エンジニア転生 ~転生先もブラックだったので現代知識を駆使して最強賢者に上り詰めて奴隷制度をぶっ潰します~

えいちだ

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第二章

28:弱者と強者(1)

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 錬が背の高い草をかき分けると、その先に少し開けた岩場があった。

 何か大きな生き物が通った跡なのだろう。森の奥へと続く獣道には真新しい倒木が多数折り重なっている。

 カインツは倒木の上に座り、ワンドの生徒五人がその前でニヤニヤと笑っていた。

「よく来たな、編入生」

「なんだか待ち構えていたみたいな言い方ですね?」

「はて、何の事やら」

 カインツはとぼけたように肩をすくめる。

「それよりこんな森の奥まで来るとは身の程知らずじゃないか。全治一ヶ月くらいの怪我を負っても文句は言えんぞ?」

「……レン」

「ああ」

 ジエットの小声でのつぶやきに、錬は首肯で返した。

 廃会までの期限とピタリ一致している事に加え、相手は平民教師を従わせる事も可能な貴族達である。

(つまりこいつらが先生達に自由研究会の廃会を指示したって事だ)

 こんな森深くまで誘い込んだという事は、錬達に大怪我を負わせて確実に研究を握り潰す腹積もりなのだろう。

(だったら全力で抵抗するまでだ!)

 ジエットやノーラへ目配せし、うなずくのを確認した上で、錬は新型魔石銃を抜いた。

「そっちがケンカを売るつもりなら買ってやる。来いよ」

「おい貴様! カインツ様になんたる口の利きようだ!」

 取り巻きの男子生徒が唾を飛ばして激高する。

「あんた誰だっけ?」

「バ、バートンだ! 子爵家のバートン=アークレイ! 以前名乗ったのをもう忘れたのか!?」

「そういやそんな名前の奴もいたっけな。悪いね、俺興味のない事は覚えられないんだよ」

「この……鳥頭がッ!!」

 バートンは青筋を浮かべて銀の短杖を抜き放った。

「私を愚弄した事、治癒室のベッドで後悔しろ! エルト・ラ・シュタル――」

 間髪入れずに錬は核石をセットした魔石銃のトリガーを引く。高速射出された石の円輪は、けれどバートンの眼前で水しぶきと共に爆散した。

 水の障壁魔法だ。

「――ダーテス・レクアド!」

 詠唱は途切れず魔法は発動し、錬へ目掛けて無数の水の矢が飛来する!

「バカめ! 対策していないわけないだろうが!」

「同感だ」

 錬は向かって来る水の矢をフルオート掃射でことごとく撃ち落としていく。

「そ、相殺しただと!? くそっ……!」

 バートンは驚愕しつつも、次なる詠唱を開始する。

 だが錬は攻撃の手を緩めず、幾重にも展開されていた水の障壁もろとも眼前の敵を薙ぎ払う。

「ぐっはぁ……っ!?」

 なおも撃ち出される円輪を腹に食らい、バートンは宙を舞った。そのまま地面を転がり、ぬかるみで仰向けになる。

 どうやら気絶してしまったようだ。

「バートンがやられた!?」

「そんな! 防御魔法を多重展開していたのよ!?」

「まさか奴も多重化魔法が使えるとは……!」

 倒れたバートンを見て取り巻き連中の表情に焦りの色が生じる。

 錬は声音を潜めて尋ねた。

「ノーラさん、多重化魔法って何?」

「え? あ、はい……詠唱文の形容詞にエスを付けて複数形にした高等魔法ですよ。一度の詠唱で魔法をたくさん発動させるもので、たしか二年生で習うみたいですけど……」

「そんなのあるのか」

 言われてみれば何度か見た覚えはあった。錬の方は新型魔石銃に内蔵した発振器と付与魔法スイッチで連射しただけだが。

 そんな事を考えていると、不意にカインツがこらえるようにして小さく笑い出した。

「おやおや、バートンがうっかり転んで怪我をしてしまったようだ。まぁ森の中ではよくある事だな。誰か介抱してやれ」

「は、はい……!」

 取り巻きがバートンを抱え、物陰の草むらまで運んでいく。

「それで? 手下がやられたのに大貴族の嫡男であらせられるカインツ様はかかって来ないのか?」

 錬の皮肉を、しかしカインツは意に介する事なく、余裕の表情で口角を上げた。

「僕は別にケンカをしたいわけじゃない。お前達が森で怪我をしないか心配してやっただけだぞ?」

「こんなところまで連れてきてどの口が言ってんだか……」

「何を言う。そもそもここへ連れてきたのはそこの女ではないか」

 カインツに視線を向けられ、ノーラがビクリと震える。

「ここへ来たのは俺達の意志だ。ノーラさんに非はない」

「……なるほど、貴様はそちら側に付いたわけか。ならば事故・・に巻き込まれても仕方があるまいな?」

 倒木から下り、カインツは金の短杖を抜き放った。

「やっとしらばっくれるのをやめたか」

「ふっ、僕が直接手を下すわけがないだろう。あくまでこれは事故なのだからな!」

 カインツが杖をかざした直後、地面が揺れた。

 森の奥で樹木が薙ぎ倒され、咆哮とともに足音が近付いてくる。

「なんだ!?」

 錬の目の前に現れたのは、岩石のような竜だった。大型トラックほどもある巨体から、長い首と尾が生えている。

「ち……地竜っ!?」

「ノーラさん知ってるのか?」

「知ってるも何も、最強の魔獣と名高い四大巨竜の一種ですよ! なんでこんなところに……」

「ははっ、ここは魔樹の森だぞ? 何が潜んでいようとおかしくはあるまいよ!」

 カインツが金の短杖を振るうと、呼応するように地竜が錬の方を向いた。

(こいつ……飼い慣らされてるのか!?)

 地竜はおもむろに口を開ける。その中心に魔法陣のようなものが浮かび――

「危ないっ!!」

「うおっ!?」

 ジエットに抱きかかえられ、地面を転がる。一瞬遅れて先ほどまで錬がいた場所につららのような棘が突き立った。

 地竜が魔法を使ったのだ。

「レン、大丈夫!?」

「あ、あぁ……」

 答えながらも錬は体を起こし、地竜を銃撃する。だが円輪は鱗表面で砕け、破片をばらまくだけだ。

「レンさん、口を狙ってください! 地竜の弱点はそこです!」

「わかった!」

 ノーラの助言にサムズアップで応える。

「ジエット、離れてろ!」

 再び地竜が口を開くのを目にし、魔石銃で応射――しようとしたが、円輪の形ができあがる直前で棘と衝突、四散した。かろうじて軌道を逸らせる事はできたが、わずかでも遅れていれば体のどこかに風穴が空いていたに違いない。

 口はすでに閉じられている。弱点である事は地竜自身も自覚しているようだ。これでは攻撃するのも難しい。

(初動から発動までが早すぎる……! 無詠唱魔法を敵にやられるとこんなに厄介なのか!?)

 地竜の狙いはあくまで錬なのだろう。ジエットもノーラも無視して執拗に追いかけてくる。

「ジエット、援護を頼む! 奴の狙いは俺だ!」

「わ、わかった!」

 実戦経験などほぼない錬だが、回避と防御に徹していれば何とかなる。ジエットも後方から炎の魔石銃を放ち、あるいは尻尾をつかんだりと支援してくれる。

 だが敵は地竜だけではない。

「エルト・ル・グローア・ウォーレス・ウィンダーレ!」

「なっ……」

 カインツの魔法でいくつもの風の障壁が生じ、逃げ場を塞がれて錬は二の足を踏む。

 その隙を見逃さず、地竜は再び魔法の棘を放った。

「レン!?」

「ぐっ……!!」

 魔石銃の応射がギリギリ間に合い軌道を逸せたが、飛び散った破片を受けて手足や頬に血がにじむ。

「カインツ様、もうやめてください!」

 ノーラが懇願するように叫んだ。

「レンさんやジエットさんをこれ以上貶めようとする行為は、ノブレス・オブリージュに反します!」

「ノブレス・オブリージュ――持てる者には持たざる者を庇護する道義的責任が伴う、だったか。しかし奴らは本当に持たざる者なのか?」

「ど……どういう意味でしょうか?」

「編入生どもは魔法具を生み出す技と知識を持っている。貴族社会を崩壊させるほどの強大な力をな。現に奴はバートンを倒した。弱者が強者を屠ったのだ。ならばもう奴は弱者ではあるまい」

「だからってそんな……二人とも奴隷なんですよ!?」

「黙れッ!」

 ノーラの体が小さく跳ねた。

 彼女の反論に苛立ったのか、カインツは初めて感情を見せる。

「貴様とて例外ではない! 己は埒外だとうそぶいているが、僕や父上が死ねばシャルドレイテ侯爵家の跡取りが誰になるか……知らぬとは言わせんぞッ」

「証拠もなしにずいぶんな言いようだな!」

「!」

 足元に魔石銃をぶっ放すと、カインツは飛び退いた。

 すかさず射線にカインツを入れてやると、地竜の攻撃がピタリと止む。さすがは大貴族というべきか、飼い主を攻撃しないように教育は徹底しているらしい。

「なんだ、貴様もノーラから聞かされたのか? 一体どれほどその女に利する形に歪められたのやら」

「五年前にノーラさんの父親が毒殺されたという話なら聞いた。直前にお前の父親とグラスを交換していた事も」

「ほう、ならば話は早い。やったのはそいつの母親だ」

「違います!」

「何が違うというのだッ!」

「お母さんは、お父さんと侯爵様が仲直りして喜んでいました! それなのに暗殺するはずがありません!」

「それは貴様の主観だろうが!」

 議論は平行線を辿っている。地竜を何とかしない限りこの状況は収まらないだろう。

(できればこの手は使いたくなかったが……しょうがない)

「ジエット、一度でいい。地竜の攻撃を防いでくれ」

「任せて!」

 ジエットが錬の前に立ち、魔石銃を構えた。

 錬は鞄に入れていた銅線を取り出し、魔石銃のトリガーをグルグル巻きにする。

 これを握り込めば銅線が歪んでトリガーが固定され、魔法が連射しっ放しになる。口の中へ投げ込めば、魔石が尽きるまで体内で暴れまわってくれるはずだ。

 小銀貨一枚で買った魔石を使い捨てにしてしまう事になるが、地竜を倒すにはこれしかない。

「いくぞ!」

 地竜の口が開かれるのを見て、錬は魔石銃を振りかぶった――その時だ。

 突如激しく地面が揺れ、地竜の足元が隆起した。

 ――いや、違う。

 地竜を丸呑みするようにして、地中から巨大な魔獣が姿を現したのだ!

「な、なんだ……!?」

 土気色をしたその魔獣は、四つに分かれた醜悪な口で地竜をくわえ、持ち上げる。大火力の魔法をも弾く強靭な鱗は無惨にかみ砕かれる。

 最強の魔獣と呼ばれる地竜の断末魔が、魔樹の森に木霊した。
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