかも、新鮮な魚なども鮮度を失わないとか、もう理解不能なアイテムだった。
それとマジックバックではなくダークバックだと主張したい。
しかし、魔王退治の旅に出たのだ。それくらいのアイテムは当然必要だろうし、あの剣や鎧、マント、その他の品々も尋常じゃない物だろう。道具屋の息子としての目利きに間違いはない。
なるほどなぁと頷いていると、勇者様が再度マジックバッグを渡してくる。荷物を入れろ、ということらしい。
「少し時間をもらいます」
「構わないけど、そのまま突っ込めばいいんじゃない?」
「この先、ずっと二人一緒に行動できるとは限りません。ハグれてしまうことだってあるでしょう。……そういった事態を想定して、最低限の荷物は互いに持つ。こうすることで、両者の生存する可能性が上がる、というわけです」
「なるほど、確かにその通りね。さすがラックスさん。わたしみたいな素人とは違うわ」
「いや、そんな褒められるほどのことでは……」
なぜか妙に気恥ずかしく感じてしまい、もごもごと答えてしまう。
勇者様は、自分のことを高く評価してくれている気がする。だがそれは間違いで、俺は大したことができない。だからできることを全力でやろうと決めているだけなのだが……。
まぁ、いいだろう。彼女が嬉しそうにしているのだから、きっとこのままでいいのだ。
大半をマジックバッグに。そして最低限の荷物を自分のバックパックに。
これで良し、と思っていたのだが、なぜか勇者様がバックパックを背負った。
「ちょ、それは自分が持つほうです。これでも兵士ですよ? 鍛えてますから!」
「あぁ、そういうことじゃないわ」
「そういうことではない?」
意味が分からずにいると、彼女は淡々と答えた。
「ラックスさん、道具屋の息子だって教えてくれたじゃない。つまり、わたしよりもずっと、この世界の道具に精通しているということになるわね?」
「えぇ、そうですね」
「ならマジックバッグは、わたしよりもラックスさんのほうが活かせるはずよ。それとこのバックパックは、わたしには少し大きいわね。次の町で買い替えましょう」
「あ、はい」
特に異論もなく、ただ頷くしかない。学生だったというだけあり、勇者様は賢い。理に適った行動を選んでいる、というように思えた。
素直に感心していると、勇者様が腰に手を当て、少し強めの口調で言った。
「それと、勇者様と呼ぶのもやめてね。バレてしまうから」
「あぁ、そうですね。人前では、ミサキ様と呼びます」
「その呼び方は不自然よ」
確かに不自然だ。その通りだと思い、改めて言い直した。
「ミサキお嬢様、のほうが自然でしたね」
「お、お嬢様!? どうしてそうなったの!?」
「主と従者、という分かりやすい形にしてみたのですが……」
よく分からないが、勇者様はお嬢様と呼ばれることが嫌らしい。謝罪すると、そうだけどそうじゃありません! と言われた。難しい。
やはり勇者として召喚される人間は違うのだろう。きっと俺なんかでは理解できないような、深い考えがあるに違いない。説明しても分かりません、って本人も言ってるからな。
多少の弱点などはあるのかもしれないが、あらゆる意味で、ほぼ完成している。それが『勇者』という存在なのだろう。
――そんな考えは、その日の内に覆された。
次の町までは遠く、まだ数日はかかる。
この世界のことなどを話しながら歩いていると、勇者様がなにかに気付いたように、指を一本立てた。
「モンスターを退治しながら進みましょう!」
「不要な戦闘は避けるべきかと思いますが」
「いいえ、不要じゃないわ」
勇者様が眼鏡を押し上げ、陽の光をキラリと反射する。
眩しさに目を細めていると、勇者様が言った。
「わたしには経験が足りない! そして、わたしたちはお互いの能力についても分かっていない! ならば早い内から、互いの力量を知っておくことが最善よ!」
「感服いたしました」
素晴らしいお考えだと、片膝をつき――止められた。一々膝をつくなということらしい。難しいな。
しかし、考えは分かったし、自分も同意したい。
まず俺から、どんなことができるかを説明した。
「自分は、全ての基礎魔法を納めています。ただし中級や上級は使えません。言うまでもないですが、それより上の魔法も一切扱えません」
「すごいわね! 全部納めているの!?」
目をキラキラとさせている勇者様に、少し頭を下げながら告げる。
「いえ、そうでもないです。基礎魔法を納めることは難しいことではありません。全属性というのは珍しいですが、より上の魔法を扱えることのほうが重要視されます」
「……あー、異世界にありがちな偏った考え方ね」
ブツブツと勇者様がなにかを言っていたが、あまり聞こえなかったので話を続ける。
「後は剣、槍、弓、盾。この辺りは基本的に扱えますが、一流というわけではなく――」
全てを伝え終わった後、勇者様は頷いた。
「なるほど。良く言えばオールラウンダー。悪く言えば器用貧乏ということね」
「ぐはっ!」
産まれてから何度同じことを言われたか。実家でも、お前は足りないところを埋められるから便利だなと、便利屋扱いをされていた。兵士となってからも同じだ。前が足りなければ前。後ろが足りなければ後ろ。穴埋めと言えばラックスと頼られていた。
しかし、大事なところは任せられない。
それが俺、ラックス=スタンダードの評価に他ならなかった。
だが、まぁ自分でも理解していることだ。今さら動揺などはしない。額の汗を拭っているのは、ただ兜が暑いからだ。他に理由は無い。
「わたしも先日、剣や魔法を教わったけど、先生方曰く「力業で押し切っている」という評価だったわ。つまり、細かい使い方がなっていないみたい」
勇者様が肩を落とし、俺も肩を落とす。
平兵士と新米勇者。前途は多難だった。
しかし、それならば俺でも力になれるかもしれない。なんせ、あらゆる基礎なら自信がある。一人前にはなれないが、一流の半人前だ。
良い方法は無いかと考えていたら、先に勇者様が口を開いた。
「とりあえず、この辺りにお手軽なモンスターとかはいたりする?」
「います。コブリンです」
「そうよね、そんな都合よく……いるの!?」
自分で聞いておきながら驚く勇者様。
そりゃここら辺は最前線からは程遠い。強いモンスターが、前線を抜けるなどということは許されない。見逃されるのは、弱いやつだけだ。そしてそれも、前線から離れれば離れるほど駆逐されていく。
つまり、ここら辺に出現するのは、基本的にかなり弱いモンスターだけだった。
「それでゴブリンといったらあれよね? ファンタジーでは定番のやつでしょ?」
「ふぁんたじーとはなにか分かりませんが、ゴブリンではなくコブリンです」
「でかい鼻、緑色の肌、小さな体……コブリン?」
「はい、コブリンです」
勇者様が首を傾げているので、軽く説明をさせてもらうことにした。
「コブリンとは、ゴブリンよりさらに小さな体をしており、凶悪な顔をしたゴブリンの子供、といった見た目をしています」
「凶悪な顔!? 子供みたいな体型なのに!?」
「知能は低く、人を見れば襲い掛かります。なんなら、馬に似た岩があれば、それにでも襲い掛かります」
「それはもう頭じゃなくて目に問題があるんじゃないかしら……」
「後、弱いです。とても弱い。簡単に倒せます。ゴブリンの子分にされるモンスター。それがコブリンです」
「な、なるほど」
大体の説明を終え、手頃な場所にコブリンがいないかを探す。もちろん、ゴブリンの子分にされていないやつを、だ。ゴブリンまで一緒に襲って来たら、かなり面倒なことになってしまう。
そして都合よく、草むらで寝転がっている、無警戒で脳みそ空っぽなコブリン五体を発見。木の陰に隠れながら、コブリンを指差した。
「あれがコブリンです」
「す、すごく怖い顔してない? 本当に弱いの? 嘘でしょ? あれ、狂犬とかそういう類のあれじゃない? 病気にならないかしら?」
「大丈夫です。蹴りでもくれてやれば、球のように転がります。よく子供のころ、コブリン蹴りをしたものです」
「なにその物騒な名前の遊び!?」
割とポピュラーな遊びだと思うのだが、勇者様の世界にはコブリンがいなかったらしい。あの楽しさを知らないのは可哀想だが、代わりに「さっかー」という遊びがあったようだ。
上半分が白で、下半分が黒の球を蹴る遊びを想像しつつ、コソコソとコブリンへ近づく勇者様を見守る。
コブリンたちは鈍いので、接近には気付いていない。……気付かれたところで、大した問題ではないが。
そして恐らく宝剣、と呼ぶに相応しいであろう逸品を、勇者様が引き抜く。
思ったより大きな音が出たのだろう。勇者様はあたふたしながら身を伏せた。
しかし、本当にコブリンのことを知らないんだなぁ。近くで鍋でも叩いたのならともかく、剣を抜く音くらいで、コブリンが起きるはずがない。やつらはともかく鈍いのだ。
恐る恐る体を起こした勇者様が、こちらへ目を向ける。
大丈夫ですよと頷けば、静かに前へ進み出した。
眠っているコブリンのすぐ前に辿り着き、勇者様は剣を逆手に握って振り上げる。あのまま脳天にでも突き刺そうという考えだろう。悪くない。
だが、勇者様はそのまま動きを止める。まるで銅像のように固まっていた。
なにがあったのだろうと、身振り手振りで合図を送る。こちらを見た勇者様は、半泣きで首を横に振っていた。さっぱり分からない。
「……ギッ?」
「あっ」
「ギ? ギッギッ! ギイイイイイイイ!」
「あわわわわわわわ」
コブリンの一体が、ついに目を覚ましてしまう。勇者様は目を泳がせ、オロオロとしている。
他のコブリンたちも目を覚まし、こうなってしまえばもう同じだと、大声で叫んだ。
「大丈夫です! 見た目だけのやつらですから、剣を適当に振っても倒せます!」
「あ、あうあう」
「なんなら殴っても蹴っても――」
「……違うのよ!!」
勇者様の声に驚き、俺だけでなくコブリンたちも動きを止める。一体、なにが違うと言うのだろうか?
彼女は剣を強く握りしめながら、やはり半泣きのまま、こう言った。
「こ、殺すことができないの!」
「……えっ」
まるで理解できないが、勇者様はコブリンを殺すことに躊躇しているようだった。
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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