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第一章
2-5 すごいです勇者様!
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テトラの町を拠点として動くことを決めた俺たちは、早速行動を開始した。
この町は森に面している部分もあるが、基本的には開けた場所にある。よって、普通であれば、押し寄せたコブリンの群れを見逃すことなどは、絶対にあり得ない。
では、どこから来たのか?
「森でしょうね」
勇者様が自信満々に答える。だが、それもそのはずだ。
これだけ通った痕跡が残っていれば、ここだ! と誰でも分かる。
しかし、その痕跡、倒れている草木を見ながらも、首を傾げてしまう。
ガサガサという小さな音で済むとは思えない。どうやって彼らは、まるで気付かれずに村まで侵入したのだろうか。
「うーん」
「どうしたの、ラックスさん」
「これだけ痕跡が残っているわけですから、いくら深夜といえども、誰かが気付くはずです。なぜ、誰も気付かなかったのかと思いまして」
「そうね、確かに大きな音が立っていそうだわ。……ということは、音を消す魔法かなにかがある。もしくは、すぐ近くに近道か何かがあって、音が聞こえたときには手遅れだった、ということじゃないかしら」
「コブリンは魔法を使えません。近道があるとしたら、誰かが作った、もしくは作らせたということになります。やはり、魔族が関与しているんでしょうか」
王都のときもそうだ。どうやって魔族が、あそこまで侵入できたかが分からない。
我々が目指すことになっている要塞都市は、この大陸からでは唯一、暗黒大陸へ通じる道がある場所だ。そこを抜けたとなれば、もっと大ごとになっているだろう。
頭を悩ませていると、勇者様が胸を張り、腰に手を当てながら言った。
「それを調べるのが仕事じゃない! 考えるより先に行動しましょう!」
全くもってその通りであり、さすがは勇者様だ。
一人感服していると、勇者様が胸を張ったまま言った。
「でも一番大事なのは逃げ道の確保よ! なにか危険を感じたら、調査は打ち切って逃げましょう!」
「もちろんです」
中々の慎重派でもある。退路の確保は基本であり、蛮勇と勇気は別物だ。
しかし、勇者様の目は泳いでおり、背を丸めてビクビクとしているが、臆病なのは悪いことではない。調子に乗って突っ込むような新兵よりは、数百倍マシだ。
もしかしたら、こういった基本的な知識を教えるために、神は自分を勇者様と共に旅立たせたのではないだろうか? つまり、彼女を守ると決めたことも、全て神の思し召しだったのだ。
そう考えると、自分の役割も決して悪いものではないと思える。俺は少しいい気分で先陣を切るのであった。
痕跡を辿って進むこと数分。調査はすでに難航していた。
「この川で痕跡が途絶えているわ。もしかして、コブリンたちは川を下って現われ、上って帰ったの?」
「そんなまさか……」
コブリンに船を作る知識などは無い。誰かが手を貸して船を用意したとしても、船が川下に残っていなければならない。
正直、さっぱり分からない。
王国へ書状を出したので、数日の内には軍が来るだろう。それまでになにかしらの情報を得ておきたいが、ここから先へ進める気がしなかった。
水の流れに足をとられぬように、素足となって川の中へ入る。
なにか痕跡が無いかと、祈るように探していた。
「《アクア》。……《アース》」
勇者様はなにか考えがあるらしく、いくつかの魔法を試している。だが使う度に、眉根を寄せて首を横に振っていた。
結局のところ、俺はなんの痕跡も見つけられず、川から上がっ――滑った。
「う、うおおおおおおおおお!?」
「ラックスさん!?」
物臭が祟ったとしか言いようがない。なぜ全身の鎧を外してから入らなかったのか。
鎧が重く、流れに逆らえない。身動きがほとんどとれなかった。
これは死ぬ、本当に死ぬ、絶対に死ぬ。
せめて可愛い嫁をもらって、子供は二人で、結婚式を見て、孫を抱いてから、眠るように死にたかった! ……少し贅沢言い過ぎだろうか。兵士が高望みしすぎかもしれない。うん、もう少し低い望みに変えよう。
「天寿を全うする、くらいなら許されるかな」
「生きているから! 天寿は全うできるから安心して!」
「……勇者様?」
むくりと起き上がれば、そこは川辺だった。勇者様曰く、《アクア》で水の流れを操作して、川岸に引き上げたらしい。もうそんなに器用なことができるとは天才だろうか?
「ありがとうございます、勇者様」
「そ、その、ね? どこか痛いところとかは無い?」
「いえ、大丈夫です。全身に軋むような痛みはありますが、大したことではありません」
「それは大したことじゃないかしら!?」
なぜか謝りながら回復魔法を使う勇者様を不思議に思っていたのだが、どうやら魔力を籠め過ぎたらしく、俺は水柱で宙へ放り出され、岸へ落下したらしい。
申し訳なさそうにしている勇者様に対し、こちらも謝罪した。
「俺が兵ではなく騎士だったら、騎士が岸へ落下した! という冗談を言えるところだったのですが……」
「そういうのをわたしの世界ではオヤジギャグって言うのよ」
オヤジは分かるが、ギャグとはなんだろうか? 雰囲気的には笑いや芸のことに感じられる。つまり、オヤジ芸ということか。……オヤジ芸ってなんだ? 想像がつかなかった。
体の痛みも治まり立ち上がると、背中になにかが引っかかっていることに気付く。鎧を揺らしてみると、カラカラと音を立て、それが落ちて来た。
「なんですか?」
「氷ね」
俺の言葉を聞き、勇者様が氷の欠片を拾い上げる。そして少し悩んだ後、目を見開いた。
「ラックスさん。この川、どこへ通じているの?」
「先にある大河へ合流する支流です。大河へ辿り着けば、海にも出られるはずです」
地図を取り出し、勇者様へ見せる。彼女はすぐに呻き声を上げた。
「分かっちゃった。分かりたくなかったけど、分かっちゃったわ」
「勇者様……?」
俺が声をかけると、勇者様はビシッと人差し指を立てた。
「先日のコブリン騒動。あれ、かなり多かったわよね? ここら辺のコブリン全部合わせたら、あのくらいの数になるかしら?」
「……いえ、全部ではないと思います。あいつらはすぐに増えますからね。軽く十倍はいるんじゃないでしょうか? 特に害もないので、見かけたら殺す、という感じの対処を行っております」
「うあああああああああ、よりによって、そっちなの!?」
「そっち?」
一体、勇者様にはなにが見えているのだろう。正直、胸がドキドキしていた。
自分には分からないことに気付いている人がおり、それを最初に聞くことができる。これは旅に同行したからこその特権だ。
「……氷の船。川上から、まずここに上陸。村を襲う。でも抵抗が強かったので、川まで撤退。氷の船に乗る。また、川から近い場所で降り、次の村か町を襲う。大河まで行けば、もうどこでも行きたい放題! 誰かが指示を出しているのは間違いないわ!」
「……」
まず、氷の船を作れる術者がいる。そしてコブリンたちの大移動を行っており、次々に村や町を襲わせる。どうせいくらでも増える存在だ。使い潰しても問題が無い。
……それが勇者様の予想だった。
ぶるり、と体が震える。自分では想像もつかない大胆な考えだが、もし本当にそうだったら大ごとになってしまう。
勇者様はすごい。こんな学生がたくさんいるとは、異世界はなんて恐ろしい場所なのだろうか。
俺は感動していたのだが、勇者様は地図を指でなぞり、次はどこが襲われるかを探していた。
「……マズいわ」
「マズいですか。すごいです勇者様」
「えぇ、この川はうねうねしているけれど、他に村とかは無いわ。だとすれば、大河へ流れ込んでしまうもの」
「仰る通りです。すごいです勇者様」
「大河へ入る前。どこでもいいから兵を配置してもらい、コブリンたちを攻撃してもらいましょう。後、本当にコブリンたちが移動をしているかも調べてもらわないと」
「すぐに書状を送ります。大河までは恐らく五日ほど。軍が馬を飛ばせば、ギリギリ間に合うはずです。歩兵は間に合いませんが、相手はコブリン。どうにかなるでしょう。すごいです勇者様」
「さっきからその語尾はなんなのかしら!?」
「敬意を表しています!」
「やめてくれる?」
「分かりました」
仕方なく、心の中で思うだけにする。すごいです勇者様!
その後、ちょうど村に王都から来ていた兵がおり、事情を伝える。同僚だということもあり、快く引き受けてくれた。
王都に戻る兵が二人。川沿いを追う兵が数人。残りは村の警備、というわけだ。
俺はもう勇者様の予想が外れるなどとは考えておらず、絶対に間違いないとまで思っている。だが、他の兵たちは疑心暗鬼ながらも、なにかあったら困るしな、といった感じだった。
そして翌日。川の上を移動する大量の氷の船。それ以上に多数のコブリンたちが確認される。
しかし、勇者様の予想と少し違ったこともあった。
コブリンたちは大河へ向かうのではなく、別の支流へ入っている。
辿り着く先は、王都。ミューステルム王国の中心であった。
この町は森に面している部分もあるが、基本的には開けた場所にある。よって、普通であれば、押し寄せたコブリンの群れを見逃すことなどは、絶対にあり得ない。
では、どこから来たのか?
「森でしょうね」
勇者様が自信満々に答える。だが、それもそのはずだ。
これだけ通った痕跡が残っていれば、ここだ! と誰でも分かる。
しかし、その痕跡、倒れている草木を見ながらも、首を傾げてしまう。
ガサガサという小さな音で済むとは思えない。どうやって彼らは、まるで気付かれずに村まで侵入したのだろうか。
「うーん」
「どうしたの、ラックスさん」
「これだけ痕跡が残っているわけですから、いくら深夜といえども、誰かが気付くはずです。なぜ、誰も気付かなかったのかと思いまして」
「そうね、確かに大きな音が立っていそうだわ。……ということは、音を消す魔法かなにかがある。もしくは、すぐ近くに近道か何かがあって、音が聞こえたときには手遅れだった、ということじゃないかしら」
「コブリンは魔法を使えません。近道があるとしたら、誰かが作った、もしくは作らせたということになります。やはり、魔族が関与しているんでしょうか」
王都のときもそうだ。どうやって魔族が、あそこまで侵入できたかが分からない。
我々が目指すことになっている要塞都市は、この大陸からでは唯一、暗黒大陸へ通じる道がある場所だ。そこを抜けたとなれば、もっと大ごとになっているだろう。
頭を悩ませていると、勇者様が胸を張り、腰に手を当てながら言った。
「それを調べるのが仕事じゃない! 考えるより先に行動しましょう!」
全くもってその通りであり、さすがは勇者様だ。
一人感服していると、勇者様が胸を張ったまま言った。
「でも一番大事なのは逃げ道の確保よ! なにか危険を感じたら、調査は打ち切って逃げましょう!」
「もちろんです」
中々の慎重派でもある。退路の確保は基本であり、蛮勇と勇気は別物だ。
しかし、勇者様の目は泳いでおり、背を丸めてビクビクとしているが、臆病なのは悪いことではない。調子に乗って突っ込むような新兵よりは、数百倍マシだ。
もしかしたら、こういった基本的な知識を教えるために、神は自分を勇者様と共に旅立たせたのではないだろうか? つまり、彼女を守ると決めたことも、全て神の思し召しだったのだ。
そう考えると、自分の役割も決して悪いものではないと思える。俺は少しいい気分で先陣を切るのであった。
痕跡を辿って進むこと数分。調査はすでに難航していた。
「この川で痕跡が途絶えているわ。もしかして、コブリンたちは川を下って現われ、上って帰ったの?」
「そんなまさか……」
コブリンに船を作る知識などは無い。誰かが手を貸して船を用意したとしても、船が川下に残っていなければならない。
正直、さっぱり分からない。
王国へ書状を出したので、数日の内には軍が来るだろう。それまでになにかしらの情報を得ておきたいが、ここから先へ進める気がしなかった。
水の流れに足をとられぬように、素足となって川の中へ入る。
なにか痕跡が無いかと、祈るように探していた。
「《アクア》。……《アース》」
勇者様はなにか考えがあるらしく、いくつかの魔法を試している。だが使う度に、眉根を寄せて首を横に振っていた。
結局のところ、俺はなんの痕跡も見つけられず、川から上がっ――滑った。
「う、うおおおおおおおおお!?」
「ラックスさん!?」
物臭が祟ったとしか言いようがない。なぜ全身の鎧を外してから入らなかったのか。
鎧が重く、流れに逆らえない。身動きがほとんどとれなかった。
これは死ぬ、本当に死ぬ、絶対に死ぬ。
せめて可愛い嫁をもらって、子供は二人で、結婚式を見て、孫を抱いてから、眠るように死にたかった! ……少し贅沢言い過ぎだろうか。兵士が高望みしすぎかもしれない。うん、もう少し低い望みに変えよう。
「天寿を全うする、くらいなら許されるかな」
「生きているから! 天寿は全うできるから安心して!」
「……勇者様?」
むくりと起き上がれば、そこは川辺だった。勇者様曰く、《アクア》で水の流れを操作して、川岸に引き上げたらしい。もうそんなに器用なことができるとは天才だろうか?
「ありがとうございます、勇者様」
「そ、その、ね? どこか痛いところとかは無い?」
「いえ、大丈夫です。全身に軋むような痛みはありますが、大したことではありません」
「それは大したことじゃないかしら!?」
なぜか謝りながら回復魔法を使う勇者様を不思議に思っていたのだが、どうやら魔力を籠め過ぎたらしく、俺は水柱で宙へ放り出され、岸へ落下したらしい。
申し訳なさそうにしている勇者様に対し、こちらも謝罪した。
「俺が兵ではなく騎士だったら、騎士が岸へ落下した! という冗談を言えるところだったのですが……」
「そういうのをわたしの世界ではオヤジギャグって言うのよ」
オヤジは分かるが、ギャグとはなんだろうか? 雰囲気的には笑いや芸のことに感じられる。つまり、オヤジ芸ということか。……オヤジ芸ってなんだ? 想像がつかなかった。
体の痛みも治まり立ち上がると、背中になにかが引っかかっていることに気付く。鎧を揺らしてみると、カラカラと音を立て、それが落ちて来た。
「なんですか?」
「氷ね」
俺の言葉を聞き、勇者様が氷の欠片を拾い上げる。そして少し悩んだ後、目を見開いた。
「ラックスさん。この川、どこへ通じているの?」
「先にある大河へ合流する支流です。大河へ辿り着けば、海にも出られるはずです」
地図を取り出し、勇者様へ見せる。彼女はすぐに呻き声を上げた。
「分かっちゃった。分かりたくなかったけど、分かっちゃったわ」
「勇者様……?」
俺が声をかけると、勇者様はビシッと人差し指を立てた。
「先日のコブリン騒動。あれ、かなり多かったわよね? ここら辺のコブリン全部合わせたら、あのくらいの数になるかしら?」
「……いえ、全部ではないと思います。あいつらはすぐに増えますからね。軽く十倍はいるんじゃないでしょうか? 特に害もないので、見かけたら殺す、という感じの対処を行っております」
「うあああああああああ、よりによって、そっちなの!?」
「そっち?」
一体、勇者様にはなにが見えているのだろう。正直、胸がドキドキしていた。
自分には分からないことに気付いている人がおり、それを最初に聞くことができる。これは旅に同行したからこその特権だ。
「……氷の船。川上から、まずここに上陸。村を襲う。でも抵抗が強かったので、川まで撤退。氷の船に乗る。また、川から近い場所で降り、次の村か町を襲う。大河まで行けば、もうどこでも行きたい放題! 誰かが指示を出しているのは間違いないわ!」
「……」
まず、氷の船を作れる術者がいる。そしてコブリンたちの大移動を行っており、次々に村や町を襲わせる。どうせいくらでも増える存在だ。使い潰しても問題が無い。
……それが勇者様の予想だった。
ぶるり、と体が震える。自分では想像もつかない大胆な考えだが、もし本当にそうだったら大ごとになってしまう。
勇者様はすごい。こんな学生がたくさんいるとは、異世界はなんて恐ろしい場所なのだろうか。
俺は感動していたのだが、勇者様は地図を指でなぞり、次はどこが襲われるかを探していた。
「……マズいわ」
「マズいですか。すごいです勇者様」
「えぇ、この川はうねうねしているけれど、他に村とかは無いわ。だとすれば、大河へ流れ込んでしまうもの」
「仰る通りです。すごいです勇者様」
「大河へ入る前。どこでもいいから兵を配置してもらい、コブリンたちを攻撃してもらいましょう。後、本当にコブリンたちが移動をしているかも調べてもらわないと」
「すぐに書状を送ります。大河までは恐らく五日ほど。軍が馬を飛ばせば、ギリギリ間に合うはずです。歩兵は間に合いませんが、相手はコブリン。どうにかなるでしょう。すごいです勇者様」
「さっきからその語尾はなんなのかしら!?」
「敬意を表しています!」
「やめてくれる?」
「分かりました」
仕方なく、心の中で思うだけにする。すごいです勇者様!
その後、ちょうど村に王都から来ていた兵がおり、事情を伝える。同僚だということもあり、快く引き受けてくれた。
王都に戻る兵が二人。川沿いを追う兵が数人。残りは村の警備、というわけだ。
俺はもう勇者様の予想が外れるなどとは考えておらず、絶対に間違いないとまで思っている。だが、他の兵たちは疑心暗鬼ながらも、なにかあったら困るしな、といった感じだった。
そして翌日。川の上を移動する大量の氷の船。それ以上に多数のコブリンたちが確認される。
しかし、勇者様の予想と少し違ったこともあった。
コブリンたちは大河へ向かうのではなく、別の支流へ入っている。
辿り着く先は、王都。ミューステルム王国の中心であった。
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