新手の公爵令嬢ものがあらわれた! もううんざりだって? そう言わずに!

波桜みつき

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初等部一年

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「ご準備はよろしいですか? リシェリアお姫様」

「えぇ、グレース」

 御者兼ボディーガードのグレースと歩いていると、身にまとうスカートの裾がゆらりゆらりと揺れた。この日のために、あらゆる準備をしてきた。

 私は、リシェリア・アルディア。アルディア公爵家の令嬢で、今日から王都にある名門国立ログレス学園初等部に通う。

 このログレス学園は「貴族としての知識を学ぶ場所」であり、同時に「成人してからの関係を築く場」、そして「戦いの舞台」でもある。

 ──はぁぁ……やっていけるのかねぇ、私。

 ────実は私には、違う世界の記憶がある。  ここではない、地球っていう場所の。  いや、妄想じゃない。本当に。……まぁ、こんな話、誰に言っても信じてもらえないだろうけど。

 気付いたときには公爵令嬢の幼女になってました。はぁ……。

 そんなこんなで転生(?)して十年。私はログレス学園に入学することになった。  アウレリア王国では、十歳になった子供たちはどこかしらの学校に通うことが義務付けられている。  聖女育成の教会学校とか、魔法や武術に特化した学院とか、いろいろある。

 その中でもこのログレス学園は、王族や上位貴族の子弟ばかりが集う、超名門の学び舎だ。……こんちくしょうめ。

 前世ではごくごく普通の一般市民だった私にとっては、まったくもって好ましくない場所である。

 しかもだ。

 このログレス学園初等部には、王族──それも、王太子殿下が入学するとかで、親たちは大はしゃぎだった。

「リシェリアが王太子殿下とご友人になれたら──!」「いや、もしかすると見初められて婚約なんてことに──!」

 家ではそんな期待と妄想が飛び交っていたが、私からすればご勘弁願いたい。  私は平穏無事に生きたいんです。目立たず、無難に。できるだけ静かに。

 ……まあ、公爵令嬢なんて立場じゃ無理かもしれないけどさ。

「リシェリア様、門が見えてまいりました」

 グレースの声に顔を上げると、黒塗りの馬車の窓から、石造りの威風堂々たる門が見えた。

 ああ……逃げ出したい。今ならまだ間に合うんじゃないか?

「リシェリア様?」

「……なんでもないわ」

 覚悟を決め、私は馬車を降りた。  制服の裾を整え、小さく深呼吸をして、門をくぐる。

 広々とした敷地に、花壇に噴水。遠くに見える白亜の校舎は、まるで絵画のように美しかった。  周りにはすでにちらほらと生徒たちの姿があった。  男の子も女の子も、どことなく上品な佇まいで、空気からして違った。

 ──そのときだった。

 ふっと、空気が変わった。

 なにこれ。思わず動きを止めてしまう。

 視線を向けた先に──

 銀糸のような髪に、空色の瞳。  誰よりも目を引く少年が、数人の付き人を引き連れて、こちらに向かって歩いてきていた。

 ──王太子、ジルヴァン・フォン・アウレリア。

 近づくにつれ、彼が纏う「王族」としての特別な存在感が、肌にじりじりと伝わってきた。  10歳のがきんちょのくせにこのオーラ……。

 そんなことを心の中で思った瞬間、彼の澄んだ視線がふとこちらを掠めた。

 ──目が合った? やんのか? ……すみません、嘘です。すみません。

 いや、きっと気のせいだ。  私なんか、彼にとってはモブのひとりにすぎない。アウトオブ眼中であるはず。はずだよね?

 ジルヴァン王太子は、何事もなかったかのように通り過ぎていった。  私は全力で、存在感を消す。私は木、私は空気、私は透明人間。

 ──関わっちゃいけない。絶対に。  私の中の警報アラートが鳴りまくっている。

 お願い、お願いだから関わらないで!

 心の中で叫びながら、冷静を装ってそっとその場を離れる。

(……平和な学園生活が送れますように)

 そんな願いが、当然簡単には叶わないことなど、この時の私はまだ知る由もなかった──。
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