鬼と天狗

篠川翠

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第二章 尊攘の波濤

虎落笛(3)

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 善蔵の言葉を裏付けるかのような手紙が鳴海の元に届いたのは、それから間もなくのことだった。手紙の主は、京にいる十右衛門である。

 大谷鳴海殿

 京師既冬衣成テ京人共冬戯ニ打戦慄候尤モ我等為ハ国元ト無大差京人共乃言実ニ笑止千万也ト相互ニ打笑候
 然も鳴海殿兼テゟ御懸念致横濱鎖港之未ダ於京決定勅諚不聞候此儀付五日於朝議大樹公ニ再上洛求鎖港進捗之儀付釈明使事相成聞候丹波様大ニ氣揉共国事故我等彼此論共無為也ト拙者存候帝望真之国家御為之攘夷旦疾キ実現也共暴徒之嗷議曰王政復古不好願クハ公武一和之政事之御氣色ト奉伺候
 亦本圀寺辺ヘ参リ次第之所水戸藩之規模ニ相反シ人少シト覚へ候剰ヘ夜半尚灯火不絶薬師繁ク本圀寺出入り致ト寺之小僧申候今般於本圀寺一橋中納言御弟君同寺ニ可在乍モ或ハ御弟君御不快之氣色有ト覚候
 而先日拙者吉田神社ヘ参詣致候偶々會津藩鈴木丹下殿ト邂逅致候鈴木殿會津家中公事奉行之由候會津モ亦本圀寺之気色探索使ムト仄シ去八月一八日変事折於會津家中水戸長州内應之風聞有ト聞候
 三日被公仰仕参内謁見御盃并ニ扇三柄御絹三反給賜候無間我藩洛中警衛之任期明雖モ大樹公御上洛決定相成テ大樹公御上洛待ツテ退京次第ニ相成候故ニ藩士一同帰藩之儀子二月下旬相成ト覚候
 現在京師先ツゝ平穏也而會津藩鈴木殿曰公武一和派中心ト成テ政事為之由而淀藩之者曰去十月一八日松平越前守様当月八日伊達伊豫守様御入京遊セリト尚五月帰府遊ル一橋中納言公近々御上洛由候
 委細ハ帰藩後鳴海殿ニ直ニ申上可候

 以上

 亥一一月廿日
 三浦十右衛門

 大谷鳴海殿

 京もすっかり冬の装いとなり、京の者らは寒気に打ち震えております。もっとも、我々にすれば国元の気候と大差がなく、京の者の言い分は実に笑止千万であると互いに笑っている次第であります。
 ところで鳴海殿がご懸念されている横浜鎖港についてですが、未だ京でも決定の勅諚は聞こえてきません。この件につきましては去る(十一月)五日、朝議にて大樹公に再び上洛を求め、鎖港の進捗について釈明を求めようということに相成ったと聞きました。丹波様は大いに気を揉んでおられますが、事は国務の問題故、我々があれこれ考えても仕方なかろうと拙者は思うのです。帝は真に国家の為になる攘夷の迅速な実行を望んでおられるものの、暴徒の主張する王政復古は望まず、公武一和の政治を望んでいる御気色と伺いました。
 また、水戸藩の本圀寺付近へ参ったところ、藩の規模の割には人の出入りが少ないように感じられました。ですがそれにも関わらず、夜でも明かりが絶えず薬師がしきりに出入りしているとは、本圀寺の小僧の談でございます。現在本圀寺には一橋中納言公の弟君がおられるはずですが、あるいはお体の具合が良くないのかもしれません。
 先日吉田神社に参詣したところ、たまたま会津藩の鈴木丹下殿と邂逅致しました。鈴木殿は会津藩の公事奉行の御方ですが、会津藩でも本圀寺の気配を探索させているとの旨をほのめかしておりました。去る八月一八日の変事の際にも、会津藩では水戸と長州が内応していたのではないかとの声が挙がっているそうでございます。
 三日には殿が参内謁見を仰せ付けられ、御盃及び扇三柄、御絹三反を賜りました。間もなく我が藩は任期満了となりますが、大樹公の上洛が決まりましたので、大樹公の御上洛を待って退京する次第に相成りそうです。よって、我々の帰藩は二月下旬頃になるかと思われます。
 現在の京はまずまず平穏といったところでしょうか。会津藩の鈴木殿によれば、公武一和派を中心に政が行われているそうでございます。淀藩の者も、去る十月一八日には松平越前守様、当月八日には伊達伊予守様が入京されたと申しておりました。尚、五月に帰府されていた一橋中納言公も近々上洛されるとの由にございます。

 委細は帰藩してから鳴海殿に直接申し上げたく存じます。

 ***

 手紙冒頭の「京の者らが寒さを訴えるのは笑止千万」というくだりでは、十右衛門らしく気の強さが滲んだ文章に思わず笑いが溢れた。だが、読み進めるうちに、水府浪士らはどうも活動拠点を京から関東各地へ移しつつあるらしいことが、感じられた。
 表向きは水山の招きということで再び彦十郎家を訪れた源太左衛門も、十右衛門の手紙を読んでぐっと眉根を寄せている。その場には、源太左衛門の息子の大内蔵、そして父の与兵衛が在京中の志摩もいた。尚、今回は藩政の一線から退いている水山や、衛守には同席を控えてもらっている。表向きにするにはまだ曖昧なものの、外部に漏れてはまずい話だからだ。
「十右衛門は、なかなか探索の術に長けておりますな」
 感心したように、大内蔵が呟いた。大内蔵の言うように、十右衛門の身分からすれば、本来は接点すら持たせてもらえないであろう会津藩の要人に接触してみたり、或いは警戒網の厳しいであろう本圀寺にまで足を運んだりしているのだから、大した度胸である。本圀寺は、水戸藩の宿舎であった。十右衛門がどのような口実を設けて近づいたのかは不明であるが、相当危ない橋を渡ってきたはずである。
「会津でも、水戸を疑っているか……」
 源太左衛門の腕は、固く組まれたままである。二本松藩と会津藩の間柄は、稀に領地境で諍いがあるものの、それなりに付き合いは深い。たまたま二本松藩の警衛担当区域が会津藩の本陣である黒谷に近いこともあったのだろうが、十右衛門は京の鎮守の一つである吉田神社へ参詣し、さり気なさを装って政局の情報を会津藩から引き出してきたのだった。
「よく分からないのですけれど」 
 下座で控えていた志摩が、おずおずと述べた。
「十右衛門殿の手紙を読む限りでは、会津を始めとする公武一和派が京の政局を握ったのですよね?であれば、このまま穏便に事は動いていくのではございませぬか?」
「それは如何かな」
 源太左衛門は、首を傾げた。
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