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少女達の守護者

51体目 少女と守護者の戯れ4

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 第三教会とは、現日本国における大規模な反政府勢力である。源流はキリスト教だが、教えは見る影も無くなるほどに改変されてしまっている。

 性格は潔癖。悪魔、夢魔、魔女の類を嫌い、浄化と称した過激な活動を行う。

 性に関する事柄を悪として取り扱うため主な敵を荒獣としているが、実際にはハンターの殺傷、ないし拉致監禁を主な目的として動いている。

 彼らからしてみれば荒獣もハンターも同じ、性への欲望に落ちた穢らわしい汚物、という事だそうだ。

 そして、捕まえたハンターに対しては「懺悔」もしくは「調教」と称して、凌辱する事もある。

 曰く、「罪人にも平等に更生の機会は与えられるべき」であり、「嫌悪感を植え付けることにより性への渇望を断ち切る事で、更生は達成され」また「我々は更生させる義務と権利を持っている」、だそうだ。

 おかげでほとんどのハンターは助からないか、助かったとしても心身共に壊されている。特に、薬物を使用するレイプが行われた場合の結果は惨憺たるものだ。

 幸いにも、この思考回路が中世辺りで止まっていそうな反政府勢力の活動は警察と軍によって強く抑えられ、あまり活発ではない。

 今回はたまたま、気づかなかった作戦が実行に移されてしまったのである。ただ、不運だったのは彼らの方と言えよう。

「丸腰に負けるかよ!」

「ぶっ殺してやる!」

 ナイフを持っている分、有利━━周りの一般人が逃げ始める事も含め、そんな風に錯覚した彼らは二人の漢に向かって突撃する。

 ナイフを構え一直線に。

(なんという……)

 早いならまだしも、遅い足で突っ込んでくる愚者を哀れみつつ僧帽は戦闘行動を取る。

「うおおおお!」

「……」

 まずは一人。身体を横に回転させてナイフを避けると、体勢を崩した背中を地面に向かって押し込む。

「ぶぎゃあ!」

 全身を勢いよく打撲し、気絶した。

「ひいっ!」

 二人目は、一人目の攻撃を避けた時に奪ったナイフを思い切り目の前で振りかざしただけで逃げていった。

「くそっ!」

 三人目。手製の槍みたいな物を持っていたが、突きが甘かったのは言うまでもない。難なく避けた僧帽はこれも奪い、突いてきた男を柄で滅多打ちにした。

(隊長は……)

 刀也もほぼ同様に、攻撃を躱し武器を奪う戦いをしている。

 その様子をチラリと横目で確認した僧帽は目の前の敵に集中する。絶対に護衛対象に近づけさせないという意思が、第三教会の戦闘員を止めた。

「何をしている!  さっさと突っ込め!  そんなのでは神の加護は得られんぞ!」

「く、くそ!」

 神の名を使い急かす高官らしき男。わざわざ自分が司令塔ですと大声で叫んでいるようなものだが、二人ではそれを潰しに行くことはできない。いくら相手が素人とはいえ数が多すぎる。

(援護がほしいが……)

 隼は前方を警戒して貰わないと困る。かと言って、まさか少女達に頼むわけにも行かない。

 攻めあぐねていると、どうした事か高官が「止めだ止め!  下がってこい!」などと言い出した。恐れを為していた周りの戦闘員が下がる中、二人だけが前に出てくる。

「使えない奴らだ……だが!  欲望にまみれた愚者どもよ!  お前達の抵抗もここで終わりだ!」

「……ヤバいっすよ隊長」

「なんであんなの持ってんだ……」

 高官の後ろから現れた二人の男が手に持っていたのは、拳銃。リーチ、威力共に人を易々と超える強力な武器を前に、たじたじになる。

「皆さん逃げてください!」

「隼!  全員引き連れて逃げろ!」

 二人が叫んだのは同時だった。それまで声を発することもできず腰が抜けていたり、恐怖と驚きで足がすくんでいた少女達も弾かれたように走り出す。

 だが、ヒールを履いていた緑がバランスを崩し倒れてしまった。

「きゃあっ!」

「緑さん!」

 この距離で撃たれたら、と僧帽は青ざめる。

 素人の扱う拳銃だ。決して精度は良くないだろう。だが……当たる可能性は十分にあるのだ。そして、誰に当たっても致命傷となるだけの威力がある。

 高官が唇の端をさぞ嬉しそうに釣り上げ「撃て」と命令した。絞られる引き金。銃口がこちらを狙い、弾の行き先は神のみぞ知るところ。

 死の恐怖が襲い来る。

 こんな所で、こんなにも楽しい時間を過ごしていたはずなのに。
 死ぬのか……? 

 周りの景色が遅く過ぎていく。風に揺れる木々がわざとらしく葉を揺らし、仲間の危機に振り向く少女達の身体は水の中で動いているかのよう。

 引き金が絞り切られ雷管が穿たれたその時、拳銃を持った男が動いた。

 彼らは空中で一回転すると地面に背中から叩きつけられ、拳銃弾はあらぬ方向へと飛んでいく。そしてどこからともなく現れた二人の男が拳銃を奪い取り、高官の心臓に照準を合わせた。

「手を上げろ」

「ひ……ひいいい!?」

 一瞬で死神の手は払い解かれた。

「うわあああ!」

「逃げろ!  俺は逃げるぞ!」

「化物だあ!」

「あんなの敵うわけない!」

 高官が捕まったのをいい事に、戦意喪失していた戦闘員達は蜘蛛の子を散らすようにバラバラの方面へ逃げていく。

 無理もない。超高速で音も立てずに忍び寄り、猛烈な勢いで人を空中で回す筋力と技術。そんなものを間近で見たら、普通は逃げるだろう。

「お、お前ら!  待て!  ひええ!」

「もう一言喋ってみろ。殺すぞ」

「……」

 高官は目の前に突きつけられた拳銃に恐れおののき、歯をカタカタと鳴らすしかできない。

 助けてくれた二人の男は、高官をその場に釘付けにしながらも一人は携帯を取り出して警察に連絡を取り始めた。

 逃げようとしていた少女達はポカンと口を開けていたが、空挺三人衆の反応は違う。尊敬と恐怖の入り交じった目で淡々と後処理までこなす黒服の男達を見て冷や汗を流していた。

「あれが……」

「特戦群……!」

「皇都性闘攻勢部隊護衛班狙撃担当……名前は……」

 警察に事情を伝え終わったのか、黒い執事のようなスーツを纏った細身で長身の初老紳士がこちらを振り向く。ゆるりと纏めた白髪を小さく揺らし、会釈をした。

「名乗るのが遅れました。私は観測手スポッター担当の門川誠一郎かどかわせいいちろうと申します。以後宜しくお願い致します」

 物腰の柔らかい口調で自己紹介をすると、彼はふわりとした笑顔を少女達に向け、まずは安心させた。

 次いで、一切銃口と目線をガタガタ震える高官から離すことなく、もう一人の男がぶっきらぼうに答える。

狙撃手スナイパー黒川良太郎くろかわりょうたろう

 良太郎と名乗った方の男は金髪で、ファーの付いた黒いパーカーとドクロをペイントしたシャツに、ダメージジーンズを履いている。いかにも不良っぽい格好なのだが……。

「小さいな」

「小さいね」

「背え低ーい」

「私と大して変わんないわよ」

 彼は背が低かった。そして、それがコンプレックスだった。

「き、貴様ら……背が低いだと!?」

 一般的な日本軍人から化け物と恐れられるレンジャー部隊から化け物と恐れられる空挺師団から化け物と恐れられる特殊作戦群で培った精一杯のすごみを効かせて、自分をバカにした四人を見上げるが彼女達はそれに気づいた様子はない。

 目を爛々と輝かせて近づく彼女達を前に身の危険を感じ、ドスの効いた声で脅すが……。

「おい! 聞いて……わぷ!」

「うむ! 決めたぞ! こいつは私が飼う!」

 一瞬で緑に抱きつかれ、胸の谷間に落とされる。

「むう!? むぐぐむうう! (飼う!? バカを言うな!)」

「なっ……だ、ダメよ! 男となんか、妊娠したらどうする気!?」

 力を入れて抜け出そうとした瞬間、嫉妬した菜々が良太郎を引き剥がしたため彼は二人分の力で菜々の胸に頭をぶつけてしまう。

「ぷはあ! ぐあっ! 痛え!」

「人の胸にぶつかって痛いですってえ!?」

「あっ!? い、いや、そういうつもりじゃない……うわああ!」

 思わず出てしまった失言を慌てて取り繕うとするも、今度は楽が良太郎の身体を持っていく。更にそこへ奈津美も加わり、てんやわんやの大騒ぎになってしまった。

「だーめ。この子は僕が可愛がっちゃおうかな」

「やだー! 私が貰うー!」

 彼がどれほど凄いのか、先の戦闘ではどれほど手加減していたのかを知らない無垢な少女達は、そもそも戦闘の光景など忘れ去り目の前の可愛いオモチャに没頭し始める。

 良太郎は胸から胸へと回され、揉みくちゃにされてしまう。その様子を顔面蒼白で見つめる空挺三人衆と、良太郎が捕まった瞬間から良太郎に代わり高官に銃を突きつけ、他の事は知らぬ振りをする誠一郎。

 誰も彼を助けられない。

「お、お前ら後で覚えてろ……」

「強がるショタとは分かっているじゃないか!」

「生意気ショタ……やだちょっと可愛いかも」

「ふふっ、落としたくなるよね……!」

「おねーさんとセックスしてみよっかぁ?」

「もおおおおいやだああああああああ!」

 護衛対象相手に抵抗する事もできずされるがままの良太郎に、しかしようやく救いの手が差し伸べられる。

「あ、あのー……その辺りで終らせてあげた方が……」

 さっきから話に入っていけていなかったレモンが、僅かに嫉妬で目を潤ませながら暴走気味のご主人様を制止する。だが良太郎は救いの手を払い除け、あまつさえレモンを睨んだ。

「てめえが荒獣の……口を開くな、穢らわしい」

「なっ……!」

 驚くレモン。すかさず楽が怒った顔で牽制を入れる。

「おっと君、どういうつもりでそんな事を言ってる?」

「どうも何もあるかよ。敵は敵だ。俺はこいつと仲良くする気は無い」

「……」

 楽が良太郎の目の前に立ち、睨みつける。

「その敵と、同じ部屋に暮らし同じ事をしているのは僕だ。レモンは僕のものだ。レモンを傷つけるのは僕に傷をつける事と等しい。今すぐ謝ってもらおうか」

「ごめん被る」

 場に険悪な空気が漂い始める。少女達のお遊びには半ば仕方なく付き合っていた良太郎だが、こればかりは本気だ。
 しかし楽も退く気は無い。常人なら近づけないほどの気迫に刺されながらも立ち向かう。

「なんだと……じゃあ命令だ。今すぐレモンに謝れ。そして手を取れ。仲直りしろ」

 上官としての立場を最大限活かし、強制させると良太郎は渋々それに従った。

「ちっ! 卑怯な手を」

「早くしろ」

「あーあー分かったよ。やりゃあ良いんだろ? はいすいませんでした。これからもどーぞよろしくお願いします」

 わざと挑発するような口調で嫌々手を差し出す良太郎。反省の色が見えない彼に、当然レモンは怒っているのかと思いきやそうではなかった。

「はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 にこやかに手を取り、しっかりと握る。

「……あ゛?」

「私と、良太郎さんは仲直りしたって事ですよね。だから、さっきの暴言は水に流します。ですから、どんどんお話しましょうね!」

 良太郎は困惑した。なぜレモンが笑って自分の手を取れるのか理解できなかったからだ。もちろんレモンは計算の上でやっている。
 ここで良太郎を仲間にする事ができれば、強力な敵が減り逆に味方になるからだと。

 そうとは知らない良太郎は、次の言葉に詰まる。そこへ会話を被せていくレモン。彼女の困惑させる作戦は、良太郎を罠に引きずり込んでいく。

「何言って……」

「良太郎さんは動物好きですか?」

「あの……いや、ええと、嫌いじゃ……」

「じゃあ私の事触ってみても良いですよ。ほら!」

「……」

 狐に化かされたような顔で言われるがままに、レモンの頭に手を乗せて柔らかい毛を弄り出す良太郎。

 その内にサイレンが遠くから聞こえ始め、到着した警察に誠一郎が一通りの説明をし、引き継ぎが終わると一同は何事も無かったかのように移動し始めた。

「……」

 しかし、楽は良太郎に対する警戒を解いていない。周りが楽しくおしゃべりを再開しても黙ってレモンを注視したままだ。
 それを悟った誠一郎が楽に近づいた。

「佐伯楽様、先程は良太郎が失礼を働き、申し訳ございませんでした」

 言ったのは自分ではないのに、深く頭を下げ申し訳なさそうにする。そんな彼にまさかつっけんどんな態度は取れない。

「! い、いえ……ただ、ちょっと心配なもので」

「ああ見えても良太郎は、レモン様の事が気になっているのですよ」

「どういう事ですか?」

 誠一郎は、良太郎が言葉とは裏腹に何を思っているのかを正確に把握していた。
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