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第7章:ローランド王国の最も長い一日
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「どうして……どうして勝てないの?」
アガレス軍の陣、奥深くでは、ヨハネの前でセラが片膝をついていた。
「なぜか?じゃと?……当然の結果じゃなぜ分からぬ?」
余裕の笑みを浮かべるでもなく、真剣な表情でヨハネはいう。
その語気にはわずかばかりの怒りさえ感じられた。
「セラよ、お主は何のために魔法の力を欲するのじゃ?」
「わ、私は……」
ヨハネが、じりじりとセラとの距離を詰めていく。
セラはヨハネの問いに答えることが出来ず、またヨハネの鬼気迫る雰囲気に、全く動けずにいた。
「さぁ……答えぬか!!セラよ。そなたは何のために魔法の力を欲するのじゃ!!」
「私は……私は!!」
セラが唇をかみしめる。
里では天才と呼ばれ、力比べでは他の者の追随を許さなかった。
ヨハネが里を離れている間は、セラ自身が里を守ろう、民を守ろうと思っていたほどだった。
しかし。
セラは里の外で偶然垣間見てしまったのだ。
魔導に頼らずとも、己の力を誇示する者を。
そして、その力が『天才』と言われ続けたセラの力をはるかに上回るものであった事実を。
ちょっとした出来心だった。
長老が封印を施したという、外界への扉。
民が誰も外せなかった魔法の封印を、セラは解いてしまったのだ。
当時のセラの好奇心は膨れ上がり、そのまま外界に出たその時だった。
偶然出た場所は、無法地帯。
セラは突然、暴漢に襲われてしまう。
魔法を発動しようにも、口を塞がれてしまってはなすすべもなく、当時のセラはヨハネほどの『無詠唱魔法』を持ち合わせていなかった。
絶望の淵に追いやられたセラ。
しかし、それを救ったのがアガレス四将の一人、リヒトだった。
彼は1分にも満たない時間で、暴漢たちの命を奪った。
その時からというもの、セラは外界に興味を持った。
そして、この底知れぬ力を持った男が属する軍に、魅かれていくのだった。
「私が魔法の力を欲する訳、それは……。」
セラが、魔法の杖を立て、自らを奮い起こす。
「力が欲しい!!それだけ!!!」
「ただ、力のみを欲するか……。まぁ、それも良かろう。」
ヨハネは、一瞬悲しそうな顔を見せたが、自分に言い聞かせるように首を数回振ると、
「……ならばセラよ、そなたの選んだ『力のみを欲する道』を、妾に示して見せよ!!妾が納得する示し方であれば、もはや何も言うまい。」
もうすぐ、夜が明ける。
将軍であるセラが、この戦場で戦うことをゆるされているのは、もはや1時間も無いだろう。
それでも、セラは『いち魔導士』としてヨハネと相対することを決めた。
「貴女に認められなくても……」
セラの得意だった魔法は、水・氷雪系。
「私は私の道を歩みます!!!」
このローランド大平原の戦場の熱気を、セラは自らの周辺だけを一瞬で凍らせる。
輝く周囲の空気。
氷と化してセラの周囲を漂う水分。
「ほう……氷雪系が得意な魔導士とは……貴重なだけに残念じゃの。」
対するヨハネは、右手に炎・左手に雷の魔法を同時に発動する。
「……一度に2つの、違う属性の魔法を発動ですって!?つくづく規格外の魔導士ですね……。」
セラのこめかみに冷や汗が滴り、それもまた氷となって周囲に漂う。
「……行きます!!」
セラが先手を打った。
周囲に漂い、輝く水分をセラは一瞬でその右手に集約し、圧縮させる。
「この収束された冷気は、一瞬で人体の体組織を壊死させます。大丈夫……痛みはありませんから。」
圧縮された冷気は、目にも留まらぬ速さでヨハネに向かい、飛んだ。
「……ふん、いくら速度があろうとも……。」
しかし、セラの冷気は、ヨハネに届くことなく消滅する。
「ど、どうして……?」
「詠唱から発動までの時間の無駄が多すぎる。仲間と戦う分にはそれも許されるであろうが、1対1の戦いの場合、それはただの『無駄』じゃ。単騎で戦うのであれば、魔導士は素早さ勝負じゃ。距離というアドバンテージが無くなった時点で、我々の戦闘力など、村人と変わらぬ。」
ヨハネは両手に炎と雷を発動したまま、笑う。
そこが、セラには理解できなかった。
「どうして……両手の魔法はそのままなのです?私の魔法を、貴女は一体何で消し去ったのですか……?」
そう。
ヨハネの両手からは、まだ『魔法は発動されていない』のだ。
「その頭の固さも致命的じゃの……」
ヨハネは、にやりと笑みを浮かべる。
「魔法が手からしか発動できないなど、誰が決めたのじゃ?そなたの師が、そうそなたに教えたのかえ?」
「そんな……まさか。」
ヨハネは、両手に炎と雷の魔法を発動したまま、もう一つの魔法を発動していたのだ。
「重力……しかも、無詠唱で……?」
それは重力。
ヨハネは足元に重力の魔法を発動させ、セラの冷気をその重力をもって地に叩き落したのだ。
セラは、愕然としていた。
自分の魔法に対しての常識を、ことごとく覆すヨハネの魔法。
魔法の使い方、備え方、罠の張り方……
そのどれもが、セラがこれまで想像もしなかったもので、ヨハネに攻撃をするたび、その攻撃を受ける度に力の差を感じていった。
「……もうよい。」
何度も、何度も何度もセラはヨハネに魔法を撃ったが、そのどれもがヨハネに撃ち落とされていく。
そして……
「……もうよい!!」
魔力を浪費したセラに、ヨハネは大きな声で叫んだ。
その声に、セラの身体がびくっと震える。
「……まだ、私の魔力は尽きていません……!!」
「魔力がどうとか、そんな話はどうでも良いのじゃ。恥を晒すのも良かろう。なりふり構わない姿勢も、時には必要じゃ。しかしの……。」
ヨハネは、もはや戦意を喪失したセラに近づく。
もう、セラから攻撃の魔法はこない。
そう、確信しているかのように。
そして……。
「自分の命を粗末にするな!!」
ーーーパァン!!---
魔法で攻撃するでもなく、ヨハネは自らの掌でセラの頬を打った。
「……!!」
あまりに突然のことで、セラはヨハネに攻撃など出来ず、ただその姿を見つめるばかり。
「お主は里の子。言わば妾の子と言っても過言ではない。そんな子がの……易々と死に向かって進んでいくのを、黙って見ていられるわけが無かろう!!戯けが!」
セラよりも幼さが残る容姿。
少女の姿をしたヨハネは、セラを激しく叱責する。
「子供だって……巣立ちます!!みんながみんな。里のために生き、里のために生を終えるわけじゃない!!」
セラも、反論する。
必死に身体を震わせながら。
「生き方は問わぬ!!」
「……え?」
そんなセラの反論に、ヨハネは意外な答えを返したのだった。
「どこの軍に属そうと、魔族と恋仲になろうと、そなたが決めた道なら妾は文句は言わぬ。じゃがの、命だけは粗末にするな!!生きてこその人生じゃ。妾は、里の子達が健やかに生きてさえいれば、それだけで良いのじゃ。セラよ……これから先、妾とそなたは幾度となく戦うことになるじゃろう。じゃがの……生きよ。必ず生き延びよ。」
その、ヨハネの悲痛な願い。
その表情で、セラは完全に敗北を悟った。
「なんて大きい……何という器をお持ちなのですか……。これでは、私が勝てるわけもない……。」
セラは、がくりと膝をつき、ヨハネに言った。
「参りました。私の……負けです。」
いつしか日は昇り、朝日が戦場を照らしていた。
アガレス軍の陣、奥深くでは、ヨハネの前でセラが片膝をついていた。
「なぜか?じゃと?……当然の結果じゃなぜ分からぬ?」
余裕の笑みを浮かべるでもなく、真剣な表情でヨハネはいう。
その語気にはわずかばかりの怒りさえ感じられた。
「セラよ、お主は何のために魔法の力を欲するのじゃ?」
「わ、私は……」
ヨハネが、じりじりとセラとの距離を詰めていく。
セラはヨハネの問いに答えることが出来ず、またヨハネの鬼気迫る雰囲気に、全く動けずにいた。
「さぁ……答えぬか!!セラよ。そなたは何のために魔法の力を欲するのじゃ!!」
「私は……私は!!」
セラが唇をかみしめる。
里では天才と呼ばれ、力比べでは他の者の追随を許さなかった。
ヨハネが里を離れている間は、セラ自身が里を守ろう、民を守ろうと思っていたほどだった。
しかし。
セラは里の外で偶然垣間見てしまったのだ。
魔導に頼らずとも、己の力を誇示する者を。
そして、その力が『天才』と言われ続けたセラの力をはるかに上回るものであった事実を。
ちょっとした出来心だった。
長老が封印を施したという、外界への扉。
民が誰も外せなかった魔法の封印を、セラは解いてしまったのだ。
当時のセラの好奇心は膨れ上がり、そのまま外界に出たその時だった。
偶然出た場所は、無法地帯。
セラは突然、暴漢に襲われてしまう。
魔法を発動しようにも、口を塞がれてしまってはなすすべもなく、当時のセラはヨハネほどの『無詠唱魔法』を持ち合わせていなかった。
絶望の淵に追いやられたセラ。
しかし、それを救ったのがアガレス四将の一人、リヒトだった。
彼は1分にも満たない時間で、暴漢たちの命を奪った。
その時からというもの、セラは外界に興味を持った。
そして、この底知れぬ力を持った男が属する軍に、魅かれていくのだった。
「私が魔法の力を欲する訳、それは……。」
セラが、魔法の杖を立て、自らを奮い起こす。
「力が欲しい!!それだけ!!!」
「ただ、力のみを欲するか……。まぁ、それも良かろう。」
ヨハネは、一瞬悲しそうな顔を見せたが、自分に言い聞かせるように首を数回振ると、
「……ならばセラよ、そなたの選んだ『力のみを欲する道』を、妾に示して見せよ!!妾が納得する示し方であれば、もはや何も言うまい。」
もうすぐ、夜が明ける。
将軍であるセラが、この戦場で戦うことをゆるされているのは、もはや1時間も無いだろう。
それでも、セラは『いち魔導士』としてヨハネと相対することを決めた。
「貴女に認められなくても……」
セラの得意だった魔法は、水・氷雪系。
「私は私の道を歩みます!!!」
このローランド大平原の戦場の熱気を、セラは自らの周辺だけを一瞬で凍らせる。
輝く周囲の空気。
氷と化してセラの周囲を漂う水分。
「ほう……氷雪系が得意な魔導士とは……貴重なだけに残念じゃの。」
対するヨハネは、右手に炎・左手に雷の魔法を同時に発動する。
「……一度に2つの、違う属性の魔法を発動ですって!?つくづく規格外の魔導士ですね……。」
セラのこめかみに冷や汗が滴り、それもまた氷となって周囲に漂う。
「……行きます!!」
セラが先手を打った。
周囲に漂い、輝く水分をセラは一瞬でその右手に集約し、圧縮させる。
「この収束された冷気は、一瞬で人体の体組織を壊死させます。大丈夫……痛みはありませんから。」
圧縮された冷気は、目にも留まらぬ速さでヨハネに向かい、飛んだ。
「……ふん、いくら速度があろうとも……。」
しかし、セラの冷気は、ヨハネに届くことなく消滅する。
「ど、どうして……?」
「詠唱から発動までの時間の無駄が多すぎる。仲間と戦う分にはそれも許されるであろうが、1対1の戦いの場合、それはただの『無駄』じゃ。単騎で戦うのであれば、魔導士は素早さ勝負じゃ。距離というアドバンテージが無くなった時点で、我々の戦闘力など、村人と変わらぬ。」
ヨハネは両手に炎と雷を発動したまま、笑う。
そこが、セラには理解できなかった。
「どうして……両手の魔法はそのままなのです?私の魔法を、貴女は一体何で消し去ったのですか……?」
そう。
ヨハネの両手からは、まだ『魔法は発動されていない』のだ。
「その頭の固さも致命的じゃの……」
ヨハネは、にやりと笑みを浮かべる。
「魔法が手からしか発動できないなど、誰が決めたのじゃ?そなたの師が、そうそなたに教えたのかえ?」
「そんな……まさか。」
ヨハネは、両手に炎と雷の魔法を発動したまま、もう一つの魔法を発動していたのだ。
「重力……しかも、無詠唱で……?」
それは重力。
ヨハネは足元に重力の魔法を発動させ、セラの冷気をその重力をもって地に叩き落したのだ。
セラは、愕然としていた。
自分の魔法に対しての常識を、ことごとく覆すヨハネの魔法。
魔法の使い方、備え方、罠の張り方……
そのどれもが、セラがこれまで想像もしなかったもので、ヨハネに攻撃をするたび、その攻撃を受ける度に力の差を感じていった。
「……もうよい。」
何度も、何度も何度もセラはヨハネに魔法を撃ったが、そのどれもがヨハネに撃ち落とされていく。
そして……
「……もうよい!!」
魔力を浪費したセラに、ヨハネは大きな声で叫んだ。
その声に、セラの身体がびくっと震える。
「……まだ、私の魔力は尽きていません……!!」
「魔力がどうとか、そんな話はどうでも良いのじゃ。恥を晒すのも良かろう。なりふり構わない姿勢も、時には必要じゃ。しかしの……。」
ヨハネは、もはや戦意を喪失したセラに近づく。
もう、セラから攻撃の魔法はこない。
そう、確信しているかのように。
そして……。
「自分の命を粗末にするな!!」
ーーーパァン!!---
魔法で攻撃するでもなく、ヨハネは自らの掌でセラの頬を打った。
「……!!」
あまりに突然のことで、セラはヨハネに攻撃など出来ず、ただその姿を見つめるばかり。
「お主は里の子。言わば妾の子と言っても過言ではない。そんな子がの……易々と死に向かって進んでいくのを、黙って見ていられるわけが無かろう!!戯けが!」
セラよりも幼さが残る容姿。
少女の姿をしたヨハネは、セラを激しく叱責する。
「子供だって……巣立ちます!!みんながみんな。里のために生き、里のために生を終えるわけじゃない!!」
セラも、反論する。
必死に身体を震わせながら。
「生き方は問わぬ!!」
「……え?」
そんなセラの反論に、ヨハネは意外な答えを返したのだった。
「どこの軍に属そうと、魔族と恋仲になろうと、そなたが決めた道なら妾は文句は言わぬ。じゃがの、命だけは粗末にするな!!生きてこその人生じゃ。妾は、里の子達が健やかに生きてさえいれば、それだけで良いのじゃ。セラよ……これから先、妾とそなたは幾度となく戦うことになるじゃろう。じゃがの……生きよ。必ず生き延びよ。」
その、ヨハネの悲痛な願い。
その表情で、セラは完全に敗北を悟った。
「なんて大きい……何という器をお持ちなのですか……。これでは、私が勝てるわけもない……。」
セラは、がくりと膝をつき、ヨハネに言った。
「参りました。私の……負けです。」
いつしか日は昇り、朝日が戦場を照らしていた。
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