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第一章
10:受けた恩を返す先は
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ジエットと共に、錬は林を目指して道を駆ける。
距離としてはさほどでもない。しかし今は無限の彼方に感じられる。それほどまでに竜騎兵の速度はすさまじく、ものの数秒で背後に付かれてしまった。
「くそっ!」
「ギャンッ!!」
迫る竜騎兵を魔石銃で吹き飛ばす。
だが敵は一騎ではない。後ろを走っていた竜騎兵がすぐさま入れ替わり、錬に迫った。
「へへ、一番乗りぃ~っ!」
「ぐっ!?」
竜騎兵に横合いから蹴り飛ばされ、錬はもんどり打って倒れた。額を切ったのか血が垂れ、痛みにもだえ苦しむ。
「よっしゃ、金貨はいただきだぜ!」
「レンに近付かないで!」
「がふっ!?」
巨人に殴られたかのごとく竜ごと騎兵が吹き飛ばされた。
ジエットが魔石銃を撃ったのだ。
至近距離での爆風は強烈だったらしい。仲間の騎兵を巻き込んで地面を転がり、気を失ったのかピクリともしない。
「半獣の娘も魔法を!?」
「バカな、詠唱しなかったぞ! あれも魔法具なのか!?」
「散開しろ! 巻き込まれるぞ!!」
慌てた様子で竜騎兵達がバラけ、距離を取りながら退路を塞ぐ。
その後追い付いて来た歩兵により挟み撃ちにされてしまった。
(まずい、囲まれた……!)
魔法を詠唱する敵に魔石銃を向けて牽制しながら、錬は必死にこの場を逃れる術を考える。
だが周囲は敵だらけだ。魔石銃の残弾は少なく、交換する余裕もない。
遠距離から総出で魔法攻撃しない辺りすぐに殺す気はないのだろうが、それは痛め付けて情報を吐かせるという事に他ならない。死なない程度ならどこまでも残虐非道な事をしてくるだろう。
(どうにかして逃げないと――)
「おっと、逃がさねぇぞ?」
奴隷使いのリーダーはおぞましく笑みを浮かべ、杖を抜く。
「てめぇももうちょっと賢けりゃあ苦しまずに済んだのにな。まぁ諦めて大人しく金貨一枚と交換されろや!」
相手の口から詠唱の言葉が聞こえ、慌ててトリガーを引く。だがクズ魔石の魔力が枯渇したのか、小さな火花が飛ぶだけだ。
襲い来る痛みから逃げるように、錬は強く目をつむった。
その時だ。
「仲間ニ手ヲ出スナ!!」
「ぐはぁっ……!?」
握り拳ほどの石つぶてを背中に食らい、奴隷使いのリーダーが倒れ伏す。
見れば、熊獣人ベルドが手に石を持って敵兵を睨み付けていた。その背後にはスロウ爺さんや犬獣人など、他の奴隷達も大勢集まっている。
その数、実に数十人。魔石鉱山で働く奴隷の半数近い。
「あんたら……なんでここに?」
錬の問いかけに、奴隷達が雄叫びを上げた。
「ガキどもにだけ命懸けさせるわけにはいかねぇだろぉが!!」
「どうせ死ぬまでこき使われるんなら、かっこよく戦って散ってやらぁ!!」
「オレ達が戻らなかったら上の奴らが魔石エンジンを全部ぶっ壊すぜぇ!?」
「レンとジエットを守れぇぇぇ!!」
各々が石を投げ、木材を手に猛然と突撃する。
伯爵は青筋を浮かべて怒声を上げた。
「ええい、奴隷どもを始末せい!」
「し、しかし魔石エンジンが……!」
「構わぬ! 小僧が製法を知っておるのだからいくら壊されてもよい!」
「はっ!」
敵兵全員が杖を構え、詠唱する。杖の先から火球が放たれ、石つぶてや風の刃が飛ぶ。
わずか十人足らずの兵達から放たれる魔法は予想以上に強大で、絨毯爆撃するかのように奴隷達へ迫る。
だが――
「エルト・ル・パステ・シエルタ・レクアド!」
張りのある女性の声が響いた直後、水の膜が奴隷達を覆った。
敵の魔法は水膜の表面で弾け、霧散して消えてゆく。
「双方、そこまで!」
声の方には、装飾をあしらった銀の短杖を構える、燃えるような赤い髪の女性がいた。
見た目は二十歳ほどだろう。ゴシック調のスリムなドレスにロングブーツを着込んだ姿は一見すると貴婦人だが、しかしつば広帽子に短杖を持つ様はさながら魔女のようでもあった。
「エスリ殿、なぜこちらに!? 取引は先日終了したはず……!」
「個人的な用件ですわ。そんな事よりも――」
エスリと呼ばれた女性は鷹揚に歩み寄り、錬の目の前に立った。
「あれを作ったのはあなたかしら?」
「あれって……?」
「彼らの持つ魔法具です」
ちらりと視線を向けた先では、スロウ爺さんが魔石銃を手に笑っていた。
「わたくし、先日ここへ魔石の買い付けに来たのですが、その時に魔法具を作り出す奴隷がいると耳にしましたの。それで少し調べていましたら、道中で彼ら鉱山奴隷の方々とお会いしまして。聞けばあなたは魔法具を作り出せるとの事ですが、事実ですか?」
笑みをたたえるエスリには、しかしどこか問い詰めるような鋭さも含まれている。
誰とも知れぬ人物へ答えるべきか一瞬悩んだが、しかし言い渋っても事態は好転しない。
錬が覚悟を決めてうなずくと、エスリはふっと表情を緩めた。
「あなた、お名前は?」
「……錬。青木錬です」
「そう。じゃあレン、あなたヴァールハイト王立魔法学園に入学なさい」
「ヴァールハイト……魔法学園……?」
「ええ。申し遅れましたわ。わたくしはそこの学園長をしているローズベル公爵家の娘、エスリ=ローズベルと申しますの」
それを聞いた伯爵が目を吊り上げた。
「エスリ殿! そやつは我輩の奴隷、勝手にそのような事を申されては困りますぞ……!」
「たしかに、バエナルド卿所有の奴隷をわたくしが勝手に連れて行くのは問題ですわね」
「そうですぞ、まったく……まずは我輩に話を通していただかなくては困りますな」
やれやれとばかりに頭を振る伯爵だが、しかしエスリは暗く微笑んだ。
「仰る事はごもっともですけれど、卿のところに置いておくにはもったいない逸材ですわ。ここはわたくしの顔を立てて、彼を譲っていただけないかしら?」
「おやおや……栄えある王立魔法学園の学園長殿ともあろう御方が、亜人奴隷ごときに入れ込むのですかな?」
「伯爵様こそ入れ込んでおいでなのでは? 奴隷の一人や二人を譲る事すら渋るのですからね」
「奴隷の扱いは、その生命までをも含めて所有者の自由。王国法にもそう書かれてございますれば、我輩がこやつらをどうしようと口を挟まれるべきではありませぬな」
得意満面に胸を反らす伯爵。
だがエスリもまた柔和な笑みを崩さず堂々と返す。
「彼はいずれヴァールハイト王国に多大なる恩恵をもたらすものとわたくしは確信しております。であれば王の臣下として、彼の才能を伸ばし、その成果を陛下へ献上する義務があるのではなくて? まぁ、あなたが奸臣の類いであれば別ですけれど」
「なっ……そんな暴論まかり通るわけが……!?」
「いいえ、通りますとも。これでもわたくし、陛下の信は厚くてございましてよ」
涼やかな表情のエスリに対し、伯爵は顔面蒼白でわなわなと肩を震わせている。何かを言おうとしているが、反論が思い浮かばないのだろう。
どうやら論戦は決したようだ。
「それで、レン。いかがかしら?」
エスリは錬に向き直り、再度尋ねてくる。
彼女の提案はいわば、地の底に垂らされた細い糸だ。つかまない手はない。
だが、一人で行くつもりもまた錬にはなかった。
「……二つ、条件があります」
「聞きましょう」
「一つ。今後伯爵が奴隷達の身の安全と労働環境を守る限り、俺が学園で得た成果の一部を、俺の裁量で伯爵へ提供する事を許して欲しい」
今回反乱した仲間達の命と生活を守るために。
「そしてもう一つ。ジエットも一緒に入学させて欲しい」
「ジエット……?」
エスリは放心する半獣の少女へ目を向けた。
「こちらの子かしら?」
「はい。ジエットはこの国の第七王女だそうです。彼女も一緒に入学させてください。だめなら俺は行かない」
エスリは真意を探るように錬とジエットをしばらく見つめていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「……いいでしょう。第七王女殿下の真偽はひとまず横に置くとして、二つの条件を呑みます。ですが、ヴァールハイト王立魔法学園は自ら学ぶ意志のある者にのみ門戸が開かれておりますの。彼女にその意志はあるのかしら?」
周囲の耳目がジエットに集まる。
だが当の彼女は困惑した様子で目を泳がせていた。
「どうだ、ジエット? 一緒に行かないか?」
「わ……私は……」
震える声音でつぶやき、ジエットの瞳が揺らぐ。
視線の先には、スロウ爺さんや熊獣人ベルドなど、人間や獣人が入り混じった大勢の奴隷の姿があった。
これまで幾度となく世話になり、苦楽を共にしてきた仲間達だ。彼らを置いて自分達だけが地の底から引き上げられる事に、彼女は後ろめたさを感じているのだろう。
でもそれは間違いだ。
「ジエット、俺と一緒に来い!」
錬は彼女に手を差し伸べて言う。
「君が真に仲間達の事を想うなら、戦え!」
「戦うって……誰と?」
「奴隷制度とだ」
ジエットは雷に打たれたように大きく目を見開いた。
「今君がすべきは、負い目を感じながら逃げる事でも、ましてや彼らと共に鉱山奴隷を続ける事でもない。仲間のためを想うなら戦え。そして差別を生むこの世界を変えてみせろ。俺が全力で支えるから。この戦いは、半獣であり、奴隷であり、王女でもある君にしかできない!!」
「!!」
錬のその言葉に、ジエットは大粒の涙をこぼした。
泣きじゃくる彼女を励ますように、奴隷達が笑顔で声を張り上げる。
「嬢ちゃん、行って来い! こっちの事はワシらで何とかするわい!!」
「スロウ爺さんが付いてりゃ安心だな! がっはっは!!」
「へっ、オレたちゃガキに心配されるほどヤワじゃねぇぜ!!」
「ジエット! レン! 奴隷制度ヲ無クシテクレ!!」
彼らの声援の中、ジエットは嗚咽をこらえるように歯を食いしばり、錬の手をしっかり握る。
そして彼らの声をかき消すように、一際大きく叫ぶのだ。
「私、戦うよ! 魔法学園に入学して、たくさん勉強して、レンと一緒に奴隷制度を廃止してみせる! だから……だから皆待ってて!!」
ボロボロと涙を流しながらも、ジエットは精一杯の笑みを浮かべてみせる。
もはやそこに半獣の奴隷少女はいなかった。錬の前に立っているのは、決意と使命を胸に宿した一人の小さな王女様だ。
彼女のためならどんな事でもしよう。仲間を救い出すためなら命を懸けて戦おう。
彼らから受けた恩を、まだ見ぬ奴隷達へ返すために。
「この世界の奴隷制度をぶっ潰す! 俺達の手でっ!!」
距離としてはさほどでもない。しかし今は無限の彼方に感じられる。それほどまでに竜騎兵の速度はすさまじく、ものの数秒で背後に付かれてしまった。
「くそっ!」
「ギャンッ!!」
迫る竜騎兵を魔石銃で吹き飛ばす。
だが敵は一騎ではない。後ろを走っていた竜騎兵がすぐさま入れ替わり、錬に迫った。
「へへ、一番乗りぃ~っ!」
「ぐっ!?」
竜騎兵に横合いから蹴り飛ばされ、錬はもんどり打って倒れた。額を切ったのか血が垂れ、痛みにもだえ苦しむ。
「よっしゃ、金貨はいただきだぜ!」
「レンに近付かないで!」
「がふっ!?」
巨人に殴られたかのごとく竜ごと騎兵が吹き飛ばされた。
ジエットが魔石銃を撃ったのだ。
至近距離での爆風は強烈だったらしい。仲間の騎兵を巻き込んで地面を転がり、気を失ったのかピクリともしない。
「半獣の娘も魔法を!?」
「バカな、詠唱しなかったぞ! あれも魔法具なのか!?」
「散開しろ! 巻き込まれるぞ!!」
慌てた様子で竜騎兵達がバラけ、距離を取りながら退路を塞ぐ。
その後追い付いて来た歩兵により挟み撃ちにされてしまった。
(まずい、囲まれた……!)
魔法を詠唱する敵に魔石銃を向けて牽制しながら、錬は必死にこの場を逃れる術を考える。
だが周囲は敵だらけだ。魔石銃の残弾は少なく、交換する余裕もない。
遠距離から総出で魔法攻撃しない辺りすぐに殺す気はないのだろうが、それは痛め付けて情報を吐かせるという事に他ならない。死なない程度ならどこまでも残虐非道な事をしてくるだろう。
(どうにかして逃げないと――)
「おっと、逃がさねぇぞ?」
奴隷使いのリーダーはおぞましく笑みを浮かべ、杖を抜く。
「てめぇももうちょっと賢けりゃあ苦しまずに済んだのにな。まぁ諦めて大人しく金貨一枚と交換されろや!」
相手の口から詠唱の言葉が聞こえ、慌ててトリガーを引く。だがクズ魔石の魔力が枯渇したのか、小さな火花が飛ぶだけだ。
襲い来る痛みから逃げるように、錬は強く目をつむった。
その時だ。
「仲間ニ手ヲ出スナ!!」
「ぐはぁっ……!?」
握り拳ほどの石つぶてを背中に食らい、奴隷使いのリーダーが倒れ伏す。
見れば、熊獣人ベルドが手に石を持って敵兵を睨み付けていた。その背後にはスロウ爺さんや犬獣人など、他の奴隷達も大勢集まっている。
その数、実に数十人。魔石鉱山で働く奴隷の半数近い。
「あんたら……なんでここに?」
錬の問いかけに、奴隷達が雄叫びを上げた。
「ガキどもにだけ命懸けさせるわけにはいかねぇだろぉが!!」
「どうせ死ぬまでこき使われるんなら、かっこよく戦って散ってやらぁ!!」
「オレ達が戻らなかったら上の奴らが魔石エンジンを全部ぶっ壊すぜぇ!?」
「レンとジエットを守れぇぇぇ!!」
各々が石を投げ、木材を手に猛然と突撃する。
伯爵は青筋を浮かべて怒声を上げた。
「ええい、奴隷どもを始末せい!」
「し、しかし魔石エンジンが……!」
「構わぬ! 小僧が製法を知っておるのだからいくら壊されてもよい!」
「はっ!」
敵兵全員が杖を構え、詠唱する。杖の先から火球が放たれ、石つぶてや風の刃が飛ぶ。
わずか十人足らずの兵達から放たれる魔法は予想以上に強大で、絨毯爆撃するかのように奴隷達へ迫る。
だが――
「エルト・ル・パステ・シエルタ・レクアド!」
張りのある女性の声が響いた直後、水の膜が奴隷達を覆った。
敵の魔法は水膜の表面で弾け、霧散して消えてゆく。
「双方、そこまで!」
声の方には、装飾をあしらった銀の短杖を構える、燃えるような赤い髪の女性がいた。
見た目は二十歳ほどだろう。ゴシック調のスリムなドレスにロングブーツを着込んだ姿は一見すると貴婦人だが、しかしつば広帽子に短杖を持つ様はさながら魔女のようでもあった。
「エスリ殿、なぜこちらに!? 取引は先日終了したはず……!」
「個人的な用件ですわ。そんな事よりも――」
エスリと呼ばれた女性は鷹揚に歩み寄り、錬の目の前に立った。
「あれを作ったのはあなたかしら?」
「あれって……?」
「彼らの持つ魔法具です」
ちらりと視線を向けた先では、スロウ爺さんが魔石銃を手に笑っていた。
「わたくし、先日ここへ魔石の買い付けに来たのですが、その時に魔法具を作り出す奴隷がいると耳にしましたの。それで少し調べていましたら、道中で彼ら鉱山奴隷の方々とお会いしまして。聞けばあなたは魔法具を作り出せるとの事ですが、事実ですか?」
笑みをたたえるエスリには、しかしどこか問い詰めるような鋭さも含まれている。
誰とも知れぬ人物へ答えるべきか一瞬悩んだが、しかし言い渋っても事態は好転しない。
錬が覚悟を決めてうなずくと、エスリはふっと表情を緩めた。
「あなた、お名前は?」
「……錬。青木錬です」
「そう。じゃあレン、あなたヴァールハイト王立魔法学園に入学なさい」
「ヴァールハイト……魔法学園……?」
「ええ。申し遅れましたわ。わたくしはそこの学園長をしているローズベル公爵家の娘、エスリ=ローズベルと申しますの」
それを聞いた伯爵が目を吊り上げた。
「エスリ殿! そやつは我輩の奴隷、勝手にそのような事を申されては困りますぞ……!」
「たしかに、バエナルド卿所有の奴隷をわたくしが勝手に連れて行くのは問題ですわね」
「そうですぞ、まったく……まずは我輩に話を通していただかなくては困りますな」
やれやれとばかりに頭を振る伯爵だが、しかしエスリは暗く微笑んだ。
「仰る事はごもっともですけれど、卿のところに置いておくにはもったいない逸材ですわ。ここはわたくしの顔を立てて、彼を譲っていただけないかしら?」
「おやおや……栄えある王立魔法学園の学園長殿ともあろう御方が、亜人奴隷ごときに入れ込むのですかな?」
「伯爵様こそ入れ込んでおいでなのでは? 奴隷の一人や二人を譲る事すら渋るのですからね」
「奴隷の扱いは、その生命までをも含めて所有者の自由。王国法にもそう書かれてございますれば、我輩がこやつらをどうしようと口を挟まれるべきではありませぬな」
得意満面に胸を反らす伯爵。
だがエスリもまた柔和な笑みを崩さず堂々と返す。
「彼はいずれヴァールハイト王国に多大なる恩恵をもたらすものとわたくしは確信しております。であれば王の臣下として、彼の才能を伸ばし、その成果を陛下へ献上する義務があるのではなくて? まぁ、あなたが奸臣の類いであれば別ですけれど」
「なっ……そんな暴論まかり通るわけが……!?」
「いいえ、通りますとも。これでもわたくし、陛下の信は厚くてございましてよ」
涼やかな表情のエスリに対し、伯爵は顔面蒼白でわなわなと肩を震わせている。何かを言おうとしているが、反論が思い浮かばないのだろう。
どうやら論戦は決したようだ。
「それで、レン。いかがかしら?」
エスリは錬に向き直り、再度尋ねてくる。
彼女の提案はいわば、地の底に垂らされた細い糸だ。つかまない手はない。
だが、一人で行くつもりもまた錬にはなかった。
「……二つ、条件があります」
「聞きましょう」
「一つ。今後伯爵が奴隷達の身の安全と労働環境を守る限り、俺が学園で得た成果の一部を、俺の裁量で伯爵へ提供する事を許して欲しい」
今回反乱した仲間達の命と生活を守るために。
「そしてもう一つ。ジエットも一緒に入学させて欲しい」
「ジエット……?」
エスリは放心する半獣の少女へ目を向けた。
「こちらの子かしら?」
「はい。ジエットはこの国の第七王女だそうです。彼女も一緒に入学させてください。だめなら俺は行かない」
エスリは真意を探るように錬とジエットをしばらく見つめていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「……いいでしょう。第七王女殿下の真偽はひとまず横に置くとして、二つの条件を呑みます。ですが、ヴァールハイト王立魔法学園は自ら学ぶ意志のある者にのみ門戸が開かれておりますの。彼女にその意志はあるのかしら?」
周囲の耳目がジエットに集まる。
だが当の彼女は困惑した様子で目を泳がせていた。
「どうだ、ジエット? 一緒に行かないか?」
「わ……私は……」
震える声音でつぶやき、ジエットの瞳が揺らぐ。
視線の先には、スロウ爺さんや熊獣人ベルドなど、人間や獣人が入り混じった大勢の奴隷の姿があった。
これまで幾度となく世話になり、苦楽を共にしてきた仲間達だ。彼らを置いて自分達だけが地の底から引き上げられる事に、彼女は後ろめたさを感じているのだろう。
でもそれは間違いだ。
「ジエット、俺と一緒に来い!」
錬は彼女に手を差し伸べて言う。
「君が真に仲間達の事を想うなら、戦え!」
「戦うって……誰と?」
「奴隷制度とだ」
ジエットは雷に打たれたように大きく目を見開いた。
「今君がすべきは、負い目を感じながら逃げる事でも、ましてや彼らと共に鉱山奴隷を続ける事でもない。仲間のためを想うなら戦え。そして差別を生むこの世界を変えてみせろ。俺が全力で支えるから。この戦いは、半獣であり、奴隷であり、王女でもある君にしかできない!!」
「!!」
錬のその言葉に、ジエットは大粒の涙をこぼした。
泣きじゃくる彼女を励ますように、奴隷達が笑顔で声を張り上げる。
「嬢ちゃん、行って来い! こっちの事はワシらで何とかするわい!!」
「スロウ爺さんが付いてりゃ安心だな! がっはっは!!」
「へっ、オレたちゃガキに心配されるほどヤワじゃねぇぜ!!」
「ジエット! レン! 奴隷制度ヲ無クシテクレ!!」
彼らの声援の中、ジエットは嗚咽をこらえるように歯を食いしばり、錬の手をしっかり握る。
そして彼らの声をかき消すように、一際大きく叫ぶのだ。
「私、戦うよ! 魔法学園に入学して、たくさん勉強して、レンと一緒に奴隷制度を廃止してみせる! だから……だから皆待ってて!!」
ボロボロと涙を流しながらも、ジエットは精一杯の笑みを浮かべてみせる。
もはやそこに半獣の奴隷少女はいなかった。錬の前に立っているのは、決意と使命を胸に宿した一人の小さな王女様だ。
彼女のためならどんな事でもしよう。仲間を救い出すためなら命を懸けて戦おう。
彼らから受けた恩を、まだ見ぬ奴隷達へ返すために。
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