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「え……?」
 男はぽかんとした顔で私を見つめた。
「ですから、私をその方に会わせて欲しいのです。貴方の話を聞いて、その方が私の探している方ではないかと思いまして。もし違うとしても、一度お会いしてみたいのですよ」
「会ってどうするんだよ?」
「お話を伺いたいだけです。駄目でしょうか?」
 私がそう言うと、彼は少し考えてから答えた。
「わかったよ、とりあえず聞いてみるよ……」
「ありがとうございます」
 良かった、なんとかなりそうだ。
「それじゃあ、また連絡しますので連絡先を教えてもらえませんか?」
 私がそう言うと、男はしばらく考えた後、首を振った。
「いや、こちらから連絡する。それまでは大人しく待っていてくれ」
「そうですか……。では、よろしくお願いしますね」
 私はそう言って頭を下げた。彼はカフェオレを飲み干すと、立ち上がって店を出て行った。


 翌日、普段通り喫茶店の開店した。
 開店準備を終えて暇になったので、昨日買ってきた夕刊に目を通した。宝石展示会のことが一面トップで取り上げられていた。
 現場にいたスタッフの証言では、突然停電になったと思ったら、誰かが会場から飛び出してきて、部屋の外の窓から飛び降りたそうだ。その後、電源が復旧した後に会場を見たら、一番の目玉の宝石の横にカードが置かれていて、そこに『怪盗ウインドキャット』と書かれていたらしい。
 念のために宝石を調べた結果、偽物だと判明し、警察に連絡。警察はウインドキャットの行方を追うと共に、展示会場の警備をしていた警備員やスタッフから話を聞くなどして捜査を進めているということだ。
 会場に来ていた、犯人の姿を見たという人たちにも話を聞いてみたのだけど、犯人は若い女性でレオタード姿だったとか、白いタキシードを着た男性だったとか、証言がかなり食い違っていたそうだ。
 どうやら上手い事やってくれたようだな……。新聞を読み終えると、パソコンのある部屋に投げ込んだ。

 今日は午前中、誰もお客様は来なかった。お昼過ぎになり、そろそろ翼ちゃんが来る時間だなと思っていたら、ちょうどドアが開いて彼女が入ってきた。
「おじさん、おはようー」
「おはよう、翼ちゃん」
 挨拶をすると、いつものように着替えるためにロッカールームへと消えていく。しばらくすると店の制服に着替えた翼ちゃんが出てきた。
「あれ?今日は洗い物無し?」
「うん、今日はまだお客さん、誰も来てないんだ」
「珍しいこともあるんだね」
「たまにはね。それより、翼ちゃん、昨日の新聞見た?」
 私が聞くと彼女は頷いた。
「もちろんだよ。ニュースでもやってたよ」
「そうなんだ。これでお姉さんが気付いてくれるといいんだけどね」
「そうだね……」

 二人で話していると、カランコロンと音を立ててドアが開いた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
 店に入ってきたのは年配の男性。スーツ姿で白髪交じりの紙をオールバックにしている。以前来た、前の店の時の常連さんだ。彼はカウンターに座ると翼ちゃんに話しかけた。
「おお、つかさちゃん、だったかな?久しぶりだな。元気にしていたかい?」
「はい、お久しぶりです。あと、翼です」
 ぺこりとお辞儀をする翼ちゃん。その様子を見ていた私に彼が声をかけてきた。
「オレンジジュースとサンドイッチをを一つ頼むよ」
「はい、かしこまりました」
 注文を受けてサンドイッチの準備に取り掛かる。その間も二人の会話は続いていたようだ。
「それで、お姉さんは見つかったのかい?」
「いえ、それがまだ見つかってないんです……」
 しょんぼりとする彼女に彼は優しく声をかけた。
「そうか、それは大変だな……。私の方でも手伝えればいいのだがな。力になれなくてすまないな……」
「いえ、気にしないでください……」
 申し訳なさそうに言う彼に翼ちゃんは慌てて答えた。
「そうそう、あいつはどうしてる?小包は受け取ったか?」
「本郷さんですね。ちゃんと渡しましたよ。あ、そういえば封筒を預かっていましたね」
 カウンターの中をごそごそとして封筒を取り出す彼女。それを彼に手渡した。
「ありがとう、助かるよ」
 彼はお礼を言うと、封筒を受け取った。ちょうどサンドイッチとオレンジジュースが出来たので持って行く。
「お待たせしました」
 声をかけると、彼は封筒をポケットにしまってこちらを向いた。
「ああ、ありがとう」
「では、ごゆっくり」
 会釈をして立ち去る私。二人はその後も会話が弾んでいるようだった。

 閉店時間となり、ドアに掛かっていた看板をクローズに変える。今日は珍しく来店が少なかったなあと思いながら、テーブルを拭いていると、翼ちゃんが話しかけてきた。
「おじさん、私、明日から何日か休むね」
「ん?いいけど、どうしたの?体調悪いの?」
 心配になって尋ねると、彼女は首を横に振った。
「ううん、そうじゃないんだけど、猫と一緒に一度、近くの神社回ってみようかって話になって」
「ああ、なるほど、了解」
 以前話していた、神社などの赤い塗料の原料になっている辰砂に魔力があるんじゃないかって推測の確認だろう。確かに実際に見てみないとわからないからな。
「どのくらいかかるかわからないから、もしかしたら何日かお店休むことになるかもだけど、いいかな?」
「大丈夫だよ、こっちは気にしなくてもいいからゆっくりしておいで」
「ありがとう」
 まあ、本来なら私一人で店をまわさなければならないからな。それに、もしかするとお姉さんが見つかって、二人と別れることになるのかもしれないし。
 そう思うと少し寂しい気持ちになるのだった。
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