人の噂は蜜の味

たかさき

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またデートに行く話

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 あれから1週間、俺は深見のことを避けた。
 その深見から買い物に行こうと連絡が来たのは金曜日の夕方、家についてからのことだった。

 内容は明日この前行った店にまた行こうというものだが、デートと書かれていた。そのデートという言葉に多少引っかかったものの、特に予定はないので『了解』と簡潔に返信する。

 服は…………この前と同じでいいだろう。



「……………………」

「何か言いたいことがあるのかよ」
「……ないよ」

 それだけ言って深見は歩き出した。
 ……無表情である。

 やはり以前と全く同じ服はまずかったのだろうか。それとも激甘期間がおわって今度は塩対応に方向転換したのだろうか。もう少し中間地点を作ってくれてもいい気がする。
 こちらを全く気にすることなくどんどん歩いて行く深見をはや足で追いかけた。

 それにしても、こうも対応が変わるとどうすればいいかわからない。もしかしてこの1週間の事を怒っているのだろうか。ちょっと避けただけじゃないか、そしてそれは深見が俺をからかったせいじゃないか。
 深見の背中をはや足で追いかけながら心の中で毒づく。

 ……せっかく……ちょっと楽しみにしてたのに。

 少しして見覚えのある店が見えてきた。深見はついに一度もこちらを振り返ることなく店の中に入っていった。自分の前で閉まるドアを見て俺はそのまま立ち止まる。
 ──ひとりで入れということだろうか。
 しばらくそのままドアを眺めていると、ゆっくりとドアが開いて「塔野君いらっしゃい」と店員さんが笑顔で出迎えてくれた。

 店内はやはり小洒落ていて少し雑多な感じがする。でも服のラインナップが変わり、落ち着いた色合いの服が増えているように見える。
 ──季節が変わるのだ。
 そして俺がここですることは何もない。
 どうせここの服は俺には似合わないし、買えない。それならば俺はお客さんでもないだろう。ただの空気だ、以前と同じように空気になっていればいい。チラッと深見を見る、しかし深見が俺を見ることは無かった。


 結局、俺は空気だった。
 しかし今日はどこの世界にも行かずただ悶々としていただけだった。
ほんとに何をしに来たのだろう。

「今日の空気はちょっと重めだね」そう店員さんが話しかけてきた。

「喧嘩でもしたの?」
「……してませんよ」

 そもそも会話すらろくにしていないのに、こういうのも喧嘩と言うのだろうか。

「えーっと、無粋な質問かもしれないけど二人は付き合ってるのかな?」
「…………付き合ってません」
「へぇ、今回は即答じゃないんだ。なんだかその間は意味深だよね」

 そう店員さんは言うが、意味深と言われてもそこにそれ以上の情報量は含まれていない。
 友達でもいいと言われて肩書きはとりあえず友達だ。ただお互い好きだと言い合っただけで、その関係が変わったわけではない。
 そんな変わらない関係を望んだのは俺なのだろう、深見はあれから確かに変わった。
 でもその深見の激甘期間も終わったみたいだし次は塩対応期間に入るとするならば……それはちょっとしんどいかもしれない。
 だけど激甘期間が終わるようにと望んだのもまた俺なのだ。

 試着が終わり深見が出てきた。
 今回は違う世界に行っていたわけではないのに、またいつのまにか試着室に入っていたようだ。
 前回と同じように店員さんは深見のところに行き二、三話しかけてレジに向かって行った。

「なんかまた、変な顔してるね」

 そう深見が言った。
 どんな顔をしていると言うのだろうか、鏡を見てみるとただ不貞腐れた自分が映っただけだった。

「もともとこういう顔なんだよ」
「……この前とはまたちょっと違う気がするけどね」

 そんなのいちいち覚えていない。
 でもたぶん、どちらも不貞腐れていただけのはずだ。
 それなのに、その違いがわかるなら何で……。



「え、なんで泣くの……」


 深見が慌てている。
 俺の目の前で深見の手がウロウロとさまよって最終的に俺の頭の上に落ち着いた。

「あー、泣かした」と店員さんが服の入った袋を持って近くにやって来た。その言い方はちょっとやめてもらいたい。
 俺がものすごく小さな子供みたいだ。
 そして深見のこの手も子供に対するものだろう。
 実際この俺の涙だって子供みたいな理由で出たものだ。

 深見は途方にくれた顔で「どうしたの?」と聞いて来た。
 その質問に俺もまた「なんで塩対応だったんだ?」と聞き返す。

「塩対応なんてしたつもりはないけど……まぁデートって送ったのに前と完全に同じ服着て来たからちょっと素っ気なくはしたかな」

 あの素っ気なさはちょっとどころじゃなかったのだが。

「俺はデートって書いてあったから変じゃない服着て来たのに」

 俺に一張羅が何枚もあると思っていたのかこいつは、あるわけないだろう一張羅なのだから。
 自信がないのだ、だったら普通と太鼓判を押されたこの格好をしてくることぐらいわからないのだろうか。


「えっ、何? 君達それで本当に付き合ってないって言い張る気なの」と、店員さんが驚いた顔で言う。俺が頷くと深見が苦笑した。

 深見が俺の頭を撫でながら「ごめん」と言った。
 俺はというと、冷静に現在の状況を受け止めて内心パニックに陥っている。
 物凄く恥ずかしくないかこれは、恥ずかしいだろう。涙はとっくに止まっている、というかそもそも少し流れ落ちた程度である。
 しかし人前で泣いた上に頭を撫でられ、あやされている。

 逃げたい、逃げ出したい……そんな事を考えていると深見の手が離れていった。代わりに先程駅で配られていたティッシュを渡される。
 すべてを無視する勢いで歩いていたはずなのにいつの間に受け取ったのかと感心をしながら受け取った。

「君達さぁ、いや、別にいいんだけどさ。なんだろう……バカップルって言われたりしないの?」

 鼻をかんでスッキリした俺は首をかしげつつ「よく言われます」と答えた。

「……よく言われるんだ、どういう状況なの?ちょっとお兄さん混乱してるんだけど」

 どういう状況かと言われても、と深見を見ると深見と目が合い、深見が微笑む。

「あー、なんだ。その、幸せそうなのはわかったよ。爆ぜろって感じだね」

 そう言いながら店員さんは深見に服の入った袋を手渡した。深見は袋を受け取ると「すぐ照れるんです」と店員さんに向かって言う。

「凄いね、深見君がのろけたよ。でもまぁ二人の事を外野がとやかく言うことではないか」

 大きく頷きながら店員さんはそう言った。
 そして「今度また詳しく聞かせてよ」と俺達に手を振っていた。




「手を繋いでいいのかな?」と深見が聞いてきたので「いいわけないだろ」と当然のように答える。
「まぁ、そうだよね」と言うと深見は黙った。
 この前は何も言わずに繋いできたのに、本当に激甘期間は終わったようだ。

「だいたいそんな事を聞かれたら嫌だって言うに決まってるだろ」

 俺がそう言うと深見は「なるほど」とつぶやいて手を握ろうとしてくるので避ける。

「なんで避けるの? 繋ぎたかったら何も言わずに繋げって事じゃないの」
「なんでそうなるんだよ」
「……どんだけめんどくさいの」

 そう言って、深見が半目で俺を見る。その目で見るのはやめていただきたい。

「まぁいいや。とりあえずデートっていう認識はあるみたいだし、大きな進歩だよね」
「……デート?」
「えっ、さっきそう言ってたよね」
「……いや? まぁデート? っていうのは一応?わかっているけど?」

 そう改まって言われると違うと言いたくなる。
 そしてそういう所がめんどくさいということは分かっているのだがどうする事も出来ない。

「何その疑問形……まぁいいけど。……今日は何食べる?」
「……ラーメンかな」
「またなの」
「おぉ、今日は激甘対応じゃないな」
「やめろって言ったの塔野だろ」
「だから塩対応に方向転換したのかと思った」
「……」

 深見が無言になり立ち止まる。
 振り返るとひとり肩を震わせて笑っていた。

「なんだよ」


「いや……可愛いなと思って」

 そう言って頭を撫でてくるので、
 俺はまた変な顔をすることになるのだ。
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