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第一章
08:団体交渉(1)
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「ノルマ百倍……だと……」
朝食のさなか、静まり返った小屋にそんな苦鳴が聞こえてくる。
先ほど奴隷使いのリーダーがやってきて、ニヤニヤ笑いながら言い捨てていったのだ。奴隷達はあまりの事態に言葉を失い、食事の手を止めている。
錬もこの事態を打破する方策を考えるが、桁違いのノルマに対応するためには時間が足りなさすぎる。
「なぁ……一日でもノルマ未達成なら前の飯に戻るんだよな……?」
「むしろそれを狙ってるとしか思えねぇよ!」
「あのクソ貴族が……ッ!!」
地面を叩く音が聞こえ、獣人奴隷達の毛並みが逆立つ。
現状、リフト六台に削岩機が一台ある。これを丸一日フル稼働してもノルマは三十倍が関の山だ。
昨晩更に追加作製した魔石エンジンを加えても、四十倍に達すれば良い方だろう。
(何か方法はないか……何か……)
考えていると、ふと皆の視線が集まっている事に錬は気付いた。
錬なら何とかできないか? 魔法具を作り出せる錬ならできるのでは?
そんな期待と不安を内包した眼差しだ。
しかし物理的に不可能なものはどうしようもない。ルールの内でどうにもならないなら、ルール自体を変えるしかない。
「……直談判しよう」
そう言うと、ジエットが血相を変えた。
「直談判って……危ないよ」
「危険は承知の上だ。ノルマ未達成となってからでは手遅れなんだから、その前に現実的な数字にしてもらうよう交渉するしかない」
奴隷達がざわめく。
「で、でもよ、交渉ったって誰がやるんだ……? 相手は平然と奴隷を殺すような貴族だぜ?」
「俺がやります」
錬の決意に奴隷達は息を呑んだ。
「伯爵にとって、俺は魔石エンジン――未知の魔法具を作り出した価値ある奴隷です。そう簡単に殺せはしないはず」
「そう上手くいきゃあいいが……」
もちろん不安はある。伯爵の中で損得よりも感情が勝れば、即座に殺されるだろう。
(……それでも、やるしかない)
食事が前の状態に戻れば、どのみち子どもの錬は生き残れない。
鉱山奴隷の過酷な環境に呑まれ、緩やかに使い潰されるくらいなら、今ここで命を懸けた方がいい。
「皆さんは通常通り作業をしておいてください。俺は一人で伯爵と交渉してきます」
「ボウズ……」
スロウ爺さんが心配そうに眉尻を下げてつぶやいた。他の皆もうなだれている。
彼らを安心させるため、錬は無理矢理笑顔を作った。
「大丈夫ですよ。上手くやってみせますから」
「私も行く!」
叫んだのはジエットだ。奴隷達はギョッとした顔になっている。
「伯爵は奴隷の命を何とも思ってない人間なんだろ。行ったら死ぬだけだぞ?」
「……たしかに、私個人には何の価値もない。行っても殺されるだけだと思う」
「じゃあ――」
「だけど、私にはこの国の姫って肩書きがある。それを教えればもしかしたら……伯爵にとって利用価値があれば殺されないかもしれない」
「そうかもしれないけど……君が望まない形で利用される可能性だってあるんじゃないか?」
「それはここにいたって同じだよ!」
ジエットは本気の眼差しをぶつけてくる。
「レンは言ったよね。私は器用で、力持ちだって。だったらいざという時に守れるはず。……ううん、絶対にレンを守る! 誰に止められたって付いていくから!」
ここまで言われて断る理由など、錬には思い付かなかった。
それに、交渉の成否はジエットも含めた奴隷全員の命に関わる問題なのだ。ならばこれ以上の説得は無用。
「……わかった。一緒に行こう」
「うん!」
「ただし、最低限の準備はする」
「準備って?」
「武装だ」
相手が武力行使した時、錬達に対抗手段がなければ一方的に蹂躙される。
それを防ぐだけの、最低限の自衛手段くらいは持っておかねば対等な交渉などできないのだ。
錬は手のひらサイズの木片をベースにし、木釘でクズ魔石と火炎石を固定、麻紐で可動部と火炎石を連動させる。
構造自体は以前から考えていたため、設計するまでもない。
「できた」
「それ何……?」
一見するとL字型の小さなガラクタで、見栄えも決して良くはない。ジエットや奴隷達には何だかわからないようだ。
しかし錬にとってはよく知っている形である。
「拳銃……と言ってもわからないか。まぁ、魔法の杖みたいなものだ」
「魔法の杖……?」
「説明するより見た方が早い」
数歩先の地面に木材を突き立て、錬はトリガーを引く。
その瞬間、大気を震わす爆発音と共に木材上部が消し飛んだ。
ジエットは腰を抜かしたようにへたり込み、周りの奴隷達も驚愕の表情で後ずさる。皆信じられないものを見たという顔だ。
「ま、魔法……!?」
「魔法じゃない。これは技術だ」
色差のある二つの魔石と火炎石を三角形の頂点に配置して接触させると、指向性のある爆発を起こす。
魔石エンジンの根幹を成す、この世界特有の物理現象である。
爆発の向きや規模はこれまで錬自身が散々研究してきた。ならば武器として応用する事もたやすい。
「ひとまず三つ用意しておきました。一つはここに置いておきますので自衛用にどうぞ。トリガーを引くとすぐに爆発するので気を付けてください」
錬は残る二つの魔石銃の片方をジエットに手渡す。
「残弾は魔石の色差で見分けられる。接触面を大きくして大火力を取り出せるようにしたから、その分消費も多い。せいぜい二、三発が限度だと思ってくれ」
「わ、わかった……!」
「それじゃ、行ってきます」
「……無理するなよ」
奴隷達は神妙な面持ちで錬とジエットを見送った。
奴隷使い達はそれぞれ割り当てられた範囲の山道を巡回し、奴隷を見張っている。ならばリーダーを探すのは難しくない。
「すみません、俺達を伯爵様のところへ連れて行っていただけませんか」
開口一番に錬が言うと、奴隷使いのリーダーは案の定すっとんきょうな顔になった。
ぽかんと口を開けたまま、錬とジエットの間で視線が行き来する。
「……あぁ? 何言ってんだてめぇ?」
「お願いできませんか?」
「連れて行けるわけないだろうが。とっとと仕事しろクソガキども」
虫を払うように手を振られてしまう。
だが大人しく引き下がるわけにはいかない。錬は考えていたとっておきの交渉材料を投げ付けた。
「拒否すればリフトをすべて破壊します」
「……っ!?」
奴隷使いの表情が強張った。
まるで予想だにしない事だったのだろう。怒りと焦りからかこめかみに青筋を浮かべ、絶句している。
「あなたの仕事は奴隷にノルマを達成させる事です。リフトを壊せばどうなるかわかるでしょう?」
「てめっ……ぶっ殺されてぇのか……!?」
奴隷使いが腰に差していた木の杖を抜き、錬の顔へ向けてくる。
おそらく魔法を放つつもりなのだろう。魔力持ちだけが使える奇跡の力。まともに喰らえば怪我では済まない。
だが錬は一歩も退かずに堂々と言い返す。
「どうぞ、殺したければ殺してください」
「あぁん!?」
「俺が死ねば、二度と新たな魔法具は作られません。なら俺を殺したあなたに対して、伯爵様はどう思うでしょうね?」
「ぐ……っ!?」
錬の脅し文句に、奴隷使いのリーダーはたじろいだ。
生意気な少年奴隷に対する怒りより、伯爵への恐怖心が上回ったのだろう。
彼は青ざめながら何か言いたげに睨んでいたが、やがて舌打ちして杖を仕舞った。
「……くそったれ。さっさと来い!」
「ありがとうございます」
笑顔で錬は答え、彼の後ろを付いて歩く。
ひとまず伯爵のところへは行けそうだが、これより先が正念場だ。
緊張をはらんだ空気の中、錬とジエットはうなずき合った。
朝食のさなか、静まり返った小屋にそんな苦鳴が聞こえてくる。
先ほど奴隷使いのリーダーがやってきて、ニヤニヤ笑いながら言い捨てていったのだ。奴隷達はあまりの事態に言葉を失い、食事の手を止めている。
錬もこの事態を打破する方策を考えるが、桁違いのノルマに対応するためには時間が足りなさすぎる。
「なぁ……一日でもノルマ未達成なら前の飯に戻るんだよな……?」
「むしろそれを狙ってるとしか思えねぇよ!」
「あのクソ貴族が……ッ!!」
地面を叩く音が聞こえ、獣人奴隷達の毛並みが逆立つ。
現状、リフト六台に削岩機が一台ある。これを丸一日フル稼働してもノルマは三十倍が関の山だ。
昨晩更に追加作製した魔石エンジンを加えても、四十倍に達すれば良い方だろう。
(何か方法はないか……何か……)
考えていると、ふと皆の視線が集まっている事に錬は気付いた。
錬なら何とかできないか? 魔法具を作り出せる錬ならできるのでは?
そんな期待と不安を内包した眼差しだ。
しかし物理的に不可能なものはどうしようもない。ルールの内でどうにもならないなら、ルール自体を変えるしかない。
「……直談判しよう」
そう言うと、ジエットが血相を変えた。
「直談判って……危ないよ」
「危険は承知の上だ。ノルマ未達成となってからでは手遅れなんだから、その前に現実的な数字にしてもらうよう交渉するしかない」
奴隷達がざわめく。
「で、でもよ、交渉ったって誰がやるんだ……? 相手は平然と奴隷を殺すような貴族だぜ?」
「俺がやります」
錬の決意に奴隷達は息を呑んだ。
「伯爵にとって、俺は魔石エンジン――未知の魔法具を作り出した価値ある奴隷です。そう簡単に殺せはしないはず」
「そう上手くいきゃあいいが……」
もちろん不安はある。伯爵の中で損得よりも感情が勝れば、即座に殺されるだろう。
(……それでも、やるしかない)
食事が前の状態に戻れば、どのみち子どもの錬は生き残れない。
鉱山奴隷の過酷な環境に呑まれ、緩やかに使い潰されるくらいなら、今ここで命を懸けた方がいい。
「皆さんは通常通り作業をしておいてください。俺は一人で伯爵と交渉してきます」
「ボウズ……」
スロウ爺さんが心配そうに眉尻を下げてつぶやいた。他の皆もうなだれている。
彼らを安心させるため、錬は無理矢理笑顔を作った。
「大丈夫ですよ。上手くやってみせますから」
「私も行く!」
叫んだのはジエットだ。奴隷達はギョッとした顔になっている。
「伯爵は奴隷の命を何とも思ってない人間なんだろ。行ったら死ぬだけだぞ?」
「……たしかに、私個人には何の価値もない。行っても殺されるだけだと思う」
「じゃあ――」
「だけど、私にはこの国の姫って肩書きがある。それを教えればもしかしたら……伯爵にとって利用価値があれば殺されないかもしれない」
「そうかもしれないけど……君が望まない形で利用される可能性だってあるんじゃないか?」
「それはここにいたって同じだよ!」
ジエットは本気の眼差しをぶつけてくる。
「レンは言ったよね。私は器用で、力持ちだって。だったらいざという時に守れるはず。……ううん、絶対にレンを守る! 誰に止められたって付いていくから!」
ここまで言われて断る理由など、錬には思い付かなかった。
それに、交渉の成否はジエットも含めた奴隷全員の命に関わる問題なのだ。ならばこれ以上の説得は無用。
「……わかった。一緒に行こう」
「うん!」
「ただし、最低限の準備はする」
「準備って?」
「武装だ」
相手が武力行使した時、錬達に対抗手段がなければ一方的に蹂躙される。
それを防ぐだけの、最低限の自衛手段くらいは持っておかねば対等な交渉などできないのだ。
錬は手のひらサイズの木片をベースにし、木釘でクズ魔石と火炎石を固定、麻紐で可動部と火炎石を連動させる。
構造自体は以前から考えていたため、設計するまでもない。
「できた」
「それ何……?」
一見するとL字型の小さなガラクタで、見栄えも決して良くはない。ジエットや奴隷達には何だかわからないようだ。
しかし錬にとってはよく知っている形である。
「拳銃……と言ってもわからないか。まぁ、魔法の杖みたいなものだ」
「魔法の杖……?」
「説明するより見た方が早い」
数歩先の地面に木材を突き立て、錬はトリガーを引く。
その瞬間、大気を震わす爆発音と共に木材上部が消し飛んだ。
ジエットは腰を抜かしたようにへたり込み、周りの奴隷達も驚愕の表情で後ずさる。皆信じられないものを見たという顔だ。
「ま、魔法……!?」
「魔法じゃない。これは技術だ」
色差のある二つの魔石と火炎石を三角形の頂点に配置して接触させると、指向性のある爆発を起こす。
魔石エンジンの根幹を成す、この世界特有の物理現象である。
爆発の向きや規模はこれまで錬自身が散々研究してきた。ならば武器として応用する事もたやすい。
「ひとまず三つ用意しておきました。一つはここに置いておきますので自衛用にどうぞ。トリガーを引くとすぐに爆発するので気を付けてください」
錬は残る二つの魔石銃の片方をジエットに手渡す。
「残弾は魔石の色差で見分けられる。接触面を大きくして大火力を取り出せるようにしたから、その分消費も多い。せいぜい二、三発が限度だと思ってくれ」
「わ、わかった……!」
「それじゃ、行ってきます」
「……無理するなよ」
奴隷達は神妙な面持ちで錬とジエットを見送った。
奴隷使い達はそれぞれ割り当てられた範囲の山道を巡回し、奴隷を見張っている。ならばリーダーを探すのは難しくない。
「すみません、俺達を伯爵様のところへ連れて行っていただけませんか」
開口一番に錬が言うと、奴隷使いのリーダーは案の定すっとんきょうな顔になった。
ぽかんと口を開けたまま、錬とジエットの間で視線が行き来する。
「……あぁ? 何言ってんだてめぇ?」
「お願いできませんか?」
「連れて行けるわけないだろうが。とっとと仕事しろクソガキども」
虫を払うように手を振られてしまう。
だが大人しく引き下がるわけにはいかない。錬は考えていたとっておきの交渉材料を投げ付けた。
「拒否すればリフトをすべて破壊します」
「……っ!?」
奴隷使いの表情が強張った。
まるで予想だにしない事だったのだろう。怒りと焦りからかこめかみに青筋を浮かべ、絶句している。
「あなたの仕事は奴隷にノルマを達成させる事です。リフトを壊せばどうなるかわかるでしょう?」
「てめっ……ぶっ殺されてぇのか……!?」
奴隷使いが腰に差していた木の杖を抜き、錬の顔へ向けてくる。
おそらく魔法を放つつもりなのだろう。魔力持ちだけが使える奇跡の力。まともに喰らえば怪我では済まない。
だが錬は一歩も退かずに堂々と言い返す。
「どうぞ、殺したければ殺してください」
「あぁん!?」
「俺が死ねば、二度と新たな魔法具は作られません。なら俺を殺したあなたに対して、伯爵様はどう思うでしょうね?」
「ぐ……っ!?」
錬の脅し文句に、奴隷使いのリーダーはたじろいだ。
生意気な少年奴隷に対する怒りより、伯爵への恐怖心が上回ったのだろう。
彼は青ざめながら何か言いたげに睨んでいたが、やがて舌打ちして杖を仕舞った。
「……くそったれ。さっさと来い!」
「ありがとうございます」
笑顔で錬は答え、彼の後ろを付いて歩く。
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