聖戦記

桂木 京

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第11章:覇王アガレス

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「誰も……いねぇな。」

村に入ったシエラとゼロ。
しかし、かつての賑わいはすっかり陰を潜め、村の外を歩いている人の姿は見えない。


「そんな……。」

のどかだった村の光景しか知らないシエラは、その思い出と現実とのギャップに胸が締め付けられる思いだった。

「こんな国境付近の小さな村でさえ、見逃してはもらえないというの……?」


帝国が陥落した日。
帝都だけが攻撃を受けていたと思っていたシエラ。

だからこそ、帝都が落とされ逃げ延びたときも、いつか帝国領内の力を集めて、愛すべき帝国を奪還したい、そう思っていた。
しかし、国境の小さな村さえ容赦なく占領するのがアガレス軍のやり方ならば、その希望も絶たれてしまうのだ。


「私は……勝てないの?アガレス軍に……。」

今にも泣きそうな顔で呟くシエラ。
そんなシエラにゼロは声をかけようとして……。


「……ちょっと待て。」


何かの気配に気づいた。


「……この村の人口、何人くらいだった?」

「……え?よく覚えてないけれど……確か50人くらいだったはず……。」

「50か……うん。大体あってる。」

「……え?」


ゼロは、シエラではなく、その先の一点をじっと見据えている。
その先にあるのは、大きな蔵。

「あれは?」

「あぁ……収穫した葡萄を葡萄酒にして貯蔵している蔵です。だいぶ大きな蔵だから……え?」


シエラも、ゼロの問いが何を意味しているか、此処でようやく察した。

「急ぐぞ!!」

「は、はい!!」


ふたりは、蔵に向かい走った。
そして……。


「おい!誰かいねぇか!?」

ゼロが、蔵の大扉を勢い良く叩く。
しかし、中からは誰の返答もない。

「おかしいな……。確かに人の気配はするんだけどな。」

ゼロは諦めずに、扉を叩き続ける。
しかし、返答はやはりない。


「くっそ……いっそこの扉、壊して……。」

「待ってください。」


ついには魔剣を抜いたゼロ。
しかしシエラはそんなゼロをそっと手で制し、大扉の前に立つ。


「皆さん、生きているのですね?私はシエラです。随分ご無沙汰になってしまいましたけれど……、皇帝ジークハルトの娘・シエラです!覚えていませんか?」

シエラはそっと大扉に両手を添え、呼びかけるように話し続ける。


「私……何も出来ずに帝国を逃げました。皆さんには謝っても謝りきれない……。でも、いつか必ず帝国を取り戻して見せる!それだけは……信じてください。」


必死に訴えかけるシエラ。
しかし、返答はない。


「テメェら……いるのは分かってるんだぞ!!いつまで居留守……。」

「……もう大丈夫です。行きましょう、ゼロ。」


シエラは、それ以上言葉にせず、大扉に背を向けた。

「おい!待てよシエラ!隠れてるだけじゃねぇか!無理やりにでも話しを……!」

大扉に背を向け歩き出したシエラを必死に引き留めようとするゼロ。

「いいのです。こうしなければ守れないものもあるのでしょう。私が余計なことをして、この村の方たちを危険に晒すわけにはいきません。」


必死に両手を握り、振り返らないように歩くシエラ。
その時だった。


重い音とともに、大扉が少しずつ開いていく。


「……ん?」

ゼロが振り返ると、大扉が開き、中にいた民たちが扉の前に集まっていた。


「おい、シエラ!!」

「ゼロ……もう良いのです。ここはおとなしく村を出ましょう。他の村に行けば、きっと……。」

「そうじゃねぇ!扉が開いた!!」

「……え?」


ゼロの言葉に驚いたシエラが振り返ると、そこには村の民たちが集まっていたのだ。


「あ……。」

言葉を失い、立ち尽くすシエラ。
そんなシエラに、村の長老らしき老人が言う。


「美しく……なられましたな、皇女殿下。」


それは、シエラの記憶の片隅にあった、のどかな村の主の声。
少し弱弱しくはなってしまったが、記憶の声とほぼ変わらない老人の声に、シエラの胸に熱いものがこみ上げる。


「本当に……申し訳なかった。皇女殿下の呼びかけに応えないなど、帝国の国民として恥じるべきこと。この通り、お許しください。我々も、民を……家族を守りたかったのです。」


深々と頭を下げる老人に、シエラは思わず駆け寄る。

「いいのです、いいのです……!この戦いで、怪我をされた方はいませんか?命を落とされた方はいませんか?」

「いいえ、この村には軍の奴らは誰一人来ませんでした。帝都が陥落したことで、帝国領は自然と敵軍の領地にされてしまったのです。」


戦争では良くあること。
全ての領地を制圧してから首都を攻め、主君に降伏を宣言させる戦い方と、他の領地には目もくれず、首都の主君を討ち、それをもって制圧とする戦い方。

アガレス軍は、帝国での戦いにおいては後者だった。
国内の辺境であったり、小さな村々はアガレス軍の脅威に晒されることなく占領されたのだ。


「幸か不幸か……。で、アガレス軍の奴らは、その後何か勧告とかしてこなかったのか?」


ゼロの故郷・エリシャ自治区は徹底的に攻め落とされた。
あれほど非情な戦いをする者たちが、領地に危害を加えないはず
が無いと思っていたのだ。

しかし、長老から発せられた言葉は、ゼロの予想に反していた。


「何も。ただ……近いうちに新しい皇帝が全世界に声明を送るとか……。」


新しい皇帝、つまりアガレスが声明を出す。
シエラとゼロは、顔を見合わせた。

「最近、特に変わったことは?」

シエラが村の民に問う。
出来るだけシエラは、今の帝国の現状を知っておきたかった。


「最近……あ!!」

ひとりの若者が、何かを思い出したように声を上げる。


「そろそろじゃないか?『献上品』の日……」

「あ……。」


民たちの表情が、一様に暗くなっていくのを感じるシエラとゼロ。

「なんだ?何か来るのか?」

「えぇ……大体、ひと月に一度、帝国の兵士が物品を徴収に来るのです。『税』だと言って……。」


民が言うには、帝国領のすべての街・村で帝都の指示だと税を徴収に来る兵たちが来るらしい。

「すっかり自分の国気どりだな……。で、出せる量なのか?」

ゼロは、差し出しても生活に影響ないくらいなら、身を守るために耐えるのも致し方ないと考えていた。


「えぇ……。民がギリギリ、生きていける分を残して、根こそぎ……。」

「……こんなに豊富に葡萄が獲れても?」

「ほとんどが献上品になります。私たちには葡萄はおろか、野菜や米だって満足にいきわたりません。わずかに残った作物を、50人ほどの民で分け合いながら、辛うじて生活しているのです……。」


領地というよりは、植民地といった扱い。
次第に怒りが込み上げてくるゼロ。

「でも……農業は不作の時もあるはず。そんな時は……?」

シエラも、その『税』という制度に違和感を感じていた。


「……もし、帝都が要求する分の税が集められなかったときは……『労力』で補います……。」


その『労力』という言葉が出た途端、泣き出す女性が数名現れた。


(なんで、『労力』で女が泣くんだよ……?)


その事態に、ゼロも疑問を感じていた。


「なぁ、労働を強いられるのは、男の仕事じゃねぇのか?なんで女が泣くんだよ?この村で命の危機にあった人はいないんだろう?」


そのゼロの問いは、傍から見れば当然のもの。
しかし、民にとっては思い出すのでさえ苦痛の様子だった。


「労力と言うのは言葉だけで……。若い者は男女問わず、暴力を受けるのです。何度も何度も、謝っても泣きわめいてもやめてはもらえません。死を覚悟するまで、帝国兵たちの暴力は続きます。まるで、見せしめのように……。」

「そんな……酷い。」


帝国に占領された、村の現状。
その実情に、シエラは愕然とした。

帝国は、税など取ってはいなかった。
献上品は、みんな村々の厚意として帝都に送られ、またその謝礼として帝都は新しい資材や金品を送っていた。

思い遣りの上に成り立つ政治。
そんな帝国の政治が、今ではすっかり醜く変わり果ててしまっていた。

「大変だ村長!!帝国兵が来た!!」

倉庫の外に様子を見に行っていた村の男が、血相を変えて蔵の中に飛び込んできた。


「もう来たのか……。皇女殿下、剣士様、おふたりは奥に隠れていてください。殿下が帝国内にいること知れば、奴らは必ず捕えるために兵を動かすはず。……いま、あなた方を危険に晒すわけにはいかないのです。」

村長がそう言うと、若い娘たちがこちらです、と奥への道をあける。


「しかし……今回の税は……?」

「大丈夫です。今月分は充分用意してあります。気候が良かったので、豊作だったのです。」


心配するシエラに、村長は笑顔で言った。


「シエラ、ここはおとなしく隠れていようぜ。今は一刻を争う状況だ。そうだろう?」


なかなか納得しないシエラに、ゼロが優しく言う。

「わかり……ました。」

仕方なく頷き、村の女性についていくシエラ。
少し遅れて歩くゼロは、村人でいちばん体格の良い男性に小声で言う。


「本当に……大丈夫なんだろうな?」

「兵たちは、武装はしていますが、基本的な戦闘能力は低いと思います、しかし……手を出せば、家族がやられる……。」

歯を食いしばりながら、男が言う。


「なるほど……分かった。」

ゼロは、男の様子を確認してから、シエラについていった。


ほどなくして、蔵の大扉が勢いよく開かれる。

「税収の時間だ!!さっさと収穫物を集めて持ってこい!!」


横柄な態度の、小太りの兵士が部下たちを引き連れ蔵に入ってきた。
村人たちは、素早くそれぞれの畑に行き、収穫物を持ち寄る。
あらかじめ、用意していただけあって手際が良い。


「どうぞ、お納めください。今月の分でございます。」

村長は、丁寧に頭を下げながら兵士に言った。しかし……。


「……足りないな。」


毎月、同じ税を納めると聞いていたのだが、兵士はいつも通りの量の献上物を見て、不足だと言い出した。


「ど、どういうことでしょう?いつもと同じ量のはず……!」


異を唱える村長。
しかし、兵士は歩みよった村長を、無慈悲にも蹴り飛ばす。


「た・り・ね・え・なぁ!!……だーれが毎回同じ量だけ取り立てるって言った?よーし、このバカ村長のせいで、今回の税は……『普段の2倍』だ!すぐに取って来い!!」


痛みに呻く村長を足で踏みつけながら、兵士は周囲の村人たちに言う。


「酷い……なんてことを……!!」

思わず飛び出そうとするシエラ。

「待て!お前が出ていったら意味ないだろう!」


それを小声で制しながら、ゼロは村人たちの様子を見守る。
村人たちは、動くことも出来ず、ただ顔を見合わせるばかりだった。

「出せないって言うなら、それなりに覚悟して貰わないとなぁ?」


小太りの兵士は、ニヤニヤしながら村人たちを見回す。
その視線が何を意味しているのかが分かる村人たちは、一様に怯えた表情を見せた。


「や、やめてください……。」


足蹴にされ、倒れたままの村長が、必死に懇願する。
しかし、兵士は再びそんな村長を蹴りつける。


「やめろって言っても無理な話だ。だってないんだろう?献上できるものが。」

「う、うぅ……」


兵士は村長を足でぐりぐりと踏みつけながら、嫌な笑みを見せる。


「……あの野郎。」


シエラを必死に抑えながらも、ゼロは怒りに震えていた。


「よーし決めた。そんなに村民を守りたいなら、今回は村長、あんたに免じて我慢してやろう。」

「ほ……本当ですか?」

「その代わり……おい」


兵士が部下たちに合図を出すと、部下たちは硬そうな木の棒を兵士に手渡した。

(あの野郎……まさか!!)


ゼロの身体が強張る。

「村長さんよ……あんたが守るんだな、自分の犠牲でな!」

無慈悲にも、その木の棒は村長に振るわれた。

「ぐぁぁ!!」

声にならない悲鳴を上げる村長。
村人たちは村長が殴られていても何もできない。

中にはこれまでで何度も兵士たちに暴行を受けた者もいる。
その恐怖が、体に染みついてしまっているのだ。


「もう……やめて……」

必死に声を振り絞る村長。
しかし、兵士は手を止めない。

「まだまだ、今回の税収には及ばないなぁ……。あと300は叩かないとなぁ。爺さん……途中で死ぬなよ?まぁ、死んだとしてもその歳じゃ、大往生だろ?」


口元に歪んだ笑みを浮かべながら、村長を殴り続ける兵士。


「もう……我慢できません、ゼロ……私!!」


さすがに我慢できず、飛び出すことを許してもらおうとゼロの方を見るシエラ。
しかし……


「……え?」

そこに、ゼロの姿は無かった。


「さて、次はもう少し強いのをお見舞いするぜ!」

もはや、抵抗も出来なくなった村長の身体に、容赦なく兵士の木の棒が振るわれ……。


「……え?」

その木の棒は、ゼロの手によって掴み取られていた。



「あ……」

村人たちが、ゼロの姿を見て驚く。
ずっと奥に隠れていたのに、いつの間にか村人たちが気づく前に、村長のところにゼロはいたのだ。

「いつの間に……。あ、皇女殿下は?」

慌てて振り返る村人たち。
しかし、その場所にシエラはまだ隠れていた。
安心し、村長の方に向き直る村人たち。


「なんだ?お前は……見ない顔だな。」

楽しみを邪魔された兵士が、不満そうにゼロを見る。
ゼロは、兵士を鋭い眼光で睨みつけた。

「剣士様……!!」


村人たちが、ゼロに歩み寄ろうとしたが、それをゼロは手で制する。


「おい……お前は何者だと聞いてるんだ。答えないとお前も痛い目に遭うぞ?」


兵士は、村長への暴行を邪魔されたことに腹を立てたようだ。
いきり立ってゼロに詰め寄る。

「……この村に世話になってるモンだ。他に説明する必要なんてねぇだろ。」

「……貴様……!この村が今、どういう状況下にあるか分かってないようだな……!!」


怒りでわなわなと震えだす兵士。
その様子に、部下たちも加勢するかのようにゼロの前に立つ。


「この村の状況ねぇ……。アホな兵士が、独断で罪もない村の人たちからむっぴんを略奪してる、だろ?」

「なんだとぉ!?」


兵士の怒りは、もう頂点に達している。
しかし、それでもゼロは挑発を止めなかった。


「じゃぁよ……お前、誰の命令で村の略奪をしてるんだ?」

「ふっふっふっ……よくぞ聞いたな!」


挑発の延長でゼロは訊ねたはずだったが、逆に兵士は高笑いをし始めた。

「聞いて驚け!!私の上官は何を隠そう……『死神ゼルド様』だ!!!」


村人たちは、アガレス軍の将の名に怯えた表情を見せる。

「剣士様……もう結構です。将軍の部下が相手では、いま退けたとしてもまた……、いや、今度はもっと酷い仕打ちに合うかもしれません……。」

そう、村人たちが一番恐れていたのは、『報復』だった。
村人たちには、自分たちの身を守る方法など、税を差し出すほかにないのだ。


「あー……それなら大丈夫だ。こいつらまとめてぶちのめせば、もうこれ以上、この村は襲われねぇよ。」


しかし、そんな村人の心配をよそに、ゼロは断言した。

「貴様……怖くないのか!?」

全く動じないゼロに、兵士は大声でまくしたてる。


「ふ……ふふっ」


そんなゼロと兵士のやり取りを見て、物陰に隠れているシエラも思わず笑ってしまった。


「お……皇女殿下!?」

「あ……ご、ごめんなさい。つい……。でも大丈夫です。ゼロの言う通り、きっとこの辛い生活は、今日で終わります。それは私が保証しますわ。」


シエラも、ゼロと兵士の会話を聞いて『あること』に気が付いたのだ。


「さぁて、ここじゃ村のみんなに迷惑がかかる。表に出ろや。あーもちろん、お前ら全員まとめてで構わないぜ?」


ゼロが、蔵の大扉を開け、兵士たちに向かって言い放つ。


「後悔するなよ!お前は半殺しでも足りねぇ!!殺して身体じゅうを切り刻んでやるぜ!!」


兵士とその部下たちは、ゼロの挑発に乗り、勢いよく蔵の外へ出ていった。

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