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第6話 更衣室の境界線と、湯気に溶ける私の理性
しおりを挟む放課後。部活動のミーティング出席のため、私は体育館脇の女子更衣室に立っていた。教室の喧騒が遠い壁の向こうでくぐもって聞こえる。この空間は、日常と非日常の境界線だ。
私は、体操服のボタンを一つ、また一つと、静かに外していく。鏡に映るのは、委員会活動や厳しい自己管理によって築き上げた、引き締まった肢体。普段の生活から姿勢に気を配っているため、立ち姿はどこまでも凛々しい。体操服の下に着ていた控えめな下着姿は、学校での私の完璧さを象徴するように、一切の無駄がない。
(昨日、彼に見せた裸エプロン姿……あれは、花市凜の人生における最大の危機だったわ。)
制服のブラウスに腕を通しながら、私は強く自分自身に言い聞かせる。顔に熱が集まるのを必死に堪える。あれは、ユキという名の熱病に冒された私の、自制心のない暴走。二度と学校生活に持ち込んではいけない。
白いブラウス、紺のブレザー。ネクタイをきっちりと結び、スカートのホックを留める。この制服を身につけることは、「花市 凜」という、冷徹で理性的、感情を持たない委員長の仮面を再び装着する、厳粛な儀式だ。
そして、ふと、私は自分の手首に視線を落とした。そこには、微かに、彼の体温の残滓が残っているような気がした。昨夜、彼と手を繋ぎ、「この手は私だけのものよ」と宣言した時の、あの温かい感触。
(ダメよ、凜。意識を集中しなさい!)
私はカバンから香水を取り出し、手首に一吹きする。委員長としての私を象徴する、爽やかで知的な香り。これで、昨夜の甘いクッキーや、彼に触れた時の高揚感の匂いは消えたはず。鏡の中の私は、もう誰にも、黒羽竜牙にも、推しへの狂気的な愛情を悟らせない鉄壁の防壁を築いた。
「よし」
私は一つ息を吐き、委員長としてのあるべき表情を顔に貼り付け、更衣室を出た。私の理性は、彼の秘密を守るという大義名分の元に、今日も完璧に機能している。
部活動の用事を終え、自宅に戻った私、自室に入る前に、まずバスルームへと向かった。湯船に身を沈める。この瞬間が、私にとって、一日のうちで唯一、「花市 凜」の鎧を脱ぎ捨てられる時間だ。
静かで広いバスルームに、お湯の流れる音だけが響く。制服も、厳格な下着も脱ぎ去り、湯船に浸かると、全身の緊張がふわりと解けていくのを感じた。湯気は、まるで私を外界から切り離す、柔らかなベールだ。
湯気で熱を帯びた私の白い肌。湯船に浮かぶのは、学校では決して見せない、安堵と脱力に満ちた素顔だ。私は、そっと自分の胸に手を当てる。普段は委員長として、完璧に隠されているが、湯に浸かることで、女性らしい丸みが強調される。この身体を知るのは、私だけ。そして、昨夜、この身体を目の前にして動揺していた黒羽竜牙だけだ。
(竜牙くん……)
頭に浮かぶのは、彼の姿ばかり。昼休み、私が装着したネックピローに顔を埋めて、静かに休んでいた地味な黒羽竜牙。そして、理科準備室で私の誘いに戸惑いながらも応じてくれた素直なクロ。
「あの人は、私の独占欲にどこまで気づいているのかしら」
湯船の縁に顎を乗せ、私はそっと目を閉じる。湯の温もりが、私の完璧な理性を溶解させていく。私の心の中では、二人の私が常に激しく口論している。
私(委員長):「あの裸エプロンは、黒歴史よ。彼を困惑させただけだわ。もっと理性的に、彼の配信環境を向上させるデータを示すべきだった。」
私(ユキ):「何を言うの!あの時の彼の顔を見なさい!彼は私に興奮していたわ!彼は私に支配されている!他の誰にも見せない彼の動揺を私だけが知っているのよ!もっと、もっと踏み込んで、彼の全てを私のものにしたい!」
湯気の中で、私の肌が紅潮するのは、理性ではなく、ユキの熱い情熱が身体を支配している証拠だった。私は、湯船の中でそっと微笑んだ。委員長としての立場を最大限に利用して、推しを自分のテリトリーに囲い込む行為。それは、私にとって何よりも甘美な、秘密の悦びだった。
入浴を終えた私は、丁寧に水分を拭き取り、すぐに湯冷めしないよう、身体を包み込んだ。着ているのは、淡いピンク色の、ウサギの耳がついた、ふわふわのパジャマだ。髪はまだ少し濡れていて、パジャマの肩に水滴を落としている。
私はベッドに座り込み、机の奥に隠している厳重に鍵がかけられたノートを開いた。
その前に、私はスマホのギャラリーを開く。そこには、昨夜、彼が理科準備室を出た後、彼が座っていたゲーミングチェアを撮影した写真が何枚も保存されていた。もちろん、誰にも見せていない。
(彼が座っていた椅子……。彼の温もりがまだ残っているわ)
私は、その写真に満足してから、ノートのページを開き、今日の出来事を記録していく。
「光合成タイム実施。昨日渡したクッキーを、人目を避けて口に運び、満足そうに目尻を緩ませた。私にだけ見せるその表情、記録しておく。彼の身体は私の管理下にある。」
その記録の隣のスペースには、ユキとしての熱い走り書きが添えられた。
「ああああ!彼は私の愛の痕跡(クッキー)を喜んでくれた!今日は理科準備室へ来るよう誘導したわ!次は、彼を支配する『特別供給プログラム』を立案しなければ。委員長としての立場を利用して、彼のスケジュールを完全に支配する権利が、私にはあるわ!」
私は、その走り書きを見て、「くふふ」と声が漏れるのを抑えられなかった。その笑顔は、学校では絶対に見せない、無邪気で可愛らしい、一人の少女の笑顔だ。パジャマのウサギの耳が、私の動きに合わせて、ぴょこんと揺れる。
私はペンを置き、スマホを手に取る。配信が始まるまで、あと三十分。
「さあ、今日も、最高の視聴者として、推しを全力でスパチャで甘やかす時間よ」
ベッドに寝転がり、スマホを抱きしめる。完璧な委員長の仮面を脱いだ花市 凜は、今、ただ一人の熱狂的なファン「ユキ」として、僕の配信を待っている。その瞳は、僕への尽きることのない愛情と、どこまでも深い独占欲で、キラキラと輝いていた。
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