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第4章 俺のライバル
59 過去
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大輝がトイレに立つと、クリリンが悦子を冷やかしに来た。
「旦那があんだけモテたら落ち着きゃしないよね」
「旦那って……」
悦子はこそばゆくて仕方ない。クリリンは悦子が大輝の彼女であると信じて疑わない様子だ。早くに身を固めたクリリンにしてみれば、この年で女を連れて歩いているということは結婚を前提に付き合っているようにしか見えないのかもしれない。
「やっぱり、その頃から人気者でした?」
「そりゃもう。でも、モテるくせに女には見向きもしなくて、腹立つったらありゃしない」
大輝が? 信じられない。
「やたら忙しい奴でね。バスケ部じゃ一年の夏過ぎてから入ったくせにキャプテンにまでなったし、生徒会でも何か役職やってて、何とか実行委員会の類は常連だし」
「へえ。いかにもって感じ」
悦子はふと思い立ち、トイレの出口をちらりと見やりながら鎌をかけた。
「もしかしたら……彼にとっては、学校が救いだったのかも」
その言葉に、クリリンは神妙な面持ちになる。
「実は……彼のこと、前の苗字で呼ぶ人と会うのも初めてで」
「あ、そっか。たしか高校入学に合わせて変えたって言ってたかな。まあ、俺がそれ聞いたのはそのハタチの会ん時なんだけどね」
「そうですか……。家庭の話なんかは、学校ではあんまり?」
「まあ、さすがに噂にはなってたけどね。入学式からいきなりぐっわー青タンだもん」
とクリリンは目の周りを指し示す。悦子は思わず息を呑んだ。
(青タンって、殴られて……?)
「誰もが不良だと思って恐れをなしたけど、親父がアル中らしいって、親たちの間ですぐ噂になってさ。まさかDVだったとはね」
と、痛ましげに首を振る。ドメスティックバイオレンス。つまり、酒に溺れた父親から暴力を受けていたということか。悦子は動揺を隠し、何食わぬ顔で調子を合わせる。
「実は、今でもちょっとその影響っていうか……」
「まあ、髪は生えても、心の傷は残るもんなのかな」
「髪……?」
「あ、そこまでは聞いてなかった、かな?」
とクリリンが慌てる。ストレスで脱毛症にまでなっていたということだろうか。そこまでどころか、本人からは何一つ聞いていない。まるで婚約者か何かとでも思われているようだが、彼が昔ハッシーだったことすらつい先ほどまで知らなかった、単なる愛人なのだ。
「いつからなのか誰も知らなかったけど、五百円ハゲの話は少なくとも学年内じゃ有名でね。ま、ロン毛気味にしてうまいこと隠してたから、結局モテんだけど」
と苦笑する。悦子は急いでもう一つ尋ねた。
「大輝のお母様とは……会ったことありますか?」
「あ、もしかしてまだ会ってない? これがやけに若くてきれいなお母さんでさ。少しは見習えってうちのお袋に言ってやったら、あんたこそ大輝君見習ってたまには買い物ぐらい手伝いなさいよ、って。ほら、スーパーとかでよく見かけてたらしくて」
そこへ大輝が現れ、悦子の聞き込みは打ち切られた。中学生の時点で母子家庭になったことは確実だろう。大輝がその後母親にまで勘当されたとは、クリリンは知らないようだ。
「旦那があんだけモテたら落ち着きゃしないよね」
「旦那って……」
悦子はこそばゆくて仕方ない。クリリンは悦子が大輝の彼女であると信じて疑わない様子だ。早くに身を固めたクリリンにしてみれば、この年で女を連れて歩いているということは結婚を前提に付き合っているようにしか見えないのかもしれない。
「やっぱり、その頃から人気者でした?」
「そりゃもう。でも、モテるくせに女には見向きもしなくて、腹立つったらありゃしない」
大輝が? 信じられない。
「やたら忙しい奴でね。バスケ部じゃ一年の夏過ぎてから入ったくせにキャプテンにまでなったし、生徒会でも何か役職やってて、何とか実行委員会の類は常連だし」
「へえ。いかにもって感じ」
悦子はふと思い立ち、トイレの出口をちらりと見やりながら鎌をかけた。
「もしかしたら……彼にとっては、学校が救いだったのかも」
その言葉に、クリリンは神妙な面持ちになる。
「実は……彼のこと、前の苗字で呼ぶ人と会うのも初めてで」
「あ、そっか。たしか高校入学に合わせて変えたって言ってたかな。まあ、俺がそれ聞いたのはそのハタチの会ん時なんだけどね」
「そうですか……。家庭の話なんかは、学校ではあんまり?」
「まあ、さすがに噂にはなってたけどね。入学式からいきなりぐっわー青タンだもん」
とクリリンは目の周りを指し示す。悦子は思わず息を呑んだ。
(青タンって、殴られて……?)
「誰もが不良だと思って恐れをなしたけど、親父がアル中らしいって、親たちの間ですぐ噂になってさ。まさかDVだったとはね」
と、痛ましげに首を振る。ドメスティックバイオレンス。つまり、酒に溺れた父親から暴力を受けていたということか。悦子は動揺を隠し、何食わぬ顔で調子を合わせる。
「実は、今でもちょっとその影響っていうか……」
「まあ、髪は生えても、心の傷は残るもんなのかな」
「髪……?」
「あ、そこまでは聞いてなかった、かな?」
とクリリンが慌てる。ストレスで脱毛症にまでなっていたということだろうか。そこまでどころか、本人からは何一つ聞いていない。まるで婚約者か何かとでも思われているようだが、彼が昔ハッシーだったことすらつい先ほどまで知らなかった、単なる愛人なのだ。
「いつからなのか誰も知らなかったけど、五百円ハゲの話は少なくとも学年内じゃ有名でね。ま、ロン毛気味にしてうまいこと隠してたから、結局モテんだけど」
と苦笑する。悦子は急いでもう一つ尋ねた。
「大輝のお母様とは……会ったことありますか?」
「あ、もしかしてまだ会ってない? これがやけに若くてきれいなお母さんでさ。少しは見習えってうちのお袋に言ってやったら、あんたこそ大輝君見習ってたまには買い物ぐらい手伝いなさいよ、って。ほら、スーパーとかでよく見かけてたらしくて」
そこへ大輝が現れ、悦子の聞き込みは打ち切られた。中学生の時点で母子家庭になったことは確実だろう。大輝がその後母親にまで勘当されたとは、クリリンは知らないようだ。
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