勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?

黒井 へいほ

文字の大きさ
30 / 51
第一章

4-7 勝ちたい、と願った

しおりを挟む
「こんのおおおおおおおお!」

 初めてだ。勇者様が俺より前に立つどころか、斬りかかっているのは。
 今、彼女は、それほどまでに怒っているのだろう。
 剣を腕で受け止めたオルベリアが、僅かに眉根を寄せる。

「この! この! この!」

 子供のチャンバラよりもひどい剣術。だが、その一撃一撃には多大な魔力が籠められている。普通ならば、痛い、では済まない。
 いける! と信じて、魔法を唱えた。

「下がってください! 《サンド・ストーム》!」

 砂をオルベリアの顔目掛けて飛ばす。一瞬でも片腕を封じられればと思っていたが、オルベリアは防ぎすらしない。油断していたのだろうか? 砂粒は彼女の顔へ直撃した。

「チャンスね!」

 勇者様が剣を振る。何度も、何度も振る。
 オルベリアは受け止めることもせず、身じろぎもしていなかった。
 ……なにかがおかしい。不思議に思っていると、オルベリアが口を開いた。

「まさか勇者って、こんなものなのぉ?」
「っ!?」

 振り下ろされた剣を、オルベリアは平然と掴む。目潰しにも効果は無く、その体にも傷一つ無かった。

「いいえ、違うわねぇ。ウィズヴィースの力を一部とはいえ取り込んだワタシが、予想より強くなってしまったいたんだわぁ」

 自分が強くなりすぎた、と普通ならば戯言だと笑い飛ばすような事実。こちらが唖然としているとオルベリアは、本当に申し訳なさそうに、深く頭を下げた。

「あなたたちの攻撃では、ワタシの体に傷一つつけられないのぉ。ごめんなさい、同情するわぁ」

 その言葉には、ただ哀れみだけが籠められていた。
 何一つ打つ手は無い。ただ蹂躙されるだけである。それが、可哀想・・・だと。

「ラックス、さん」
「……はい」

 勇者様の声は震えている。逃げるのならば、これが最後の機会だろう。
 己が身を盾にしてでも、と考えていたのだが、彼女は強く言った。

「わたしは、どうしてもあいつに勝ちたい・・・・

 何一つ通じぬ状況で、絶望だけが押し寄せてくる中で、勇者様は”勝ちたい”と口にした。
 手は残されているのだろうか。どんな手でもいい。彼女の願いを、俺は叶えたい。

 ここまでの旅を振り返る。使えるものはなんでも使う。なんでもだ。
 答えを探している最中、動きを止めていたオルベリアが両手を掲げた。

「《アクア・ロール》」

 彼女の周囲に四本の水柱が立ち、それが回転を始める。

「さっきの水竜巻が四本……!?」
「一本しか出せなかった。でも四本出せるようになった。あぁ、ワタシはこんなに強く、美しくなったのねぇ」

 恍惚とした表情、自信に満ちた言葉。
 己の名を冠した魔法《アクア・ロール》は、さらなる進化を遂げていた。
 一本でも対処しきれなかったのに四本。汗が止まらない。
 水竜巻はぐにゃりと竜のように曲がり、その先端をこちらへ向けた。

「勇者様」
「はぁ……はぁ……なに?」

 勇者様は目を見開き、息も荒い。
 逆に俺は、なぜか心が落ち着ている。恐怖でおかしくなかったのかもしれない。
 まぁ取り乱すよりはいいかもしれないと思い、短く告げる。

「一つ、策が有ります。とっておきのやつです」
「もしかして、にーげ」
「最低一本、運が良ければ二本は防ぎます。勇者様は残り二本を掻い潜り、オルベリアへ触れてください。あの特異能力を直接使えば、オルベリアを殺せずとも弱体化できるかもしれませ――逃げ?」
「えぇ、分かったわ。それでいきましょう」
「あの、今」
「タイミングは?」

 どうやら逃げると思われていたようだが、勝ちたいとまで言われて、逃げる提案はできない。
 剣を鞘に納め、盾を構える。腰につけていたものを、盾の後ろに隠した。

「――今ですよ!」
「――了解!」

 自分が前を走り、そのすぐ後ろへ勇者様が続く。通じぬ剣に意味は無い。この盾と体で受け止め、道を作る。

「もう少し、頭が良いと思っていたわぁ。《アクア・ロール》」

 オルベリアが手を前に翳し、四本の竜を模した水竜巻が迫りくる。……どうやら、第一段階は成功したようだ。この体で受け止められるなど思っていない。それは、最後の手段だ。
 盾を退け、空いた手を前に出す。握り締めているのはマジックバッグ。俺は、あの時に助かった理由であろうマジックバックと、勇者様の全力を信じて、それを解放した。

「――《フレイム・バースト》!」

 暴走していた、と思っていた。だが人間は、持っている以上の力は出せない。
 なら、あれこそが今現在の、勇者様の全力だとしたら? 魔族を打倒しうる力だと、信じる価値はあった。
 白い光が伸び、水竜巻へとぶつかる。……そしてそのまま、三本を貫いた。

「「え!?」」

 想定以上の威力に唖然としたが、良い結果が出たのならば文句は無い。
 残るは一本。これの対処も考えてあったため、マジックバッグを前に出す。
 水竜巻は予想通り、マジックバッグの中へ吸い込まれた。

「なっ、その鞄はなんなの!?」
「それはこっちが聞きたいところだ!」

 いや、本当になんなのこの鞄。神様が作ったと言っても信じるよ? ……だが、それを考えるのは後だ。今はまず、この最初で最後の機会を活かしてもらわなければならない。
 俺の横を抜け、勇者様が駆ける。手を伸ばす先には、無防備なオルベリア。

 届け、届け……届け!

「と、ど、い、てえええええええええ!」

 勇者様の手が、オルベリアへと触れる。後は、あの特異能力でオルベリアを弱らせてくれれば、俺たちにも勝機が出るはずだ。
 一瞬の静寂。まるで時が止まったかのように感じる。

 最初に動いたのは、オルベリアだった。

「……邪魔よぉ! 《アクア・ロール》!」

 彼女が腕を振る。何度も、何度も腕を振る。……しかし、魔法が発動することは無かった。
 恐らくだがあの力は、オルベリアの魔法を封じたのだ。

 ――勝機。

 俺は剣を抜き、駆け出した。

「オルベリアアアアアアアアア!」
「ニンゲンガアアアアアアアア!」

 終わりだ、と剣を振り下ろす。迎え撃つように、オルベリアが拳を振った。

『避けろ!』

 妖精さんの警告を聞き、横へ転がる。カランと音がして目を向けると、そこには折れた剣先が落ちていた。
 オルベリアの体には……傷一つ無い。魔法は封じたが、頑強な肉体に変化は無かった。

「そん、な」
「は、はは、アハハハハハハハハハハハハ! 焦ったわぁ、こんなに焦ったのは久しぶりよぉ!」

 勇者様が崩れ落ち、オルベリアが嗤う。
 俺は折れた剣をオルベリアに投げつけた後、盾で体当たりをした。

「無駄よぉ」
「勇者様! 逃げてください!」
「で、でも」
「逃がすとでも――」
「《アクア・ロール》!」

 マジックバッグを前に出し、《アクア・ロール》を発動させる。頼む、死んでくれ! もうこれ以上、俺にはなに一つ手が無い!

 しかし、祈りは届かない。だからこそ人は祈り、絶望するのだ。
 自分の魔法だからか、水魔法への耐性が高いのか。オルベリアは濡れた髪を掻き上げ、薄く笑った。

ワタシの体・・・・・に傷一つつけられないと、まだ理解できていないみたいねぇ!」

 ……なぜだろう。妙に頭が冴え渡っているからか、彼女の言葉に違和感を覚えた。

「逃げて!」
『逃げよ!』

 二人は逃げろと、当たり前のことを口にしている。

「そろそろ終わりよぉ。左目は、ワタシがもらうわぁ!」

 俺の左目を抉り出そうと、オルベリアが手を伸ばす。
 ――だがそれよりも早く、無意識に左手を伸ばしていた。
 触れたのは、オルベリアの右目。魔王ウィズヴィースの紫の瞳。

 ワタシの体、とオルベリアは言った。……では、この右目は?
 ただ触れただけだ。しかし、その右目が零れ落ちる。自左腕を伝って転がり、トンッと跳ね……そこへあるべきだと、自分の右目に納まった。
 暗かった視界が開け、前と同じように目が見える。理解ができず呆然としていると、オルベリアが叫んだ。

「いや、なにこれ。見えない。なにも、なにも見えない! いや、嫌、イヤアアアアアアアアアアアアア!」

 頭を抱えて叫んでいるオルベリア。
 自分の右目、その少し下辺りを撫でていると、腕が掴まれた。

「逃げましょう!」
「は、はい」
「逃がさない、絶対に逃がさない! 返して、ワタシの右目を返してぇ! 逃がしてたまるかあああああああああ……がふっ」

 おかしな声だったと、足を止めて目を向ける。
 そこには、胸から手が生えている……いや、心臓を抉り出されているオルベリアの姿があった。

「なぁに、これぇ」
「――まさか、本当にうまくやってくれるとは思いませんでしたよ」

 背中から、心臓を握った手を引き抜く。頭に角がある青い肌をした男は、死んだはずの魔族は、目を見開いたままオルベリアの心臓を見ていた。
 前に倒れ、口から紫の血を吐き出し、胸からはさらに大量の血を溢れさせているオルベリアが叫ぶ。

「ベーヴェ。ベーヴェ=ウィズヴィース! 我々が恩情を与えてやったにも関わらず、ワタシを謀ったのねぇ!」

 ベーヴェは笑いながら答える。

「そりゃそうでしょ。魔力のほとんどを奪われ、放逐されたんですよ? 元魔貴族でありながら、そんな屈辱に耐えられます?」
「おのれええええええええええええ!」
「うるさいですよ」

 平然とベーヴェはオルベリアの頭を踏み潰す。それから握っていた彼女の心臓を、パクリと食べた。
 彼は一度舌なめずりをし、口を開く。

「中級魔族くらいまでは魔力が戻りましたかね。まぁオルベリア程度を食らっても、こんなもんですか。さて――」

 ベーヴェはこちらの前まで歩き、足を止める。
 そして敵意を感じさせない柔和な笑顔で、

「右目を抉らせてもらってもいいですか?」

 と言った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...