49 / 51
最終章
6-5 共闘
しおりを挟む
今後のことを話し合う最初に聞いたことは、当然あのことだった。
「ラックスさんは浮遊大陸の中にいるんですか?」
「……ラックス、ですかぁ? えぇっと、はい、人間さんですねぇ。浮遊大陸内に幽閉されていましたぁ。怪我の治療をしている最中ですので、当分動かすことはできませんが、安全は保障しますよぉ」
「なら、まずは彼との合流を――」
「いや、先に災厄を倒すべきだろう。戦えない者との合流より、被害を減らすことが優先される」
ヘクトル様の言葉に対し、思わず反発しかける。
しかし、それは間違っていると自分でも分かっていた。
何度か深呼吸をし、心を落ち着かせる。
今は、災厄を倒し、それからラックスさんと合流するべきだ。怪我をしている。戦力にはならない。安全なところに居てもらうほうがいい。
――よし、落ち着いた。
顔を上げると、エルがなぜか訝し気な顔でサリュを見ていた。
「……ラックスは怪我をしているのか」
「はぁい」
「動かすことはできないが、安全な場所に隔離されていると」
「はぁい」
「好待遇だな。そもそも、なぜあやつを攫った?」
「分かりませぇん。他の派閥の者がやったことですのでぇ」
ぶるり、と体が震える。室内の温度が下がっているかのようだ。
理由は、この二人が笑顔なのに恐ろしいせいだろう。ベーヴェは目を逸らし、弱っているアグラは縮こまっており、ヘクトル様だけが強く咳払いをした。
「二人とも、くだらない化かし合いはそこまでだ。……サリュは、なにか裏があるように思えるな。そこらについて話す気は?」
「――なにも隠していません」
サリュの間延びした話し方が変わり、肌がピリッとする。
わたしは、ようやく実感した。下手に出ていようと、笑顔を見せていようと……彼女はとてつもなく強大な存在だということを。
思わず唾を飲み込む。程なくして、サリュから発せられていた圧が消えた。
「世界のために協力をするつもりですぅ。怪しいと思われるのでしたら、手を組むのはやめましょぉ。どちらにしろこちらから、あなたがたへの攻撃は行いませんので、ご安心をぉ」
「……ふんっ、まぁいい。裏があるのはお前だけじゃない、手を組んでやる。災厄とやらを倒す手段が、そちらにはあるのだろう?」
エルの言葉へ、サリュが笑顔を返す。
「もちろんですぅ。あれは、多数で立ち向かっても倒すことができませぇん。ただ被害を増やすだけですぅ。……少数精鋭で戦いましょぅ。隙を狙い、封印しますぅ」
どうやら彼女たちの調査で分かっているらしいが、災厄は浮遊大陸から遥か北にある廃墟を拠点としており、そこから世界各地へ飛んでいるとか。
なら、その場に封印魔法? を設置すれば良いと思ったのだが、察知されてしまうらしい。よって、戦って時間を稼ぎ、封印魔法を完成させ、発動しなければならない。
この運任せみたいな作戦がうまくいくのだろうか? 物語だと、封印魔法の発動を成功させた後、無理矢理破られ、別の対処法を見つけ出すことになる。よくある展開だ。
しかし、その封印魔法の術式を聞いたエルとベーヴェは納得したようだった。それだけよくできた魔法なのだろう。全部フラグに思えるが、たぶん考えすぎなだけだ。
「では、明日の早朝に行動を開始しますぅ。転移魔法陣を用意してあるので、すぐに攻撃できますぅ」
災厄が根城にしている廃墟から、数分の場所へ設置されている転移魔法陣。手際が良すぎる。やはり、フラグじゃないだろうかと、頭を悩ませるのだった。
――深夜。眠れずにいたら声がかけられた。
「少し、散歩でもしないか?」
「いいわね。ちょうど、寝れなくて困ってたの」
「吾もだ」
魔王と呼ばれる存在が眠れない。ならば、勇者(仮)の女子高生が眠れないのは仕方がないことだろう。少し、肩の力が抜けるのを感じた。
部屋を出ると、そこには恐らく完全体となったエルの姿があった。歳は二十代前半くらいだろうか。色気をムンムン出していた。胸が大きすぎて邪魔そうだ。
エルはわたしを抱えて飛び、そのまま夜空で止まる。漆黒の翼が、夜の闇に映えた。
下を見ると怖くて震えてしまうが、前を見れば星が近く感じる。怖い、美しい。両方の感情がない交ぜになり、不思議な気持ちとなった。
「……これから、浮遊大陸へ潜入しないか?」
「え?」
「ミサキには正直に話そう。サリュはなにかを隠している。恐らくだが、ラックスについてだ。……間に合うのならば、助け出したい」
それは、わたしも感じていた。サリュに悪意は無いが、なにかラックスさんについて隠さなければならない事情がある。
もしかしたら、彼はすでに……という可能性だってあった。
しかし、わたしは首を横へ振る。
「無理を言ったか?」
「ううん、そうじゃないわ」
自分の胸に手を当て、やっぱりそうだと、なにか確信めいたものを感じながら頷いた。
「これが、勇者として召喚された影響かは分からない。でもね、わたしは災厄のところへ行かなければならない。そう、強く感じるの」
「……なぜだろうな。少しだけ分かるよ。吾も、災厄のところへ行かねばならぬと感じている」
「なら、行きましょう。みんなで。……そして、全部終わったらラックスさんの元にも、みんなで行こう?」
エルは深く息を吐き、そして頷いた。
「あぁ、そうだな。あのバカのところへ、みんなで行こう」
死なないと約束したから、きっと死んではいない。ラックスさんはそういう人だと、わたしたちは信じていた。
それに、この美しい景色を、次は三人で見たい。もう一度夜空を見て、わたしはそう思った。
――翌朝。準備を終えたわたしたちは、転移魔法陣に乗り込んだ。
思い切り上と下へ引っ張られる感触。それが縮んで消えれば、見知らぬ場所へ立っていた。
「あの廃墟に災厄がいます」
「よし、では行こうか」
「はい!」
自分の頬を両手でぐにっと押しながら、弱気にならないように、いつもの自分で戦えるようにと祈る。
パキンッと、なにかが割れた音がした。
「……え?」
なぜ、どうして、といくつもの疑問が浮かぶ。先ほどまでは、なにも不思議に思わなかった。
今、ここにはわたしと、エルと、ベーヴェ、アグラさん、ヘクトルさん、サリュの姿がある。少数精鋭で災厄と戦うためだ。
しかし、これはおかしい。
強い人は、わたしたち以外にもたくさんいる。特にサリュと同じ有翼人には、かなりの戦力となる人がいるはずだ。
その全員が、遠方で封印魔法の補助をするために待機している? そんなことがあり得るのだろうか?
……ダメだ。この戦いは罠だ。サリュは信用できない!
「待っ――」
「約束通り、まずは一人でやらせてもらう! 皆はゆっくり来てくれ!」
止めるより先に、ヘクトル様が駆けだしてしまう。
一瞬で姿が見えなくなり、今度はエルの腕を掴もうとし――逆に腕が掴まれた。
誰かは分かっており、すぐに振り払う。サリュは、困っているような、悲しんでいるような顔で笑みを浮かべていた。
「あなた……っ!」
「謝罪は後でしますぅ。でもまずは災厄の元へ向かいましょぅ。そうすれば、どれだけ恐ろしい存在か理解してもらえるはずですぅ」
わたしたちが、恐怖で逃げるかもしれないと思った。だから、魔法で洗脳して無理矢理連れて来た。偶然、変質の作用で、わたしは洗脳を解いたのだろう。いつもの自分のままで、と思ったことのお陰だ。
しかし、言い争っている暇は無い。数秒遅れただけで、ヘクトル様が死んでいる可能性もある。災厄がそういう敵だと、アグラさんを見れば分かっていた。
サリュへの怒りを抑え、走り出す。まずは、ヘクトル様の命が最優先だった。
――廃墟内へと入り、最初に見えた光景へ愕然とした。
もしかしたら、あっさり勝ってしまうのではないか? そんな風に思っていたヘクトル様が、何度も吹き飛ばされて地面を転がり、その度に立ち上がって、微動だにしない相手へ挑んでいた。
「こういう戦いを望んでいた!」
獣のように獰猛な眼で斬りかかるヘクトル様。
逆に相手は攻撃を避けることすらせず、ただ腕を振るだけで、ヘクトル様を吹き飛ばしていた。
顔も見えない長い銀色の髪。白い衣。灰色の片翼。
姿だけならば恐れは感じない。だが、視界に入れているだけで震えが止まらない。
あれは――化け物だ。
また吹き飛ばされたヘクトル様が、偶然足元へと転がってくる。近づき、手を差し出した。
「大丈夫ですか!?」
「邪魔だぁ!」
わたしの腕を振り払って駆け出し……またすぐに吹き飛ばされ戻って来た。
今度は、全身で片腕にしがみつく。丸太のような太さと固さがあった。
「勇者様! 離してくれ!」
「ダメです! わたしたちは、絶対に勝たなければいけません!」
「今、僕は人生を謳歌している! やっと自分より強い者に出会えたんだ!」
「それは、あなたの大切な人達全てより優先されますか!?」
咄嗟に出た言葉だ。自分でも、なぜそんなことを言ったのかは分からない。
しかし、効果はあったらしい。ヘクトル様は足を止め、ガシガシと頭を掻いた。
「……まぁ、うん。約束は約束だ。僕一人の力では、災厄には勝てないだろう」
ハッキリと、勝てないことを認めた。それはヘクトル様にとっては屈辱的なことで、こちらにとっては、災厄の強さが想定を遥かに超えたものだと再認識することだった。
エルが一歩前に出る。すぐ後ろにベーヴェとアグラが続いた。
「全員気合をいれろ! 殺す気でかからねば、すぐに殺されるぞ!」
その通りだ。特にわたしなんかは、一撃でも食らえば、それだけで死んでしまうだろう。
ヘクトル様とアグラさんが地面を駆け、エルとベーヴェ、サリュが空中から攻撃を開始する。苛烈な攻撃に、災厄の姿はすぐ見えなくなった。
砂が舞い、地面が抉れ、空が割ける。あれ? もしかして、わたしって場違いなんじゃ?
そんなことに今さら気付くも、退くことができるはずもない。きっと、わたしにもできることがあるはずだ。
隙を窺っていると、サリュが魔法で竜巻を起こす。中心には災厄の姿が薄っすら見えており、他の面々は距離をとっていた。
「くそっ、攻撃が通りませんね!」
「だから私が言っただろう……」
「体勢を立て直し、再攻撃を行おう。サリュの竜巻が消えると同時に行くぞ!」
黒い影としか認識できないが、災厄は竜巻へ手を伸ばしているように思える。耐性をつけ、強引に切り抜けようとしているのだろう。
災厄の指先が竜巻へ触れた瞬間……スッと、不自然に竜巻が消えた。
「今です!」
ベーヴェの声に合わせ、全員が災厄へ攻撃を開始する。だが、無意識の内に声が出ていた。
「避けて!」
わたしの声を信じてくれたのだろう。攻撃をやめ、回避行動へ移ってくれた。
しかし、そんなものは全て無駄だったと言える。
災厄の体から放たれたのは、竜巻で、炎で、雷で、氷で。剣で、槍で、斧で、槌で。あらゆる魔法と、あらゆる武器が、その身から解き放たれていた。
避けられるはずの無い範囲。生き残れるはずのない威力。
明確に、「死」というものを意識した。
目を見開いたまま、防御もできずに茫然と立ち尽くす。
周囲から聞こえる呻き声で、我に返った。
「くっそ……」
「化け物、ですね」
「しかし、勝たねば……」
三人が己を奮い立たせる中、サリュは無言を貫き、エルは地面を叩いた。
生きているはずがない。なのに、全員が生きていた。
なぜ、エルが地面を叩いたのかも分かる。彼女も気付いてしまったのだ。
無性に泣きたい気持ちのまま、災厄を見る。
銀色の髪から梳けて見える紫色の瞳で、確信した。
「「……ラックス」さん」
奇しくも、わたしとエルの言葉は重なっていた。
「ラックスさんは浮遊大陸の中にいるんですか?」
「……ラックス、ですかぁ? えぇっと、はい、人間さんですねぇ。浮遊大陸内に幽閉されていましたぁ。怪我の治療をしている最中ですので、当分動かすことはできませんが、安全は保障しますよぉ」
「なら、まずは彼との合流を――」
「いや、先に災厄を倒すべきだろう。戦えない者との合流より、被害を減らすことが優先される」
ヘクトル様の言葉に対し、思わず反発しかける。
しかし、それは間違っていると自分でも分かっていた。
何度か深呼吸をし、心を落ち着かせる。
今は、災厄を倒し、それからラックスさんと合流するべきだ。怪我をしている。戦力にはならない。安全なところに居てもらうほうがいい。
――よし、落ち着いた。
顔を上げると、エルがなぜか訝し気な顔でサリュを見ていた。
「……ラックスは怪我をしているのか」
「はぁい」
「動かすことはできないが、安全な場所に隔離されていると」
「はぁい」
「好待遇だな。そもそも、なぜあやつを攫った?」
「分かりませぇん。他の派閥の者がやったことですのでぇ」
ぶるり、と体が震える。室内の温度が下がっているかのようだ。
理由は、この二人が笑顔なのに恐ろしいせいだろう。ベーヴェは目を逸らし、弱っているアグラは縮こまっており、ヘクトル様だけが強く咳払いをした。
「二人とも、くだらない化かし合いはそこまでだ。……サリュは、なにか裏があるように思えるな。そこらについて話す気は?」
「――なにも隠していません」
サリュの間延びした話し方が変わり、肌がピリッとする。
わたしは、ようやく実感した。下手に出ていようと、笑顔を見せていようと……彼女はとてつもなく強大な存在だということを。
思わず唾を飲み込む。程なくして、サリュから発せられていた圧が消えた。
「世界のために協力をするつもりですぅ。怪しいと思われるのでしたら、手を組むのはやめましょぉ。どちらにしろこちらから、あなたがたへの攻撃は行いませんので、ご安心をぉ」
「……ふんっ、まぁいい。裏があるのはお前だけじゃない、手を組んでやる。災厄とやらを倒す手段が、そちらにはあるのだろう?」
エルの言葉へ、サリュが笑顔を返す。
「もちろんですぅ。あれは、多数で立ち向かっても倒すことができませぇん。ただ被害を増やすだけですぅ。……少数精鋭で戦いましょぅ。隙を狙い、封印しますぅ」
どうやら彼女たちの調査で分かっているらしいが、災厄は浮遊大陸から遥か北にある廃墟を拠点としており、そこから世界各地へ飛んでいるとか。
なら、その場に封印魔法? を設置すれば良いと思ったのだが、察知されてしまうらしい。よって、戦って時間を稼ぎ、封印魔法を完成させ、発動しなければならない。
この運任せみたいな作戦がうまくいくのだろうか? 物語だと、封印魔法の発動を成功させた後、無理矢理破られ、別の対処法を見つけ出すことになる。よくある展開だ。
しかし、その封印魔法の術式を聞いたエルとベーヴェは納得したようだった。それだけよくできた魔法なのだろう。全部フラグに思えるが、たぶん考えすぎなだけだ。
「では、明日の早朝に行動を開始しますぅ。転移魔法陣を用意してあるので、すぐに攻撃できますぅ」
災厄が根城にしている廃墟から、数分の場所へ設置されている転移魔法陣。手際が良すぎる。やはり、フラグじゃないだろうかと、頭を悩ませるのだった。
――深夜。眠れずにいたら声がかけられた。
「少し、散歩でもしないか?」
「いいわね。ちょうど、寝れなくて困ってたの」
「吾もだ」
魔王と呼ばれる存在が眠れない。ならば、勇者(仮)の女子高生が眠れないのは仕方がないことだろう。少し、肩の力が抜けるのを感じた。
部屋を出ると、そこには恐らく完全体となったエルの姿があった。歳は二十代前半くらいだろうか。色気をムンムン出していた。胸が大きすぎて邪魔そうだ。
エルはわたしを抱えて飛び、そのまま夜空で止まる。漆黒の翼が、夜の闇に映えた。
下を見ると怖くて震えてしまうが、前を見れば星が近く感じる。怖い、美しい。両方の感情がない交ぜになり、不思議な気持ちとなった。
「……これから、浮遊大陸へ潜入しないか?」
「え?」
「ミサキには正直に話そう。サリュはなにかを隠している。恐らくだが、ラックスについてだ。……間に合うのならば、助け出したい」
それは、わたしも感じていた。サリュに悪意は無いが、なにかラックスさんについて隠さなければならない事情がある。
もしかしたら、彼はすでに……という可能性だってあった。
しかし、わたしは首を横へ振る。
「無理を言ったか?」
「ううん、そうじゃないわ」
自分の胸に手を当て、やっぱりそうだと、なにか確信めいたものを感じながら頷いた。
「これが、勇者として召喚された影響かは分からない。でもね、わたしは災厄のところへ行かなければならない。そう、強く感じるの」
「……なぜだろうな。少しだけ分かるよ。吾も、災厄のところへ行かねばならぬと感じている」
「なら、行きましょう。みんなで。……そして、全部終わったらラックスさんの元にも、みんなで行こう?」
エルは深く息を吐き、そして頷いた。
「あぁ、そうだな。あのバカのところへ、みんなで行こう」
死なないと約束したから、きっと死んではいない。ラックスさんはそういう人だと、わたしたちは信じていた。
それに、この美しい景色を、次は三人で見たい。もう一度夜空を見て、わたしはそう思った。
――翌朝。準備を終えたわたしたちは、転移魔法陣に乗り込んだ。
思い切り上と下へ引っ張られる感触。それが縮んで消えれば、見知らぬ場所へ立っていた。
「あの廃墟に災厄がいます」
「よし、では行こうか」
「はい!」
自分の頬を両手でぐにっと押しながら、弱気にならないように、いつもの自分で戦えるようにと祈る。
パキンッと、なにかが割れた音がした。
「……え?」
なぜ、どうして、といくつもの疑問が浮かぶ。先ほどまでは、なにも不思議に思わなかった。
今、ここにはわたしと、エルと、ベーヴェ、アグラさん、ヘクトルさん、サリュの姿がある。少数精鋭で災厄と戦うためだ。
しかし、これはおかしい。
強い人は、わたしたち以外にもたくさんいる。特にサリュと同じ有翼人には、かなりの戦力となる人がいるはずだ。
その全員が、遠方で封印魔法の補助をするために待機している? そんなことがあり得るのだろうか?
……ダメだ。この戦いは罠だ。サリュは信用できない!
「待っ――」
「約束通り、まずは一人でやらせてもらう! 皆はゆっくり来てくれ!」
止めるより先に、ヘクトル様が駆けだしてしまう。
一瞬で姿が見えなくなり、今度はエルの腕を掴もうとし――逆に腕が掴まれた。
誰かは分かっており、すぐに振り払う。サリュは、困っているような、悲しんでいるような顔で笑みを浮かべていた。
「あなた……っ!」
「謝罪は後でしますぅ。でもまずは災厄の元へ向かいましょぅ。そうすれば、どれだけ恐ろしい存在か理解してもらえるはずですぅ」
わたしたちが、恐怖で逃げるかもしれないと思った。だから、魔法で洗脳して無理矢理連れて来た。偶然、変質の作用で、わたしは洗脳を解いたのだろう。いつもの自分のままで、と思ったことのお陰だ。
しかし、言い争っている暇は無い。数秒遅れただけで、ヘクトル様が死んでいる可能性もある。災厄がそういう敵だと、アグラさんを見れば分かっていた。
サリュへの怒りを抑え、走り出す。まずは、ヘクトル様の命が最優先だった。
――廃墟内へと入り、最初に見えた光景へ愕然とした。
もしかしたら、あっさり勝ってしまうのではないか? そんな風に思っていたヘクトル様が、何度も吹き飛ばされて地面を転がり、その度に立ち上がって、微動だにしない相手へ挑んでいた。
「こういう戦いを望んでいた!」
獣のように獰猛な眼で斬りかかるヘクトル様。
逆に相手は攻撃を避けることすらせず、ただ腕を振るだけで、ヘクトル様を吹き飛ばしていた。
顔も見えない長い銀色の髪。白い衣。灰色の片翼。
姿だけならば恐れは感じない。だが、視界に入れているだけで震えが止まらない。
あれは――化け物だ。
また吹き飛ばされたヘクトル様が、偶然足元へと転がってくる。近づき、手を差し出した。
「大丈夫ですか!?」
「邪魔だぁ!」
わたしの腕を振り払って駆け出し……またすぐに吹き飛ばされ戻って来た。
今度は、全身で片腕にしがみつく。丸太のような太さと固さがあった。
「勇者様! 離してくれ!」
「ダメです! わたしたちは、絶対に勝たなければいけません!」
「今、僕は人生を謳歌している! やっと自分より強い者に出会えたんだ!」
「それは、あなたの大切な人達全てより優先されますか!?」
咄嗟に出た言葉だ。自分でも、なぜそんなことを言ったのかは分からない。
しかし、効果はあったらしい。ヘクトル様は足を止め、ガシガシと頭を掻いた。
「……まぁ、うん。約束は約束だ。僕一人の力では、災厄には勝てないだろう」
ハッキリと、勝てないことを認めた。それはヘクトル様にとっては屈辱的なことで、こちらにとっては、災厄の強さが想定を遥かに超えたものだと再認識することだった。
エルが一歩前に出る。すぐ後ろにベーヴェとアグラが続いた。
「全員気合をいれろ! 殺す気でかからねば、すぐに殺されるぞ!」
その通りだ。特にわたしなんかは、一撃でも食らえば、それだけで死んでしまうだろう。
ヘクトル様とアグラさんが地面を駆け、エルとベーヴェ、サリュが空中から攻撃を開始する。苛烈な攻撃に、災厄の姿はすぐ見えなくなった。
砂が舞い、地面が抉れ、空が割ける。あれ? もしかして、わたしって場違いなんじゃ?
そんなことに今さら気付くも、退くことができるはずもない。きっと、わたしにもできることがあるはずだ。
隙を窺っていると、サリュが魔法で竜巻を起こす。中心には災厄の姿が薄っすら見えており、他の面々は距離をとっていた。
「くそっ、攻撃が通りませんね!」
「だから私が言っただろう……」
「体勢を立て直し、再攻撃を行おう。サリュの竜巻が消えると同時に行くぞ!」
黒い影としか認識できないが、災厄は竜巻へ手を伸ばしているように思える。耐性をつけ、強引に切り抜けようとしているのだろう。
災厄の指先が竜巻へ触れた瞬間……スッと、不自然に竜巻が消えた。
「今です!」
ベーヴェの声に合わせ、全員が災厄へ攻撃を開始する。だが、無意識の内に声が出ていた。
「避けて!」
わたしの声を信じてくれたのだろう。攻撃をやめ、回避行動へ移ってくれた。
しかし、そんなものは全て無駄だったと言える。
災厄の体から放たれたのは、竜巻で、炎で、雷で、氷で。剣で、槍で、斧で、槌で。あらゆる魔法と、あらゆる武器が、その身から解き放たれていた。
避けられるはずの無い範囲。生き残れるはずのない威力。
明確に、「死」というものを意識した。
目を見開いたまま、防御もできずに茫然と立ち尽くす。
周囲から聞こえる呻き声で、我に返った。
「くっそ……」
「化け物、ですね」
「しかし、勝たねば……」
三人が己を奮い立たせる中、サリュは無言を貫き、エルは地面を叩いた。
生きているはずがない。なのに、全員が生きていた。
なぜ、エルが地面を叩いたのかも分かる。彼女も気付いてしまったのだ。
無性に泣きたい気持ちのまま、災厄を見る。
銀色の髪から梳けて見える紫色の瞳で、確信した。
「「……ラックス」さん」
奇しくも、わたしとエルの言葉は重なっていた。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした
たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。
死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる