恋の駆け出し記念日 ~23歳の地味処女にやたら優しいイケメンは、誰よりも真面目なワケありプレイボーイでした~

生津直

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第2章 大輝にようこそ

16 ドン・ファンのルール

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 すると、唐突に大輝が囁く。

「証明してほしい?」

「え?」

「納得したいんでしょ? 嘘じゃないって」

 まさか行動で示してやるとでもいうのだろうか。こんな所で一体……。しかし大輝は、牙をいて飛びかかる代わりに右手に力を込め、悦子の手をぐいと引っ張った。不意を突かれた悦子の指先が着地したのは……。

「やっ!」

 慌てて手を引っ込める。一瞬ではあったが、指先に触れたスラックスのファスナーの向こうに、いとも健康的にほとばしるエネルギーの塊が感じられた。それは紛れもなく、この瞬間まで噂に聞くばかりだった男の巣。しかも出動態勢万全バージョンに違いなかった。

「言わなかったっけ? 俺はつって」

 悦子は、鈍く光るその目を恐る恐る見上げた。欲しい物を前にし、何としても手に入れんとする時、男という生き物はこんな目をするものなのか。

 大輝はアーモンドを一つつまんで口に入れた。

「ちなみに、今日だけじゃないよ」

 悦子には、これまでのどの大輝にこの現象が起きていたのか想像する勇気すらない。

「襲おうと思えばそのチャンスはあったけど、俺は君にも楽しんでもらいたいんだよね」

と言って大輝はわずかにグラスを傾ける。その様子を見つめながら、悦子は発すべき言葉を考えていた。結論はほぼ固まっていた。何となくつられてアーモンドを口に運ぶ。と、塩味に続いて、酒飲みの味覚を刺激する燻製くんせいのような風味が立ち上った。

(何これ、おいしい……)

 奥歯でそれを潰し、そこへカクテルを流し込むと、絶妙な味わいについ笑いが込み上げた。両頬に目一杯笑みをたたえた悦子を、大輝はため息混じりに見つめた。

「魔女だな、君は」

 途端に肩を抱かれ、太腿同士がぴたりと添う。大輝に触れられた瞬間に血圧が上がるのは変わらないが、そこへ新たにほろ酔いの心地よさが吹き込んだ。悦子は思わず、アルコールに温められた吐息を漏らす。大輝の額が、悦子の左耳を擦った。そのまま耳元で囁かれる。

「で……どっちなの?」

「はい」

「……はい、なの?」

「はい。何卒お手柔らかに……」

と言いかけた悦子の顔に影が落ち、あごらしきものが視界に入った途端、眉間でチュッと音がした。一瞬遅れて、先ほどから大輝が飲んでいた酒の正体が悦子の鼻腔をくすぐる。

(今のって……キス?)

 悦子が硬直している間に、大輝は初めて水のグラスに口を付け、半分近くまで減らした。

「あのね、そうと決まったら具体的な話をしたいんだけどね」

「具体的……ですか?」

「俺の遊びにはルールがあるのね。それが守れない人は、残念ながらお断り」

「……はい」

 悦子は一体何を聞かされるのかと身構えた。

「じゃ、まず、第ゼロ条」

「ゼロ……?」

「固定の彼氏がいる人はダメ。これ、後から足したんだけど、実際、大前提だからゼロ条」

「あ、あの、私は……大丈夫です。前にも言いましたけど」

「そりゃよかった。じゃ次、第一条。お互い束縛しない。例えば、勝手に恋人として紹介したり、こまめな連絡を期待したりしない。それから、他の人といるところを邪魔しない」

 悦子は、はい、と頷く。不特定多数とうまくやるには当然の要求だろう。

「キスマークも禁止」

 多分に具体的な領域に踏み込まれ、悦子は照れ笑いを隠せなかった。

「ちなみに君が他の人といつどこで何をしようともちろん構わない。そこはお互いに自由」

 そんなことを言われても、大輝との関係を思い描くことすらままならない今の段階で、複数の男を股にかける自分をイメージできるはずがなかった。ただし、と大輝は人差し指を立てる。

「性病には十分気を付けること。これ、第二条ね」

(性病……)

 その言葉が、これほどのリアリティをもって身に迫る日が来ようとは……。考えてみれば、真っ先に心配すべき事柄のはずだった。

「予防と早期発見に努める。発覚したらすぐ相手に知らせる。ちなみに俺は年中検査しまくってるから、いざとなった時、誰に移されたかはタイミングで大体絞り込めるんだよね」

 隠そうとしても無駄だという警告なのだろうが、大輝がそれほど病気関係に気を配っているというのは意外な朗報だった。悦子は大輝の人となりを少なからず見直し始めていた。

「第三条。お互い何事も強要しない。そのためにも、嫌なことは嫌だとはっきり表明する」

 過去に苦い経験でもあるのだろうか。もちろん悦子としても、異議を唱える理由はない。

「あのね、どれか一つでも守れないと思ったら、全部聞かなくていいからね」

 悦子は慌てて首を振った。むしろルールの存在がありがたいぐらいだ。

「第四条。第三者を持ち出さない。俺に不満があるならそれは聞くけど、誰それとはどこ行ったんでしょー、とか、何とかちゃんにはこれこれしたくせにー、とかはやめてね。俺はそもそも平等なんか目指してないし、相手によって態度変わるなんてのは当然なんで」

 なるほど、女性たちの心理も想像はつくが、この関係の本来の趣旨を考えれば、大輝の言い分は決して理不尽ではない。悦子はゆっくりと頷いた。

「次、第五条。男を連れてこない」

 目を見開いて固まった悦子に、大輝は平然と言い放つ。

「俺は男とベッドを共にする気はないから」

 いや、悦子が驚いたのはもちろんその宣言自体ではなく、それがわざわざルールに含められているという事実だった。

「じゃあ、つまり……女の人だったら、プラスワンもありっていう……」

「そういうこと」

 想像していた範囲を大いに超えたやりとりに、悦子は目がくらむような思いだった。

「あの……私はちょっと、そういうのは……」

 おずおずと抵抗を示した悦子に、大輝はふっと微笑んで言った。

「第三条、忘れちゃった? お互い何事も強要しない」

 なるほど、悦子が嫌と言えば済む話なのだ。悦子はほっとするあまり大きく息をついた。
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