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縁結び

固めの杯⑥

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 肩口から斬り込んだ白刃が空を切ったところで、美佐速(みさはや)は少なからず疲労を覚えてのことなのか、唐突に動きを止めたかと思うと、早まった呼吸を整えるように深く息を吐き出した。


それから着衣の乱れを直しつつ、朗らかな笑みを綻ばせて「さすがにやるわね」と、半(なか)ば感嘆したように賛辞を送る。


久須波(くすは)も眉間の険(けわ)しい皺(しわ)を解(ほど)くと、彼女に差し向けていた切っ先をゆっくりと下ろす。

そうしたあと、穏やかな微笑を湛(たた)えて、


「媛(ひめ)さまの腕前も洗練されていて、本当に素晴らしい太刀筋だと感嘆いたしました。白檮原(かしはら)の将兵でも、貴女ほど巧(うま)く剣を扱(あつか)える者はそう多くないでしょう」と、この上ない敬意を示した。


「きゅ、急に何を!」


思いがけず、意中のひとから褒め称えられたことで、美佐速は咄嗟に何と答えていいのかも分からなくなって、気恥ずかしさから一気に顔を赤らめてしまう。


「ふん、そんなこと言われるまでもないわ」


口先だけではどうにか強がってみせるが、高鳴る鼓動のせいでとても平常心を保っていられないらしく、その証拠に、あれほど好戦的だった眼差しは、うって変わって恋する乙女の光彩を宿している。


そんな分かり易い変化に、久須波が気づくかどうかは別にして、どうにもならない感情を抑え込もうとすればするほど、身体はその意志に反して熱気を帯びる。


幼少の頃から抱いてきた初恋が今にも溢れ出しそうで、彼女自身もさすがに途惑(とまど)いを隠せない。


そういった気持ちを誤魔化す為か、美佐速は突如として剣を持ち上げると、その切っ先を久須波の喉もとに据えた。


「敵を褒めるなんて、随分と余裕がおありのようね」


婉然(えんぜん)と微笑んで勇ましげに語る彼女に、久須波は少しも表情を変えることなく「余裕などとんでもない」と、僅かに首を振ってみせた。


「けれど、そもそも貴女は敵ではなく、立身出世の為に相争う対手でもありません」


「それはそうよね。久須波さまはただ、小娘の我がままに付き合ってあげているだけだもの」


美佐速はそう言ったあと、苦笑しながら嘆息をつく。

それから、喉もとに突きつけていた剣を退(しりぞ)けて、おもむろに二、三歩ほど後ずさる。


それとほぼ同じくして「でもね……」と、久須波にしか届かないくらいの小声で呟(つぶや)いたかと思えば、少しばかり口端を緩ませて微笑んでみせる。


「言い出しっぺがみっともなく引き下がるわけにいかないじゃない」


笑声を含んだようにそう言うと、彼女は円らな瞳に確固たる意欲を滾(たぎ)らせて、その手に携えた剣を身体の中心に添えて身構えた。


「私はまだ負けてない。勝負はこれからよ」


まるで、自らに言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で囁(ささや)いてから、剣の切っ先を横たえて久須波の方に差し向ける。


「貴方を必ず打ち負かせてみせるわ!」


何とも清々しい宣誓(せんせい)を叩きつけられたことで、久須波の顔にふと暖かな笑みが浮かんだ。

知らず知らずのうちに、胸中でぽっと柔らかな灯火が点(とも)り、喩(たと)えようのない温もりを伝えてくれる。


それが一体何なのか。久須波にはすぐに理解できなかった。

実の親兄弟から与えられなかった温情に近しい、とても心が豊かになる感覚とでもいうのだろうか。


少なくとも、裸足で筵(むしろ)の上を歩くような心境とは、遥かにかけ離れていることだけは間違いないようだ。




 そんなことを考えているうちに、美佐速の繰り出した刺突が猛然と襲いかかってくる。


久須波は少しばかり慌てながらも、冷静に剣を振るって跳(は)ね除けると、甲高い金属音が先ほどより大きく鳴り響いた。

束(つか)を持った手のひらに感じた衝撃だって、それまでのものよりずっと強烈である。


美佐速は息つく間もなく、渾身(こんしん)の力を込めて颯(さつ)と剣を振るう。

彼女の表情はまさに真剣そのもので、我武者羅(がむしゃら)といった具合に次々と攻撃を繰り出していた。


大振りになればなるほど、振りかぶっただけの力が伝わって、確かに剣の速度と強さは増していく。

けれど、何度も反復してきた動作に無駄が加わると、洗練された技にも破綻が生じてしまう。


そもそも、小柄な体躯に合わせた剣術なだけに、一つひとつの動きが大きくなってしまえば、それだけ精巧さも失われて技の威力も半減といったところだろうか。

そんな分かり易い顛末(てんまつ)に、彼女自身が気づけていないことが致命的だといえた。




 久須波にしてみれば、美佐速がむきになって剣を振るうほど凌(しの)ぎやすくなり、反対に力を利用することで受け流すことも実に容易(たやす)かった。


打ち込んできた剣を刀身を伝わすようにいなして、その反動で前につんのめりそうになる彼女に、わざと受け切れるくらいの速さで反撃の一手を加える。


すると、美佐速は可愛らしい顔に負けん気を滲(にじ)ませながら、懸命になって退けようとする。

そんな様子が何とも健気(けなげ)に映り、ずっと眺めていたい気にさせるから、久須波もついつい攻め手を緩めてしまう。


彼女が剣を振るうごとに耳飾りが涼やかな音色を奏で、衣服の袖(そで)や裾(すそ)がたなびくたびに、奇麗な青空に撫子(なでしこ)色がよく映えた。


二人の勝負を端から見ていると、美男美女の一対が雅(みやび)やかに剣舞に興じているようにさえ思えてくる。


廂(ひさし)では演舞を観賞するように御毛沼(みけぬ)や小碓(おうす)たちが歓声を上げ、邸(やしき)を警備していたはずの衛兵や侍女も、いつの間にか騒ぎを聞きつけて中庭に集まってきていた。


五十合を過ぎたあたりに差し掛かると、次第に美佐速の動きが鈍くなってくる。

それまで一心不乱に剣を振るってきたせいか、気づかないうちに著(しちじる)しく体力を消耗してしまったようだ。


あれほど機敏だった足の運びも、随分と覚束(おぼつか)なく不確かなものになっていて、砂地に足を取られるようなことも増えていた。


そういった状況にあることは、おそらく本人が誰よりも分かっているはずなのだが、それでもまだ諦めようとせずに剣を振るい続ける。


久須波はそんな彼女の剣を黙ったまま受けていた。

ときには、崩れそうになる体勢を支えたり、不安定になる太刀筋を補(おぎな)ってやったりと、少しでも長くこの剣舞が続くように、気がつけば陰ながら援助していた。


しかしながら、二人の華麗な立ち合いも百手に迫ろうかというところで、呆気ない幕切れを迎えることになる。


美佐速は満身創痍(まんしんそうい)ながら、渾身の力を込めて刺突を繰り出すが、その精度と速さは当初のものには遠く及ばず、久須波の剣に容易にいなされてしまう。


すると、彼女は剣を携えていた右腕を力なく垂らしたかと思えば、その場に崩れ落ちるようにしてくったりと座り込んだのである。




 しばらくは華奢(きゃしゃ)な撫(な)で肩を上下させて、少しばかり荒くなっていた呼吸を整える。

美佐速は顔を俯(うつむ)かせていた為、その表情を窺(うかが)い知ることは適わなかったが、小さく丸まった背中は悔しさを十分に物語っている。


彼女を追い込んでしまった久須波には、掛ける言葉が見当たらない。

手持ち無沙汰(ぶさた)も手伝って、無造作に転がっていた鞘(さや)を拾い上げると、手に持っていた剣を収める。


「女だからって馬鹿にして……」


不意に、そのような言葉が彼女の口唇から漏れた。

臓腑(ぞうふ)からひねり出したような低声は、如何にも激しい憤怒がこもっている。


「私を負かす機会は幾らでもあったはずよ」


美佐速は震える声で静かにそう言った。

顔に垂れかかった頭髪の隙間から垣間見えた瞳は、屈辱にうち震えるような感情で染まっていた。


それに対して、久須波はどのように答えていいか分からずに、思わず途惑(とまど)いの色を覗かせる。


「私を体(てい)よく懲(こ)らしめようとしたのね」


情けないやら口惜しいやら。怒りや悲しみも相まって、様々な感情が波濤(はとう)となって押し寄せる。

ついに堪えられなくなった美佐速は、そのように呟きながらさめざめと落涙する。


それを目にするや否や、久須波は大いに慌てて「そんなつもりはありません!」と、思いも寄らないことだと首を振ってみせた。

それから一呼吸ほどおいて、どことなく気恥ずかしそうに額を掻きながら、


「正直に申し上げると、貴女と剣を交わしているのが愉(たの)しくて、すぐに終わらせてしまうのは少し勿体(もったい)なく思っていたのです」と、何とも照れ臭そうに答えたところ、あっという間に顔が真っ赤に染まる。




 まさか、そんなことを言われるとは思いもしなかったのか、美佐速は訝(いぶか)しむような面持ちで、わざとらしく視線を背ける久須波の横顔を凝視した。


「それってどういう……」と、彼女が呆然と言いかけたところで、


「必死になって剣を振るう貴女が、なんといいますか。いつまでも、その顔を眺めていたいという気にさせたようです」と、久須波も被(かぶ)さるように思いの丈を吐き出した。


そのように言ったあと、久須波は尚更に顔を紅潮させながら、彼女の近くまでやってくると片膝を折って身を屈めた。


「傷つけてしまったのなら、心から謝罪いたします。けれど、決して貴女を侮(あなど)ってやったことではないのです」


真っ直ぐな眼差しでそう言うと、深々と頭を下げて陳謝(ちんしゃ)する。




 ややあって、微かに息の漏れる音がして、くすくすと可愛らしい笑声が聞こえてきた。


久須波が顔を上げてみると、美佐速も気恥ずかしそうに伏せ目がちになって、何やら落ち着かない様子でもじもじしている。


「どうかしましたか?」と、そのように促されたことで、彼女もようやく意を決したのか、太腿(ふともも)あたりの衣服をくしゃっと握り締める。


「生意気で負けず嫌いで、跳ねっかえりのお転婆(てんば)だという自覚はあるんです」


そこまで言ったところで、美佐速は円らな瞳を持ち上げて、ゆっくりと瞬きをしながら久須波をぐっと力強く見据えた。


「こんな私を、どうお思いですか?」


そんな彼女に少なからず気圧されながらも、久須波は逃げ出したくなる気持ちを必死に堪えて、同じように美佐速の瞳を正面から見つめる。


「本当に可愛らしい女性だと思っています」


素直な思いをうち明けると、美佐速はぱっと華やぐような色彩を帯びて、ほのかに血色ばんだ頬も一気に赤みを増す。


明るく健気(けなげ)で、子供のように無邪気。

それでいて、たおやかな美しさも併せ持っているだけに、少しばかり粗雑で破天荒な一面があろうとも、高島の宮で甚(いた)く可愛がられている理由も分かるような気がした。


そんなふうにふと思った瞬間、久須波はそれまでよりずっと恥ずかしくなって、眼前の奇麗な双眸(そうぼう)から視線を逸らしてしまう。


美佐速と剣を交えていた間は、女性であることを意識することもなかったようだが、こうして面と向かって会話をしているうちに、分かっていたはずの事実を再認識して、もとの照れ性をぶり返したようだ。


けれど、そうなることを妨(さまた)げようと、美佐速の手のひらがその頬にそっと添(そ)えられる。


「顔を背けないで」


囁(ささや)くようにそう言って、潤んだ瞳でじっと見つめる彼女を前にして、久須波に思考を巡らせるなんて余地は少しも残されていなかった。

ただただ、頬に触れた手のひらの柔らかさと温もりを、ぼんやりと心地良く感じることしかできずにいる。




「やっぱり、久須波さまは私の憧れよ」


 美佐速は照れ臭そうに笑ってそう言うと、小さく一息吐き出して、


「勝ってくれたのが貴方で良かった」と、皓歯(こうし)を覗かせて屈託のない笑顔を綻ばせる。


眩(まぶ)しく思えるような笑顔を、久須波は真っ赤な顔をして見つめているうちに、不意に可笑しさが込み上げてきて、失礼になると知りつつも吹き出すように笑ってしまった。


「仕合が嫌なら止めたらいいと言ってくれた前に、君はなんて言ったか覚えていますか?」


突拍子もなく問いかけられたことで、美佐速は思わず目を丸くして何度か瞬(まばた)きを繰り返した。

それから思い当たることがなかったのか、そのままの面持ちで小さく首を振ってみせる。


すると、久須波は頬に触れていた彼女の手を取って、漫然と微笑みながらゆっくりと口を開く。


「お兄さん、強いの?」と、そう言ったあと、また一呼吸おいてから、


「父上に勝てたなら、お嫁さんになってあげる」と、子供染みた口振りとは相反して、久須波は至って真摯(しんし)な眼差しで続けた。


真っ直ぐな目を見つめていると、そのときの記憶と感情が瞬時に甦(よみがえ)る。幼い頃の戯言(たわごと)とはいえ、本心から出たであろう率直な言い方に、美佐速は思わず照れて赤面してしまう。


「そ、そんなこと言ったかしら?」


不自然な苦笑を滲ませて、何も覚えていないとばかりに惚(とぼ)けてみせる美佐速に、久須波は小さく吹き出すように笑い、


「ええ、あのときの真剣な顔は忘れられるはずがありません」と、からかうように言って、彼らしくないような屈託のない笑顔を綻ばせる。

それに吊られるように、彼女の紅顔にも満面の笑みが華やいだ。




 それから程なくして、二人の居る中庭と面した邸(やしき)の方より、わざとらしい大きな咳払いが聞こえてくる。


すると、そちらに背を向けていた久須波は、襟元(えりもと)や裾(すそ)などの身なりを正してから、くるりと向き直って整然と首を垂れた。

その先には廂(ひさし)より成り行きを見守っていた御毛沼の姿があった。


「勝敗は決したようじゃの」


御毛沼は如何にも感慨深げにそう言って、おもむろに顎鬚(あごひげ)を扱(しご)いている。


「市中での暮らしが長いと聞いて、麒麟児(きりんじ)の腕も錆(さ)びついておろうと思っておったのだが。まさか、御前仕合の折より高めていようとはな」


御毛沼が感嘆するように独りごちると、傍らに控えていた長髯(ちょうぜん)の官吏は白い眉を持ち上げて、


「媛君(ひめぎみ)との仕合をお赦しになったのは、そういう目論(もくろ)みがあってのことでしたか」と、ようやく合点のいったような面持ちでため息を漏らす。


それを聞いた御毛沼は苦笑を滲ませると、僅かに首を振ってみせた。


「結局のところ、立ち合わせてやらねば、あれも納得を致すまい」


「まあ、確かに」と、同じように苦笑する官吏を尻目に、御毛沼は廂(ひさし)から中庭に下り立って、整然と跪(ひざまず)いていた久須波の許まで歩を進めた。


「それで、縁談はお受け頂けるのかな?」


そのように改めて訊ねられた久須波は、ここに至っても逡巡(しゅんじゅん)するように押し黙る。


どんなときでも熟慮することは彼の良いところでもあるが、裏返してみれば決断力に欠けるということに繋がりかねない。

こういったときはいつも決まって、或(あ)る人物の向こう見ずな性分が補(おぎな)うように背中を押してくれる。


「そのじゃじゃ馬の手綱を引けんのは、世界広しといえどもお前ひとりだと思うぜ」


不言不語では伝わらないことを見かねて、粗雑な胴間声が遠慮もせずに堂々と口を挟んだ。


ひとの人生を左右するような繊細(せんさい)な事案であるにも関らず、まるで鷲掴(わしづか)みにするような大雑把(おおざっぱ)さで踏み込めるのは、熊男呼ばわりをされた石健彦(いわたけひこ)しかいない。




 御毛沼はお互いさまだと考えてのことなのか、『じゃじゃ馬』という無礼極まりない文言にも反応を示さなかったが、中庭に集まっていた衛兵や侍女たちは気を悪くしたように、むっとした顔つきで睨みつける。


彼らよりも遥かに憤慨する女性がひとり。

彼女はしゃがれた声が石健彦のものだと分かると、奇麗な柳眉を逆立ててあからさまに怒りを露にした。


「誰がじゃじゃ馬ですって!」と、先ほどまでのしおらしさは何処へやら。剣を差し向けていきり立ち、皆の面前で恥ずかしげもなく怒鳴りつける。


「おうおう。儂(わし)ともやろうってのか」


彼女と比べて年嵩(としかさ)の石健彦も退くことを知らず、身を乗り出すようにそう言って腕まくりをする始末である。


「あの二人、案外似たもの同士なのかもしれんな」


小宇迦(おうか)は何気なくぼそっと呟いたつもりだったのに、それを耳聡(みみざと)く聞きつけた美佐速と石健彦は一瞬のうちに血相を変えて、


「誰が似たもの同士だ!」と、揃えたように異口同音で喚き散らす。


「こんな小便くせえ小娘と一緒にするなよ!」と、これは石健彦の弁。


「頭の中身が空っぽのあんたなんかと一緒にされたら、私の沽券(こけん)に関わるわよ。あ、でも。沽券っていう意味がお馬鹿さんには分かんないわよね」

美佐速も高笑いを響かせながら、彼に負けず劣らず悪態をつく。


こうなってしまっては、もはや収拾などつくはずもない。


御毛沼と小碓は顔を見合わせて苦笑を禁じ得ず、意図せず発端となってしまった小宇迦は、馬鹿馬鹿しいとばかりに嘆息をついたかと思えば、身を翻(ひるがえ)して土塀を軽々と越えて姿を眩(くら)ました。




 いがみ合う二人を他所(よそ)に、何の前触れもなく快活な笑声が木霊する。

それはしばらく続いて、次第に周囲の騒々しさを静めていく。


衆目が集まる中、久須波は整然と跪(ひざまず)いたまま笑声を収めると、御毛沼に向かっておもむろに頓首(とんしゅ)する。


「縁談の儀、謹(つつし)んでお受け致します」


静寂に包まれた中庭において、淀(よど)みのない清澄な声が反響した。

それから一拍もしないうちに、皆から一斉に拍手と喝采が沸き起こる。


石健彦と散々に罵(ののし)り合っていた美佐速は、それを聞いたところですぐに理解できないようで、ずっと呆けたような面持ちで佇んでいる。


すると、傍にいた石健彦が軽く背中を押してやり「だとよ。良かったじゃねえか」と、満面の笑みで言祝(ことほ)いだ。


それでようやく、彼女も何が起きたかを知るのである。


「今宵は固めの杯を交わさねばな」


御毛沼は嬉しそうにそう言って、幾度にもわたって首を頷かせる。その目には光るものがじわりと浮かんでいた。





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