勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?

黒井 へいほ

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第一章

4-7 勝ちたい、と願った

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「こんのおおおおおおおお!」

 初めてだ。勇者様が俺より前に立つどころか、斬りかかっているのは。
 今、彼女は、それほどまでに怒っているのだろう。
 剣を腕で受け止めたオルベリアが、僅かに眉根を寄せる。

「この! この! この!」

 子供のチャンバラよりもひどい剣術。だが、その一撃一撃には多大な魔力が籠められている。普通ならば、痛い、では済まない。
 いける! と信じて、魔法を唱えた。

「下がってください! 《サンド・ストーム》!」

 砂をオルベリアの顔目掛けて飛ばす。一瞬でも片腕を封じられればと思っていたが、オルベリアは防ぎすらしない。油断していたのだろうか? 砂粒は彼女の顔へ直撃した。

「チャンスね!」

 勇者様が剣を振る。何度も、何度も振る。
 オルベリアは受け止めることもせず、身じろぎもしていなかった。
 ……なにかがおかしい。不思議に思っていると、オルベリアが口を開いた。

「まさか勇者って、こんなものなのぉ?」
「っ!?」

 振り下ろされた剣を、オルベリアは平然と掴む。目潰しにも効果は無く、その体にも傷一つ無かった。

「いいえ、違うわねぇ。ウィズヴィースの力を一部とはいえ取り込んだワタシが、予想より強くなってしまったいたんだわぁ」

 自分が強くなりすぎた、と普通ならば戯言だと笑い飛ばすような事実。こちらが唖然としているとオルベリアは、本当に申し訳なさそうに、深く頭を下げた。

「あなたたちの攻撃では、ワタシの体に傷一つつけられないのぉ。ごめんなさい、同情するわぁ」

 その言葉には、ただ哀れみだけが籠められていた。
 何一つ打つ手は無い。ただ蹂躙されるだけである。それが、可哀想・・・だと。

「ラックス、さん」
「……はい」

 勇者様の声は震えている。逃げるのならば、これが最後の機会だろう。
 己が身を盾にしてでも、と考えていたのだが、彼女は強く言った。

「わたしは、どうしてもあいつに勝ちたい・・・・

 何一つ通じぬ状況で、絶望だけが押し寄せてくる中で、勇者様は”勝ちたい”と口にした。
 手は残されているのだろうか。どんな手でもいい。彼女の願いを、俺は叶えたい。

 ここまでの旅を振り返る。使えるものはなんでも使う。なんでもだ。
 答えを探している最中、動きを止めていたオルベリアが両手を掲げた。

「《アクア・ロール》」

 彼女の周囲に四本の水柱が立ち、それが回転を始める。

「さっきの水竜巻が四本……!?」
「一本しか出せなかった。でも四本出せるようになった。あぁ、ワタシはこんなに強く、美しくなったのねぇ」

 恍惚とした表情、自信に満ちた言葉。
 己の名を冠した魔法《アクア・ロール》は、さらなる進化を遂げていた。
 一本でも対処しきれなかったのに四本。汗が止まらない。
 水竜巻はぐにゃりと竜のように曲がり、その先端をこちらへ向けた。

「勇者様」
「はぁ……はぁ……なに?」

 勇者様は目を見開き、息も荒い。
 逆に俺は、なぜか心が落ち着ている。恐怖でおかしくなかったのかもしれない。
 まぁ取り乱すよりはいいかもしれないと思い、短く告げる。

「一つ、策が有ります。とっておきのやつです」
「もしかして、にーげ」
「最低一本、運が良ければ二本は防ぎます。勇者様は残り二本を掻い潜り、オルベリアへ触れてください。あの特異能力を直接使えば、オルベリアを殺せずとも弱体化できるかもしれませ――逃げ?」
「えぇ、分かったわ。それでいきましょう」
「あの、今」
「タイミングは?」

 どうやら逃げると思われていたようだが、勝ちたいとまで言われて、逃げる提案はできない。
 剣を鞘に納め、盾を構える。腰につけていたものを、盾の後ろに隠した。

「――今ですよ!」
「――了解!」

 自分が前を走り、そのすぐ後ろへ勇者様が続く。通じぬ剣に意味は無い。この盾と体で受け止め、道を作る。

「もう少し、頭が良いと思っていたわぁ。《アクア・ロール》」

 オルベリアが手を前に翳し、四本の竜を模した水竜巻が迫りくる。……どうやら、第一段階は成功したようだ。この体で受け止められるなど思っていない。それは、最後の手段だ。
 盾を退け、空いた手を前に出す。握り締めているのはマジックバッグ。俺は、あの時に助かった理由であろうマジックバックと、勇者様の全力を信じて、それを解放した。

「――《フレイム・バースト》!」

 暴走していた、と思っていた。だが人間は、持っている以上の力は出せない。
 なら、あれこそが今現在の、勇者様の全力だとしたら? 魔族を打倒しうる力だと、信じる価値はあった。
 白い光が伸び、水竜巻へとぶつかる。……そしてそのまま、三本を貫いた。

「「え!?」」

 想定以上の威力に唖然としたが、良い結果が出たのならば文句は無い。
 残るは一本。これの対処も考えてあったため、マジックバッグを前に出す。
 水竜巻は予想通り、マジックバッグの中へ吸い込まれた。

「なっ、その鞄はなんなの!?」
「それはこっちが聞きたいところだ!」

 いや、本当になんなのこの鞄。神様が作ったと言っても信じるよ? ……だが、それを考えるのは後だ。今はまず、この最初で最後の機会を活かしてもらわなければならない。
 俺の横を抜け、勇者様が駆ける。手を伸ばす先には、無防備なオルベリア。

 届け、届け……届け!

「と、ど、い、てえええええええええ!」

 勇者様の手が、オルベリアへと触れる。後は、あの特異能力でオルベリアを弱らせてくれれば、俺たちにも勝機が出るはずだ。
 一瞬の静寂。まるで時が止まったかのように感じる。

 最初に動いたのは、オルベリアだった。

「……邪魔よぉ! 《アクア・ロール》!」

 彼女が腕を振る。何度も、何度も腕を振る。……しかし、魔法が発動することは無かった。
 恐らくだがあの力は、オルベリアの魔法を封じたのだ。

 ――勝機。

 俺は剣を抜き、駆け出した。

「オルベリアアアアアアアアア!」
「ニンゲンガアアアアアアアア!」

 終わりだ、と剣を振り下ろす。迎え撃つように、オルベリアが拳を振った。

『避けろ!』

 妖精さんの警告を聞き、横へ転がる。カランと音がして目を向けると、そこには折れた剣先が落ちていた。
 オルベリアの体には……傷一つ無い。魔法は封じたが、頑強な肉体に変化は無かった。

「そん、な」
「は、はは、アハハハハハハハハハハハハ! 焦ったわぁ、こんなに焦ったのは久しぶりよぉ!」

 勇者様が崩れ落ち、オルベリアが嗤う。
 俺は折れた剣をオルベリアに投げつけた後、盾で体当たりをした。

「無駄よぉ」
「勇者様! 逃げてください!」
「で、でも」
「逃がすとでも――」
「《アクア・ロール》!」

 マジックバッグを前に出し、《アクア・ロール》を発動させる。頼む、死んでくれ! もうこれ以上、俺にはなに一つ手が無い!

 しかし、祈りは届かない。だからこそ人は祈り、絶望するのだ。
 自分の魔法だからか、水魔法への耐性が高いのか。オルベリアは濡れた髪を掻き上げ、薄く笑った。

ワタシの体・・・・・に傷一つつけられないと、まだ理解できていないみたいねぇ!」

 ……なぜだろう。妙に頭が冴え渡っているからか、彼女の言葉に違和感を覚えた。

「逃げて!」
『逃げよ!』

 二人は逃げろと、当たり前のことを口にしている。

「そろそろ終わりよぉ。左目は、ワタシがもらうわぁ!」

 俺の左目を抉り出そうと、オルベリアが手を伸ばす。
 ――だがそれよりも早く、無意識に左手を伸ばしていた。
 触れたのは、オルベリアの右目。魔王ウィズヴィースの紫の瞳。

 ワタシの体、とオルベリアは言った。……では、この右目は?
 ただ触れただけだ。しかし、その右目が零れ落ちる。自左腕を伝って転がり、トンッと跳ね……そこへあるべきだと、自分の右目に納まった。
 暗かった視界が開け、前と同じように目が見える。理解ができず呆然としていると、オルベリアが叫んだ。

「いや、なにこれ。見えない。なにも、なにも見えない! いや、嫌、イヤアアアアアアアアアアアアア!」

 頭を抱えて叫んでいるオルベリア。
 自分の右目、その少し下辺りを撫でていると、腕が掴まれた。

「逃げましょう!」
「は、はい」
「逃がさない、絶対に逃がさない! 返して、ワタシの右目を返してぇ! 逃がしてたまるかあああああああああ……がふっ」

 おかしな声だったと、足を止めて目を向ける。
 そこには、胸から手が生えている……いや、心臓を抉り出されているオルベリアの姿があった。

「なぁに、これぇ」
「――まさか、本当にうまくやってくれるとは思いませんでしたよ」

 背中から、心臓を握った手を引き抜く。頭に角がある青い肌をした男は、死んだはずの魔族は、目を見開いたままオルベリアの心臓を見ていた。
 前に倒れ、口から紫の血を吐き出し、胸からはさらに大量の血を溢れさせているオルベリアが叫ぶ。

「ベーヴェ。ベーヴェ=ウィズヴィース! 我々が恩情を与えてやったにも関わらず、ワタシを謀ったのねぇ!」

 ベーヴェは笑いながら答える。

「そりゃそうでしょ。魔力のほとんどを奪われ、放逐されたんですよ? 元魔貴族でありながら、そんな屈辱に耐えられます?」
「おのれええええええええええええ!」
「うるさいですよ」

 平然とベーヴェはオルベリアの頭を踏み潰す。それから握っていた彼女の心臓を、パクリと食べた。
 彼は一度舌なめずりをし、口を開く。

「中級魔族くらいまでは魔力が戻りましたかね。まぁオルベリア程度を食らっても、こんなもんですか。さて――」

 ベーヴェはこちらの前まで歩き、足を止める。
 そして敵意を感じさせない柔和な笑顔で、

「右目を抉らせてもらってもいいですか?」

 と言った。
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