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スピードガールズ

90体目 スピードガールズVR 1

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「くっくっく……」

 静かに眠る緑と菜々に魔の手が伸びる。

 チャカチャカとリズム良く液体の入った缶を振り、そいつは二人の寝顔に照準を合わせてプルタブを引いた。

「起きてええええええええ!」




「何か言うことは」

「すみませんでした」

 縄で身動きを封じられた奈津美が、顔を発泡酒でびしょびしょにされた緑と菜々に睨まれている。

 要は、奈津美がこっそりと菜々の部屋に押し入り、二人の顔にストロングゼロを盛大にぶちまけたので亀甲縛りで動けなくされてから怒られているのである。

「土下座ね」

「どうやって?」

「文句言うな」

「うす」

 返事だけは素直に、床に転がされた身体をもぞもぞと動かして頭を床に付けた。

「要件は何かしら。返答次第によっては、それがあんたの最後の言葉になるけど」

「もう少しで朝ご飯の時間になる事を伝えに来ました」

「それで、なんでビールをふりかける必要があるんだ?」

「すっごく楽しいことになると思って」

 バッと頭を振り上げた奈津美の目は真剣だった。一切の曇りなく、キラキラした眼差しで緑と菜々をまっすぐに見つめていた。

「今楽しい?」

 無邪気な目線に対し、菜々は冷ややかに言い返したが。

「どっちかって言うと、気持ちいいです」

「そうか。ドMめ」

「ああん」

 奈津美はドMと言われると頬を赤らめ、目を閉じて身震いした。

「変態」

「んああっ!」

「気持ち悪いな」

「はあああんっ!」

「飯抜き」

「ああーん……ってちょっと待って! 飯抜きって何!?」

 流れで喘ごうとしたが聞き捨てならない事を言われて大きく跳ねる。その何が原因か分からない気持ち悪さに、緑は声に出さないものの「うわ……」と言って眉をしかめた。

「……そのままそこに縛られていろという意味だが」

「なんで!? 私死んじゃうよ!?」

 身体の中にばねでも仕込まれてるのかと思うくらい何度もバッチンバッチンと床に身体を打ち付けてコメツキムシのように跳ねる奈津美。渾身の抗議である。

「そう。ところで奈津美、あんたどうやってこの部屋に入ったの?」

「そらーもう私のPCスキルを最大限使って鍵を偽造しまして」

「そうか。で、なんで入ってきたんだっけ?」

「昨晩はお楽しみだったからビールでもぶっかけて文字通り寝耳に水! ってやりたく……じゃなくて」

 サラリと質問され、同じくサラリと返してしまった奈津美。やらかしに気づくも、もう遅い。

「よく本音を吐けたわね。偉いわ」

「そうだな。罰として……」

「一日そこにいなさい!」「いろ!」

 怒った二人は奈津美をそのままにして本当に部屋を出ていく。

 いやいやまさか、どっかで戻ってくるでしょと鷹をくくっていた奈津美だが、三十分くらい経過した後、ようやく現実を受け止めて泣き声をあげたのだった。

「……ひ、ひんああああああああああああああああああああああああああああ!」




「お腹すいたー。ごーはーんー!」

「うっさいわね。少し我慢しなさいよ」

「ダイエットだ、奈津美」

 朝ごはんを食べ終わった二人が戻ってきた後もずっと縄で縛られていた奈津美だが、放送で緑、菜々、奈津美、楽、レモン、鈴谷、良太郎と誠一郎の八人が呼び出されたため解放された。
 反省の色は無く、ご飯の恨みを口から垂れ流している。

「ダイエット!? それどーゆう意味!?」

「痩せろってことでしょ」

「太ってないよ! 私はムチムチ路線なだけだよ!」

「ふっ、ボン×3が何を言っているのだ。私みたいなボンキュッボンが一番だろう」

 数歩先を歩いていた緑が立ち止まり、脇腹を曲げた片手で押さえ引き締まったプロポーションを強調しながら菜々と奈津美の方を向いた。

「せめてボンスッボンぐらいに言ってよ! お腹の肉は指一本分摘めるくらいしかないからね!? これ太ってるって言ったら痩せてる人以外全員デブになっちゃうからね!?」

「はーい着いたわよー」

「聞いてよお!」

 喚く奈津美を無視し、二人は集合場所に指定された部屋へ入っていく。
 VRヘルメットと運転席。そう、昨日の部屋だ。

「ごきげんよう。お腹でも痛かったんですの?」

 鈴谷が若干の嫌味を含ませながら、話を聞いてやる的な態度を取った。

「こいつの縄を解いていた」

「……縄?」

「縄」

「……緊縛?」

 緑と菜々はイチャラブでは飽き足らず奈津美を入れてSM3Pでもやったのかと勘繰る鈴谷。多分彼女が勘繰るべきところはそこじゃない。

「ただの罰だぞ」

「緑、その言い方は物凄く誤解を生む可能性があるけど」

「縄……緊縛……罰……3P……は、激しいんですね……」

 楽の言う通り、思いきり意味を誤解したレモンが照れ始めた。

「違うぞレモン」

「……は、始めてもいいかな?」

 アホみたいな話を西が気まずそうに遮り、全員を自分の方に振り向かせた。
 一部は男勢が少し離れたところで待っているのに気づいていなかったようで、罰が悪そうに口の端を上げながら顔を横に向けた。

「えっとまあ、簡単に説明すると、昨日みんなに何が必要かを聞いたよね? その答えにできるだけ沿うように車を改造してみたんだ」

「一日でか?」

 良太郎が驚くが、西は首を横に振る。

「もちろんシュミレーターの中でだよ。実際の改造には一週間はかかると見ておいて」

「ま、そうだよな」

 良太郎は安心したように頷く。一日で改造などされるのは、むしろ突貫工事のようで心配らしい。

「んまー、そうと決まれば早速!」

「ああ、やるしかないな!」

 改造したという話を聞いて、奈津美と緑は勝手に闘争心を滾らせていた。

「うん、どんな風に変わったか確かめて、その上で更に変えたいところがあったら言ってほしいんだ」

「承知した」

「分かったわ」

「やっちゃうよー!」

「了解」

「わ、私は楽様のお隣で……」

「承知致しましたわ」

「ふん、改造なんかしなくても俺は行けるぜ」

「昨日、ニトロの量を増やせと叫んでいましたが」

 それぞれに了解した旨を口にしてヘッドセットを被る。味気ない、形だけのスタート画面が数秒表示される。その後は、自動で車が割り当てられた。

 赤く光る各種のメーター。手の小さな女性でも握りやすそうなハンドル。車体の枠にはめられたガラス。それに囲まれた運転席コクピット
 黒い森林、激しい高低差、埃っぽくてうねる路面、あまりにも多いカーブ。

 ニュルブルクリンク北コース、ノルドシュライフェに戻ってきたのだった。
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