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人の噂は蜜の味
しおりを挟む呼び出された放課後の校舎裏。
俺の前には男がひとり。
これはあれだろうか、ちょっと顔貸せよみたいな、お前ムカつくんだよ的なやつか。
………ダメだ不良って見たことないし前時代的なやつしか思い浮かばない。
今まで目立つことなくのらりくらりと生きることを信条としてたのに何で目をつけられたのだろう。地味で眼鏡だからか。
そもそも、目の前の男は不良に見えないしどちらかというとカースト上位の男だ。顔が派手でチャラいし目立つ集団でつるんでいるのをよく見かける。呼び出しにきたのは別の奴だが絶対何か良くないことが起こる気がする。少なくとも微かに希望を抱いていた告白ではなさそうだ。名前は……深見か深谷か………あれ? どっちだっけ。
その深見か深谷かは俺に手を差し出すと「好きだから付き合って」とそれはもう軽い感じで言った。
「………これは、罰ゲームか何か?」
「ああ、よく気づいたね。仲間が3階の窓から見てる」
「俺はどうしたらいい?」
「俺はどっちでもいいけど。とりあえず告白したら罰ゲーム終わりらしいし面白い方でいいんじゃない」
面白い方か。
何故かこの時俺は面白いという言葉に引っかかってしまった。何故かはわからない、本当にわからない。魔がさしたとしか思えない。
わかるのは俺が「よろしく」と言って男の手を握り返したのは間違いだったという事だけだ。
俺が手を握り返すと何やら頭上で歓声やどよめきが聞こえた。いったい何人いるんだろう。見上げるとそこにいた奴らは逃げるようにいなくなった。
「この後どうするんだ?」と聞くと「わかんないからとりあえず途中まで一緒に帰る?」と男が言うので一緒に帰ることにした。そこで初めてお互いの名前を確認する。
男は名前を深見侑と言った。
俺の名前は塔野晃だ。
こいつ告白する相手の名前を知らなかったのか。
「あそこ行ったら突っ立てる奴いるからそいつに告白しろって言われたんだよ。興味ないから名前まで聞いてない」
「何で俺?」
「だから知らないよ。選んだの俺じゃないし、俺もなんで男って思ったし」
深見はそもそも俺の存在を知らなかったらしい。同じクラスになった事ないし俺は地味だからしょうがない。
「おつかれさま」と言われてその日はそのまますぐ別れた。
しかし俺はこの時少し楽しかった。
校舎裏に呼び出されて男に告白されるなんてレアな体験だ。ただのイタズラだったけど俺のこの先の人生でこんな事がそうそう起こるとは思えない。
俺は機嫌よく鼻唄を歌いながら家に帰った。まさか次の日あんなことになるとは思いもせずに──
次の日、学校に行くと何だか周りが騒がしい。
なぜか注目されている気がする。思い当たる節は昨日の告白しかないのだが……恐る恐る教室に行くと黒板にはベタに俺と深見の相合傘が書いてあった。
昨日のどよめき達の仕業だろうか。
もしかしてあれはイタズラではなくイジメの一種だったのか? 深見は何も知らなそうだったけど。
なんかムキになって消しに行くのもシャクだ。放置しとけば誰かが消すだろう、もうすぐ授業始まるし──などと思いながらいつもの様に授業の準備をしているとクラスで仲の良い平野が心配そうに「あれホント?」と聞いてきた。
クラス中の注目が集まる。
平野の心配だが好奇心には勝てないという気持ちの表れたどんぐりみたいな目を見つめる。
心配そうにするならこんなクラスの注目を集める形で真偽を聞くのもどうかと思う。本当かどうかと言われたら………どっちだ? 本当ではないけど嘘とも言い難い。
なんか俺面白いことになってるなぁと現実逃避をしていると「塔野」と俺を呼ぶ声が聞こえた。
クラスのみんなが一斉に声の主を見たので思わず笑ってしまった。
声の主は深見だ。深見は教室の中に入ってくる気は無いようでドアの外に立ち俺を手招きしている。仕方なく深見の所まで行くと深見は気の毒そうに「お前大変な事になってるね」と言った。お前も当事者だろうになんでそんなに他人事なんだ。深見は「昼一緒に食おう、それまでまぁ……頑張れよ」と俺の肩を叩いて去っていった。
黒板の文字はいつの間にか誰かが消していた。
だが俺の噂は消える事なく、昼頃には俺が告白したらしいという噂が優勢になっていた。
「なんで俺が告白した事になってるんだ」と言うと隣で弁当を食べていた深見が吹き出した。
「その方が面白いんだろ」と深見は言うが納得いかない。
昼、教室に深見が迎えに来ると教室が一瞬静かになって俺の様子を窺う気配が漂った。
俺は笑いを堪えながら弁当を持って深見の元に行く。深見は俺を見ると「なんだ、平気そうだな」と言った。一応心配していたようだ。
そして俺たちは中庭のベンチで二人並んで弁当を食べている。
「お前の仲間がたくさん見てたのになんでこんなに情報が錯綜してんだよ」
「俺今日あいつらとつるんでないから知らない」深見はそっけなく言った。
「えっ、もしかしてハブられてるの?」
それで俺に告白する事になったのかとちょっと同情していると「俺がハブってんの」と言って額を軽くはたかれた。
「距離おいてるってことか?」
「そういう事、明らかにやり過ぎだろ」
こいつは見た目チャラいのに、もしかしたらいい奴なのかもしれない。
「それならそもそもなんで罰ゲームに乗ったんだよ」
「ノリだよ、断れないノリってあるだろ。まぁ今は悪いって思ってるよ、ごめん」
どうやら本気で反省しているらしい。
そうなるとノリで告白を了承した俺の立場も危うい。
客観的に見るとすごく面白いと思っている俺とはかなりの温度差がありそうだ。面白い方でいいって言ったのこいつなのに。
「深見君、俺たちもうすっかり付き合ってる事になってるみたいだけど」
「………そうだね」
「今さら否定しても遅いかな」
「そう……かもね」
「いっそう罰ゲームってバラせばいいんじゃないか?」
「俺が悪いからそれは全然いいけど、そうするとお前が騙されて男と付き合ったって事になるんじゃない?」
そうか、それは嫌だな、俺から告白したっていう噂より嫌だ。
「俺もあいつらと距離置きたいし、当分の間俺たち付き合ってるって事にしてこのまま様子を見ないか」
しょうがない、もう今更だし深見の提案を了承した。
「当分の間っていつまで」
「飽きるまで」
それはいったい誰が飽きるまでなんだろう。
教室に戻ると平野が「なんか、良かったな」と言ってきた。
平野の中でどんな物語ができ上がったのだろう、聞いてみると「弁当持って嬉しそうに深見に駆け寄ってくお前を見て俺は全て理解したよ」と言われた。
そんな瞬間は片時もなかったはずだ、何をどう理解したんだ。とりあえず「俺から告白してないぞ」と肝心な誤解をとく事に努めたが「わかったよ、そういう事にしておいてやるよ」と全然わかってくれなかった。
そして帰る頃には深見とその彼氏が昼に中庭でイチャイチャしながら弁当を食べていたらしいという噂を平野が教えてくれた。
「告白した翌日にラブラブで弁当食べてるって事は二人は両思いだったって事なのかな」と呟くと「誰のことだよ、それ」と一緒に帰っている深見が耳聡く聞いてきた。
噂の深見君とその彼氏のことだ、決して俺の事ではない。
俺と深見は昼を一緒に食べて一緒に帰ってるだけだ、友達とどう違うんだ、もうそれは友達でいいだろう──と俺の中では決着がついている。
だが噂では深見君と塔野君はお付き合いをしている。
噂を整理すると、深見君のことをずっと思っていた塔野君は意を決し校舎裏で深見君に告白した。塔野君の事を憎からず思っていた深見君はその告白を受け入れ、晴れて二人はラブラブな日々を送っている──という事になっているらしい。
しかも意外な事に俺たち………じゃない、噂の深見君と塔野君のカップルは世間に好意的に受け止められているようだ。
深見が俺の教室に来ると「彼氏来たよ」と生温い視線と共にクラスメイトが教えてくれる。彼氏という言葉に笑いそうになるのをいつも耐えているのだが、そんな俺の顔が嬉しそうに見えるらしい。俺の内心と外面の印象は乖離して噂がひとり歩きしていく。
深見を見ると俺たち噂ではラブラブらしいよって面白可笑しく話をしたくなる。だけど深見は噂話を聞くのを嫌がるので黙っている。
そんな俺は傍から見ると好きな人を見てニコニコしているように見えるらしい。
余計に可笑しくなってくる。
俺達はただの友達で、ただ一緒にいるだけなのに勝手に噂が飛び交う、俺達を見て皆が勝手な物語を想像している。
そんなの面白いに決まってる。
今度はこんな噂があったって深見に話したい。ほかに話せる奴がいないのだ、もし深見に話したらどんな反応するか想像するだけで楽しい。
そして、そんな俺を見たやつが「深見君のこと本当に好きなんだね」とか言ってくる。なんだそれ、笑いが止まらない。
ひとつ不満なのは深見の機嫌が最近よくない事だ。
何か考え事をしている。飽きたのかもしれない。
それなら、この関係ももう終わりになるのだろう。
「なぁ深見、もう一緒に帰るのやめる?」
学校の中庭で昼ごはんを食べている時に思い切って深見に言ってみた。
最近は、帰るとき特に会話もない。倦怠期の夫婦みたいだなと考えて吹き出しそうになるのを耐えた。
「なんで?」
「もう飽きたのかと思って」
飽きたら終わりの関係だ。
俺は深見を友達だと思っているけど深見がどう思ってるか知らない。友達だと思っていてくれたら嬉しいけれど深見には他にもっとたくさん友達がいる。俺と毎日一緒に帰る必要もないだろう。
でも深見は不機嫌そうに「お前、飽きたの?」と聞いてきた。そんな事言ってないのになんで怒ってるいるのだろう。
「深見が飽きたんじゃないかって言ってるんだ。最近一緒にいても機嫌悪いし……飽きたら終わりなんだろ。お前は俺以外に友達もたくさんいるし、俺はもう十分楽しかったし、無理に俺と一緒にいる必要ないよ」
だが深見の機嫌はなおらない「なんでそんな事言うんだよ、別れるってことかよ」と怒りを押さえるように言う。
「そう……だな、別れようか」
そういう事だよな。
それでまた色んな噂は立つけど俺が騙されて付き合ってるって噂はもう立たないだろうし普通にあの二人別れたんだで終わるだろう。理由がどういう噂になるのか想像つかなくて怖いけど。
しかし「お前はそれでいいのかよ」と深見の機嫌はどんどん悪くなっていく。なんで今日はこんなに突っかかってくるんだろう。
「いいって、もう十分楽しかったって言ってるだろ。いい思い出もできたからもう俺はいいよ」
遠い目をしながら俺は言った。男と付き合うという思い出が俺の人生に必要だったかは疑問だがな──という思いをこめて。
すると深見は突然俺の両肩を掴んで「俺は嫌だ」と言い出した。
「俺が最初に最低な事をしたのはわかってる、でも俺はお前の気持ちに応えたいんだ。確かに最近は自分の気持ちがわからなくてお前に嫌な態度を取っていたかもしれない、まだお前のこと好きかどうかもわからない。でも一緒にいて落ち着くんだ。お前が俺の事想ってくれてるのも全然嫌じゃない。だからもう少し時間をくれないか」
深見はまくし立てるように一気にそう言った。
なんだそれ、お前ってどこのお前? と思わずあたりを見渡した。
ここには俺たちしかいない。
深見を見るとすごく真剣な顔をしている。
こいつまさか………噂の俺と本当の俺を混同してるのか?
──裏切られた気分だった。
俺は文字通り頭を抱えた。深見が心配そうに「塔野?」と言うが答える気力がない。
なんだそれ、いつ俺がお前の事好きだって言った。
噂は噂だろ、なんで隣にいたのに俺じゃなくて噂を信じるんだ。そんなの全部他人が言った噂なのに噂を聞きたくないって言ったお前がなんで噂に惑わされてるんだよ。
俺の態度が悪かったのか? でも面白い方と言って手を繋いだ時点で俺たちは仲間だったんじゃないのか。
………違うのか、深見は後悔してた。責任を感じていたのかもしれない。俺が一人で楽しんでいただけだったんだ。
ずっと、俺は一人だったんだ。
「深見、やっぱり別れよう。ごめん、もう無理だ」
「塔野?」
「俺が一人で楽しんでたんだ。お前も……楽しいんだと思ってた、俺の勘違いだったんだ。そうだよなお前チャラいけど真面目なイイヤツだもんな。無理に付き合わせてごめん」
「違う、それは元々俺が……」
「そうじゃないんだ、罰ゲームのことじゃないんだ。やっぱりすぐ皆にバラせば良かった。変な見栄をはらなければ俺が少しの間笑われるだけで済んだ。こんな罪悪感なんて持たずに済んだのに」
「罪悪感ってなんだよ」
「……俺、お前のこと好きじゃない。友達としては好きだけど恋愛感情なんて持ってない。噂では俺とお前は相思相愛とかになってるけどずっと面白いと思ってた。俺がお前にベタぼれだって噂を聞いて笑ってた。なんで付き合ってるっていう情報一つでただの友達と全然変わらない態度とってるのにラブラブバカップルって言われるんだろうって思ってた。噂の中の俺たちと本当の俺たちは違う。そう思ったから笑えてたんだ。だけどお前が噂の俺を信じてしまったらもう笑えない、勘違いしたのなら否定しなかった俺が悪い」
「ちょっと待って」深見が俺を制す。
深見を見ると「ちょっと待って」ともう一回同じことを言った。
仕方ないのでちょっと待っていると「ちょっと待って」ともう一回言った。
バグってるのかな。
「………好きじゃない」深見はそう呟いた。
俺は頷いたあと首を傾げた。嫌いなわけでもない、友達としては好きだ。
「ちょっと待って。俺さっきすごく恥ずかしいことを言わなかった?」
言ってないって………言ってあげたほうがいいかな、でも全力で言ってたしなと悩んでいると「そもそもお前がよくわからない呼び出しにホイホイ応じるのが悪いんだろ」と責任転嫁をしだした。
「だって校舎裏に呼び出されるなんて、このチャンスを逃したらもうないだろ」
「はぁ? 何の事だよ」
「だから、これからの人生でネタになるだろ。その後殴られたって、告白されたってどっちでも」
「それで校舎裏に行ったのかよ。なんだよ、じゃあ本当にお前は最初っから面白がってただけかよ、俺がどれだけ後悔したか………お前も俺の事彼氏とか言うし……」
「それは噂の中の話で深見は俺の彼氏じゃないだろ」
「ん? 俺達付き合ってるんだろ?」
「いや、付き合ってるフリをしてるんだろ?」
「そう………だったけ」
「そうだよ」
「え、じゃあ俺たちの関係って何?」
「友達だと……思ってたけど」
「あぁ、友達か……そっか……そうだよな」
ようやく深見が冷静さを取り戻したようだ。
深見は空を見上げると「俺はここ数日なんで悩んでたんだろう」と呟いた。
「ってかお前、紛らわしいんだよ。なんで俺の隣にいるだけであんなに上機嫌なんだよ」
「色んな噂が飛び交ってるのが楽しかったんだよ。それを話したかったけど聞いてくれないから一人でお前の反応を想像してたら面白かったんだよ」
「なんだよそれ」と深見は大きなため息をついた。
「なんかごめん」と言って俺もうな垂れた。
「ややこしくて面倒だから、とりあえず一度別れようか」
「そうだな、別れよう」
こうして俺たちは話し合いの結果、円満にお付き合いを終了した。
俺たちが別れたという噂は瞬く間に広がり俺は同情の視線を受ける事になった。
なぜか中庭での痴話喧嘩が発展して俺が振られた事になっている。平野が「男は深見のほかにもたくさんいるから」と慰めてくる。
いつから俺の恋愛対象は男になったんだ。
せめて振られたわけではないと説明するが「わかってるって、今日はもうカラオケでも行ってパーっと忘れちまおう」などと言ってわかってくれない。
「でも俺カラオケはいかない」
「え? なんで」
「深見と一緒に帰るから」
そう言うと平野は目を丸くして驚いた。俺がそれを見て笑っていると深見が教室に迎えに来る。いつも通り一緒に帰る俺たちを不思議そうにいくつかの視線が追いかける。
明日もまた噂がたつのだろう、二人にどんな物語ができるのだろう。それを深見に話して笑いたい、今度はきっと話を聞いてくれるはずだ。明日が楽しみで俺が思わず鼻唄を歌うと隣から「へたくそ」という声が聞こえる。
声の主を見ると、俺の隣で深見が楽しそうに笑っていた。
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