人の噂は蜜の味

たかさき

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電話をする話

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 結局、ダッシュでひとり先に帰ってしまった。

 まさに一目散で家に帰り、とりあえず落ち着きを取り戻した俺は深見に何か連絡しなくてはという義務感から『最速タイムだった』という報告をし、『よかったね』という返答をゲットした。

 よかったねってなんだ、そもそも最速タイムってなんだ。
 悩みに悩んだ俺に散々付き合わせた上での置いてけぼりである。俺だったら確実にイラッとする、しかもごめんもなにもなく最速タイムとか、なんだよこいつと思わせるには十分だろう。
 今からでも先に帰ってごめんと連絡すべきだとは思う。だが、それならなぜ帰ったと聞かれた時にうまく答えられる自信がない。


 手を繋ぐつもりだった。


 自分で言ったのだから、そうするつもりだった。
 だから前後にこだわった訳ではない。ただ深見の後ろ姿を見て歩きたくて、そのためなら──手を繋ぐつもりだった。
 ハグは平気だった、きっと手を繋ぐのも平気だと思う。でも俺が昼間に言ったことを深見は冗談だと思っていたのかもしれない。
 普通に帰ろうとする深見を見て恥ずかしくなって逃げ出した。せめて奇声をあげなかっただけよくやった、と自分に言うべきだろうか。

 本当に俺はダメな人間だと思う。すぐテンパるし、鈍いし、なんか最近すぐ泣くし。とくに深見に会ってから酷い。それなら深見に会う前の自分はどうだったのかと考えるとよくわからない。
 普通のやつだった、今だって普通のつもりだ、でも──確実に何かが違う。


 実は今だって泣きそうで、なんでこんなに涙もろくなっているのかわからない。
 自分の部屋で、机の上にあるスマホを見つめてただ頭を抱えている。
 今日の俺は、ずっと頭を抱えている。

 きっと、呆れているだろう。でも嫌われたということはない……と、思いたい。悩むくらいなら早く謝ってしまえば楽になるのに、それができない俺は進歩がない。
 そして、とにかく苦しい。
 なんでこんなに苦しいのだろうか、本当にわけがわからない。


 そして結局、涙は溢れた。


 誰が見ているわけでもない、きっと泣いたら少しは落ち着くはずだ、我慢なんてしなくていいだろう。どこか客観的な自分がそう言う。

 そんな時、スマホが鳴った──深見からの電話だ。

 スマホの画面をしばらく見つめる。なぜ電話なのだろうか……泣いてることがバレたら嫌だ。
 あとでどうしたのか聞けばいいだろう──そう思いなかなか切れない着信音を聞く。しかしようやく切れたと思っても、またすぐに電話がかかってくる。
 さすがにもう涙は止まっていたので鼻をかみ深呼吸をして、それでも鳴り続ける電話にようやく出た。

『やっと出たね、お風呂でも入ってた?』
「え、あーうん、そう…………嘘です。入ってない見てた」
『見てた? 何を?』
「電話が鳴ってるのを」
『そう、見てても電話は出れないけどね』
「だから見るのやめて出ただろ」
『そうだね』
 そう言った深見の声は楽しそうだった。なんでいきなり電話なのかわからないが少なくとも怒ってはいないようだ、それに……自然と笑顔になっている自分に気づいた。我ながら現金なヤツだと思う。

「なんで電話?」
『たまにはいいよね、結局塔野また走って逃げたから』

 ……そこはさり気なく触らずにいられないものだろうか、そんなこと逃げた俺が言うことではないが。 
 やはりここはまず俺が謝るべきだろう。
 そう思っていると深見が『ごめん』と言った、なぜ深見が謝るのだろうか。

『思わず抱きしめたから、塔野は我に返って逃げたのかな……と。まあ謝ることではないかもしれないけど。俺は抱きしめたことは満足しているし塔野も嫌ではなかったはず、と思ってる。
 テンパって逃げたのなららしいと思うし気にしないから、でも…………落ち込んでたら……嫌だなと思って』

 なんでわかるのだろう。確かに俺はテンパって逃げて落ち込んでいた。でもやっぱり深見が謝るのは違う気がする。それに──

「俺が落ち込んでるの面白くないの?」
『なんで?』
「まえ、そう言ってたじゃん」
『……あれは、塔野が自業自得で落ち込んでたやつだよね。それとこれとは違うよ』
「今回も自業自得だよ。深見置いて走って逃げた」
『でも、それは俺が抱きしめたせいだろうし自業自得にはならないよね』
「違う、ハグは平気だった。なんかわかんないけど全然平気でびっくりした。だからそれでテンパったんじゃない」
『……それなら、何にテンパったの?』

 ──しまった、なんでハグでテンパったことにしなかったんだ俺。そうしておけば実はそうでした、テヘッで終わりじゃん。
 でもそうすると深見のせいになってしまうのか……それは嫌だな。
 それなら正直に言うしかない──目を閉じて深呼吸をした。


「手を……繋ぐつもりだった」


『えっ』
「だって前後で帰るって言ったから、それなら手を……繋ぐのかと思って……後ろ姿を見て帰ろうと思ったから、そのためには……手を、繋ごうと……」
『……もしかして泣いてる?』

 もしかしなくても泣いている、止まったはずの涙が急に出てきてびっくりだ。どうなっているのだ俺の涙腺は、パッキンが劣化でもしているのだろうか。

『……もしかして泣いてた? それで電話出なかった?』

 なんでそんなことまでわかるのだろうか。でも、落ち込んで泣いて……また慰められるのか?
 俺はそんなにすぐ泣くようなやつじゃなかったのに。

「……泣いてないよ」
『いや、泣いてたよ』

 断言された……ここは空気を読んで誤魔化されてはもらえないのだろうか。

『でも、そうかそれでか……手袋、落としていったから机の上に置いといた。俺が気づかなかったんだ。
 それは自業自得ではなくて、やっぱり俺のせいだよね……もったいない事したな。
 今日はなんかいろいろあったし、抱きしめて満足してしまった。帰りも一人で思い出し笑いしながら帰ってたから、たぶん俺をはたから見れば気持ち悪かったかもしれない』

「思い出し笑い……怒らなかったの?」

『なんで怒るの、俺は結構塔野のことわかってるつもりだけどな。まあ手を繋ごうとしてたのは気付けなかったわけだけど。
 でも、もしかしてと思って電話してみたらやっぱり落ち込んでたし……泣いてるとまでは思わなかったけどね』

「……泣いてないよ」
『泣いてたよね』

 ……俺のことを結構わかってるなら、そこは察して欲しいのだが。

『最速タイムはちょっとよくわからなかったけど、帰りにかかった時間のこと?』
「そうだけど、よかったねって……」
『当たり障りなく返しただけだよ……もう涙は止まった?』

「だから、泣いてないよ」
『泣いてたでしょ』

 ……今ちょっとイラっとした、なんで泣いてないことにしておいてくれないのだろうか。せっかく電話なのだから多少誤魔化されてくれたっていいではないか。

「見れないんだから泣いてるかどうかなんてわかんないだろ。俺が泣いてないって言ってるんだから泣いてないんだよ」
『見れなくても泣いてるかどうかはわかるよ。でもそばにいないからどうやって慰めたらいいかわからない』
「声聞けば慰められるだろ…………別に俺は泣いてないけど」
『……そうか、声だけでも大丈夫か、それならよかった』
「──泣いてないけどね」
『……頑なだな、でも俺もここは譲れない』
「なんで」


深見は少しのあいだ黙り込んだあと

『ものすごく、会いたくなったから』

と、穏やかな声で言った。


「……明日会えるよ」
『そういうことじゃ…………ないんだけどね』
 なぜかため息が聞こえる。

『でもどうしようかな』
「何が?」
『会った瞬間抱きしめるかも』
「は?」
『自分を止める自信がないな、なんだったら殴ってくれてもいいから』
「おーい、深見?」
『そもそも塔野が悪い。なんで一人で泣いてるの、そういう時はそっちからでも電話して』
「え、俺悪いの? いや、泣いてないし」

 まだ否定すると『あーはいはい』とおざなりに言われた。つい俺の眉がピクッと動く。

『まだ俺のこと見れないの?』
「えーっと、たぶんまだ?」
『それなら明日は手を繋ぐよね』
「なんか、そんなに意気込まれると……やっぱりやめようかなってなる」
『……それは酷くない?』
「酷い?……なんか深見たまに壊れるよね」
『塔野のせいだから』
「……俺のせい」
『そう、塔野のせい』
「……俺のせいなら、仕方ないから……手を繋ぐ……かな」
『言ったね』
「…………言ってないです」
『聞いたから』
「……気のせいだよ」


 そんなやり取りを延々として、ようやく電話を切って……ニヤけそうになる自分に気付く。


 会いたい──確かにものすごく会いたい。


 電話でよかった。
 泣いたことは誤魔化せなくても赤くなった顔は見れない。
 明日会えると自分に言い聞かせて、それでもにやける自分に頭ををかかえた。
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